- 2
名前: ◆rHi47N9WYc
:2007/10/03(水) 21:45:21.20 ID:Pri+jGyeO
- 第四十話
───夜────
……21時前後
VIP市郊外
住宅街のなか静かに灯りをともす喫茶店……
夜になると真っ暗なその駐車場に、3台のリトラクタブル車がそれぞれの主人の帰りをじっと待っている……
青い70スープラ、シルバーのZ31フェアレディZ、黄色いNSX……
- 5
名前: ◆rHi47N9WYc
:2007/10/03(水) 21:49:37.86 ID:Pri+jGyeO
洋風な、洒落た店……
煉瓦造り
窓枠は西洋風の木製だ
思わずクラシックが頭の中で流れてきそうな光景だが、実際にもクラシックが流れている
たまに武満徹の『November step's』が流れたりするのはマスターの趣味なのだろう
店の中では上質なコーヒーの香りの中にひっそりと四人の人影が談笑している……
仕事のこと、学生時代のこと、休みの日のこと、クルマのこと……
('A`)「やっぱドリフトならベストな偏平率は60くらいじゃないかなぁと」
- 6
名前: ◆rHi47N9WYc
:2007/10/03(水) 21:50:08.42 ID:Pri+jGyeO
( ^ω^)「それだと15インチとかって話になっちまうお。」
ξ゚听)ξ「でも実際問題50以下だと滑り出しが掴みにくいんじゃないの?
4穴のシルビア&180SXならリヤ14インチで練習するのが一番いいわけだし」
(´・ω・`)「…………」
- 8
名前: ◆rHi47N9WYc
:2007/10/03(水) 21:51:35.82 ID:Pri+jGyeO
- ('A`)「たしかに交差点ドリレベルならばただ滑りさえすればいいってだけだから偏平低い方がやりやすいんだろうけどさ」
( ^ω^)「まあスピードレンヂが上がると限界も高くしなきゃ危ないってのもあるお」
ξ゚听)ξ「とりあえずラジアルタイヤはRE01Rかパイロットスポーツしか信用できないわ」
(´・ω・`)「……………」
- 9
名前: ◆rHi47N9WYc
:2007/10/03(水) 21:54:22.64 ID:Pri+jGyeO
('A`)「しかしアレだな、俺も本音いうとビッグタービンが欲しいよ。ブーンのZみたいにさ」
( ^ω^)「お?タービン交換かお?それはまたずいぶん思いきったことだお」
ξ゚听)ξ「やめときなさいよ、いままでみたいなレスポンスなくなっちゃうんでしょ?」
( ^ω^)「ツンはやっぱりNAで充分だと思うかお?」
ξ゚听)ξ「……正直そうは思わないけど、なにかを得るってことはなにかを失うってことにもなるわけだし……」
('A`)「……むむ」
(´・ω・`)「……………」
- 12
名前: ◆rHi47N9WYc
:2007/10/03(水) 21:57:48.70 ID:Pri+jGyeO
……………………………………………
…………………………
……………………
('A`)「お、もうこんな時間か」
( ^ω^)「そろそろ帰るかお。じつは明日も仕事早番なんだお」
ξ゚听)ξ「なによーもう帰るわけ……
べ、べつにあんたらともっと一緒にいたいってわけじゃないけど」
カウンターには若い男女が三人、
(´・ω・`)「…………」
この店の主、ショボンはいつも通り静かに三人のとりとめのない会話を聞いている
が、今日はさきほどからなにかそわそわと落ち着きがないようだ
- 14
名前: ◆rHi47N9WYc
:2007/10/03(水) 22:00:27.29 ID:Pri+jGyeO
- ( ^ω^)「じゃ、マスターお勘定してくれお」
('A`)「わりぃなブーン、今日はごちそうさま」
ξ*///)ξ「べ、べつに嬉しくなんかないんだからねっ」
