8 :第100話記念 ◆azwd/t2EpE :2008/03/29(土) 14:44:24.78 ID:7tExf1880
【Past of Shobon】


――世界歴・496年――

――とある孤児院――

 いくらか体が大きい。
 そして、見ている世界がモノクロに見える。

 ヴィルと、周りの孤児との違いは、その程度。
 しかし、ヴィルにとってはあまりに大きな差異だった。

( `允´)「30, 42, 66, 70, □,102, 105, 110, 114。
     □に入る数字は?」

(´・ω・`)「78」

( `允´)「……理由は?」

(´・ω・`)「楔数を小さい順に並べた数列だから」

(*`允´)「お、おぉ……! 素晴らしい! 素晴らしいぞヴィル!」

(´・ω・`)「…………」

( `允´)「お前ほどの頭脳があれば、いずれは国家の役人に……いや、長官になれるかも知れんな!
     私も鼻が高いよ! さぁ、もっともっと勉強するんだ、ヴィル!」
10 :第100話記念 ◆azwd/t2EpE :2008/03/29(土) 14:47:05.91 ID:7tExf1880
( `允´)「私はお前に期待しているぞ。なんといっても、私の息子だからな。
     お前を捨てた親のことは早く忘れるんだ。ここに父親がいるんだからな」

( `允´)(たくさん稼いで私の老後を楽にしてくれよ、ヴィル)

(´・ω・`)「…………」

 何の反応も示さないまま、ヴィルは院長の前から立ち去る。
 向かう先はひとつしかない。孤児の皆と共有している部屋だ。
 廊下にまで騒ぎ声が響いていた。

( ・0・)「あー、ヴィル。院長と何してたんだ?」

(´・ω・`)「別に」

( ・0・)「みんなで旗地やってるけど、お前も一緒にやるか?」

(´・ω・`)「僕はいい」

 ヴィルは立ち止まらずに、寝所へと進んだ。
 その大きな背中に声を受けながら。

「あいつ、相変わらず不気味だよなー」

「やたらデカイくせに暗いしな」

「ちょっと頭いいからって調子乗ってんじゃね?」

「うざいよなー」
12 :第100話記念 ◆azwd/t2EpE :2008/03/29(土) 14:49:10.19 ID:7tExf1880
(´・ω・`)「…………」

 知能のない生物と対等で居られはしない。
 ヴィルは常々、そう思っていた。

 ヴィルの寝床から見える窓には、隣家の炊煙が映っている。
 まだ町に声も残っていた。いつもなら、ヴィルは本を開いている時間だ。
 しかし、そんな気分にもなれなかったヴィルはすぐさま目を閉じる。

(´-ω-`)「…………」

 夢は、足早に迫ってきた。
 普段ヴィルが見ている世界と何ら変わりない、モノクロームな夢だ。

 ・
 ・
 ・

「お父さん、見て見て! こんなにいっぱい!」

「おぉ、美味そうな果物ばっかりじゃないか」

「お父さんよりいっぱい集めた〜」
19 :第100話記念 ◆azwd/t2EpE :2008/03/29(土) 14:51:51.78 ID:7tExf1880
「はは、お前には敵わんなぁ。しかしさすが俺の息子だ、よくやった!」

「えへへ〜」

 ・
 ・
 ・

(´-ω-`)「…………」

 ・
 ・
 ・

「最近、ニューソクは連敗続きだ……じきにこの地もラウンジの支配下となる」

「でもラウンジのほうが善政を敷いているって話だわ」

「……だが、噂によると……ニューソク民は差別化されるかも知れんそうだ……」

「そんな……!」

「逃げるしかない……ニューソク城に向かって逃げ、ニューソクの逆転を信じるんだ」

「……ヴィルは、どうするの?」

「俺達の命には代えられん……また子は産めばいい」

「……そうね……まだ幼いあの子を連れて逃げるのは、辛いものがあるわ……」
23 :第100話記念 ◆azwd/t2EpE :2008/03/29(土) 14:54:01.94 ID:7tExf1880
「あいつが目を覚まさないうちに……行くぞ」

 ・
 ・
 ・

(´-ω-`)「…………」

 ・
 ・
 ・

「お父さん……お母さん……?」

「どこ……?」

「出かけたの……?」

「ねぇ……」




「お父さん……!! お母さん……!!」



28 :第100話記念 ◆azwd/t2EpE :2008/03/29(土) 14:56:11.99 ID:7tExf1880
 ・
 ・
 ・

(´-ω-`)(……何で……)

 ・
 ・
 ・

 翌朝、ヴィルは院長の声で起こされた。
 枕が湿っている。昨晩は、いつもより暑かったせいだろうか、などとヴィルは考えた。

( `允´)「起きたかヴィル! 早速だが準備しろ!」

(´・ω・`)「……準備?」

( `允´)「王城からお呼びがかかったんだ!」

(´・ω・`)「……!!」

 このラウンジの地で王城と言えば、無論ラウンジ城のことだ。
 ニューソクを滅ぼし、今や大国となったラウンジの王城には、クラウンがいる。
 ニューソクの横暴に立ち向かった雄として一躍有名になったクラウン=ジェスターだ。

 アルファベットという凶悪な武器を使い、瞬く間にニューソクを滅ぼした。
 それからまだ一年も経っていない。
 ラウンジは勢力を伸ばしているヴィップやオオカミと交戦に入りかけている状態だった。
31 :第100話記念 ◆azwd/t2EpE :2008/03/29(土) 14:58:34.93 ID:7tExf1880
( `允´)「物凄い秀才がいるって話題になってたからなぁー、クラウン国王もその噂を聞きつけたのかな?」

(´・ω・`)「……さぁね」

( `允´)「くれぐれも失礼のないようにな!」

(´・ω・`)(こいつが言ってたように、国で雇ってくれるんならありがたいな。
      ここから離れられるし、なにより一人で生きてける)

 ヴィル以外の孤児は大騒ぎしていた。
 一般民が王城に入れる機会などそうはない。
 いったいどんなところなのか、想像さえつかないのだ。

(´・ω・`)(……ん……?)

 孤児院に、国の者がやってきた。
 たった三人。しかし、外には馬車がある。

 ヴィルが不思議に思ったのは、孤児ひとりひとりに布を被せたことだ。
 前が見えない、歩きづらい。傍目からは犯罪者を連れているようにも見える。
 いかにヴィルと言えど、まだこのときは顔などを隠して移動する意味が理解できなかった。

(´・ω・`)「…………」

 馬車に揺られながら移動すること丸三日。
 悪路に車輪を取られ、泥濘に嵌り、それでも馬車は無事ラウンジ城に到着した。

 城の外観を孤児たちが見ることは許されなかった。
 城門を潜り、階段を昇っている間もずっと、布は被されたままだったのだ。
37 :第100話記念 ◆azwd/t2EpE :2008/03/29(土) 15:00:35.70 ID:7tExf1880
「よし、もう布を取っていいぞ」

 暗闇の向こうから聞こえた声で、孤児たちは一斉に布を取り払った。

(´・ω・`)「……!!」

 しばし、呆然とした。
 ヴィルのみならず、他の孤児たちもだ。
 皆一様に、言葉を失っていた。

 空よりも高く見える天井、曲線を描く階段。
 龍を模ったオブジェクト、足元の真っ赤な絨毯。
 光を放つ燭台、部屋の端を流れる清水、輝く金色の柵や手すり。

 孤児院に入って以来、ずっとモノクロだったヴィルの世界は、華やかに色づいた。

( ´ノ`)「よく来てくれた。些細なもてなししかできんが、楽しんでいってくれ」

 皆の前に姿を現したクラウンがそう言うと、孤児たちは広間に通された。
 そこに用意されていた、数えきれないほどの料理に、孤児たちは歓声を上げる。
 ヴィルさえも、しばし我を忘れていた。

(´・ω・`)(見たことない食べ物ばっかりだ……どんな味がするんだろう……?)

