1 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/14(日) 20:07:33.14 ID:3WWLbW97O
 


 我が子らよ、
 我が子らよ、
 何故生きる。
 神の心がわかって、
 おそろしいのか。

「ドグラ・マグラ」巻頭歌 改詩




2 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/14(日) 20:09:41.86 ID:3WWLbW97O
最初にまず無が存在した。
無は無であるが故に、その存在を何者にも認識されない。
認識なき故に、無は無で有り続けた。
始まりもなく終わりもなかった。
しかし、間違いが起こってしまった。

無を認識する者が現れてしまったのである。
その者は無の内側より生まれ、生まれて間もなく無を認識した。
途端、他者からの認識を受けた無は、無ではなくなり有となった。
有は瞬く間に無を侵食し、質量が支配する次元を構築した。
宇宙の誕生である。

さて、無より生まれ出た者だ。
その者は、悠久の時をたった一人で宇宙を漂っていた。
数年、あるいは数億年。
その者は宇宙にひとりぼっちだった。

ある日、遂にその者は堪え切れずに涙を流した。
零れ落ちた涙は、広大な闇の中にて燦然とした輝きを見せた。
いつしか宇宙のいたる所で、その者が落とした涙が光りを放つようになった。
その者は自らの涙を星と呼んだ。


3 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/14(日) 20:11:16.03 ID:3WWLbW97O
とある星には沢山の生き物が住んでいた。
その者は数多くいる生物の中でも最も知性の高い、人間の前に降臨した。
人間達は天より現れたその者を神と呼び崇めた。
神は自分を崇める者達に力を与えた。
かくして神は孤独から解放され、代償に崇拝者に力を分け与える事によって、
産まれ持った力の大半を失った。
神が人間と近しい存在となった後も、人間は変わらずに神を崇め続けた。

人間と同じ地平に立ち、共に生きる事で、神は永き旅路の孤独を癒した。
己が魂の充足を感じた神は安堵し、そこで初めて睡眠という欲求を求めた。
それを知った崇拝者達は、直ぐさま辺境の地に神の寝床となる神殿を建設した。
神は喜び、神殿に設置された揺り篭に収まると、早々に寝息を立て始めた。

神の眠りは人の一生より遥かに長い。
神は、自分が眠っている間に人間達が愚かな行いをしないようにと、
神の力を強く受け継いだ七人の崇拝者に、『地球』の管理を任せる事にした。
5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/14(日) 20:12:48.60 ID:3WWLbW97O
七人の崇拝者は、各々が明確な意思を以って個々に活動を始めた。

崇拝者の内、一人は斥力となった。
地の底の揺り篭で眠る神の側に、易々と他の生物が近づけないように。
しかし、斥力は想像以上に強大過ぎた。
星に住まう者達が余りにも強い反発力に弾かれて、宇宙まで飛ばされてしまったのだ。
これでは神が目覚めた時には地球から誰もいなくなってしまう。
そうなれば、神は再び深い悲しみと孤独の波に飲まれるだろう。
そこでもう一人が引力となった。
外界まで飛ばされた生物を全て引き戻し、それを星に縛り付ける役目を得た。
こうして相反する二つの力は、神の安寧という共通した目的の下に世界に君臨した。
7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/14(日) 20:14:50.80 ID:3WWLbW97O
一人は神に刃を向ける反逆者となった。
力を手にして傲慢になったその反逆者は、
新たなる神としてかの星に降り立ち、旧き神の殺害を企てた。
一人は神に逆らう者を罰する守護者となった。
守護者は、背信行為に組する輩を『悪』と見なし、
旧き神に仕える者全てを『善』と呼んだ。
やがて善悪という二通りの組分けは、地球の人間の思想にまで影響を及ぼした。
人は己が信じる道へと進み、我が道こそが善だと語った。
そして、違う道を歩む者達を一方的に悪だと罵った。
旧き神、新しき神、人が神の座を模した偽りの神。
人々は時代と場所によって信仰の対象を変化させた。
それが宗教の始まりであり、同時に見解の相違からなる争い、
すなわち戦争の始まりともなった。
ばらばらに散った思想を一つに纏めでもしない限り、
反逆者と守護者、善と悪との戦いは永遠に終わる事はないだろう。
こうして世界は争いの絶えない醜き地獄と化した。
9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/14(日) 20:17:08.81 ID:3WWLbW97O
一人は天災となった。
驕り高ぶる人間達に、眠れる神に代わって裁きを降そうとした。
時には、天を目指して建てられていた塔に雷を落とし、
塔に居た人間の言語を複数に分ける事によって、塔の完成を阻止した。
ある時は、心汚い人間達を一斉に排除しようと、大洪水を起こして島々を沈没させた。

