- 4 :
◆rHi47N9WYc :2007/06/16(土)
21:01:32.44 ID:7BOBXyMzO
- 第三十四話
─深夜、VIP市の山間区─
中心都市部とは比べ物にならない静寂と暗闇が一帯を包む……
冬の夜中のアスファルトは冷たく引き締まり、クルマの到来を待っている……
奥の方から少しずつ近付いてくるのは静寂を突き破るエキゾーストノート
闇を切り裂くハイビーム
RB26DETTという心臓を積むS15シルビア
- 6 :
◆rHi47N9WYc :2007/06/16(土)
21:07:11.35 ID:7BOBXyMzO
- ( ・∀・)y ̄~「………」
峠の中腹、私以外には誰もいないレストハウスの駐車場。
全盛気と比べると少し寂しいが……独りで一服していた
( ・∀・)y ̄~
……峠のようなワインディングを攻めるのは男性的な快感がある
コーナーの曲率、ギャップを把握し、ブレーキングにシフトダウン、そして狙ったラインでコーナーという女体を走り抜ける
ドリフトで大胆に行くときもあればグリップで丁寧にいくこともある……
うまくラインを通れば快感だが、しくじると萎える
…そういった一連の動作はまさにセックスにおける男性だ
- 8 :
◆rHi47N9WYc :2007/06/16(土)
21:11:26.72 ID:7BOBXyMzO
- 対して、湾岸のようなストレートを全開で走るのは女性的な快感になるだろう
走っているのは自分なのに、いつも受動的なイメージ…
パワーに……スピードに自分が飲まれていくからだろうか
もっとパワーを…さらなるスピードを求めてしまう
250キロ以上の速度域ともなると、もうどうなっても構わないとまで感じてしまう
そして最後の最後まではなかなか達することが出来ない
……まあ女性の性感については……私は男だからよくわからんがね
- 10 : ◆rHi47N9WYc :2007/06/16(土)
21:13:24.74 ID:7BOBXyMzO
- ( ・∀・)(面白いな…ペロティーを感じるほどに…)
そういえば湾岸は随分ごぶさただ。あのZ32と走って以来、あそこには行っていない
プギャーともしばらく会っていなかった。
あいつと会うのはいつも新制首都高だ。だから会うときは頻繁になることもあるし、まったく会わない時期もある
そして……私はそれでいいと思う
さしたる用も無いのに会うことも無い…
いつか、会うべきときに自然と会うだろう。
( ・∀・)「………帰るか」
吸い終わったラークを灰皿に捨て、モララーは再びS15に乗り込んだ。
短い夜だった
- 13 : ◆rHi47N9WYc :2007/06/16(土)
21:17:47.61 ID:7BOBXyMzO
- 12月28日
満月の夜だった
犯罪の多い夜
満月は人の心に狂気を植え付けるからという説があるとかないとか……
とりとめもなくそんなことを考えながら……私は、自宅の窓から空を眺めていた
ξ///)ξ「…………ハァ」
あのクリスマスの夜、ブーンと港で抱き合った
その後のことも覚悟していた
覚悟と言っていいかどうかわからないけど……
けれどそんな予感も、前兆も、充分すぎるほどにあった
ああ……思い出してみても恥ずかしい……
- 16 : ◆rHi47N9WYc :2007/06/16(土)
21:22:05.58 ID:7BOBXyMzO
- 回想…………………………
………………
VIP港海浜公園
月に照らされた水面が揺らぎ、
湾岸を駆けるクルマのエキゾーストに空気が揺らぐなか
「ツン!」
ブーンに、抱き締められた
「……!!」
ブーンの体のぬくもりを感じ、寒さでこわばっていた私の体も自然と力が抜けていく……
「ブーン……」
- 17 : ◆rHi47N9WYc :2007/06/16(土)
21:23:49.94 ID:7BOBXyMzO
- ─認めた─
……いま、抱き締められることを拒否しない
だから私も……
私も、ブーンの背中に腕を回した。
この状況を、私は認めた。
ブーンになら、いやブーンだからこそ、抱き締められることを……
お互いに抱き締め合うことを
ブーンの胸に顔を埋め、私は彼の抱擁を受けて……私は思う。
『ああ、これでいいんだわ……』
- 18 : ◆rHi47N9WYc :2007/06/16(土)
21:27:11.42 ID:7BOBXyMzO
- そう思った瞬間から、
さっきまでのぎこちない時間の流れは、
いつしかとてもゆるやかに、心地よい時間の流れに変わる
ブーンの心臓の鼓動と私の心臓の鼓動……ブーンの吐息と私の吐息……
抱擁を受けながら、繰り返される鼓動、吐息……
「……ツン、僕は……僕は……」
「……うん、」
言葉を発したのち、ゆるやかに心地よく流れていた時間は、再びぎこちない流れに変わる……
私はそっと目を閉じ、軽く顎を上げた……
- 20 : ◆rHi47N9WYc :2007/06/16(土)
21:31:19.32 ID:7BOBXyMzO
- 暗い、夜の闇のなかで目を閉じたら何も見えない……
けれど、ぬくもりが……私の唇に少しずつ近づいてくるのが分かる
─今なら、後に退ける─
一瞬そう思った。
でも、退かない
(これで……いいの)
一瞬と一瞬が繋がる……
それは永遠で、純粋なはずだった
- 23 : ◆rHi47N9WYc :2007/06/16(土)
21:34:57.08 ID:7BOBXyMzO
ガサガサッ……
('A`)「あれ?ブーンじゃん、なんでこんなとこにいr……」
- 24 : ◆rHi47N9WYc :2007/06/16(土)
21:36:41.70 ID:7BOBXyMzO
- ξ*゚听)ξ「え……」
( ^ω^)「お?」
(;'A`)(あ………やっべ!!今めちゃめちゃイイ雰囲気じゃねーか
……どこまで空気読めてねーんだ俺!バカバカバカバカ俺!)