 純粋な好奇心に支配されていたヴィルの肩が叩かれる。
 振り返った先で微笑んでいたのは、他ならぬクラウンだった。

( ´ノ`)「ちょっとお話をしよう」
40 :第100話記念 ◆azwd/t2EpE :2008/03/29(土) 15:03:04.48 ID:7tExf1880
 優しげな表情の奥にある威厳を、ヴィルはしっかりと感じ取っていた。
 体が硬直し、上手く言葉が出ない。
 そんな緊張を感じたのも、ヴィルは初めてだった。

( ´ノ`)「体が大きいんだね」

(´・ω・`)「生まれつきです」

( ´ノ`)「勉学に長けている、と孤児院の院長からは聞いているよ」

(´・ω・`)「いえ、所詮は十歳児です。たかが知れています」

( ´ノ`)「何故、そう思う?」

(´・ω・`)「世の中には、もっと賢い人がたくさんいます。僕より体が大きい人もです。
      でもそれでいいんです。向上心を失わずに済みますから。
      僕は常に上にいる人を目指しています」

( ´ノ`)「そうかい、そうかい」

( ´ノ`)(……利発な子だな……普通の十歳児じゃない……)

 そのあともクラウンはヴィルにいくつか質問を重ねた。
 ヴィルのみならず、他の孤児たちにも、だ。
 しかし、質問された時間はヴィルが圧倒的に長かった。

 孤児たちは腹に詰め切れないほどの料理を詰め込んだ。
 もう一歩も動けない、などと喚いている孤児たちを、兵士が抱きかかえて用意された居室に運ぶ。
 ただし、ヴィルだけは別だった。
43 :第100話記念 ◆azwd/t2EpE :2008/03/29(土) 15:05:06.02 ID:7tExf1880
( ´ノ`)「君に、お願いしたいことがあるんだ」

(´・ω・`)「はい」

 ヴィルだけはクラウンの座する国王室へと案内された。
 三十人は横に並んで歩けるのではないか、とヴィルが思うほど広い廊下を歩く。

(´・ω・`)「……?」

 途中、自分より歳は小さい、とヴィルが思うような女の子がいた。
 黒い髪が腰まであり、女児とは思えぬ落ち着き払った態度で、凛としている。
 何となく、ヴィルは自分と同じ匂いを感じ取っていた。

川 ゚ -゚)「…………」

 その女児も、ヴィルのほうを見ていた。
 一瞬だけ目が合った二人。
 しかし、同時に視線を逸らし、ヴィルは変わらぬ速度で歩き続ける。

( ´ノ`)「さぁ、ここだよ」

 二人が踏み入った国王室は、部屋の奥にまた幾つも扉があった。
 そして部屋の中心に、十尺はあろうかという背もたれが後方への視界を塞いでいる椅子があるのだ。

( ´ノ`)「さて……君にお願いしたいこと、というのは……」

 ゆっくりと椅子に腰を下ろしたクラウンが、物々しく喋り出す。
47 :第100話記念 ◆azwd/t2EpE :2008/03/29(土) 15:07:03.90 ID:7tExf1880
 ヴィルは、何であろうと受けるつもりでいた。
 ラウンジ城に住まえると勝手に確信していたからだ。
 孤児院から、離れられると思ったからだ。

 しかし――――

(´・ω・`)「……!!」

 言い渡された策は、途方もないことのようにヴィルは感じた。
 南東に位置するヴィップ国へ潜入し、国軍に入り、内部崩壊を狙うといったもの。
 勢力を拡大しつつあるヴィップに埋伏の毒を仕込むのだ。

 どんな任務であれ受けるつもりだったヴィルも、さすがにすぐ頷くことはできなかった。
 しかし、クラウンの表情が一変し、不安げな心中を露呈する。
 いや、自分のことを心配してくれているのだ、とヴィルは思った。

(´・ω・`)「やります」

 気づけば、ヴィルはそう言っていた。
 気持ちが勝手に口から出てきた、という感じだった。

( ´ノ`)「……もしかしたら、ラウンジには帰って来られないかも知れん。
     それほど難しく、危険な策だ。全てを完璧に為さねば、きっと戻って来れないだろう。
     それでも、やってくれるか? 」

(´・ω・`)「きっと、成し遂げてみせます」

 ヴィルの心を動かしたものはたったひとつ。
 まるで実の息子のように、クラウンはヴィルのことを心配した。
 それをヴィルは感じ取ったからこそ、策を成そうという気になれたのだ。
53 :第100話記念 ◆azwd/t2EpE :2008/03/29(土) 15:09:06.77 ID:7tExf1880
 クラウンは大いに喜んだ。
 お前が偉大な存在となって再びラウンジに戻ってきてくれることを、楽しみにしている、と。
 そういった言葉のひとつひとつが、ヴィルには響いた。

( ´ノ`)「美味いか? ヴィル」

(´・ω・`)「はい、とても」

( ´ノ`)「そうか、そうか」

 二人きりでの食事。
 隣に並んで、おなじ料理を食べ合った。
 孤児院で過ごした五年間、常に質素な料理を一人で食べ続けたことを、ヴィルは暫し忘れていた。

( ´ノ`)「大人のように大きな背中だな。洗うのが大変だ」

(´・ω・`)「すみません」

( ´ノ`)「いやいや、謝ることじゃない。むしろもっと大きくなって欲しいんだ。
     しっかりと体を鍛えれば、お前はベル=リミナリーほどの男になれるかも知れん」

(´・ω・`)「目指します。いえ、越えてみせます。ベル大将を」

( ´ノ`)「うむ。その意気込みを忘れないでくれ」

 一室ほどはあろうかという大きさの浴場に、二人きり。
 お湯を張った湯船に浸かり、それぞれの過去や夢について語り合った。
 ヴィルは、自分の全てをクラウンに曝け出していた。
56 :第100話記念 ◆azwd/t2EpE :2008/03/29(土) 15:11:08.89 ID:7tExf1880
 風呂から上がったあとは、クラウンの寝所へ向かい、同じ寝床で身を寄せ合った。
 夏の盛り。気温の下がる夜とはいえ、何もしていなくとも汗をかくほどだ。
 それでもクラウンはヴィルを抱え込んでいた。

( ´ノ`)「私はな、ヴィル。このラウンジという国が、天下を治めるのを夢にしているんだ」

(´・ω・`)「はい」

( ´ノ`)「民が笑って暮らせるように、な……だから、色んな努力をしなければならない。
     国家を運営せねばならんし、才能ある者も探さねばならん……そう、お前のようにな」

( ´ノ`)「建国当初は私も戦場に立っていたが、今はもう歳を食ってしまった。
     だから、しばらく有能な人材を探し、育てることに専念するつもりだ」

(´・ω・`)「僕は、クラウン国王の手は煩わせません。自分ひとりでも、強くなれます」

( ´ノ`)「あぁ。そうだと思ったから、すぐヴィップに送ることを決めたんだ。
     お前は賢いし、強い子だ。何も言わずとも、上手くやってくれると信じている」

(´・ω・`)「はい、もちろんです」

 ヴィルは、クラウンの深い懐の中で目を閉じた。

(´-ω-`)(……あったかい……)

 もう何年も味わっていなかった感覚が、ヴィルの全身に蘇る。
 昨晩のように、またヴィルの枕は湿り始めていた。
61 :第100話記念 ◆azwd/t2EpE :2008/03/29(土) 15:13:15.62 ID:7tExf1880
 その日、ヴィルは再び夢を見た。
 小さかった頃の夢ではない。ヴィルの体は、今よりも大きくなっていた。
 そして、皺の刻まれた手を握って、悠然と街中を歩いている。

 少し視線を高めれば、雲ひとつない大空に出会える。
 いい天気ですね。ヴィルは、自然と呟いていた。
 手と同じように皺の深まった口や頬を動かし、隣人も何かを呟く。

 その声だけは、聞き取ることができないまま、ヴィルは目を覚ました。

(´・ω・`)「行って参ります」

( ´ノ`)「必ず戻って来い、ヴィル。また何度でも、お前に会いたい」

(´・ω・`)「僕もです。必ず戻ってきます、クラウン国王」

 悔いも、心残りも、不安も。
 何もなかった。
 ヴィルには、何もなかった。

 これから得るのだ。
 何も持っていなかった孤児。しかし、これから多くのものを得る。
 そして最後に、かけがえのないものを掴むため、ヴィルは戦うのだ。

(´・ω・`)(そのためなら……なんだってやってやる)