流石にやり過ぎだと考えたもう一人は、人の姿のままで人間達と接触し、
天災から身を守る術を教えた。
前述の大洪水の折りは人間に巨大な船を造らせ、
その中に多種多様の生物を乗せさせる事により、生命滅亡の危機を免れさせた。
後に彼は人間の王となり、人々の行動を制限するための『法』を制定する。
王の力で人間達が多少まともになったと思った天災は、
これ以降は大規模な天変地異を起こさぬと約束した。

10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/14(日) 20:19:34.92 ID:3WWLbW97O
斥力、
引力、
反逆者、
守護者、
天災、
王、


七人の崇拝者の内六人は、それぞれの主観的な価値観で自らの形を歪めた。
そして残された最後の一人である『私』も、私自身の判断で存在を変質させた。

私は歌い手となった。
我が愛しき神の傍らで、優しき子守唄を謡うためだけの存在となった。
外は彼等が激しく暴れ狂っているせいで、我が神の安らぎが乱される。
だから私は、我が神がいつまでも平穏でいられるようにと希う。
尊き願いを詩に乗せ、いつか目覚めるその時まで、
せめて安らかなる夢を我が神が見られるようにと謡い続ける。

11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/14(日) 20:21:02.35 ID:3WWLbW97O



神の子らよ、
神の子らよ、
思うが侭に生きましょう。
我らが鼓動、歌となり、
かの神を白痴の眠りへと誘う。
我らが息吹、風となり、
かの神の揺り篭を揺らす。

我らが魂、灯となり、
また暗き地上の贄となりて、
かの神の箱庭に満つ。

13 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/14(日) 20:23:01.13 ID:3WWLbW97O


――宝物が宝箱に入っているとは限らない


1.『開かずの扉の向こう側』


宝箱に宝物が入っているとは限らない――


14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/14(日) 20:24:35.55 ID:3WWLbW97O
僕の乗った雪上車は、上陸地点のベースキャンプから発進し、
現在は南極大陸の東部を走っていた。
雪原の不整地の道を行く雪上車は、その無限軌道の力を遺憾無く発揮している。
光り輝く銀の大地を踏み砕き、かつて先人達が労を成したであろう極寒の島を、
猛牛の如く軽々と突破するその勢いに、僕は思わず感嘆の意を表した。

( ^ω^)「いやあ、これはなかなか爽快感のある乗り物ですお」

ありきたりな僕の感想を聞いた雪上車の持ち主兼運転手のモナー氏は、
ハハハと愉快そうな笑い声を上げると、振り向いて後部座席を見てきた。
白髪下の人の良さそうな紳士の顔に、柔和な笑みを浮かべている。

( ´∀`)「喜んで頂けたようでなによりモナ、Mr.ナイトウ。
       本当は犬ゾリを用意したかったのですが、何しろ急ぎの用件でしたので」

( ^ω^)「いえ、僕は寒いのが苦手なので、寧ろ嬉しい計らいでしたお。
       というか前を見て運転してくださいお、クレバスに落ちたら洒落になりませんお」

15 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/14(日) 20:27:29.54 ID:3WWLbW97O
僕がそう言うとモナー氏は前に向き直った。
モナー氏はそれでも会話を止めるつもりはないのか、バックミラー越しに僕と目を合わせてきた。
まあ、目的地に到着するまでは僕も暇を持て余す運命にあるので、問題はないのだが。
折角この冒険に同行してきた友人も、乗車してから一度も口を開こうとしてくれないし。
小刻みに震える車の中で、僕の隣に座って黙々と本を読む友人の態度に軽く悲しみを覚えたが、
それもいつもの事だと割り切ってモナー氏との会話に専念する。

