17 名前:【第9話:Chemistry】 ◆YhrftnhMQI :2008/11/28(金) 01:26:53.75 ID:NT7VcEwn0






 ―――体は肉で出来ている。
    血潮は血潮で 心は心
    幾度の戦場を離れて不敗
    ただの一度も共闘はなく
    ただの一度も理解も求めない
    彼の者は常に独り
    屍の丘で孤独に酔う
    故に、その生涯に意味はなく
    その体は、きっと肉で出来ていた



18 名前:【第9話:Chemistry】 ◆YhrftnhMQI :2008/11/28(金) 01:29:29.52 ID:NT7VcEwn0

/ ,' 3「こんなものかのぅ」


 薄暗い小屋の中。手にした毛筆を置き、口調はともかく姿に合わぬ若々しい声で老人はつぶやいた。
トンと羊皮紙を叩くと紙は自然に浮かび上がり、箱に入っていた麻紐によってクルクルと丸められる。


???「何をしているの?」

/ ,' 3「いや、のぅ。最終段階でヌシに覚えてもらう必殺技の詠唱呪文を考えておったのじゃ。
   あの“赤馬乗り”や“武人”を消滅させるのなら、それなりのものを準備せねばならぬ」

???「はぁ……」

/ ,' 3「ワシの準備できる必殺技のバリエーションは108まであるぞ。
   ぬしのリクエストがあれば、それを優先させて覚えさせるが……どうする?」

???「いや、別にないけど……」


20 名前:【第9話:Chemistry】 ◆YhrftnhMQI :2008/11/28(金) 01:31:13.90 ID:NT7VcEwn0
/ ,' 3「ちなみにワシのオススメはあたり一面の魔力を一瞬で枯渇させる空間魔術かのぅ。魔術式が綺麗なんじゃ。
   昨日、古の魔法王国とやらの歴史を辿って完成させた。<ル・ラーダ・フォルオル>などと呼ばれていたらしい」

???「(どうでもいいよ、そんなの……)」

/ ,' 3「どうでもよくない事はない。人間の身でサーヴァントと応対するのなら、概念としての必殺技は必要じゃ」

???「心読まないでよ……」

/ ,' 3「読んでなどおらぬよ。ヌシの顔色をみれば言いたい事なぞだいたいわかるわ」

???「(僕の顔見てないでしょ……)」

 背をむけたままの老人と会話をしていた男──部屋に描かれた魔法陣の中心に頭をつき、逆さに座禅を組んだまま嘆息する。

 老人はどこからか分厚い本をとりだし、それを読み始める。再び青年は目を閉じ、静まりこむ部屋。


21 名前:【第9話:Chemistry】 ◆YhrftnhMQI :2008/11/28(金) 01:34:24.65 ID:NT7VcEwn0

 その静寂を破ったのは机においてあった水晶玉。
先刻まで黒濁白だったそれは自然に青白い光を放ち、耳障りな音を鳴らしている。


/ ,' 3「おお、また始まったか」

???「場所は?」

/ ,' 3「……郊外じゃ。おそらくあたりへの被害はないだろう。悪魔でも赤馬でもない……静観を決め込むのが吉じゃな。
   来なさい、   。『槍兵<ランサー>』のお目見えだ」


 言われるまま青年は立ち上がり、老人の背後から水晶玉をのぞきこむ。

 映し出されているのは青い人型。上背痩躯で、頭に牛のような角が二本。それぞれが平行に天に伸びている。
まるで仮面でもつけているかのようにかわらない表情。手にした得物をみるに、老人の指し示したのはこれだろう。

 奥に小さく見える男には見覚えがあった。これまで数度戦闘を行っている『弓兵<アーチャー>』ベル=リミナリー。
『弓兵<アーチャー>』というクラスにもかかわらず近接戦闘にも明るく、状況判断にも長けている。
町を半壊させたあの七色翼の悪魔を真っ向から受け止め、二人がかりとはいえこれを撃墜した強敵だ。


23 名前:【第9話:Chemistry】 ◆YhrftnhMQI :2008/11/28(金) 01:38:31.87 ID:NT7VcEwn0

 両雄は言葉を交わしながらその距離を縮め、残り5Mのところで正面からぶつかりあう。
並の人間なら残像すらみえないであろう、一流の武芸者同士の息をもつかせぬ撃ちあい。

 だが、青年の視線はそこを見ていない。
彼が見ているのは画面の手前。そこに僅かに写っているのはランサーに守られつつも堂々と屹立する端正な女の横顔だけ。



   「…………だ」


/ ,' 3「む、どうした」

   「……可憐だ」

/ ,' 3「は?」


 思わず顔を後ろに向ける老人。

 普段、陰鬱とした表情をしている形式上のマスターの瞳はかつてない輝きを放ち、水晶玉の一点を見つめていた。


24 名前:【第9話:Chemistry】 ◆YhrftnhMQI :2008/11/28(金) 01:41:18.45 ID:NT7VcEwn0
   「ちょっと行ってくる」

/ ,' 3「……聞いておこうか。何処に、何をしに行くつもりかの」

   「決まっているよ、マーリン」


 修行服などといわれて渡されたふるい衣装を丁寧に畳み、戸棚からスーツを取り出しながら青年ははっきりとつぶやいた。








('∀`)「あの黒髪の乙女を迎えにいくんだよ」




      「恋はいつでも!! ハリケーン」
 後に『魔術士<キャスター>』マーリーンは無個性な主の変容についてこう語った。
自らも恋焦がれ、結果命を捨てた男ならではの言葉である。


【おしまい】

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