1 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/30(火) 00:49:48.42 ID:e9aU0bE20
 
「……クオ、くん」


 気づけばそこは屋上だった。
 灰色の空、鼠色の足場、グレーの金網。


「ドクオくん……」


 薄闇の中心に佇む、世界で唯一、色を有した存在。
 眼前の女の子はゆっくりと振り返った。
 うつむく彼女の顔は前髪と影に覆われ、その表情を窺い知ることができない。

 かこん、ごおん。
 モノクロの世界に、工事現場の鉄骨のような音が鳴り響いた。

 かこん、ごおん。
 無機質に。

 かこん、ごおん。
 段々と大きく、耳障りなほど反響している。


2 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/30(火) 00:52:05.12 ID:e9aU0bE20
 
『 ねえ、ねえ、お願いだから……! 』


 女の子とフェンス越しに対峙する俺の中には、
 ひたすらに焦燥感だけがあった。

 ふたりを隔てるそれは、すかすかで、厚みなんてあってないようなもの。
 なのに、境界線としての機能を十二分に発揮し、鈍色の幾何学模様で睨みつけるのだ。

 彼女は金網の向こう側。
 俺はいつでもこちら側。


3 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/30(火) 00:55:17.56 ID:e9aU0bE20
 
「 ─── 」


 彼女は俯いて。
 長い髪を靡かせて。
 力なく両手を広げて。
 まるで天使が羽を広げるかのように。 

 彼女が背負った空はどんよりと暗く、
 漂う沈黙も相俟って、世界はとても重苦しい。


 かこん、ごおん。

 ──息が上がる。
 ──目がくらむ。
 ──動悸はより激しく。


 現実感のないセカイに佇む君と 『 ぼく 』 。
 張り付く汗が不快。


4 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/30(火) 00:58:22.83 ID:e9aU0bE20
 

「むりだよ」


 彼女は告げた。


「君には、救えないよ」


 彼女は続けた。


「だれも」


 彼女は言った。



5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/30(火) 00:59:25.49 ID:e9aU0bE20
 
 そんなこと……ない!
 ぼくは強い口調で否定した。

 けれども彼女は、緩慢にかぶりを振って。
 憂いを小さく溜息に乗せて。
 薄い唇を仄かな笑みに滲ませて。

 そして。 


 その体が、ゆっくり後方へ傾いた。

7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/30(火) 01:02:05.75 ID:e9aU0bE20
 
『 あああああああ!! 』


 ぼくは走った。
 ひたすらに。
 無我夢中で駆け寄った。

 歪む足場。
 剥がれる金網。
 ストップ ・ モーションで終わる世界。

 足を投げ出し、まさに転落せんとする彼女のほうへ。
 がむしゃらに手を伸ばす。

   でも。

                    けれども。

          しかし。


8 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/30(火) 01:03:14.52 ID:e9aU0bE20
 

            (-_-)

「じゃあ、どうして君は僕を助けてくれなかったの?」


 女の子の顔は、あの時出会った催眠能力者の顔へと変容した。
 フェンスの金網は、一瞬で黒い鉄柵に挿げ代わった。


『 ───う 』

『 ───うわあああああああああ!!! 』


 伸ばした手は届かなかった。
 男の体は、ゆっくりと──暗澹たる地面へ遠ざかっていった。

10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/30(火) 01:05:07.75 ID:e9aU0bE20
 

 離れてゆく。

  どんどん小さくなってゆく。

   なのに、はっきりとその表情がわかる。

    網膜に直接、焼き付けるかのように。


 彼女の儚げな微笑が。

 そして、男の諦観にも似た無表情が。


13 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/30(火) 01:08:25.64 ID:e9aU0bE20
 
===
==



从*^∀从 「──! ──。 ──」

('A`) 「……」


 いつの間にか演奏が終わり、
 疎らな拍手が辺りを包んだ瞬間も、俺は陰鬱な心地から抜け出せないでいた。


('A`) (……やっぱり……)


 本当に、久方ぶりの夢だった。
 見る間隔も少しづつ広がり、やがてすっかり忘れられるものかと思っていたのに。

 ふたたび俺を襲った悪夢。  
 ひょっとしたら、もう二度と体験せずに済むのかも──、
 ──そんな、僅かな希望は砕かれた。  新たな火種を伴って。

15 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/30(火) 01:10:46.28 ID:e9aU0bE20
 
('A`) (……これからも、続いていくんだろうな)


 聴衆のざわめきが雑音となって脳に届き、俯き気味だった顔を上げる。
 すると、ようやく視界が現実感を帯びてくる。

 同時に、ハインさんの素晴らしい路上ライブを、
 右から左に聞き流してしまったことへの罪悪感が湧いた。
 ──参ったな。 なんのためにわざわざ早出して、ここまできたのやら。

 そんな中、聴衆の体を押しのけるようにして、
 一人の男が輪の中心へ駆け寄るのが見えた。


三(* ´_ゝ`)ノシ 「うほーい! 良かったよハインちゃん!
          俺がプロデューサーなら今すぐさっそくすぐさまデビュー決定だぜ!」


 しかしその途端、高校生らしき女の子たちがハインさんの前に躍り出たかと思うと、
 男の進行を遮るように、両手を広げて立ちふさがった。


从イ#゚д゚ノl| 「ちょっとお! なに勝手に近づいてんのよ!!」

Σ(; ´_ゝ`)ノ 「は、はあ!?」


16 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/30(火) 01:13:25.21 ID:e9aU0bE20
 
从´ヮ`#从ト 「馴れ馴れしいにも程がありますワ!
        あろうことか、ハインおネーさまに向かって……」

从イ#゚д゚ノl| 「ヘンタイ! チカン! 寄らないでくださぁ〜い!」

(; ´_ゝ`) 「いや誤解だ! 俺はただ賛美の気持ちをこの身一杯になまめかしく表現すべく……」
   _, 、_
Σ从´ヮ`#从ト 「な、なんですのそれ!? ホンモノのヘンタイ……!!」