( ´∀`)「残念モナ、犬ゾリはこの車以上にスリルと爽快感に溢れているのに」

( ^ω^)「うーん……それでも僕はこっちの方が性にあってますお」

( ´∀`)「そうモナか」

この初老の紳士は、よほど犬ゾリが好きなのだろうか。
本当に残念そうなその様子に、僕は無意味に罪悪感を覚えた。


16 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/14(日) 20:29:19.79 ID:3WWLbW97O
( ^ω^)「ところで、件の『遺跡』までは後どれくらいで着きますかお?」

僕は咄嗟に話題を変えるという苦肉の策を持ち出した。

( ´∀`)「そうですね、後大体二時間程モナ」

先程までの暗い表情を一瞬にして消し去ったモナー氏は、気持ち良く僕の策に乗ってくれた。
こういう切り替えの早さは、やはり年長者の強みなのだろうか。

(*゚ー゚)「あら、まだそんなに掛かるの?」

ここで初めて読書家の友人が言葉を発した。
どうやら持参してきた本はもう読み終わったらしく、ようやく彼女も口を開く気になったようだ。
英訳版のドグラ・マグラを膝の上に置いた少女は、
艶のあるブロンドの髪の下に覗くかわいらしい瞳を瞬かせながら、モナー氏に問い掛けた。
18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/14(日) 20:31:58.05 ID:3WWLbW97O
( ´∀`)「はい、距離的にはそれほどでもないのですが、雪上車の速度に限界があるせいモナ」

(*゚ー゚)「ふうん、そうなの」

モナー氏の説明を聞いた我が友人は、どうでも良さそうに返事をした。

( ´∀`)「モナモナ、あなたのような若い人には少々退屈な旅かもしれないモナね」

(*゚ー゚)「そんな事ないわ。私はとっても楽しんでいるわよ」

( ^ω^)「残念ながら僕にはそうは見えないお、しぃ。
       君はずっと、本の細かい文字ばかり見ているお。少しは外の美しい景色も堪能したらどうだお」

若きシーキャットは、車窓の景色に目を向けた。
それもつかの間、しぃはすぐに車内の僕の方へと視線を戻す。

(*゚ー゚)「眩しくて目が痛いわ」

彼女の発言に、僕とモナー氏は同時に噴き出してしまうのだった。
だか、表ではどんなに明るく振る舞ってみせても、
今の僕の心には拭いようのない不安がこびりついて離れないでいた。
思えば、最初に彼女がこの冒険に同行したいと申し出てきた時から、
虫の知らせとも呼べるある悪い予感が、僕の胸の内に住み着いていたのかもしれない。
僕はゆっくりと目を閉じ、数週間前のある出来事を思い出す事にした。

19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/14(日) 20:35:29.40 ID:3WWLbW97O
二週間前。


耳の中に携帯電話の着信音が鳴り響いた時、僕はロズウェルに降り立った地球外知的生命体と握手して、
大量の拍手とカメラのフラッシュを浴びている夢を見ていた。
夢とはいえ楽しいひと時を邪魔されて少々不機嫌だった僕も、電話を掛けてきた相手が誰だかわかった途端、
驚きのあまり革張りのソファーから転げ落ちてしまった。
携帯のサブディスプレイには『シーキャット・C・ワーズワース』と表示されていた。