- 28 : ◆rHi47N9WYc :2007/06/16(土)
21:39:48.81 ID:7BOBXyMzO
- ( ;^ω^)「な、なんでドクオがここにいるんだお?」
(;'A`)「あ……いや、さっきまで上で走ってたもんだから、ついでに夜景見に来たんだが…
……スマンちょっと急用が出来ちまった、帰るわ」
( ;^ω^)「……そうかお」
ξ゚听)ξ「………」
- 30 : ◆rHi47N9WYc :2007/06/16(土)
21:42:32.83 ID:7BOBXyMzO
- ドクオは慌ててスープラに乗り、そのままどこかへ走り去った
後に残された私たちは、そのままボーッとしてたことしか覚えていなかった
( ;^ω^)(…………正直空気嫁お)
ξ#゚听)ξ(ドクオうぜぇ……)
(;A;)(あ〜〜俺ってば最低ぢゃん……空気嫁てないどころじゃねー……ウツダシニタイ)
- 33 : ◆rHi47N9WYc :2007/06/16(土)
21:45:19.12 ID:7BOBXyMzO
- ……………………………
…………………
ξ゚听)ξ
……そんなことがあったお陰で、結局その晩はなにもせず、二人でさっさと帰ってしまったわ
なんで何もしなかったのかですって?
だって……私もブーンも無言になっちゃってすごい気まずかったし
なにより目を閉じるとなんか闇夜の中からこっちを窺うドクオのあの顔→('A`)がまた浮かんできちゃったんだもの
とても再びそんな気分にはなれなかったんだから仕方ないわ
でもブーンにはあのあとまたひどいこと言っちゃった気がするなぁ……
ふ、ふんだ!悪いのは全部ドクオなんだからねっ!
あ〜恥ずかしい……
つくづくこういうのってタイミングよね……
- 34 : ◆rHi47N9WYc :2007/06/16(土)
21:49:32.79 ID:7BOBXyMzO
- 从 ゚∀从
ここらへんは……茨城の水海道あたりになるのかなぁ
水海道といえば昔はスカイラインミュージアムもあった街だ
わざわざ来たこともあったっけか、懐かしい……
本当はクルマを降りて街を散歩でもしたいところだが……仕事中だからそうもいかない
あくまで車内から景色を楽しむだけだ
- 38 : ◆rHi47N9WYc :2007/06/16(土)
21:53:39.55 ID:7BOBXyMzO
- 从 ゚∀从「ふう」
今日もこうして4トン車のハンドルを握り、
週に一度の茨城ルートを進む。
今走っているのは国道354号……これといって特徴のない田んぼばかりが目立つ道だが、東の空には一つも山が見えない
……すなわち海があるということだけがここが茨城であるということを感じさせるわけさ
……まあ道が空いているから気がつくといろいろととりとめの無いことを考えてしまうのはいつものことだ
やっぱりドライバーという職業はあたしに合っているらしい
- 40 : ◆rHi47N9WYc :2007/06/16(土)
21:56:14.81 ID:7BOBXyMzO
- 从 ゚∀从
しかしまぁ、あたしは『走り屋』という言葉は嫌いだ。
ハァ?アンタも走り屋なんじゃないのかって?
………まぁ否定は出来ないが肯定もしない
……その前にだな
そもそも良識あふれる世間一般からは『走り屋』とはどんなイメージで捉えられているか考えてみた方がいい
『ワケのわからんクルマでブイブイいわせてイイ気になってる貧乏くせぇ馴れ合いDQN』
……極端に結論言えばそんな感じでしょ?