从;゚∀从ノノ゙ 「まーまーまーまーまーまー……」


 最近はいっそう彼女のファンも増えたようで、
 しばしばこういう形で、取り巻き同士が諍いを起こすこともあるみたいだった。

 困惑気味のハインさんだったが、アコギを置いて宥める仕草は手際よく、
 そういった一連の動作も含め、一種のパフォーマンスに見えないこともない。
 中央のぴりぴりした空気とは逆に、周りにいる若者たちの表情は綻んでいる。


17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/30(火) 01:16:26.31 ID:e9aU0bE20
 
从 ゚∀从゙ 「──」

('A`) 「……」

('A`)ノシ

 
从イ#゚д゚ノl|彡 「〜!?」 ギロリ

Σ('A`;)ノ ビクッ


 ほんの少し話なんかできちゃうといいなー……なんて淡い期待を胸にやってきたわけだが、
 なおもハインさんに齧りつく取り巻きたちの様子を見るに、それもままならないようだ。
 何か言いたげな彼女の視線を感じたが、小さく会釈すると、俺はその場をあとにした。


18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/30(火) 01:18:19.55 ID:e9aU0bE20
 
('A`) 「……」


 ポケットに手を突っ込んで、歩道を足早に進んでゆく。
 手のひらにじわりと汗が滲んだ。
 暗い面持ちの俺を指差して笑うかのように、空は抜けるような快晴だ。

 やはり気分は晴れなかった。
 駅前を離れた俺は、
 鬱屈とした感情を胸に燻らせたまま、彼らとの待ち合わせ場所へ向かっていた。

 太陽の光が鬱陶しい。
 日差しを避けるためにできるだけ建物のそばを、下を向いて歩く。


('A`) 「……いっそ曇っちまえばいいのに」


 ぽつりとそう呟いた。
 晴朗の日差しは、しかしよりいっそうの暗い影を胸中へ落とす。
 曇り空のほうがまだマシだ──【 彼女 】が背負っていた、あの淀んだ鼠色。


19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/30(火) 01:21:03.18 ID:e9aU0bE20
 
 時刻は11時40分をまわっていた。

 悪夢のお陰で早起きだけは出来たことだし、沈んだ気持ちをハインさんの歌で癒してもらおうと、
 駅前へ足を運んだところまでは良かったのだが。
 未だに俺の胸を支配するのは、夢の中の出来事に対する後ろめたさと罪悪感だ。

 それほどまでに、あの夢が俺に与えた衝撃は大きいものだった。
 昔から幾度も苛まれ、時には叫びとともに跳ね起きるほどの。
 そう、俺は今朝のそれと酷似した悪夢を、繰り返し体験しているのだった。


「ソラニオチル──」


 大抵の他の夢とは違って、内容ははっきりと覚えている。
 ──そしておそらくは、それを見続ける理由すらも。


20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/30(火) 01:23:26.37 ID:e9aU0bE20
 
 そうこうしているうち、待ち合わせ場所である某ショッピング街、交差点脇の広場に到着した。

 何の目的で作ったのやら、デカいツヤツヤした玉のようなモニュメントがでんと鎮座ましまし、
 それを取り囲むようにベンチが点在している。
 植え込みに隣接した縁台の一つに腰掛け、俺は深々と溜息をついた。


「ねえん、これからどうしゅるぅ? イチロヲくふん?」

「んぬふ〜。 ゴハンですな。 ハナコちゃんの好きなところに連れていくでござるよ」

「きゃわーん! イチロヲきゅふん、らいしゅきナリ〜♪」


 待ち合わせ場所としては定番の場所らしく、
 腐れカッポーどものキャッキャウフフが至るところで繰り広げられている。

 俺はふたたび嘆息した。
 暇つぶしに、我が物顔で闊歩するそこらの鳩を、舌打ちで呼んだりしてみる。
 中の一羽がアホそうな顔を向けたが、一瞥ののち、よちよち歩き去っていった。


('A`) 「……はあ」


 ごおん、ごおん……。
 しばらくして、12時を告げる鐘がどこぞから響いてきた。
 無機質な音の繰り返しが、夢の中で流れていた怪音を思わせ、気分が沈む。


21 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/30(火) 01:26:25.84 ID:e9aU0bE20
 
 なんとなしにメイン・ストリートの方向を見やれば、人の多さでさらにげんなりする。
 こうやって、日曜日の真昼間に活気のある場所へ出向くこと自体が久しぶりだった。


('A`)゙ (──あ)


 そこで俺は発見した。
 交差点の向こう側をちょこまか小走りする、見覚えのあるひとつの影。

 俺はすぐさま立ち上がり、歩道のほうへと戻った。
 それからわざとらしく腕時計を確認しつつ、
 横断歩道から逆の方向へ、とぼとぼ歩く素振りをする。

 ……これを人見知りというのかどうかは知らないが、
 俺にとって、向かってくる人物をただぼーっと眺めるのも、
 そうやって 「待っている自分」 の姿を晒し続けるのも、なんとなくためらわれるのだ。

 寸刻ののち、『 たった今来た 』 的演出を済ませた俺の背を、ぽんぽんと叩く者があった。


「──すみません! あの、遅れてしまって」

('A`)彡 「ん、ああ、別に……」

('A`)
23 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/30(火) 01:29:10.38 ID:e9aU0bE20
 
 いいよ、俺も今来たところだから──。
 そんな空々しい文句は、振り向くと同時、喉の奥底でつっかえた。


(*゚ー゚) 「? どうしたんですか?」

(゚A゚ ) (……うへえ)