 もう二度と得られないのだとヴィルは思っていた。
 しかし、昨晩たった一度だけ、また自分の側に蘇った。
 蘇ったが、昨晩限りのことなのだ。
65 :第100話記念 ◆azwd/t2EpE :2008/03/29(土) 15:14:18.96 ID:7tExf1880
 だが、この策を成せばきっと、永遠になる。
 永遠に、クラウンは側に居てくれる。

 そのために、全てを犠牲にする覚悟さえ、このときヴィルは抱いていた。











             【Past of Shobon : End】

 

 

 

 

73 :第100話記念 ◆azwd/t2EpE :2008/03/29(土) 15:17:33.06 ID:7tExf1880
【ショボンがプギャーもラウンジにより送り込まれた者と気付いた理由】


――世界歴・510年――

――ヴィップ城――

(´・ω・`)(ふぅ……将校としての任務の傍らで、アルファベットを訓練するのも楽じゃないな……)

(´・ω・`)(しかし……いつかラウンジに帰るときのために……怠れんな)

(´・ω・`)(もっともっと、強くならなければ……)


(´・ω・`)「……ん? なんだ?」

(´・ω・`)「酔い潰れて……寝ているのか?」


(*-Д-)「Zzz...」
78 :第100話記念 ◆azwd/t2EpE :2008/03/29(土) 15:18:53.61 ID:7tExf1880
(´・ω・`)(確か、プギャー=アリスト……アルファベットの才能は、それなりにあったな……)

(´・ω・`)「おい、こんなところで寝てたら風邪引くぞ」


(*-Д-)「ん、んんー……」


(´・ω・`)(……ダメだ、起きないな……放っておくか……?)

(´・ω・`)(しかし……ん?)
83 :第100話記念 ◆azwd/t2EpE :2008/03/29(土) 15:22:03.50 ID:7tExf1880
 



(*-Д-)「んぐぉー……ぉ……俺はいつかヴィップに大打撃を与える裏切りを実行してラウンジに帰ってみせるぜ!!」

(;´・ω・)「ッ!!」


(*-Д-)「Zzz...」




(´・ω・`)(こいつ……バカだ……)








          【 ショボンがプギャーもラウンジにより送り込まれた者と気付いた理由 : End】





 (ちなみにプギャーはその後、寝言を一切言わないよう矯正させられたそうな)

 

 

 

 

105 :第100話記念 ◆azwd/t2EpE :2008/03/29(土) 15:25:43.09 ID:7tExf1880
【Past of Karlina】


――世界歴・510年――

――フェイト城――

 やはりミルナ=クォッチは有能な将だ。
 それを、実感することができた戦だった。

(`∠´)(喉が、乾いたな……)

 フェイト城に戻って、具足を解いてからすぐ、井戸へ向かった。
 誰かに頼めば十合でも二十合でも軽く持ってきてくれるが、あまり人と話したくない気分だ。
 できる限り人と会わない道を選びながら、歩いた。

 オオカミとの戦は、引き分けに終わった。
 自分はそう見ていた。
 しかし、人によっては敗北とも取れるだろう。

 フェイト城から、ネギマ城へ向かって進発した。
 オオカミ方面は近年、拮抗していたこともあり、一度動きを見せておくべきだと思ったのだ。

 ネギマ城を奪ってしまえば、アリア城とヒダマリ城も自動的にラウンジのものとなる。
 もちろん、一度で奪えるはずはない。時をかける必要がある。
 だからこそ、今のオオカミの力を確かめておきたかったのだ。

 506年にアテナットを失ったオオカミは、新たにミルナを大将とした。
 その足元を現在、ドラルとフィルの二中将が支えている体制だ。
 しかし、ミルナ以外はあまり気にならない国だった。
115 :第100話記念 ◆azwd/t2EpE :2008/03/29(土) 15:28:35.13 ID:7tExf1880
 逆に言えば、ミルナの才能は抜きんでている。
 攻め勝つ力は間違いなく、先代のアテナットより上だろう。
 着実に大将としての経験も積んでいる。今後の成長次第では、恐るべき将になる可能性もあった。

(`∠´)「…………」

 オオカミはまだ、ミルナが成長の途上だ。
 つまり、これからも手強くなる可能性を秘めている。

 ヴィップも同じだ。
 ジョルジュ、ショボンの二大将は才能に満ち溢れている。
 二人ともまだ二十代。オオカミよりも更に、強豪となりえる国だった。

 対するラウンジは、どうか。
 中将アルタイムはお世辞にも才があるとは言えない。
 シッティムなどの将はとうに最盛期を過ぎている。

 今までは、自分ひとりで何とかなった。
 自分さえ居ればいい、と思っていた。
 しかし、自分もいつかは死ぬ。必ず、いつかは果てる。

 そのとき、いったい誰が後を継ぐのだ。
 誰が、継げるというのだ。

 現状ではアルタイムしかいない。
 できれば他の者を、と思いたくなるような、アルタイムしかいないのだ。

 決して無能ではないが、大将の器でもない男だった。
 だからこその、憂慮だ。このままでは、いつかラウンジは滅びる。
 ヴィップとオオカミに追い詰められてしまう。
118 :第100話記念 ◆azwd/t2EpE :2008/03/29(土) 15:30:44.90 ID:7tExf1880
 後進の育成を今まで怠ってきたのは自分だ。
 大将である自分が、もっと自らの考え方や技術を伝えるべきだった。
 できれば、将としての基礎を固める段階で。

 自責はありすぎるほどにある。
 しかし、責めている暇があるのなら、今は見せるべきなのだ。
 自分が戦う様を。

 そして、伝えるべきなのだ。
 自分の生き様を。

(`∠´)(……ん?)

「今日の戦、残念だったなぁー」

「やっぱミルナはすげぇよなー、ベル大将相手に、互角の戦だぜ?」

「あんな国と戦うのかぁ……こえぇなぁ」

「ぬぅ……しかし臆していては何も変わらんぞ」

 若い声がいくつも聞こえた。
 どことなく、あどけない。恐らく、まだ入軍間もない兵たちだろう。

 実は今回の戦に、新兵を伴っていた。
 実戦を一度、見せておいたほうがいいと思ったためだ。
 これも後進育成の一環だった。
121 :第100話記念 ◆azwd/t2EpE :2008/03/29(土) 15:32:50.36 ID:7tExf1880
「先輩はどう思いました? 今日の戦」

「ぬ? おおよそ互角だったと思うが」

「そーですかぁ? なんか、押されっぱなしだったように見えたんですけど」

「ぬぅ……それはきっと、何らかの理由が」

「あるとは思えないんですけどー。だって、戦は勝たなきゃ意味がないじゃないですか」

「ぬぅん……」

(`∠´;)(……やたら、ぬぅぬぅうるさいやつが居るな……)

 声に多少の落ち着きがあり、先輩と呼ばれている。
 恐らく、今回の戦に限り十人ほどの新兵を引率している、部隊長格の兵だろう。

 声は、こちらに近づいてくるようだった。
 出て行ってもいいが、やはり今は誰とも話したくない。

 隠れてやりすごすため、死角へと移った。
 それでも、声は聞こえてきた。

「原野で正面からのぶつかりあい……なのに、押しきれず撤退。
 結局、無駄な攻めだったってことじゃないんですか? 先輩」

「ぬ、ぬぅぅ」

 嘆息が漏れるのも、致し方ないことか。
 所詮は新兵。まだ勝ち負けしか見えていない。
129 :第100話記念 ◆azwd/t2EpE :2008/03/29(土) 15:34:53.80 ID:7tExf1880
 戦は、勝敗以外にも得られるものがある。
 敵軍が変貌を遂げつつあるときは、特にだ。

(`∠´)(……しかし……新兵と言えど……)