…だからあたしはクルマ好きではあるけど『走り屋』なんて呼ばれるのは勘弁だ
- 43 : ◆rHi47N9WYc :2007/06/16(土)
21:58:59.97 ID:7BOBXyMzO
- まああたしがこんなこと言ったってべつにクルマで突っ走ることが正当化されるわけじゃないし、てか暴走行為になっちまうし
実際どちらにしても似たり因ったり……不毛な議論を生むだけだろう。かなしきかな
从 ゚∀从「………いかんな、運転ばかりしてっと訳わからんことばかり考えちまう」
……昨日はずっとエビフライの美味しさについて考えていたし、一昨日はミニ四駆のことだった。
つくづく妄想に不自由しない仕事だ
そしてつくづく私は自分が女であることを忘れそうになっちまう
- 45 : ◆rHi47N9WYc :2007/06/16(土)
22:01:47.12 ID:7BOBXyMzO
- 年が明けた1月3日
VIP市の住宅街付近にある喫茶店『バーボンハウス』
いつも変わらないこの店は、いつだってこの街で憩いを求める人々を受け入れている……
(´・ω・`)「ああ、平和な三箇日だ…と、あの音は……
いつもの顔振れだね」
カランカラン……
(´・ω・`)「やあ、ようこそバーボンハウスへ」
- 47 : ◆rHi47N9WYc :2007/06/16(土)
22:06:56.70 ID:7BOBXyMzO
- (メ'A`)「うぃ」
( ^ω^)「おいすー!」
(´・ω・`)「ひさしぶりだね。…というかドクオ君、その顔の傷はどうかしたのかい?」
(メ'A`)「まあ……いろいろと深いわけがあったんですよ……」
( ^ω^)「そうなんですお。大人の事情で……まあ話すと長くなるんで気にしないでくださいお」
(;´・ω・`)「まあ、話したくないならいいんだ。失礼したね、
じゃあせっかくだからエスプレッソでも飲んでもらおうか」
……スープラとZが入ってきたときからマスターは既にコーヒーの用意をしていたらしく、すぐにエスプレッソが二人の前に出された
- 48 : ◆rHi47N9WYc :2007/06/16(土)
22:09:16.49 ID:7BOBXyMzO
- (メ'A`)「いただきます…」
( ^ω^)「ズズッ……強いコーヒーだお…」
(´・ω・`)「それにしても……二人とも仕事が続いているようでなによりだよ。頑丈だね」
(メ'A`)「まあ…たまにダルいこともあるけど、お金のためですからね」
( ^ω^)「僕のとこの職場はいい人ばかりですお。おかげでスムーズに回ってますお」
(´・ω・`)「そうか………」
- 49 : ◆rHi47N9WYc :2007/06/16(土)
22:13:12.98 ID:7BOBXyMzO
- (´・ω・`)
二人は……共に22歳になったばかりか
ドクオとブーンを見ているとやはり自分の若いころを思い出すな……
あえて本音を言わせてもらえば
社会のことも、世間のことも、
まだまだわかっちゃいない年齢だ……
強がったり、粋がったりしても、まだまだサマにならない
まあ格好なんてものは…叩かれて、流されて、揉まれて年齢を重ねるうちに、自然とついていく。
- 51 : ◆rHi47N9WYc :2007/06/16(土)
22:16:07.23 ID:7BOBXyMzO
- そういうものだと誰かが言っていたし、
事実自分のケースもその通りだった
この二人だってまだまだこれから色々なことを乗り越えなくちゃならないだろう……
(´・ω・`)「……まだまだ通過点にすぎない、かな
二人とも、今年も頑張ってね」
(メ'A`)( ^ω^)「「把握」」
(´・ω・`)「……………」
マスターは目を細め、窓の外のZとブーン、ドクオとスープラを交互に見つめるのであった
- 54 : ◆rHi47N9WYc :2007/06/16(土)
22:22:39.10 ID:7BOBXyMzO
おとなしすぎた学生時代だった
勉強をやれと言われた
部活をやれと言われた
勉強も部活も充実してくると楽しかったのは事実だ
それに、そういうことをすると親や教師はじめとする大人たちが安心する
でも高校生になって、バイトや免許の類に手を出そうとすると、大人たちはいい顔をしなかった
免許やバイトだって勉強や部活と同じくらい有意義なことのはずなのに……
それが……どこか気にいらなかった
そこから、オレはシラけてしまったんだ
- 55 : ◆rHi47N9WYc :2007/06/16(土)
22:24:30.49 ID:7BOBXyMzO
- いつしか大人たちの思うままに、勉強や部活をするのがむしょうに馬鹿らしく感じられてきた
自分のやりたいものは自分で見つけるものだ
自分のやりたいことを、やれることをできないなんて糞くらえだ
そう決めたときから俺はずっと………
( ,,゚Д゚)
- 57 : ◆rHi47N9WYc :2007/06/16(土)
22:33:15.39 ID:7BOBXyMzO
- ( ,,゚Д゚)
色々と紆余曲折もあった。
それでも手に入れたいものは、無理をしてでも手にしてきた
免許を取り、大学に入り、マークUを買い、FCを買い……
去年の夏に湾岸で事故を起こして以来、クルマからは足を洗った
その後は、もとから真面目にやってた食品会社の仕事はますます真面目になり、課長に抜擢された。
嬉しい昇進だった
今年で……26歳。
クルマを降りてからというもの蓄えもそれなりに貯まり、体も特に異常はなく、健康そのもの……
順調だ、順調な26歳……
- 61 : ◆rHi47N9WYc :2007/06/16(土)
22:38:13.95 ID:7BOBXyMzO
- おっと、時間だ
( ,,゚Д゚)「それじゃ朝礼はじめるぞゴルァ」
この会社に入って四年……辛い思い出も多いが、こうして課長になったオレは部下と共に仕事に打ち込まんと、今日も一日が始まる……
………………………
「すいません、課長ってクルマ詳しいんですよね?