 ──な、なんともこれは、かわいらしい。
 それがはじめに浮かんだ率直な感想だった。

 小走りでやってきたせいだろう、しぃちゃんは目の前でしきりに肩を上下させている。
 初めて見る彼女の私服姿は、なんというか、清涼感と透明感に溢れていた。

 襟周りにレースの入った、ライトブルーのチュニック・ワンピース。
 その上に、ゆったりとして柔らかそうな、薄手の白いニットカーディガンを羽織っている。

 そしてその端々から覗く、カーディガン以上に真っ白で、きめ細やかな肌──。
 たすき掛けのポシェットもまた、どことなく少女趣味なシロモノだ。

 上背がなく童顔なため、
 ともすれば、中学生──下手するとそれ以下──にも見えるような危うさを内包しているが、
 膝を覆うぴっちりとしたレギンスが、おしゃまに全体を引き締め、
 すんでのところでそのリスクを回避している。

25 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/30(火) 01:34:03.49 ID:e9aU0bE20
 
(*゚ー゚) 「あのー……?」


 今日はいつものヘアピンではなく、
 猫のキャラクターの顔がついたヘアゴムで、ショートカットの端を申し訳程度に結っていた。
 頭の脇からぴこんと生えたそれを、俺は内緒でアホ毛の束、 『 アホ束 』 と名付けた。 


(;*゚ー゚) 「あう、どこかおかしかったですかね……?」

(;'A`) 「あ、いや、ごめん。 そういうわけじゃないんだけど」


 思わずまじまじと見つめてしまったせいか、
 しぃちゃんはしきりに自分の格好を気にしているようだった。
 大きな両のまなこが、別の生き物のように、落ち着きなくぐりぐり動き回っている。

 やっぱり見ていて飽きない娘だな……と感じ、頬が緩んだ、その時。


( TДT) 「うわっ!?」

('A`) 「えっ」


 曲がろうとした交差点の角から、一台の自転車がふいに現れた。


26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/30(火) 01:36:38.59 ID:e9aU0bE20
 
(;゚A゚)ノノ 「あ、危な──!」


 俺は咄嗟に両手を構えたが、その行為に大した意味などあろうはずがない。
 ききぃぃっ、というブレーキ音を響かせながら、自転車はもうすぐ目の前に迫って──。


(; TДT) 「わああぁぁあっ!?」 ('A`;)


(*゚ー゚)ノ 「んしょ」 ヒョイ


      Σ( TДT) 
       /  つ-).
       (,,,_ く ヾ
    ;''⌒ヽーヽ_)7'⌒ヽ
  彡 ':;.,___ノ""""ヘ.,___ノ 
   彡           Σ(゚A゚;)ノノ


 ──そのまま、宙を舞う。

 否、正確には……。
 しぃちゃんに担ぎ上げられ、E ・ Tさながら我々の上空を浮遊していた。


27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/30(火) 01:39:05.85 ID:e9aU0bE20
 
(; TДT) 「……! え、えええ!?」


 驚愕の叫びを意に介すでもなく、彼女は自転車を、運転する男ごと後方へと降ろす。
 そうして、軽く手をはたき、言った。


(*゚ー゚) 「大丈夫ですか?」

(;゚A゚) 「え? あ、ああ、うん」

(*^ー^) 「じゃあ、そろそろ行きましょうっ」


 まるで何事もなかったかのように、
 しぃちゃんはそうやってのんびり首を傾ける始末である。
 にっこり微笑む彼女の容貌は客観的に見ても整っており、震わすのどは鈴鳴りの軽やかさだ。

 ──よもや眼前の美少女が、あどけない表情の裏に、
 常識外の胆力を有する猛者であろうとは、辺りの誰も想像できないに違いない。
 オプションである 『 アホ束 』 が、首の動きに沿ってぴこんと跳ねる。


::(;illiTДT)::


 ちらりと振り返れば、
 視界の隅、自転車に跨ったままの姿勢で硬直する男の姿があった──。


28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/30(火) 01:41:37.19 ID:e9aU0bE20
 
●第一伍話 『 ネガティブハッピー ・ サンデーキラーエッヂ ── V.S ブーム@ 』


 角を曲がり、駅へと向かう大通りへ足を踏み出す。
 つまり、俺にとっては来た道を戻ることになっているのであるが。


(*゚ー゚) 「すみません本当に、突然誘っちゃって……」

('A`) 「いやいや、気にしないで」


 どうせ俺も今日休みだったし。
 そう付け加えたところで、一つの疑問が生じ、俺はその場に立ち止まった。


('A`) 「あれ、そういえば、ギコは?」

(*゚ー゚) 「いませんよ?」

('A`) 「いない、って」

(*゚ー゚) 「わたし一人です!」

('A`)

('A`) 「えっ」

30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/30(火) 01:44:27.04 ID:e9aU0bE20
 
(;*゚ー゚) 「ほえ? えと、その、ダメでしたか?」

(;'A`) 「あ、ああいや、別にそれは全然ダメとかじゃないけどその……」


 何気ない質問ではあるが、しぃちゃんの返答は俺にとって予想外そのものだった。
 てっきりギコと三人で行動するものだと端から考えていたのだ。

 ……情けないことに、二人であることを意識した途端、得も知れぬ焦りのような感情が湧いてくる。
 動揺を悟られないよう、頭をぼりぼり掻きながら精神の鎮静につとめた。
 ……まあ、この反応が既にアレな感じもしないでもないが。