(;^ω^)「も、もしもし!?」

慌てて電話に出ると、

(*゚ー゚)『久しぶりね、ホライゾン・ナイトウ』

通話口の向こうから凜とした女性の声が聞こえてきた。
この声は間違いない。彼女の声だ。

( ^ω^)「しぃ……無事だったのかお」

(*゚ー゚)『? 当たり前でしょ?』

さも当然のように言い放つしぃに、僕は呆れると同時に、
今まで彼女の安否を気にかけていた事が、ものすごく馬鹿馬鹿しく思えてきた。

20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/14(日) 20:37:33.41 ID:3WWLbW97O
僕は三年前に、ある事件に巻き込まれた際に彼女と出会った。
その事件で僕は、当時まだ十五歳だったしぃに命を救われ(ちなみに僕は二十九歳だった)、
意図せずに世界の裏側に潜む恐ろしい真実を知ってしまったのだ。
三十路近い大の男が、十代半ばの少女に助けられるなんてなんとも情けない話だ。
自分でも自覚はしているのだが、僕は彼女と出会うきっかけとなった事件を、生涯忘れる事はないだろう。
そのドラマチックな出会いの物語りについては、別の機会があれば語ろうと思う。

ともあれ、そういった経緯があって僕としぃは知り合いになり、事件以降はお互いに連絡を取り合ったり、
暇があればに一緒に食事に行って、他愛のない世間話に花を咲かせる程度の関係になっていた。
が、ある日を境に彼女との連絡が一切付かなくなった。

彼女にも忙しい時期というものがあるのだろう。
最初はそう楽観的に見ていたのだが、それが一ヶ月も続くと心配になり、
半年が経つ頃には彼女の生存を疑うほどになっていた。
僕は彼女の正体を知っており、彼女が何と戦っているのかも知っていた。
だからここまで長い間消息が解らなくなるという事は、
彼女の身に何かあったのだと危惧せざるおえない。

無論、彼女に恩人としての敬意を抱いており、
尚且つ自分は彼女の親友でもあり保護者でもあると自負していた僕は、
あれこれ手を尽くして捜索を試みたのだが、彼女の消息はようとして知れなかった。
一年の月日が流れる頃には、僕はもう彼女の生存を諦めていた。
22 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/14(日) 20:41:26.26 ID:3WWLbW97O
しかし彼女は一年もの間どこで何をしていたのか。
散々心配をかけられた僕には、それぐらい知る権利はあるだろう。
あわよくば面と向かって、恨み言の一つや二つや三つでも言ってやりたい気分だ。

( ^ω^)「折角連絡が取れたのだから、会って食事でもしながら話そうお。
       積もる話もそれなりにあるだろうし」

(*゚ー゚)『私は最初からそのつもりだったわ。あとちょっとであなたの家に到着よ』

(;^ω^)「は? 君は今何処に居るんだお?」

(*゚ー゚)『シカゴ郊外。ちょうどリンカーン通りを抜けた所ね。
     徒歩だからまだ二十分ぐらい掛かるかしら』

(;^ω^)「えー」

まさかそんなに近くにいるなんて。
全くの予想外だ。
24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/14(日) 20:44:49.49 ID:3WWLbW97O
(*゚ー゚)『不満そうね、しばらく会ってないから嫌われちゃったみたい』

(;^ω^)「いや、そうじゃないんだお。ただ……」

(*゚ー゚)『ははーん、わかったわー』

急に声音が優しい物へと変わる。
優しい、というよりも何か新しい玩具でも見付けて喜んでいるかのような。

(*゚ー゚)『やだわナイトウ、それならそうと早く言ってくれたら良いじゃないの。
     まさか超奥手のあなたが、自分の家に女性をたらしこむなんて』

( ^ω^)「それはない。ただ酷く散らかっているから来ないで欲しいんだお」

携帯片手にぐるりと部屋の中を見渡す。
ここは僕の家のリビングなのだが、床や絨毯の上には書類とゴミなどが散乱しており、
足の踏み場もないといった様相だ。
他の部屋は勿論の事、玄関でさえも中々に酷い。
こんな汚い場所にレディを上がらせるわけにはいかないだろう。全ては僕の面子のために。
掃除を怠っていたのは僕なので自業自得だと言われれば否定はできないのだが、
どうにも僕は昔から片付けができない病気にかかっているらしい。
以前はメイドを雇って掃除をさせていたが、重要な書類をゴミと間違われて捨てられてからは頼るのを止めている。
いっその事、炊事洗濯のできる器量の良い女性とでも家庭を築きたいものだ。
先程しぃにも言われた通り、奥手の僕にそんな宛てなどある筈がないのだが。