 もう少し、戦をよく見ていてほしかった。
 あれが単なる敗北と取られるのなら、自分がやった戦も意味が薄れる。

 全てを見通せとは言わないが、せめて一つか二つくらい、意義を汲み取ってほしかった。
 しかし、新兵にそこまで求めるのは、酷なのだろうか。
 自分の求めている質が、高すぎるのだろうか。

「……そうかなぁ」

 透き通るような声が聞こえてきた。
 高いが、不快でない。綺麗な声だ、と思った。

「今回の戦……凄く奥深かったと僕は思う」

 死角から、一瞬だけ顔を出した。
 兵たちは立ち止まっている。

( ’ t ’ )「そもそも、フェイト城から発ってネギマ城を奪うのは無茶だ。
    距離が遠いから後背に不安を残しすぎる。
    だから、ベル大将が本気でネギマ城を落とそうとしたとは思えないんだ」

 顔はすぐに引っ込めた。
 喋っている男の顔だけは、確認できた。
 まるで女のような顔つきで、明らかに他の兵とは一線を画していた。
136 :第100話記念 ◆azwd/t2EpE :2008/03/29(土) 15:37:02.77 ID:7tExf1880
「でも、原野戦で勝てなかったのは事実じゃないか」

( ’ t ’ )「あそこでオオカミを破ったって、どのみち城まで到達できない。
     多分、ベル大将は最初から、オオカミの様子を見るだけのつもりだったんだ。
     ミルナが力をつけてる、とはずっと言われてるし」

「……だけど、勝たなくてもいい理由にはならないだろ?」

( ’ t ’ )「なるよ。様子を見るための戦で無理をする必要はない。
     下手に踏み込みすぎれば、反撃を食らったときの被害が大きい」

 こいつは、と思うような男。
 一人くらい居てほしいものだ、と考えていた。

( ’ t ’ )「それと、南への備えをどうしてくるのか、も見てたんじゃないかな」

「……どういう意味だ?」

(`∠´)(……南への備え、だと?)

( ’ t ’ )「フェイト城からはミーナ城も狙える。オオカミだって警戒はしてたはずだ。
     でもベル大将は西へ攻めた。そのとき、オオカミはミーナ城方面にどう備えるのか。
     もし備えが薄ければ、次は不意を打って南へ攻める、ということも考えてたんじゃないかな」

(`∠´)(……!!)

 考えていなかった。
 しかし確かに、言うとおりだ。
 南方の備えも確認しておくべきだった。
141 :第100話記念 ◆azwd/t2EpE :2008/03/29(土) 15:39:18.25 ID:7tExf1880
( ’ t ’ )「いずれにせよ、単なる勝ち負けを重視した戦じゃなかった。
     ベル大将は次の城を奪うにあたって、オオカミの情報を調べてたんだ。
     ……と、僕は思うんだけど」

 調べたのは、オオカミの情報だけではなかった。
 遠方の城を攻めるにあたっての自軍内の空気や、道中の地形も自分で確かめた。
 実際に見てみなければ、伏兵に遭う可能性のある場所などを完全には見極められないからだ。

 まだ、この男も考えが及んでいない部分はある。
 しかし、充分だ。

 ラウンジは必ず天下を得られる。
 そう確信するに、充分だった。

( ’ t ’ )「やっぱりベル大将は凄い……全土一の大将だよ」

( ’ t ’ )「だから……後で……」

「ん? カルリナお前、どうするんだ?」

( ’ t ’ )「なんでもない」

 新兵の群れは、廊下の奥へと進んで行った。

 顔も声も、名前も覚えた。
 カルリナ。ラウンジ中を探しても、あれほどの美男子はそうそういない。
 そして何より、あれほど頭の切れる男も、そうはいない。
145 :第100話記念 ◆azwd/t2EpE :2008/03/29(土) 15:41:28.73 ID:7tExf1880
(`∠´)(……託そう)

 あの男に、全てを託そう。
 カルリナは必ず、ラウンジを天下へ導いてくれる。
 例え自分が居なくなっても。

 光に照らされた道が、見えた。
 自分の、目の前に。

 これを、自分がずっと進んでいけるかどうかは、分からない。
 しかし、後ろから追ってきて、自分の代わりに進んでくれる男はいる。
 必ず居る。

 そしていつか、天下へと辿り着くのだ。

(`∠´)(後で、呼び出すか)

 カルリナを呼び出して、話をしよう。
 焦らずともいい。まだ時間はある。
 カルリナはまだ十八か十九くらいだろう。じっくり育てていけばいい。
153 :第100話記念 ◆azwd/t2EpE :2008/03/29(土) 15:42:49.43 ID:7tExf1880
 ところが逆に、従者として側に居させてほしい、とカルリナのほうからその晩、申し出てきた。
 その意欲。貪欲なまでに、学ぼうとする姿勢。

 正に、ラウンジを背負って立つに相応しい男だ、と思えた。













             【Past of Karlina : End】

 

 

 

 

 

163 :第100話記念 ◆azwd/t2EpE :2008/03/29(土) 15:45:33.88 ID:7tExf1880
【アルファベットお触り任務について】


――ヴィップ城――

――午前6時――

(触=ロ=)「ふわー……朝か……」

(触=ロ=)「……今日は、アルファベットお触り任務の日だな……」


――午前8時――

(触=ロ=)「腹いっぱいだー……さぁ、頑張るかぁ」

(触=ロ=)「倉庫の鍵を開けまして……っと」

(触=ロ=)「えーっと……三日目のやつは……ここだな」

サワサワ
サワサワ

(触=ロ=)「…………」

サワサワサワ
サワサワサワ

(触=ロ=)「…………」
172 :第100話記念 ◆azwd/t2EpE :2008/03/29(土) 15:47:28.28 ID:7tExf1880
サワサワサワサワサワ
サワサワサワサワサワサワサワサワサ

(触=ロ=)「……うお、熱っ」

ポイッ
サワサワサワサワ


――午後2時――

(触=ロ=)「…………」

サワサワサワサワ
サワッ ……サワサワサワサワ

(触=ロ=)「ふぁー……ねむ……」

サワサワサワサワ
ガサガサ サワサワサワサワ

(触=ロ=)「…………」

ワシャワシャワシャワシャ
ニュインニュインニュイン

(触=ロ=)「…………」
182 :第100話記念 ◆azwd/t2EpE :2008/03/29(土) 15:49:18.97 ID:7tExf1880
ゴインゴインゴイン
サワサワッ!! サワワワワワワ

(触=ロ=)「……やったぞ! ショボンを討ち取ったぞ!」

……サワサワサワサワ

(触=ロ=)「…………」

サワサワサワサワサワ
サワサワサワサワサワ

(触=ロ=)「……よし、終わり」

ガチャッ



(触=ロ=)「明日も楽しい一日だといいなぁ」









             【アルファベットお触り任務について : End】

 

 

 

 

 

200 :第100話記念 ◆azwd/t2EpE :2008/03/29(土) 15:52:15.13 ID:7tExf1880
【Past of Aramaki】


――世界歴・485年――

 活気溢れる人の表情。
 笑い声。

 ラキスタ城の城下町は今日も賑わっていた。
 人々の営みが、当然のようにあった。

「今日は芋をどっさり仕入れてきたんだ」

「じゃー、この果物と交換してくれるかい?」

「あいよ」

 人が人を憎まぬ町。
 互いに手を取り合い、共に生きる。

 そんな当然を、無情の喜びと感じる男がいた。
 ラキスタ城の実質的な城主である、アラマキ=スカルチノフだ。

「おぉ、アラマキさんじゃないか!」

「アラマキさん、おはようございます!」

/ ,' 3「皆さん、おはようございます」
203 :第100話記念 ◆azwd/t2EpE :2008/03/29(土) 15:54:21.94 ID:7tExf1880
「何か買っていかれますか?」