(;'A`) 「せ、【 せんせー 】 のところに連れて行ってくれるっていうから、
     その、ギコも行くのかなーって思ってて。 ははは」

(*゚−゚) 「あの……それなんですけど」

(;'A`)ノシシ 「か、勘違いしないでよね。別にその二人だからってちょっとその
       『 え、いいの?この娘いいの?俺ドクオだよ?小説では人間設定だけど
       本来独男や喪男の象徴AAですよ?チェ○ーよ?愛してるの響きだけで強くなれるのよ?
       女性への免疫とかそういうレベルじゃないのよ?そんな奴と二人で並んで歩くことに
       抵抗はないの?頬のアスタリスクは飾りなの?』
       という感じで瞬時に非モテ的アイデンティティの喪失を憂慮していたとか
       そういうんじゃないんだかぱぺっ」


 最後で噛んだ。


31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/30(火) 01:47:24.35 ID:e9aU0bE20
 
(;*゚ー゚) 「よ、よくわかんないけど、メタな自虐はやめてくださいよぅ。
      ……その、わたし、一つ謝っておきたいことがあって」

( 'A`)ノ 「謝る?」

(*゚ー゚) 「……はい、あの、メールでは伝えきれなかったことなんですけど……」


 しぃちゃんは言いよどみ、もじもじと下を向いた。
 なんだなんだ、謝罪とはいったいどういうことだろう。
 彼女のただならぬ様相に、俺のほうも背筋がしゃんと伸びる。

 「あのっ」 という声に続けて聞こえたそれは、確かに想定外ではあった。


(*゚ー゚) グゥ

('A`)

(*゚−゚)

33 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/30(火) 01:49:04.39 ID:e9aU0bE20
 
 ……いわゆるワーム・オブ・ストマックであることは、確定的にあきらかであり。


(;'A`) 「……あ、お腹空いてるの?」

(;*゚ー゚) 「……いえ、違いますっ! 気のせいですっ」


 そう言って、物凄い勢いで手を振るしぃちゃんだったが、


Σ(*゚−゚) グゥゥゥキュルルルル

('A`)

(;*゚−゚) ズモモモモモ ズゴゴゴゴゴ ドドドドドド

(* − ) キュー


 音色はなおも続いた。 周囲の喧騒をものともしない音量で。


34 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/30(火) 01:51:04.78 ID:e9aU0bE20
 
(;'A`) 「んー……」


 手を挙げた姿勢でフリーズしている彼女に向かって、
 たまたま近くにあった道路脇のファミレスを指し示すと、俺は提案した。


(;'A`) 「えー、その、ひとまずその」

::(* − )::

(;'A`)σ 「よ、よかったら、お昼でも一緒に……ドウデショウ?」

(*///) 「……すみません」


 しぃちゃんは小さく頷くと、消え入りそうな声でもって、了承してくれた。


 〜 〜 〜


35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/30(火) 01:54:09.04 ID:e9aU0bE20
 
「では、ご注文がお決まりになりましたら、そちらのスイッチでお呼びください」


(*゚ー゚) 「はいっ」

('A`) 「……ふう」


 どうにかこうにか窓際の席を確保すると、俺達は一息ついた。

 テーブルを挟んで真向かいに座ったしぃちゃんは、
 よほどお腹が空いているのか、メニューの冊子を穴が開くほど見つめている。

 ちょうどお昼時なこともあり、周りの席は非常に混みあっていた。
 外の日差しとは違って、ブラインドの隙間からこぼれる陽光は淡く、心地よい。


('A`) (あれ、そう言えばこのファミレス……)


 ふと前に目を向けると、しぃちゃんがメニューの上から覗き込むようにしてこちらを見ていた。
 視線が合うと、彼女は上目遣いのまま、間延びした口調で言う。


(*゚ー゚) 「ここ〜……、憶えてます?」

('A`) 「あ、うん。 前にみんなで来たところだよね」

(*^ー^) 「ですっ。 席は違いますけど」

36 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/30(火) 01:56:51.67 ID:e9aU0bE20
 
 正確には同じ内装であるチェーン系列の別店舗なのだが、
 わざわざ突っ込むのも野暮なのでやめておいた。

 隅の席、ひとつのテーブルに集った二組の兄弟……。
 以前、同じファミレスへ来たときは、そう。
 ギコとしぃちゃんに 【 襲われた 】 晩のことだった。

 その夜のうちに 【 チャネル 】 のことを知らされ、
 さらには彼女が暴漢を撃退したところまで、まるで昨日の出来事のようだ。


(*゚ー゚) 「あれからちょっと……時間が空いちゃいましたね」


 その時の話に登場した、【 先生 】 という人物。
 彼女たちが信頼を寄せるその相手に、俺の【 チャネル 】 について相談してみたらどうか?
 という提案を受け、前々から了承してはいたのだが。

 ギコに引率してもらうはずが、例の、駅で遭遇した事件(催眠能力者の)でおじゃんになって以降、
 俺の休みが合わないこともあり、先延ばし先延ばしになっていたのだ。
 

('A`) 「そうだね。
    いきなり 『 今度の日曜日、時間ありませんか? 』
    ……ってメールが来たときは、ちょっとびっくりしたよ」

(*゚ο゚) 「あ……そうだ。
     わたし、それについて謝らなきゃならないんでした」


37 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/30(火) 02:00:28.48 ID:e9aU0bE20
 
(;'A`) 「ああ……ええと、はい」

(*゚ー゚) 「あの、わたし……」 グゥ


 こちらも構えたものの、図ったようなタイミングで、しぃちゃんの腹の虫が会話を遮った。


(;'A`) 「あー……その、ひとまず先にごはん頼もっか」

(;*´−`) 「……はい」


 メニューにサッと目を通し、適当に注文を決めたところで、近くの店員を呼ぶ。


「ご注文はお決まりですか?」

('A`) 「あ、お先にどうぞ」

(*゚ー゚) 「は、はい」


 促されたしぃちゃんは、冊子に手を伸ばし、ひとつひとつ商品を指差しはじめた。


(*゚ー゚) 「あの、エビピラフ……と」

('A`) (……と?)
39 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/30(火) 02:03:28.20 ID:e9aU0bE20
 