(´・ω・`)「ああ………ありがとう、帰り気をつけてね」
('A`)( ^ω^)ξ゚ー゚)ξ「ごちそうさま〜」
(´・ω・`)ノシ「……………」
- 16
名前: ◆rHi47N9WYc
:2007/10/03(水) 22:03:00.90 ID:Pri+jGyeO
- (´・ω・`)「……………」
カチャリ、
若者三人が去り、一気に静寂になった店内
こころなしか照明も暗くなったように感じられる
それをヨーゼフ・リエラントのクラシック曲が優しく、包みこむように流れる
(´・ω・`)「…………ふぅ」
ブーンたちが去ったあとも、なぜか店を閉めようとしないマスター
おもむろにコーヒーカップを棚から取り出し、磨きはじめる……
- 17
名前: ◆rHi47N9WYc
:2007/10/03(水) 22:05:58.55 ID:Pri+jGyeO
- (´・ω・`)チラ「……………」
誰かを待っているのだろうか、ドアの向こうの闇をしきりと気にするマスター
(´・ω・`)「……来ないのかな」
カランカラン……
(´・ω・`)「………いらっしゃい、城川さん」
(‘_L’)「……ごぶさたしていました、ショボンさん」
(´・ω・`)「そろそろ来るころじゃあないかと思ってました。コーヒーは………キリマンジャロでよろしいですか?」
- 22
名前: ◆rHi47N9WYc
:2007/10/03(水) 22:13:04.00 ID:Pri+jGyeO
(‘_L’)「はい……いただきます」
30歳前後だろうか、スーツにコートを纏った背の高い男
どこかに少しばかりの『影』が感じとれるような……そんな男だ
(´・ω・`)「いかがですか?最近調子の方は……」
(‘_L’)「そうですね……特に不具合もなく維持できていると思います」
(´・ω・`)「それはなにより」
(‘_L’)「…………………………」
(‘_L’)「………やっぱりショボンさんはもう乗らないのですか?」
(´・ω・`)「…………」
- 27
名前: ◆rHi47N9WYc
:2007/10/03(水) 22:16:38.75 ID:Pri+jGyeO
- (´・ω・`)「…………」
(´・ω・`)「正直に言えば、また乗りたいとも思いますよ。
しかし、乗らないままでもそれもまた良いと思います」
(‘_L’)「しかし、いつかはまたショボンさんが乗るんでしょう?
……私があのクルマにずっと乗っていても……」
(´・ω・`)「貴方だからこそ、なんです
人間というのは不思議なことにですね、自分が本当に欲しい物、
喉から手が出るほど、心から欲しいと思っていた……
そういう物をいざ手に入れてしまうと実際なにも残らないものなんですよ
現に私もそうでした。
そう気がついた時、私はそれを遠ざける決心をしたのです」
- 29
名前: ◆rHi47N9WYc
:2007/10/03(水) 22:21:04.78 ID:Pri+jGyeO
(‘_L’)「……失礼しました。そういえば以前にもそんなことを聞いたことがありますね」
(´・ω・`)「ええ、半分押し付けっぽくなっちゃって申し訳ないとは思っていますが
……私にとっても貴方にとってもそれがベストだと思いましたから」
(‘_L’)「私は満足です……感謝しています」
(´・ω・`)「………………」
いつの間にかクラシックが途絶えていた
夜がまた、深くなっていく
「お代わり、いかがですか?」
その声を最後に、バーボンハウスの明かりはひとつずつ消えていった
- 31
名前: ◆rHi47N9WYc
:2007/10/03(水) 22:23:11.94 ID:Pri+jGyeO
- ─VIP市中心市街地─
─VIP郵便局─
たった今、四便のトラックが中央からの郵便物を置いて行ったばかりで、集配課は慌ただしかった
………時刻は、夕方
(‘_L’)「お疲れ様です」