/ ,' 3「お芋がちょうど食べたかったのですよ。蒸したやつを、二つほどいただけますか?」

「あい、了解です」

 店主が蒸籠の蓋を開け、蒸気に手を突っ込んで芋を取り出す。
 切り込みが入った拳程度の大きさの芋に、黄色い牛酪が塗られた。
 店主は白い袋に二つともを放り込む。

「アラマキさん、熱いんで気を付けてください」

/ ,' 3「はい、ありがとうございます」

 皮を丁寧に剥いて、アラマキは芋を齧った。
 舌の上でもまだ熱を保つ芋。冷まそうとして何度も空気を取り込むアラマキ。
 その光景を、民は微笑ましそうに眺めていた。

「ところで、アラマキさん……」

/ ,' 3「はい、なんでしょう」

「……ニューソクのことなんですけど……」

/ ,' 3「…………」

 人が、アラマキの周囲に集まり始めた。
 一様に、不安げな表情が顔に浮かんでいる。
211 :第100話記念 ◆azwd/t2EpE :2008/03/29(土) 15:56:25.41 ID:7tExf1880
「いくらなんでも、ニューソクの振舞いは横暴です」

/ ,' 3「えぇ……」

「全土統一宣言など……許されるはずがありません」

「最近はラウンジがニューソクに立ち向かっていますが……」

/ ,' 3「そうですね……」

 二年前、ニューソクは突然、全土に統一宣言を発した。
 ニューソク城を都城とし、各地に税を納めるよう強制したのだ。
 無論、逆らった者は武力によって処罰する、という言葉も添えられていた。

 ニューソクは七万の軍を抱えていた。
 全土統一宣言を発するにあたり、人を集めていたのだ。
 当然のことながら、その際ニューソクに付き従った者は他民より優遇されている。

 大人しく従えば税の締め上げも緩くする。
 が、一人でも逆らえば、その地域の者からは数倍の税を徴収する。
 そんな強圧的な政治に、民が黙っているはずはなかった。

 真っ先に立ちあがったのは、北西の大商人であったクラウン=ジェスター。
 自分の名から取った『ラウンジ』という国を建て、正面からニューソクにぶつかった。
 しかし兵力数、五万。苦しい戦いを強いられていた。

 そこでラウンジの姿勢に賛同し、ニューソクに刃向ったのは、南に位置する『オオカミ』。
 建国者はリアッド=ウルフ。こちらは豪族であり、幾つかの城を抱えていた。
 ニューソクへの反発心を持っていた者が多かったこともあり、二万五千の兵を集めることに成功していた。
214 :第100話記念 ◆azwd/t2EpE :2008/03/29(土) 15:58:27.31 ID:7tExf1880
 が、それと同時に『ウンエイ』が建国される。
 実質的にニューソクの属国であり、オオカミに立ち向かうためだけに建てられた国だ。
 兵数は三万。オオカミは、ニューソクよりもウンエイと戦うことのみに集中しなければならなくなった。

 ニューソクの統一宣言に端を発し、全土に戦火が拡がっていった。
 北ではニューソクとラウンジが、南西ではウンエイとオオカミが。
 それぞれ、覇権をかけて戦っていたのだ。

 しかし、南東だけは穏やかだった。
 空白地域と言ってもいい。戦火に巻き込まれることなく、今までと同じ暮らしを継続していた。
 が、民の心は着実に燻り始めていたのだ。

 ラウンジやオオカミが頑張っているのに、静観していて良いのか。
 自分たちも、戦うべきではないのか。
 戦についての情報が入るたびに民がそう考えるのも、無理からぬことだった。

 自分たちの利権を守る考えが働かなかったわけでもない。
 ニューソクが勝つにせよ、他の国が勝つにせよ、南東地域は虐げられるのではないか、と民は思ったのだ。
 お前たちは何もしなかったではないか、と言われる可能性は、誰がどう見てもあった。

 そのとき武力を持たなければ、抗うこともできない。
 だから南東地域も国を建てるべきだ。
 そんな世論が日ごとに広まり、強まっていた。

 では、誰を?
 誰を建国者とするのか?
 誰を王として仰ぐのか?

 疑問が民の間に沸いたとき、当てはまる人物は一人しかいなかった。
 クラウンやリアッドも一目置くほどの豪族である、アラマキ=スカルチノフだ。
218 :第100話記念 ◆azwd/t2EpE :2008/03/29(土) 16:00:28.28 ID:7tExf1880
 ラキスタ城やパニポニ城を実質的に所有し、民からの信頼も厚い。
 柔和な人柄で、皆から愛される男。
 誰もが口を揃えた。他には居ない、と。

「アラマキさん……お願いしますよ」

「このまま大人しくしてると、戦が終わってしまいます」

/ ,' 3「……うーん」

 有力な豪族からも、アラマキは建国は持ちかけられていた。
 城は、ラキスタ城、パニポニ城、ローゼン城、シャナ城と豊富。
 建国すれば他国に充分、対抗できるだけの国土と兵力を持てる。

 アラマキも分かっていることだ。
 しかし、決断しかねていた。

/ ,' 3「……戦いというのは……無情なものですから……」

 皆が、アラマキの言葉に耳を傾ける。
 不思議と聞き入りたくなる気持ちにさせる声だ、と民は感じていた。

/ ,' 3「ラウンジのクラウンは十九歳で建国しましたが……私は、もう三十七です。
   クラウンのように戦場に立つことはできません……」

「しかし……王が立たずとも、他に戦いたがっている者は大勢います」

/ ,' 3「……そうですね……」

 アラマキが考えていることは、もう少し深い所に位置していた。
221 :第100話記念 ◆azwd/t2EpE :2008/03/29(土) 16:02:35.23 ID:7tExf1880
 ラウンジのクラウンは抜群のカリスマ性を持ち、表に立って兵を先導している。
 ベル=リミナリーという有能な将にも恵まれていた。

 オオカミにしても、リアッドは英明な王であり、アテナットという大将を得ている。
 それに引き替え自分はどうだ、とアラマキは考えていたのだ。

 国家を運営させる力があるとは思えない。
 身近に、優秀と思える将がいるわけでもない。
 その状態で王となっていいものか、と考えてしまっているのだった。

/ ,' 3「……もう少し、考えさせてください」

 アラマキは最近ずっと、同じ言葉を繰り返していた。
 言い始めてからもう、一年になる。

 町を出て、アラマキはラキスタ城へと向かった。
 全土でも有数の大城であり、かつての大戦時も使われたという城だ。

 長年、スカルチノフ一族が城主である城だった。
 厳密には他の数人の豪族も所有権を持しているが、ほとんど権力はない。
 実質的に、アラマキの城と言ってよかった。

/ ,' 3(……四城ですか……)

 アラマキが所有するのは、ラキスタ城とパニポニ城。
 ローゼン城とシャナ城は他の豪族が所有しているが、建国時にはアラマキに付き従うと宣言している。
 つまり、国を建てれば一気に四城を有する大国となるのだ。

/ ,' 3「ふぅ……」
224 :第100話記念 ◆azwd/t2EpE :2008/03/29(土) 16:04:38.67 ID:7tExf1880
 城に帰るとすぐ従者がアラマキの後ろにつく。
 城中では補佐官の役目も果たす男だ。

/ ,' 3「どうしたものでしょうね」

 五階の一室を、アラマキは居室としていた。
 窓からの景色が美しいこの部屋を、幼い頃から気に入っていたのだ。
 他にも広い部屋はあるが、手狭なくらいでアラマキはちょうど良いと感じていた。

/ ,' 3「王になったら、上階の部屋に移らなければならないのでしょうか」

「そう思います。王とは、特別な存在であるべきです」

 従者ははっきりとした口調で答える。

 大きな部屋に移りたくないから、王にはならない。
 そんな子供のようなことを、アラマキが考えているわけではなかった。

 ただ、選択肢は民が思うより遥かに多いのだ。

/ ,' 3「…………」

 上部が破り取られた封筒から、アラマキは便箋を取り出す。
 もう何度も読み返した。それでも、確かめるように。
 アラマキは、便箋を開いた。

 文字の羅列が便箋に浮かんでいる。
 懇切丁寧に書かれた、誰が見ても美しいと思う字だ。

 差出人は、クラウン=ジェスターだった。
232 :第100話記念 ◆azwd/t2EpE :2008/03/29(土) 16:06:41.47 ID:7tExf1880
/ ,' 3(……救援願……)