(*゚ー゚)σ 「ペンネグラタンと、オムライスとっ」

「はい」 ピッピッ

(*゚ヮ゚)σ 「シーフードドリア、クリームパスタ、それからヘルシーサラダ……」

('A`)

Σ(*゚ー゚) 「きのこのハンバーグステーキに、洋風セット。 でお願いします。
       あ、セットのライスは大m……」


 そこまで言うと、しぃちゃんはハッとした表情で、メニューと俺の顔を交互に見る。


(*゚−゚)

(;'A`)

(*゚−゚)

(*///) 「……普通盛り……」

(;'A`) 「……いまさら恥ずかしがることもなかろうに……すみません、大盛りで。
     あと、日替わりランチひとつください」


 店員はスマートに引っ込んだが、
 「かしこまりました」の声に、笑いを噛み殺すさまを隠せていなかった。
41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/30(火) 02:06:11.83 ID:e9aU0bE20
 
 〜 〜 〜


 洗面台の前に立ち、俺は深い深い溜息をついた。


('A`) 「……」


 じゃばじゃば、ぴたり。
 手を引っ込めるより早く、『 自動 』 の表示のついた蛇口は水を止める。


('A`) ( 『 せんせー 』って、なんの先生なんだろうか……)


 俺の脳は、落ち着きなくきょろきょろ動くしぃちゃんの視線に耐え切れず、
 事態を整理するための小休止を求めていた。

 ハンカチでてのひらを拭いつつ、俺は目の前の鏡を見た。
 安物の装備を整えた、冴えない戦士ドクオがそこに映っている。

 E し○むらのパーカー
 E ユニ○ロのジーンズ
 E 一張羅の靴(ノーブランド、\2980)

 伝説の武具・しまパー(上着)のポケットには、
 俺を 【 別人格 】 へ進化させるためのアイテムが眠っている。

43 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/30(火) 02:08:57.08 ID:e9aU0bE20
 
 ……いちごオブラートを食うと、俺の全身は女体化する。
 どうにも現実離れした、かつ滑稽な話だ。
 だが、それこそが俺にかけられた呪いであり、この身を縛る罪悪感の根源でもあるのだ。

 ギコと一緒に、駅で事件に巻き込まれた日のこと。
 催眠能力者の男と屋上で対峙した瞬間──。
 ギコに名前を問われ、とっさに思い浮かんだ名前は、なんの捻りもないそれだった。


('A`) (何故俺は、あの時 『 ドクミ 』 なんて名乗ってしまったんだろう)


 『 なぜ 』 ではない。
 答えはとうに出ている。
 俺にはもうわかっているんだ。

 屋上と、女の子、というキーワードが結んだ、戯れのネーミングは……。
 記憶の底で燻り続ける、あの出来事に関連していること。

 夢の中で、屋上から落ちていった少女と、山奥で人知れず死んだ男の姿が重なった。


('A`) ( 【 先生 】 ……相談したところで、何がどうなるっていうんだろう)
45 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/30(火) 02:11:33.55 ID:e9aU0bE20
 
 二重人格の超能力者たち、通称 【 チャネラー 】。
 人格転換への 【 スイッチ 】 となる行為はさまざまだが、
 みながみな個性あふれる二面性を有しており、彼らのもつ超能力はそれぞれに驚異的だ。

 いまや俺は自覚している。
 しぃちゃん、ギコ、ブーン……自殺した男、それから水を操るスーツの女。
 彼ら 【 普通の 】 チャネラーと、俺のそれとの明らかな相違点を。


('A`) (体が変わるのに、人格が変わらない。
    つまり俺の症状は、『 アナザー 』 ではない……?)


 そしてその原因は、おそらく、風邪薬と間違えて飲んだあの薬のせいだ。


('A`) (俺ははたして、【 先生 】 に救ってもらえるんだろうか)

('A`) (……救うって、いったい何から? ……悪夢?)


 蛇口に顔を寄せ、うがいする。
 もやもやした気持ちを水と一緒に洗面台へ吐き捨て、俺は男子トイレをあとにした。

49 名前:>48訂正:2010/03/30(火) 02:15:31.63 ID:e9aU0bE20
 
(*- .-)゙ スゥ、スゥ

(;'A`) 「……あ」


 席に戻ると、しぃちゃんは窓際でひとり、船を漕いでいた。
 ……いかん、少し待たせすぎたようだ。
 ブラインドから漏れる淡い光が、端正な横顔を照らしている。


('A`) 「……」


 起こさないよう、細心の注意を払いながら向かいの席につく。
 しぃちゃんはそのうちソファの背にもたれ、小さな寝息を漏らしはじめた。

 淡雪のごとき白い頬にわずかな赤みがさし、
 彼女を包む空間は、どこか幻惑的な輝きに満たされている。
 天使の寝顔、とはこういうものなのだろうか。


Σ('A`) ハッ

(;'A`) (い、いかん、俺にはハインさんという人がっ!)
51 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/30(火) 02:18:24.45 ID:e9aU0bE20
 
 俺は頭を振って邪念を払った。
 無垢な彼女の表情に、あろうことかよこしまな考えがよぎってしまったことで、
 得もいえぬ後ろめたさが去来する。

 そのうち、しぃちゃんの左手がぷらんと垂れた。
 どうやら本格的に寝入ってしまったようだ。
 彼女の抱えていたメニュー表がぱさりと落ち、椅子の足付近で引っかかった。


('A`) 「おっと……」


 俺はそれを拾い上げようとしたが、こちら側からでは無理だった。
 テーブルの脇から回り込み、しぃちゃんの真横に移動すると、彼女の足元に手を伸ばす。

 メニューを拾って顔を上げると、眼前にしぃちゃんの幼い寝顔があった。
 わずか数十センチの距離。 栗色の前髪が僅かに揺れる。
 微かに感じる甘い匂い。
 ガーディガンに包まれた控えめなふくらみが、寝息に合わせて上下する。