25 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/14(日) 20:47:29.09 ID:3WWLbW97O
(*゚ー゚)『あら違ったの? あなたが口ごもったりするからてっきりそうなのかと』

( ^ω^)「想像力豊かで結構。とりあえず迎えに行くからそこで待っててくれお」

(*゚ー゚)『了解よ、ナイトウ博士。でも電話を切る前に一つ言っておくわね』

( ^ω^)「お?」

(*゚ー゚)『安心して。ゴミだらけの部屋を見たぐらいで、私はあなたの事を嫌いなったりしないから』

( ^ω^)「……」

(*゚ー゚)『それだけよ。
     早く迎えに来て頂戴。冬のシカゴはミネソタよりもマシだけど寒くて凍えそうになるわ』

僕は何も言い返さずに電話を切った。
全く、相変わらずだな彼女は。
心配して本当に損をした。
床に散らばったゴミを蹴散らしながら、僕はディナーに行く準備をするため自室に向かった。
27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/14(日) 20:51:04.39 ID:3WWLbW97O
しぃは道端のベンチに腰掛けていた。
僕が車のクラクションを鳴らすと彼女はすっと立ち上がり、ブラウンのコートをシカゴの強い風にたなびかせ、
左手に握った愛用の杖で地面を叩きながら、ゆったりとした足取りで歩いてきた。
彼女の姿は最後に会った時から委細変わっていなかった。
車の助手席に乗り込んだしぃは、シートベルを締めてから僕に微笑みかける。

(*゚ー゚)「運転手さん、発進して頂戴」

( ^ω^)「了解しましたお嬢様」

(*゚ー゚)「安全運転でお願いね」

僕は車を発進させた。

( ^ω^)「それで、君は今まで何をしてたんだお」

(*゚ー゚)「ミスカトニックからの依頼でちょっとね」

ミスカトニック。
マサチューセッツのアーカムにある有名な大学の名前だ。
表向きはマサチューセッツ工科大学や、コロンビア大学、シカゴ大学に並ぶアメリカ東海岸のアイビーリーグの名門であるが、
裏の顔の方はあまり世間には知られていない。
かくいう僕も三年前のあの事件に巻き込まれるまでは、ミスカトニックをただの総合大学だとしか思っていなかった。
一瞬脳裏に赤髪の女教授の顔がよぎった。
僕は即座にかぶりを振って嫌な記憶を頭から追い出した。
しかしあの大学から依頼か。
という事は、やはりかなり危険な仕事だったようだ。
僕は赤信号を見てブレーキを踏んだ。

28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/14(日) 20:56:12.86 ID:3WWLbW97O
( ^ω^)「相当忙しかったようだおね、電話すらできなかったかお」

(*゚ー゚)「んー? いや、そうじゃなくって単純に電波の届かない所に居ただけ」

( ^ω^)「一体どんな場所に居たんだお?」

(*゚ー゚)「アフリカの地下遺跡とか、深海に沈んだル・リエーの家とか」

( ^ω^)「ル・リエー?」

聞き慣ない単語を耳にして思わず聞き返したが、
しぃはただ薄く笑うのみで言葉の意味を教えてくれなかった。
僕もそれ以上は踏み込んではいけないと悟って、再び車を走らせた。
それからずっと無言だったが、僕の心境は実に名状しがたいものだった。
程なくして、僕たちを乗せた車はレストランにたどり着いた。
31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/14(日) 21:18:22.10 ID:3WWLbW97O
それから僕たちは、中級のレストランのディナーに舌鼓を打ちながら、
思い出話や他愛のない世間話に花を咲かせた。
ここまできて、ようやく彼女が戻ってきたのだという実感が込み上げてきた。
正直言って、さっきまでの僕は彼女の事を幽霊なのではと疑っていた。
実際彼女なら化けて出るくらいの事はやりかねないし。
安心しきった僕は普段よりも多くアルコールを摂取してしまい、口が軽くなっていた。
でなければ、僕の仕事を彼女に話してしまうなんて失態は犯さなかっただろう。