 それが便箋の頭につけられた題だ。
 ニューソクとの戦に苦しんでいるラウンジを、助けてほしいという内容。

 クラウンの思惑としては、できれば国を建て、南からニューソクを攻撃してほしい、だ。
 手紙にも、さりげなくそういった旨は記されている。
 建国が無理ならせめて、アラマキの豪族としての力を貸してほしい、とクラウンは頼んでいるのだった。

/ ,' 3(……まだ二十一ですか……)

 とてもそうは思えない、とアラマキは心中の言葉に付け足した。
 確固たる信念と意志を持って書かれた、礼儀正しい手紙。
 こちらの事情も可能な限り考慮した文面。

 そして何より、あらゆる可能性を見通したかのような、打算的な頼み方。

 これでまだ二十一。
 成長すれば、もっと恐ろしい男になるだろう。
 アラマキは、そう直感していた。

/ ,' 3「…………」

 手紙を閉じて、アラマキはもうひとつの封筒を開いた。
 こちらは薄ら茶色い封筒だ。
 差出人は、ニューソクの国王。

 ラウンジのクラウンと同じように、助勢を求める文面だった。
 しかし、言葉遣いはあまりに高圧的。簡単に言うと、兵を出せば税率を下げてやる、といった内容なのだ。
 ニューソクに比べればまだラウンジのほうがいい、とアラマキが思うのは当然だった。
235 :第100話記念 ◆azwd/t2EpE :2008/03/29(土) 16:08:51.81 ID:7tExf1880
 が、そのラウンジにも今ひとつ、好感は持てない。
 だからこそアラマキは悩んでいるのだった。

「たとえ建国せずとも……ラウンジを助けるのであれば、みな諸手を挙げて賛成しますよ」

 従者は軽い口調でそう言う。

/ ,' 3「えぇ、そうでしょうね……」

 アラマキは、この従者にあまり深くを語らないつもりでいた。
 ラウンジを救援するために国を建てるべき、との意見を持っているからだ。

 しかし、アラマキは違った。
 ラウンジの打算臭さに、近寄りがたさを感じてしまっているのだ。
 勝負のためなら何でもする、といった国に思えてしまっているのだった。

 ニューソクの統一宣言の後、間もなく国を建てたことも、そうだ。
 クラウンは、今しかないという絶好の時機に建国した。
 決して非難されるべきではないが、アラマキは個人的に、クラウンを信用できないのだ。

 仮にラウンジがニューソクを討ち滅ぼしたとする場合。
 そのあと、ラウンジはどこへ向かうのか。
 ニューソクのような振舞いをしないとも限らないのではないか。

/ ,' 3「…………」

 誰もクラウンを疑わない。
 できればアラマキも、疑いたくはないと思っている。
242 :第100話記念 ◆azwd/t2EpE :2008/03/29(土) 16:10:53.93 ID:7tExf1880
 しかし、クラウン=ジェスターの有智さを感じさせられたため、疑念を抱かざるをえなくなっているのだ。
 オオカミのリアッド=ウルフもそう思ったからこそ、自立した国を建てたのだろう、というのがアラマキの考えだった。

/ ,' 3(……悪いわけでは、ないのですが……)

 戦であれば、手段を選ばないというのも間違ってはいない。
 いや、むしろそうでなければ、戦という無情な生き物を手懐けることはできない。
 アラマキも分かってはいる。が、そうなりたくはないのだった。

/ ,' 3(……だからこそ……)

 自分が、戦に関わるべきではないのだ、とアラマキは考えていた。

 自分の理念に基づいた国を建てたい気持ちが、ないわけではない。
 王となって民のための政治を執り行いたい思いも、ある。

 しかし、そのためには戦が必要だ。
 血が大地を染め上げるような、戦が。

/ ,' 3「もう、戦の流れは止まらないのでしょうね」

「そう思います」

 戦火が、拡大しつつある。
 もう、どこかの国が天下を統一するまで、戦の嵐が止むことはない。

 だから、戦をやることは仕方がないのだ、とアラマキも納得していた。
 どのみち人は戦う。直接、刃を交えずとも、何らかの形で戦うのだ。
 しかし、そうやって自分を納得させても、引っかかっている部分がアラマキの中にはまだある。
245 :第100話記念 ◆azwd/t2EpE :2008/03/29(土) 16:12:58.90 ID:7tExf1880
 自らが、戦に関わるべきではない、という思いだ。
 端的に言えば、自分は戦に向かない、とアラマキは思っているのだ。
 その理由は、前述したとおりだった。

/ ,' 3(……誰か……)

 誰か、これはと思うような男がいれば。
 全幅の信頼を寄せられるような男がいてくれれば。

/ ,' 3「……居ないものですかね」

「はい?」

 アラマキの思いは、無意識のうちに口から出ていた。
 そんなアラマキの苦笑も、従者には理解できない。

「何が、ですか?」

/ ,' 3「いえ……何でもないのですよ」

「はぁ……」

 アラマキ自身、身勝手な願いだと分かってはいた。
 自分は王となり、国を統治し、戦は誰かに信任する。
 そんな統治者はどこにもいない。しかし、そうありたい、という願い。

 新しい国の形。
 アラマキは、ここ最近ずっと、模索していた。

/ ,' 3「もう夜ですか……」
248 :第100話記念 ◆azwd/t2EpE :2008/03/29(土) 16:15:14.78 ID:7tExf1880
 ひととおり仕事を終え、夕食を取ったあと、アラマキは外に出た。
 幼いころから、夜、一人で散歩するのが好きだったのだ。
 閑寂な世界の、ごくありふれた存在であることを認識できる時間が、今のアラマキには特に貴重だった。

 従者がついてくることも拒み、アラマキはラキスタ城の周囲を歩き回る。
 無音の闇が心地よく、嬉しさに突き動かされて頬を緩めた。
 穏やかな空間だった。

/ ,' 3(……今日は、涼夜ですね)

 肌を掠める風が、火照ったアラマキの体を冷やす。
 もう夏も抜け切ろうかという時季だが、近頃、気温の高い日が続いていた。

 風が、冷たい風が、何度も吹く。

 しかし、アラマキは感じた。
 この風には、まるで爽やかさがない、と。

 そこでようやく気付いたのだ。
 風が冷たかったわけではないことに。

 体を冷やしていたのは、悪寒だったのだということに。

「アラマキ=スカルチノフだな?」

 アラマキは、何の反応も示さなかった。
 声から表情、仕草まで、何一つだ。

「無言の肯定と見做そう。さて……」
256 :第100話記念 ◆azwd/t2EpE :2008/03/29(土) 16:17:32.51 ID:7tExf1880
「何も命を奪おうってんじゃあねぇんだ。条件次第では、だけどな」

 アラマキの前に立つ、二人の男。
 一人は細身だが長身、一方はアラマキと同じ程度の身長だが、重力に押し潰されたような体格だった。

「端的に言おう。国を建てろ」

/ ,' 3「……?」

「建国して俺らを助けろってことさ。へへへ」

/ ,' 3「……どちら様でしょうか」

「言えねぇなぁ。頷くまでは」

/ ,' 3(……ニューソクか、ラウンジか……)

 どちらの可能性もありうる、とアラマキは思った。
 他の誰かに意見を求めれば、まず間違いなく『ニューソクの仕業』と言うはずだ。
 だからこそ、ラウンジの可能性もある、とアラマキは感じているのだった。

/ ,' 3(頷くまで……というのも、色んな確約が得られるまで、ということですか……)

「おい、なに黙ってんだ?」

/ ,' 3(国の名を明かさないのも……不気味ですね。他国を装われる可能性も……)

「お前に主導権はない。即座に答えねば、ここで斬る」

 痩身の男は、声に苛立ちを込めていた。
264 :第100話記念 ◆azwd/t2EpE :2008/03/29(土) 16:19:33.67 ID:7tExf1880
/ ,' 3「少々、考える時間を頂きたいのですよ」

「やなこった。変に頭使われたくねーんでな」

「そういうことだ。知恵を働かそうとするな」

「生きたいか、死にたいかだけを選べばいいんだよ」

/ ,' 3(……困りましたね……)