 ……思わず、見入ってしまっていた。

 俺はふたたびかぶりを振った。
 これ以上の劣情を刺激されぬよう、向こうの席へ戻ろうと、ベンチソファの端を掴む。

54 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/30(火) 02:21:06.77 ID:e9aU0bE20
 
 が、その瞬間のこと。


(*゚−゚) カッ

('A`) (えっ)


 眠っていたはずのしぃちゃんが、突然、両目を大きく見開いたのだ。
 驚く暇もなく、ぐい、と顎を掴まれ、俺は体ごと彼女の正面に引き寄せられる。


━l二フ(゚A゚;) 「!?」


 そしてすぐに、鼻先へ輝く物体……銀色の刃物が突きつけられた。


(*゚∀゚)⊃━l二フ 「いっけねェーなあ〜、油断しちゃよおッ」


 右手にナイフ、左手に俺の顎を掴むしぃちゃんの目はらんらんと、妖しい輝きを宿していた。
 「あひゃ♪」 と楽しそうな笑い声とともに、刃の側面を俺の鼻の頭に添える。

 ……こ、これは、彼女は、もしや。


55 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/30(火) 02:23:32.36 ID:e9aU0bE20
 
二フA`;) 「つ、つー……か?!」

(*゚∀゚)⊃━ 「あったり〜。 よぉドクオ、久しぶりだナッ」


 そのまま鼻を、ひいては顔全体をナイフで持ち上げられた。
 挑発的に口の端を歪め、舌なめずりする様子はやはり、小悪魔を超えて禍々しい。


(*゚∀゚) 「ナカナカ楽しいコトしてンじゃねーか?
     んん? リョーリの前に、まずは寝てるオレサマをイタダキマスってカ?」

('A`;) 「ば、ばか言……違っ」

(*゚∀゚) 「あひゃ〜? じゃあナンでオレの真横にいるのかナ〜?」


 つーはそう言って、突き出すようにぐい、と胸を張った。
 ……強調したところで多大なインパクトを与えるほどのシロモノではないのだが、
 それを言うと何をされるかわからないのでやめておく。
 現に、さきほど見入ってしまったのは事実でもあるわけだし。

 精一杯の(客観的には、ささやかな)自己主張を終えると、
 つーはナイフの側面で俺の頬をぺしぺし叩く。


56 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/30(火) 02:26:15.28 ID:e9aU0bE20
 
 言葉を慎重に選びつつ、俺は彼女(?)に聞いた。


('A`;) 「そ、それはその……落ちたメニューを取ろうと……。
     ところ、で、しぃ……ちゃんは?」

(*゚∀゚) 「あひゃひゃ。 まだ寝てやがンヨ。
     昨晩はテスト勉強と課題で忙しかったんだゼ?
     なにせジツリョクコーサが近いからナっ」

('A`;) 「そ、そう、睡眠不足だったんだ……」


 ……同学年であるはずの弟 ・ ブーンの口からは、「テスト」という単語すら聞いた覚えがない。
 それどころか、今日は確かラウンジ市に行く、などと言っていた気もする。
 目的を問うたところ、溜息混じりに 「肝試し」 と一言。

 ……果たしてあいつは大丈夫なんだろうか。
 後日、改めて肝を冷やすことにならなければ良いが。


(*゚∀゚) 「それもこれも、今日こうやってオマエを
     【 せんせー 】 んトコまで連れていってやるタメだゼ?
     下手すりゃ一日潰れちまうだろうからナー。 感謝しろヨ?」

('A`;) 「寝てる……って、【 人格 】 の一方だけが眠ってるってことか?」

(*゚∀゚) 「あん? そーだヨ。 オマエもチャネラーならわかるダロ?」


57 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/30(火) 02:29:11.65 ID:e9aU0bE20
 
 わからない、実感したことがないので質問しているのだが、
 いまそれを説明したところでつーには伝わらないだろう。


(*゚∀゚)づ 「でもデモ、オレサマはバ〜ッッッッチリ目覚めてるカラ!
       しぃが寝てるスキに、鼻の下の伸びたヤローへ、
       チューコクしに 『 出てきて 』 やったってワケ!」


 つーはそう言うと、ナイフの刃先で俺の上唇をなぞった。


(*゚∀゚) 「あひゃひゃ……おいドクオ、しぃにヘンな気を起こすんじゃネーゾッ」

(*゚∀゚)っ━E + 「きょうは一日、オレサマがしっっっっっかり、
          オマエの素行をチェックしててやっからナ?」


 さらに彼女は、テーブルの上のカゴからフォークを取り出し、俺の眉間に突きつけた。
 俺はとっさに同じカゴへ手を伸ばすと、スプーンを構え、ガードの体勢をとる。
 ……どうやら俺は終日、この恐ろしい保護者に監視され続けるらしい。


('A`;) 「い、いや、チェックも何も俺は」

(*゚∀゚)っ゙ 「おっとと、そろそろしぃが起きそうだゼ。
       じゃーナっ!」


58 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/30(火) 02:32:07.87 ID:e9aU0bE20
 
 つーは指先でくるんとナイフを回し、フォークともども元のカゴに戻す。
 そしてそのまま目を閉じると、ふいに脱力し、ぽふ、とソファへ体を沈めた。


(*´ -`) 「……?」

(*´ -⊂ヽ 「ふぁ……あれ、ふぇ……」

('A`;)