……やっと、引き継ぎも済んで今日一日の仕事が終わった
一通り気のすむまで背伸びをし、体をほぐして私服に着替える
- 33
名前: ◆rHi47N9WYc
:2007/10/03(水) 22:27:06.04 ID:Pri+jGyeO
仕事の終わったこの時間帯はいつもながら清々しい
財布、携帯を確認してVIP局をあとにする
(‘_L’)「じゃあ、お先に失礼致します……」
「お疲れ様」
我々の勤務は一日キッチリ八時間、よほど忙しくない限りそう決まっている
しかし、それも今年までだ
郵便局……日本郵政公社がとうとう民営化されてしまった
これからは公務員ではない。利益の為に働かなくてはならなくなった
- 37
名前: ◆rHi47N9WYc
:2007/10/03(水) 22:29:32.37 ID:Pri+jGyeO
- (‘_L’)
私が郵便局員として採用されたのは7年前
……当時から既に民営化の噂は頻繁に立っていた
当時はまだ先の話だろうと鷹をくくっていたのだが、VIP郵便局の郵便課課長代理という役職になった今こそ改めて不安が感じられるようになってきた
とはいっても与えられた仕事をキチンとこなしていれば今までどおりの生活が送れるはずだとは分かっている
しかし、なにしろ妻も、子供もいる
家も買った。
結婚四年目の去年に、25年のローンを組んで
月々の支払いも決して楽ではない………
- 38
名前: ◆rHi47N9WYc
:2007/10/03(水) 22:31:54.99 ID:Pri+jGyeO
子供は幼稚園に入ったばかりだというのに妻もパートに出なければならなくなった
だからこそ、自分は妻の何倍も頑張らなくてはならない
城川フィレンクト、29歳
(‘_L’)「あっというまの20代……だったな」
本当にあっというまとしかいいようがないくらいあっというまだった
- 39
名前: ◆rHi47N9WYc
:2007/10/03(水) 22:34:38.19 ID:Pri+jGyeO
今にして思えばハタチのころ、25歳くらいの女性に言われた言葉もよく分かる。分かりすぎるくらいだ
『いまハタチなんだ?でもね、三日くらいしたらもう25歳になっていたりするのよ……』
(‘_L’)「…………」
その通り、とまではいかないが現実問題29歳になってみると………
あながち嘘ではなかったと感じられる
幸いなことに20代のうちに、やれることはやったつもりだった。
大学を出て公務員になり、結婚、そして出産とマイホーム購入
しかし、どうも納得がいかない
………もとより満足はしているつもりではあるが
納得がいかないというより、うまくいきすぎて気味が悪いのだ
いつか、なんらかの形で運に見放されて全てを失ってしまうんじゃないかという恐怖
そして、その恐怖はその時が来るまでずっと続くんじゃないだろうか
- 42
名前: ◆rHi47N9WYc
:2007/10/03(水) 22:41:11.54 ID:Pri+jGyeO
- (‘_L’)「……よくないな、マイナス思考では」
仕事の帰り、電車の中でひとりごちる
どうもこんな気分ではまっすぐ家には帰る気がしない………
(‘_L’)「そうだ、我慢するのは体に良くない……」
そう思った時から、まっすぐ帰るのを中止し、自宅を通り過ぎて駐車場に向かうことにした
自宅からは徒歩で四分くらいの場所に借りている駐車場だ
月7000円
VIP市内ということを考えれば破格の値段だった
大家との付き合いが深かったことが幸いしているのだろう。感謝しなければならない
- 44
名前: ◆rHi47N9WYc
:2007/10/03(水) 22:43:49.56 ID:Pri+jGyeO
- (‘_L’)「…………さて」
その月極駐車場には、八台ほどの契約車両が置いてある
停まっているのはみんな近所の住民のクルマだ