 二人は、剣を抜いていた。
 アラマキも護身用に一振り、名工に作らせた剣を佩いてはいるが、扱いには慣れていない。
 二人相手に勝てるほどの技量は、ない。

「……最後は沈黙か。それが答え、で良いのだな?」

「よーし。瞬きの間に、首を刎ねてやる」

 アラマキとの、間合いを詰める二人。
 アラマキは手に汗を感じながら、柄に手を伸ばした。

「死にさらせ!」

 アラマキに、襲いかかる。
 二つの剣。

 最後の抵抗を見せようと、柄を握るアラマキ。
 ――――いや、握ろうとしたアラマキ。

/ ,' 3「え?」
271 :第100話記念 ◆azwd/t2EpE :2008/03/29(土) 16:21:22.55 ID:7tExf1880
 剣が、ない。
 腰に佩いていた、剣が。

 鞘だけがぶら下がっていて――――

/ ,' 3「ッ!!」

 アラマキの側を、爽快な風が駆け抜けた。

(`・ー・)「うらぁ!!」

 月光に輝きを与えられた剣が、振るわれる。
 一瞬にして崩れ落ちた二人組。

 アラマキは、呆然と見ていた。
 その男の、背中を。

(`・ー・)「二人がかりは、ダメだろー。正々堂々いこうぜ! な!」

 気を失っている二人にはいくら言葉をかけても意味がない。
 が、そんな無粋なことを、アラマキが言える状況でもなかった。

/ ,' 3「あの……ありがとうございます」

(`・ー・)「おー、いいってことよ! 多勢に風情ってやつだもんな!」

/ ,' 3「……多勢に無勢、ですか?」

(;`・ー・)「あ……そうとも言うかな?」
285 :第100話記念 ◆azwd/t2EpE :2008/03/29(土) 16:23:34.49 ID:7tExf1880
 血を振り払った剣を収めようとして、腰に切っ先を向ける男。
 が、何度か空振った後、鞘がないことに気づく。

(`・ー・)「そーいやアンタから借りたんだったな。うっかりだ」

/ ,' 3「驚きました。あの一瞬で、私の腰から剣を抜き、二人を斬るとは」

(`・ー・)「そーか? 別に難しくないぞ」

 平然と言い放つ男に、アラマキは一驚を喫した。
 まだ若く、純朴そうな、それでいて深みがある。
 アラマキは、この男から目を逸らせなくなっていた。

/ ,' 3「よろしければ、お名前を」

(`・ー・)「おう、ハンナバル=リフォースだ」

/ ,' 3「私はアラマキ=スカルチノフと申します」

(`・ー・)「へー、アンタがアラマキか。名前は知ってるぜ! オレ凄い?」

/ ,' 3「ご存じでしたか。光栄です」

(`・ー・)「でも、なんでアンタみたいな人がこんなところで? 危ないぜ!」

/ ,' 3「一人で散歩するのが好きでして。でも懲りました。
   このような危険も、考慮していなかったわけではないのですが」

(`・ー・)「おー、頼れる誰かを連れてくべきだな。うん」
296 :第100話記念 ◆azwd/t2EpE :2008/03/29(土) 16:25:41.37 ID:7tExf1880
 頼れる、誰か。
 そんなハンナバルの何気ない言葉に、何故かアラマキは反応を隠せなかった。

(`・ー・)「……ところで……アンタ、アラマキだよな?」

/ ,' 3「え? はい、先ほども申し上げたとおりですが……」

(`・ー・)「実は、折り入って頼みがあってよ……」


――ラキスタ城・アラマキの居室――

(*`・ー・)「んぁー! 水うめぇー!!」

 喉を大きく鳴らして、二合杯を一瞬で空けるハンナバル。
 従者が再び注ぐと、またも一息で飲み干してしまった。

(`・ー・)「実は丸一日なーんも飲まず食わずで、ふらふらだったんだ!」

/ ,' 3「そうだったのですか。でしたら、夕食も用意させます」

 アラマキが目で合図を送ると、すぐに従者は駆け出していった。
 ハンナバルは自分で水を注ぎ、また杯に口をつける。

 やがて十を超える数の料理が運ばれてきて、ハンナバルは遠慮なく全てを平らげた。
 アラマキはただじっと、美味しそうに両手と口を動かすハンナバルを見つめていた。

(`・ー・)「すまねーなー、飯と寝床まで用意してもらっちまって」

/ ,' 3「いえ、これでも全く足りていないほどです」
306 :第100話記念 ◆azwd/t2EpE :2008/03/29(土) 16:27:44.99 ID:7tExf1880
 水を浴びた二人は寝巻きに着替え、寝床へと向かう。
 いつもアラマキが使っている寝台の、隣にもうひとつ、寝台が用意されていた。

 従者は、身分の分からぬ男を隣に寝かせるのは危険だと進言したが、アラマキは撥ね退けた。
 人を見る目があるなどと自惚れているわけではないが、不思議と側に居たくなる男なのだ。
 アラマキがそう言うと、従者も渋々ながら引き下がった。

(`・ー・)「久々に体を休められるぞ〜。やっぱ屋内はいいな!」

/ ,' 3「ハンナバルさんは、旅をしてらしたのですか?」

(`・ー・)「んー、まぁそんなとこかな? あてのない旅なんだけどな」

/ ,' 3「その日その日で食糧などを調達していた、ということでしょうか」

(`・ー・)「そんな感じだ。獣を狩ったり、魚を釣ったり……」

/ ,' 3「帰るべき家は?」

(`・ー・)「もうねぇさ。両親は流行り病で死んじまってな」

/ ,' 3「……そうなのですか……」

(`・−・)「……嫁と、息子もいたんだが……こっちは、三年前に、火事でな……」
310 :第100話記念 ◆azwd/t2EpE :2008/03/29(土) 16:29:49.48 ID:7tExf1880
 アラマキは、三年前に大火事が起こり、村そのものが失われたことがあったのを思い出した。
 恐らく、ハンナバルはその地域に住んでいたのだろう、と。

(`・ー・)「俺は、家族ってやつに恵まれない男らしい」

 気丈に振舞って見えるハンナバルの眼には、悲しみの色があった。
 その苦笑の奥にさえも。

/ ,' 3「……申し訳ありません。辛いことを……」

(`・ー・)「いや、気遣わないでくれ。俺が勝手に話したんだ」

/ ,' 3「そうですか……」

 ハンナバルは、何を求めて旅をしていたのだろうか。
 アラマキは少しだけ、そんなことを考えた。

(`・ー・)「ところでよ、あんたアラマキだよな?」

/ ,' 3「え? はい、既に二度申し上げましたが……」

(`・ー・)「噂になってるからさ。聞いてみたかったんだ」

/ ,' 3「……建国のことですか?」

(`・ー・)「おう!」

 無邪気な男だ。
 単に聞きたいから、聞いた。それだけだ。
 邪念など、アラマキには欠片も感じられなかった。
315 :第100話記念 ◆azwd/t2EpE :2008/03/29(土) 16:31:58.48 ID:7tExf1880
/ ,' 3「でしたら、私のほうがお聞きしたいくらいですよ」

(;`・ー・)「……ん? どういう意味だ?」

/ ,' 3「深く、悩んでいるのです」

 アラマキは、全てをハンナバルに打ち明けた。
 従者にさえ語っていなかった心情も。

 軽薄なところもあるように感じられるハンナバルだが、何故か多くを語りたくなる。
 そんな印象を受けていたからかも知れない、とアラマキは思った。

/ ,' 3「……と、以上のような状態です」

(`・ー・)「なるほどなぁ」

/ ,' 3「えぇ」

 ハンナバルは腕を組んで背凭れに体重をかけた。
 頭を何度か傾げ、目を伏せている。

/ ,' 3「ハンナバルさんだったら、どうなさいますか?」

(`・ー・)「ん? 俺だったら?」

/ ,' 3「はい」

(`・ー・)「俺だったら悩まねーさ。国を建てて天下を目指すぜ!」
318 :第100話記念 ◆azwd/t2EpE :2008/03/29(土) 16:34:02.56 ID:7tExf1880
 また、ハンナバルは平然と言い放った。
 アラマキは、驚くというよりも、唖然としてしまっていた。