(*´−゚) 「ドクオさ……あ、すみません、わたし寝ちゃってました?」

('A`;) 「あ、ああ、うん……」


 変な期待などしない。  ともかく、今日いちにち何事もなく過ごせればそれでいい。
 そうだ、せめて落ち着いてお昼ご飯くらいは。


(*∩ー`) 「あれ……? どうしてドクオさん、わたしの隣にいるんですか?」


 その瞬間、湯気の立つお盆を片手に店員があらわれた。


「お待たせいたしました。 オムライスでございます」

(*゚ー゚) 「……!」
61 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/30(火) 02:34:25.10 ID:e9aU0bE20
 
 目の前に置かれたそれに、しぃちゃんの目がぱっと輝く。


(;'A`) 「あ、お腹空いてるよね……?
     俺のことは待たなくていいんで……お先に召し上がれ」

(*゚ー゚) 「す、すみません、でも」

('A`) 「いや、本当に気にしないで」

(;*゚ー゚) 「はい、その、お言葉に甘えたいのは山々なんですけど……」


 しぃちゃんはまごつきながら、人差し指をちょん、と俺の右手へ向ける。


「スプーン、ほしいかも……」


 その言葉でようやく、未だ自分がガードを解いていなかったことに気がついた。


 〜 〜 〜

63 名前:>62訂正:2010/03/30(火) 02:38:35.16 ID:e9aU0bE20
 
(*´ー`) -3 「はぁ……おいしかった」


 「ごちそうさまでした」 そう言って紙ナプキンで口元を拭うしぃちゃん。
 その様子をまじまじと眺めながら、彼女の眼前にカップを置き、着席する。


(;'A`)っ 「どうぞ」 コトッ

(*゚ー゚) 「あっ、すみません、ありがとうございます」


 追加注文のドリンクバーを取りに行く間に、テーブル上の皿は全て綺麗になっていた。
 もちろん先ほどまで一緒に食事をしていたのだが、そこで俺が見た光景はあえて描写しないこととする。

 まさかこんな近くに、ブーンへ匹敵するサ○ヤ人のエリートが存在しようとは。
 彼らと比較すれば、我々は所詮地球人であり戦闘力5でありゴミであることは否定できない事実だろう。
 主にエンゲル係数的な意味で。


('A`) 「それで、何?」

(*゚ー゚) 「ほえ?」

(;'A`) 「いや、さっき言ってたその、謝らなきゃならない、っていうのは?」

(;*゚ー゚) 「そ、そうでし……あつっ!」 カチャン


64 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/30(火) 02:41:46.38 ID:e9aU0bE20
 
 しぃちゃんは舌を出しながらホットココアのカップを皿に戻した。
 なんだか、以前にもこんな姿を見たことがあったような。


(;'A`) 「……大丈夫?」

(;*´〜`) 「は、はい、らいじょぶです」


 そう答える彼女はちょっと涙目だった。
 水を含んで深呼吸し、落ち着いたところで、そろそろと口を開く。


(*゚−゚) 「えっと、その、ちょっとだけ言いづらいんですけど……」


 しぃちゃんはもじもじと下を向いていたが、
 やがて意を決したように顔を上げ、まっすぐ俺を見つめる。
 何度繰り返したかわからない反応だが、それでも思わず背筋が伸びた。

 彼女は両手を合わせ、ようやく伝えたいことを切り出した。


(*>人<) 「……ごめんなさい。
      わたし、その、ドクオさんを利用してしまったんです」

('A`) 「利用?」
66 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/30(火) 02:44:25.49 ID:e9aU0bE20
 
(*゚−゚) 「そうなんです。
     今日、ドクオさんを【 先生 】のところに誘ったのは、
     もちろんドクオさんのこともあるんですけど、わたし自身のためでもあったんです」

('A`) 「……というと?」

(*゚−゚) 「木曜日のことです。
     ギコ君と、そのお友達に遊びに誘われたんですけど……。
     予定を聞かれて、つい 『 日曜日には用事があるから 』って言って、断っちゃったんです」


 そこでいったん言葉を切ると、しぃちゃんはふたたびうつむき、ばつが悪そうな表情で続けた。


(*´−`) 「その……ちょっと、ギコ君のお友達に……ニガテな人がいて。
      あ、いえ、悪い人ではないんです、ぜんぜん。
      でもちょっとだけ……その、あの」


 歯切れの悪い口調だが、言いたいことはなんとなくわかる。


(*´−`) 「それで、わたしはその返事を嘘にしないために、
      なんとしても、今日の日曜日になんらかの予定を入れる必要がありまして、それで……」

69 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/30(火) 02:47:34.64 ID:e9aU0bE20
 
('A`) 「そっか。 俺との外出を口実に、と」

(*゚ー゚) 「は、はい。 【 知り合いを病院に連れて行く 】 と改めて伝えました」


 病院……つまり、先生という人は医師なのだろうか?
 どことなく納得をおぼえつつ、俺は彼女に続きを促した。


('A`) 「そうかそうか。 それで?」

(*゚ー゚) 「あ、あの、以上です」

('A`)

('A`) 「……え」


 それだけ?