僕こないだ中古のスカイライン買ったん………」
( ,,゚Д゚)「悪いがクルマには詳しくない。そんなことより仕事に戻れゴルァ」
「は、はい!」
………………
- 63 : ◆rHi47N9WYc :2007/06/16(土)
22:41:52.43 ID:7BOBXyMzO
- ………………
「課長、例の企画会議の件なんですが……」
( ,,゚Д゚)「すまん、ちょっと待っててくれ、今から専務のとこに行かなきゃならん、書類のことは係長にでも言っとけゴルァ」
………………………
「課長、営業ルートで新制首都高湾岸線使うことになるんですけど…港湾料金所が……」
( ,,゚Д゚)(湾……岸……線…………)
新制首都高湾岸線
煌めく水銀燈
照らし出された三車線の路面……
「あ、あの?どうしました課長?」
まずい、思わず思考が止まっちまった……悪い癖だ……
( ,,゚Д゚)「あ……いや、なんでもない」
「えーと、それでですね、湾岸地帯の取引先に向かうにあたって…………」
- 65 : ◆rHi47N9WYc :2007/06/16(土)
22:45:18.97 ID:7BOBXyMzO
……………どこまでも、どこまでもアクセルを踏んでいける……
遠くに見える街の明かりはいつしか流れ星に変わり……
少しずつ迫るテール。あの白い33R……
( ,,゚Д゚)(…………)
「か、課長、聞いてます?」
………………………
- 68 : ◆rHi47N9WYc :2007/06/16(土)
22:50:36.90 ID:7BOBXyMzO
- ……………それがついこの間までの生活だった
クルマはもう乗らないつもりでいたから……そこそこ無難な、それでも安定した生活だった
日々淡々と仕事をこなし、それが終われば近所のスーパーで晩メシの材料を買う、
もしくは誰かと外食をして、夜は日付が変わる前に眠りにつく……
しかしおかしい、
なにかが間違ってる……釈然としなかった
うすうす気がついていたんだ
そうだ。俺らしくなかったんだ
生活が完全に沈着してしまっている
結果としてクルマを遠ざけて手にした『安定』は『堕落』だった
- 72 : ◆rHi47N9WYc :2007/06/16(土)
22:55:26.69 ID:7BOBXyMzO
- 退屈な日常こそが最高の贅沢だとよく言われるが、それで満足できるほど俺は落ち着いてはいなかったらしい……
男は冒険をしなくては生きていけない。
常に野心を持って、魂を燃やせなくては価値はない
ろくすっぽ回していないエンジンはどんどん回らなくなってしまうのと同じ。
それはとどのつまり堕落の道へと繋がる
それを改めて悟った
そう思っていたところに現れたのがあのBNR32だった。
スカイラインGT-R
しかもそれを乗ってきたのはしぃだ。
- 74 : ◆rHi47N9WYc :2007/06/16(土)
22:58:52.64 ID:7BOBXyMzO
- 『クルマにはもう乗らない……』
このとき、事故ったとき以来持っていたこの観念は完全に消え去った。
消したのは、しぃだ
そしてオレは再び引き込まれてしまった
まるで不可抗力であるかのように
予定の出来事であるかのように………
今度こそどんな結末が待っているかわからない……
それでも、またあの感覚を呼び戻せるのなら………
第三十四話 完
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