/ ,' 3「……何か理由が?」

(`・ー・)「男はやっぱ一番を目指さなきゃな!」

/ ,' 3「……なるほど……」

 ハンナバルとは、合わないのかも知れない。
 アラマキは薄々ながら、そう感じ始めていた。
 落胆させるに充分すぎる思いだった。

/ ,' 3「私は、そういうことに興味はないのですよ。だから困っているのです」

(`・ー・)「ん? おかしいぞ、アラマキ」

/ ,' 3「はい?」

(`・ー・)「一番になりたいわけじゃないってのは別にいい。アンタらしいとも思える。
     でも、悩むってことは建国への気持ちもあるってことだ。
     だったら困る必要なんかないだろ」

/ ,' 3「……?」

(`・ー・)「みんなに慕われてるアンタは、自分の生まれ育った地を虐げられたくないと思ってるはずさ。
     だったら国を建てればいい。そして、どこかに付き従ったりせず、自立すればいいんだ。
     民だって、みんな根底には同じ気持ちがあるんだ。そこをアンタは勘違いしてるんじゃないか?」

 不意に、脇腹を突かれたような感覚にアラマキは襲われた。
323 :第100話記念 ◆azwd/t2EpE :2008/03/29(土) 16:36:04.37 ID:7tExf1880
 民は皆、ニューソクの横暴に耐えがたい憤懣の情を抱いていた。
 暴政を敷き、全土の民から血税を絞り上げようとするニューソクの姿勢に、拳を震わせていた。

 だが、怒りの根底にあったもの。
 それは、自分たちの郷土を汚されたくないという思いだ。
 ニューソクの卑劣なやり方に、屈したくはないという熱い気持ちだ。

 アラマキとて、そうだった。
 ハンナバルの言うとおり、勘違いしていたのだ。

 悩んでいる原因は、民からの要望によるのだとアラマキは思っていた。
 民が国を建てることを熱望し、足元を突かれたため、建国するかしまいか悩んでいるのだと。

 しかし、違った。
 本当は、民と同じだったのだ。
 自分の生まれ育った地を、守りたいと思う気持ちがあったのだ。

(`・ー・)「国を建てれば戦になる。兵は天下を望む。
     それも時代の趨勢さ。守りたいんなら、戦って勝つしかない。
     今はもう、倒すか倒されるかの状況なんだ」

 アラマキも、分かっているつもりだった。
 しかし、本当には理解しきれていなかったのだ。

/ ,' 3「……今さら、自分の本当の気持ちに気づけました。情けない話ですが」

(`・ー・)「いや、上に立つ人間はそれでいいんじゃないか?
     悩んだり苦しんだり……周りが心配になるくらい不安定でも。
     絶対的っていうのは、真価が試される場面で脆い気がする」
330 :第100話記念 ◆azwd/t2EpE :2008/03/29(土) 16:38:00.19 ID:7tExf1880
 恐らくハンナバルは、意識しなかったのだろう。
 ただ主観に基づいての発言だったのだろう。
 自分を客観的に見るのが上手い男とも思えない。

 が、アラマキが確信するには充分すぎた。
 奇しくも、先ほどハンナバルの言ったような男が、いる。
 アラマキの、目の前にいるのだ。

/ ,' 3「……ハンナバルさん。折り入って、お願いがあります」

(`・ー・)「ん?」

/ ,' 3「私は決意しました。国を、建てます」

(`・ー・)「おっ」

/ ,' 3「国を建てる以上、当然、軍を抱えることになります。
   そこでハンナバルさんに、大将職に就いていただきたいのです」

(`・ー・)「おう、いいぜ!」

/ ,' 3「身勝手な願いと分かってはいますが、そこをなんとか……」


/ ,' 3「…………」


/ ,' 3「……え?」
344 :第100話記念 ◆azwd/t2EpE :2008/03/29(土) 16:40:13.92 ID:7tExf1880
(`・ー・)「大将か、いいな! 大変そうだけどやってみるぜ!」

/ ,' 3「よ、よろしいのですか? そんなにあっさりと……」

(`・ー・)「どうせ仕事もなくフラフラしてただけだしな。
     それに……」

/ ,' 3「それに?」

(`・ー・)「一食一飯の恩ってやつに応えなきゃ、男が廃るぜ!」

/ ,' 3「……一宿一飯、ですか?」

(;`・ー・)「あ、あれ? 親からは一食って教わったような……気がするような……」

 普段、柔和な笑みを浮かべていることが多いアラマキも、このときばかりは大口を開けて笑った。
 いや、ハンナバルと接しているときは、思わず笑いが声として出てきていた。

 頂点のみを目指して戦うようなことは、アラマキにはできない。
 しかし、それでいいのだ、とアラマキは思えるようになった。
 ひたすらに頂点を志す思いは、軍人が抱いてくれればいい、と。

 ハンナバルが大将となれば、誰しもが抱くだろう。
 本当の軍人になってくれるはずだ。
 アラマキの期待と、未来を楽しみに思う気持ちは、日ごと膨らんでいった。

(`・ー・)「大将じゃなくてさ、総大将にしようぜ! そのほうがカッコイイ!」

/ ,' 3「総大将ですか、なるほど」
352 :第100話記念 ◆azwd/t2EpE :2008/03/29(土) 16:42:29.98 ID:7tExf1880
(`・ー・)「それと国王ってのも月並みだから、皇帝にしよう!
     そのほうが他国との差がつく!」

/ ,' 3「他国との差別化を、とは私も考えましたが、皇帝ですか……しかし、玉璽などありません」

(`・ー・)「いいっていいって! 国が天下を統一すれば、誰も文句言わねぇ!
     あ、そこにある置物なんかが玉璽になったりするんじゃないか?」

/ ,' 3「ふふ。それも面白そうですね」

 後で分かったことだが、アラマキには皇帝の血筋を引いているかも知れないという記録があった。
 それを伝え聞いたハンナバルは嬉しそうに、俺の直感は正しかったと言い回ったそうだ。

/ ,' 3「言葉にするのは、気恥かしいのですが……」

(`・ー・)「ん?」

/ ,' 3「民が、笑って暮らせるだけではなく……民が、自分の将来を、あるいは我が子や孫の将来を、期待できるような……。
   そんな国にしたいのです、私は。ずっと誰にもお話しできなかったことですが……。
   ハンナバルさんには、知っておいてもらいたかったのです」

(`・ー・)「いいな! 未来永劫、目指さなきゃいけない目標ってわけだ!
     この国を末永く繁栄する国にしよう!」

/ ,' 3「えぇ。そうあれたら、これほどの幸福はありません」

 アラマキは、国に対する想いを語った。
 ハンナバルは、応えた。
356 :第100話記念 ◆azwd/t2EpE :2008/03/29(土) 16:44:32.49 ID:7tExf1880
 言葉にすればそれだけのことでも、二人にとっては、充分すぎた。
 国というものを建てるのに、そしてその国で生きていくことに、だ。

/ ,' 3「――――この言葉は、一般的に南東地方を指し示していたのですが」

(`・ー・)「皇族なんかを指す意味合いが昔はあったんだろ? ピッタリじゃねーか!」

/ ,' 3「不遜のようで、なんだかむず痒いのですが……しかし、言葉の響きが気に入りまして」

(`・ー・)「おう、俺もだ! これでいこう!」

 一枚の真っ白な紙に、アラマキが筆を滑らせる。
 一文字ずつ、形を成していく。

 やがて、四文字が紙上で胸を張った。
358 :第100話記念 ◆azwd/t2EpE :2008/03/29(土) 16:45:42.20 ID:7tExf1880
/ ,' 3「私たちの、国の名は――――」

(`・ー・)「――――ヴィップ! ヴィップ国だ!!」

 二人は、顔を見合わせて、笑った。
 そして、しばらくじっと、紙の上の国名を見つめていた。












             【Past of Aramaki : End】

次へ

inserted by FC2 system