(*´−`)゙ 「本当にすみませんでした」


 しぃちゃんは申し訳なさそうに、ぺこりと頭を下げた。
71 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/30(火) 02:52:17.46 ID:e9aU0bE20
 
(;'A`) 「は、はあ……」


 話の筋はだいたいわかったが、
 『 返答を嘘にしないために 』 事後にきっちり予定を入れるところといい、
 わざわざそれを俺に打ち明け、謝罪しようとするところといい、律儀というかなんというか。

 なおも頭を下げ続けるしぃちゃんに向かって、
 俺はテーブルに身を乗り出し、手を振った。


(;'A`) 「いやいや。 いいから頭を上げなって。
     別にそんなこと全然謝らなくていいから」

(*゚−゚) 「あの……でも」

('A`) 「先生っていう人は、お医者さんなのかな?
    俺も、自分の症状のことで相談できる相手が増えるのはありがたいことだし、
    むしろ誘ってもらって感謝してるよ、ありがとう」

(*゚ー゚) 「そ、そんな……おおげさな」


72 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/30(火) 02:54:01.76 ID:e9aU0bE20
 
('A`) 「君がこれを大袈裟だと感じるのなら、同じように俺も思ってるってことだよ。
    そりゃあ事後承諾には違いないだろうけど、
    結果的にどちらにも嘘は言っていないわけだし、
    気にする必要なんて全くないよ」

(*゚ー゚) 「あ、ありがとうございます」

('A`) 「とんでもない。 こちらこそありがとう」

(*゚ー゚) 「そ、そんな……わたし」


 目をぱちくりさせながら手を振り返すしぃちゃん。
 彼女の表情は、内面に狂気を飼いならす異能力者とは微塵も感じさせない、
 どう見ても年相応の女の子のそれであり、


(*^ー^) 「その代わりっ。
      今日はきっちり責任をもって、
      先生のところまで、エスコートしますから!」


 やはり笑顔のほうが似合っているな、と俺は思った。

74 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/30(火) 02:56:59.84 ID:e9aU0bE20
 
 コーヒーを飲み干し、携帯のディスプレイで時間を確認すると、俺はのんびり切り出した。


('A`) 「……よし、それじゃそろそろ行きますか」

(*゚ー゚) 「はいっ。 わたしのお会計、いくらですか?」

('A`) 「いや、いいよ。 今日は俺が出すよ」 バリ…


 財布から紙幣を出そうとする彼女を、俺は片手で制した。


Σ(*゚ー゚) 「え、とんでもないです。 私が食べたものは自分で……」

(;'A`) 「いいよ。 【 先生 】 のところに連れて行ってくれるお礼というか」 バ…

(*゚ー゚) 「いえ、そんな」

('A`) 「バイトの給料も入ったから。 ここは年上の顔を立てる意味でも」 バリ…


 そう言って伝票を取った瞬間、目に飛び込んできた数字は俺の想像以上だったのだが、
 動揺を悟られないよう、必死で表情を繕った。

76 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/30(火) 03:00:45.06 ID:e9aU0bE20
 
 伝票を離そうとしない俺を見上げると、しぃちゃんはまごつきながら言った。


(*゚ー゚) 「あの……それじゃ、1000円だけでも……」

('A`) 「ああ、それなら200円ある?」

(*゚ー゚) 「ほえ?」 チャリン

('A`) 「帰りに買う、ビール代ってことで」


 その言葉に、しぃちゃんはちょっぴり口を尖らせる。


77 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/30(火) 03:01:44.05 ID:e9aU0bE20
 
(*゚ー゚) 「お酒飲むんですか? あんまり飲みすぎちゃダメですよっ」

('A`) 「アーアーきこえない……」

(*゚−゚) 「アルコール代になるんだったら、あげるのやめよっかな……」

('∀`) 「別にいいよ。 支払いはまかせろ!」 バリバリ


 おどけた口調でさっと席を立つ。
 これは俺の精一杯の照れ隠しだった。

 ほんの一時間前まで、あれだけ憂鬱だった気持ちが、いつの間にか晴れやかになっている。
 年の離れた女神に感謝を覚えつつ、俺は颯爽とレジへ向かった。

 「あ、待ってくださいよぅ」 という、彼女の小さな声を背に受けながら。


 〜 〜 〜


78 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/30(火) 03:04:47.28 ID:e9aU0bE20
 
 二人がレジへ向かった直後、同じ禁煙席の三つ隣の席では、
 中年の女性ふたりが世間話に花を咲かせていた。


「──ですからね、私、今月のノルマがこなせてなくて」

「でも、先月勧誘に成功した人がいるざましょ。  あの方々のお布施の額を増やせば──」

「こら! 谷本さん。 私達のところでは 『 お布施 』 じゃなく──」


 そのうち、奥側に座っていた女性が、テーブル上に携帯電話を取り出した。
 ストラップ代わりに小さな数珠をつけたそれは、テレビを受信する機能を有している。
 ほどなく、昼のニュースを伝えるキャスターの音声が、席を中心として小さく響いた。


『 ──きょう10時20分ごろ、ラウンジ市△△町の高速道路上り線で、
 救急車両や警察の護送車を含む、計6台が絡んだ、玉突き事故が発生しました 』

『 原因は特定できておりませんが、走行中の護送車が突然横転したとの── 』


「まあ、お隣の市じゃないですか」

「怖いざますねえ」

80 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/30(火) 03:07:22.76 ID:e9aU0bE20
 
『 この事故により、
 恐喝・強盗などの容疑で、先月28日に逮捕された、
 住所不定無職 ・ 大和田ゆうたろう容疑者(33)が逃走したとの情報があり、
 ○○署でその行方を追っています。
 大和田容疑者は身長約180センチ、坊主頭で──大柄な── 』


「まあ……!」

「なんて罰あたりな」

「ええ。 この人、前世はきっと……」


 飲食店の店内に響く機械音声は、どうしても耳についてしまうものだ。
 周囲の客の表情がいっせいに曇ったが、
 その中心、当の中年女性たちはそれに気づくこともない。
 携帯から流れるニュースの内容は刺激的で、さらに話に実が入る。

 ドクオ達が店を出て行ったあとも、
 抑揚の乏しい声は、ノイズ混じりに事故の報道を続けていた。

82 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/30(火) 03:09:24.93 ID:e9aU0bE20
 
 
『 なお 』



『 救急車に乗車していた、シベリア市◎◎町──稚内──さんの息子で、
 ──くん11歳が、意識不明の重態となっており── 』



『 ──を運転していた男性含む、計8名が重軽傷を── 』






 (続く)
 

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