(*^ω^)「そういえばこの間、興味深い仕事を引き受けたんだお」

(*゚ー゚)「ナイトウは考古学者だったわよね。
     という事はまた発掘関連かしら。どんな仕事なの?」

(*^ω^)「あー、確か南極のクレバスの底に横穴を見つけたとかで、
       その遺跡の調査を頼まれたんだおっおっおっ」

直後、しぃが弾かれたように席を立った。

(*゚ー゚)「南極の遺跡?」

その表情はいつもの彼女のものなのに、何故が僕には冷たく凍りついているように見えた。
37 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/14(日) 21:33:41.13 ID:3WWLbW97O
(;^ω^)「ちょ、いきなりどうしたんだお」

しぃの様子に僕の酔いは一気に醒めた。
その代わりに、言い知れぬ不安感がひっそりと這い寄ってくるような錯覚を覚える。
一先ず彼女に座るように促す。
渋々しぃは腰を掛けたが、目だけは僕しっかりと捕らえて離さないでいた。

(*゚ー゚)「良いから、その仕事の事について包み隠さず教えなさい」

僕に拒否権はない。
しぃのつぶらな瞳がそう物語っていた。
僕は、彼女の様子に戦慄せずにはいられなかった。
こんな彼女を見るのは、あの事件以来ではないか。
まさか僕の今回の仕事、南極の遺跡にはあれが関わっているというのか。
僕は、しぃにせき立てられて、仕事の詳細を語り始めた。
僕の声は震えていた。
43 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/14(日) 22:02:24.11 ID:3WWLbW97O
今回の仕事の依頼人のモナー・アイリッシュは、米国でも上位に入る資産家の人間だ。
金持ちのモナー氏は、その資産をもっぱら余生を楽しむために使っていたらしい。
彼が南極で遺跡を発見できたのは、彼の趣味である犬ゾリのおかげだったとか。
なんでも、彼が南極の広大な大地を犬ゾリで駆け回っていたところ、
不注意にも口を広げていたクレバスに気がつかずに落ちてしまったそうだ。
モナー氏は、運良くソリが引っ掛かって底まで落ちずに済んだ。
そしてそこで思わぬ発見をしてしまった。
クレバスの下方に、大きな横穴があるのを見つけたのだ。

その時のモナー氏は、直感でその横穴がただの横穴ではないと感づいた。
付き添いの部下に引き上げられたモナー氏は、それから拠点に戻り調査隊を結成。
再度、クレバスの横穴を目指して行動を開始した。
モナー氏が落下したクレバスの側にテントを張り準備を整え、
持ってきた命綱を伝ってクレバスの下に降りた一行は、そこに未踏の遺跡を見つける事となった。
この遺跡の先に待ち受ける物はまだ見ぬ人類の文明か、はたまた未知の古代遺産か。
どちらにせよ、南極にこのような遺産が見つかる事は前例がなく、
どのような発見があったにせよ、これが世界を驚かす大きなニュースとなることは間違いなかった。
調査隊は心踊る気持ちで先に進んだ。
しかし、彼らの冒険は早くも頓挫する事となった。
遺跡の入口の扉が行く手を阻むように、立ち塞がっていたのだ。
46 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/14(日) 22:24:52.39 ID:3WWLbW97O
横穴に突入してから僅か数メートル進んだ場所に、その石の扉は佇んでいた。
高さ二メートル、幅は四メートル程の白い石造りの扉。
厚さは推測で、およそ一メートルもあるその扉は、
数人掛かりで押しても引いても、びくともしなかった。
かといってこんな不安定な場所で、爆薬や砕石用の機械を使うわけにもいかず、
モナー氏率いる部隊は、不本意ながらもここで引き返さざるおえなくなった。