七年落ちのクラウン、ワゴンR、初代エスティマエミーナ、ミラジーノ……
この前まであったラフェスタはデュアリスに変わってたりもしている
そして一番奥には自分のクルマが停まっている
(‘_L’)「やはり……異質だな」
- 46
名前: ◆rHi47N9WYc
:2007/10/03(水) 22:50:44.16 ID:Pri+jGyeO
『異質』なのは色ではない、形というわけでもない
纏うオーラだ
愛車を見ると充足感とともに、いつも背徳感や罪悪感も同時に感じてしまう
それは、こういうクルマを選んだ者の宿命なのだろう
白い、スカイラインGT-R
33RのGT3037仕様
(‘_L’)「さて、行くか……」
エンジンが掛かると閑静な住宅街は一瞬戦闘的な爆音に包まれたが、やがて33Rの息吹は私を乗せてゆっくりと移動していった
「稀に見る……いい流れだ」
……………………………………
…………………………
- 50
名前: ◆rHi47N9WYc
:2007/10/03(水) 22:54:43.93 ID:Pri+jGyeO
(*゚ー゚)「……何を考えているの?」
………………何時頃だろうか
薄暗い部屋、閉めきった窓
ベッドサイドランプだけが遠く、狭く細々と光を放つなか……
ベッドの中に、ふたりはいた
( ,,゚Д゚)「いや……別に……」
ギコはぼんやりと壁を眺めながら……しぃに背中を向けたまま答える
- 51
名前: ◆rHi47N9WYc
:2007/10/03(水) 22:57:19.11 ID:Pri+jGyeO
(*゚ー゚)「……ねぇ、ギコ君」
しぃは、まるで自分の裸体を隠すかのように、うっすらと汗の浮いたギコの背中に擦り寄る
( ,,゚Д゚)「ん……?」
ギコは壁を見つめたまま、動かない
(*゚ー゚)「あのクルマ……GT-Rはどうなっているの?」
しぃは目を閉じ、ギコの肩にそっと指先を這わせる……
- 53
名前: ◆rHi47N9WYc
:2007/10/03(水) 23:03:14.10 ID:Pri+jGyeO
( ,,゚Д゚)「ああ……あれはジョルジュんとこの工場に預けてあるんだ」
(*゚ー゚)「どこか壊れたってこと?あれ一応わたしのクルマなんだけどなぁ?」
そう言いながらも、しぃは少しも険悪な表情は見せない
むしろ楽しすぎて、嬉しすぎて……それを我慢しているような表情だ
GT-Rのことなど気にもかけていないような……
そうしてギコの首筋にそっと頬擦りをする、
( ,,゚Д゚)「ああ、あのクルマには足りない、牙が……
今のままではホンモノにはなれない……
百獣の王には牙が必要だろう?だから……ジョルジュにホンモノをオーダーしたんだ」
- 56
名前: ◆rHi47N9WYc
:2007/10/03(水) 23:09:13.47 ID:Pri+jGyeO
(*゚ー゚)「ふーん……」
しぃは、ギコの背中にくちづけをしながら、それともなしにギコの返事を聞いていた
( ,,゚Д゚)「悪いな、お前のクルマなのに……」
(*゚ー゚)「ううん……それより」
- 58
名前: ◆rHi47N9WYc
:2007/10/03(水) 23:11:50.04 ID:Pri+jGyeO
(*゚ー゚)「こっちを向いて欲しいの」
( ,,゚Д゚)「うん?」
やっとこギコが振り向いた瞬間に、しぃは震えながら唇を重ねた
「つっ……………」
- 59
名前: ◆rHi47N9WYc
:2007/10/03(水) 23:13:02.93 ID:Pri+jGyeO
…………ぎし、ぎし
しぃは、もともと欲しくてGT-Rを買ったわけではない
…………あん…………あん……………
ギコからの、プロポーズが欲しかった
ベッドサイドランプの光は、傾いていく二人の影を映し、やがてスイッチがオフになった
第四十話 完
-
戻る