だが、引き返した後のモナー氏は、南極基地の人間や、
その他の研究機関に遺跡発見の情報を渡さずに、独自にあの扉を開く方法を探した。
それが単なる独占欲のたわものなのか、はたまた彼の好奇心からでた行動だったのかは僕にはわからない。
ともかく、モナー氏は扉を開けるためには、専門家の力を借りる必要があるという結論に至った。
モナー氏は恐らく開かずの扉には、開けるためのなんらかの方法があると考えたのだろう。
そこで、考古学者として世界中にその名を轟かせていたこの僕、
ナイトウ・ホライゾンに白羽の矢が立ったのである。
49 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/14(日) 22:49:47.72 ID:3WWLbW97O
(;^ω^)「とまあ、そういうわけだお」

(*゚ー゚)「……」

罪人が懺悔するが如く喋り終えた僕は、グラスに注がれた赤ワインに口を付けた。
甘い口触りの液体が、からからに渇いた喉を潤す。
一息ついてからしぃを見ると、何やら腕組みをして考え込んでいるようだった。

( ^ω^)「あのー、しぃ……さん?」

(*゚ー゚)「参ったわね……まさか……が……の寝床を……」

(;^ω^)「もしもーし」

一人ごちる少女は心ここに在らず。
僕が呼んでも反応がなかった。
しぃはぶつぶつと呟いてみせた後、やがて顔を上げ僕を睨み据える。
表情にさっきまでの冷たさがなく、元の彼女のものに戻っていた。
僕は何となくホッとした。

50 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/14(日) 22:51:20.01 ID:3WWLbW97O
(*゚ー゚)「ナイトウ、私もその冒険に連れていきなさい」

( ^ω^)「はい?」

ホッとしたのもつかの間、彼女はとんでもない要求を口にした。

(*゚ー゚)「私を連れていかないと、あなた達みんな死ぬわよ」

(;^ω^)「……」

それも脅迫めいた言葉を添えて。

(;^ω^)「そんなにヤバイのかお?」

僕の真剣な問いに、彼女はまた薄く笑うだけで答えてくれなかった。
52 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/14(日) 23:07:10.21 ID:3WWLbW97O
僕は彼女の命令を断れる筈がなく、モナー氏に懇願して彼女を同行させる許可を貰った。
モナー氏があっさりと承諾してくれた事は意外だった。
足手まといになるかもわからない若い娘を、危険を承知で連れて行くなんて。
てっきり却下される思っていた僕は、二つ返事で許可したモナー氏の対応に肩透かしを喰らった。
どうやらモナー氏は年齢で相手を判断したりしない、本物の紳士のようだ。
いや、紳士の条件なんて知ったこっちゃないが。

僕は恐ろしい目に遭いたくない気持ちと、
南極の地下に眠る文明の秘密を説き明かしたいという衝動に板挟みにあいつつも、
結局、しぃを連れてモナー氏の破砕船に乗り、短い旅路の果てに南極に来てしまった。

そして現在に至る。
55 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/14(日) 23:37:09.36 ID:3WWLbW97O
シカゴのレストランでの対話から、まだ二週間しか経っていなかったが、
僕にはあの時の出来事がもっと遠い日の事のように感じられた。
あれから僕は、ずっと開かずの扉の向こう側に何があるのか想像を巡らしていた。
考えても答えが出てこない事は解っていたが、考えずにはいられなかった。
扉の向こう側には、僕が三年前に遭遇した恐怖の塊が巣くっているかもしれないのに。
僕は取り憑かれたようにその事だけを考えていた。
何故だろう。全くわからない。
自分自身の事なのに。
もしかしたら僕は、自分でも気付かぬ内に、闇の世界に魅せられているのかも。
……馬鹿馬鹿しい。

まだ二時間の猶予がある、それまで体を休めておこう。
取り留めのない思考を打ち切るために、モナー氏としぃに仮眠を取ると告げ、
僕は雪上車の固い座席に身を預けて目をつむった。

僕は開かず扉の向こう側に心を奪われたりしない。
そうすれば、■■■のようになってしまう気がするから。


Prologue.1『開かずの扉の向こう側』 了

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