6 :登場人物 ◆azwd/t2EpE :2008/02/27(水) 23:15:56.04 ID:yLIXjvtL0
〜ヴィップの兵〜

●( ^ω^) ブーン=トロッソ
31歳 大将
使用可能アルファベット:V
現在地:シャッフル城

●( ゚∀゚) ジョルジュ=ラダビノード
45歳 中将
使用可能アルファベット:V
現在地:ヴィップ城

●( ・∀・) モララー=アブレイユ
36歳 中将
使用可能アルファベット:X
現在地:ヴィップ城

●( ゚д゚) ミルナ=クォッチ
46歳 中将
使用可能アルファベット:U
現在地:シャッフル城

●<ヽ`∀´> ニダー=ラングラー
46歳 中将
使用可能アルファベット:T
現在地:ハルヒ城
11 :登場人物 ◆azwd/t2EpE :2008/02/27(水) 23:17:22.09 ID:yLIXjvtL0
●(-_-) ヒッキー=ヘンダーソン
49歳 少将
使用可能アルファベット:O
現在地:ハルヒ城

●ミ,,゚Д゚彡 フサギコ=エヴィス
42歳 少将
使用可能アルファベット:R
現在地:オオカミ城

●( ><) ビロード=フィラデルフィア
34歳 大尉
使用可能アルファベット:O
現在地:オオカミ城

●( ´_ゝ`) アニジャ=サスガ
44歳 大尉
使用可能アルファベット:P
現在地:シャッフル城

●(´<_` ) オトジャ=サスガ
44歳 大尉
使用可能アルファベット:P
現在地:シャッフル城
13 :登場人物 ◆azwd/t2EpE :2008/02/27(水) 23:18:33.08 ID:yLIXjvtL0
●( ФωФ) ロマネスク=リティット
24歳 中尉
使用可能アルファベット:L
現在地:ハルヒ城

●(个△个) ルシファー=ラストフェニックス
24歳 ミルナ中将配下部隊長
使用可能アルファベット:K
現在地:ウタワレ城
17 :階級表 ◆azwd/t2EpE :2008/02/27(水) 23:19:24.60 ID:yLIXjvtL0
大将:ブーン
中将:ジョルジュ/モララー/ミルナ/ニダー
少将:フサギコ/ヒッキー

大尉:ビロード/アニジャ/オトジャ
中尉:ロマネスク
少尉:

(佐官級は存在しません)
24 :使用アルファベット一覧 ◆azwd/t2EpE :2008/02/27(水) 23:20:25.56 ID:yLIXjvtL0
A:
B:
C:
D:
E:
F:
G:
H:
I:
J:
K:ルシファー
L:ロマネスク
M:
N:
O:ヒッキー/ビロード
P:アニジャ/オトジャ/カルリナ
Q:
R:プギャー/フサギコ
S:ファルロ/ギルバード
T:ニダー/アルタイム
U:ミルナ
V:ブーン/ジョルジュ
W:
X:モララー
Y:
Z:ショボン

25 :この世界の単位&現在の対立表 ◆azwd/t2EpE :2008/02/27(水) 23:21:13.42 ID:yLIXjvtL0
一里=400m
一刻=30分
一尺=24cm
一合=200ml

(現実で現在使われているものとは異なります)

---------------------------------------------------

・全ての国境線上

29 :第95話 ◆azwd/t2EpE :2008/02/27(水) 23:22:15.91 ID:yLIXjvtL0
【第95話 : Parting】


――ラウンジ城――

 残すものは何もない。
 持ち出すものも、何もない。

 アルファベットだけでいい。
 それ以外には、何も要らない。

( ’ t ’ )「急用が、できたんだ」

 自分の従者には、そう伝えた。
 兵士ではない。民間から募集してやってきた、小男だ。
 自分の部屋は狭かった。従者一人で、事足りていた。

 ベルがいたころから、部屋はずっと変わっていない。
 思い出深い場所だ。

( ’ t ’ )「誰かが訪ねてきたら、急病で寝込んでいると伝えてくれ」

ヽエ±エ/「はぁ……」

( ’ t ’ )「それと、これを」

 重みのある巾着を渡した。
 従者が、目を丸くして驚いている。
 農民が一生かけても得られるかどうか、といった量の銭だ。
45 :第95話 ◆azwd/t2EpE :2008/02/27(水) 23:24:26.82 ID:yLIXjvtL0
ヽ;エ±エ/「カルリナ様、この銭は多すぎます!」

( ’ t ’ )「何も言わず、何も聞かずに受け取ってくれ」

 胸元に押し付け、アルファベットを携えた。

 季節に似つかわしくないほど、衣服を着こむ。
 頭巾も被って、顔を知られないようにした。

( ’ t ’ )「今まで、世話になった。身勝手ですまない」

 何も説明せずに、部屋を後にした。
 そのほうがいいのだ。従者が責任に問われることはなくなる。
 すべて自分の身勝手な行動。自分のみが、責められるべき行動だ。

 部屋の外には、三人の補佐官がいた。

( ’ t ’ )「……すまない」

 この三人には、全てを話した。
 自分が何を考え、何をやろうとしているのか。
 全て話したうえで、協力を求めた。

 三人は、しばらく茫然としたあと、頷いてくれた。
 自分を慕って、ずっと執務を助けてくれた三人だ。
 武官ではなく、文官だったから自分の考えに理解を示してくれたのかも知れない。

 それに、三人とも古参だ。
 自分の気持ちと、同じくするところもあったようだった。
52 :第95話 ◆azwd/t2EpE :2008/02/27(水) 23:26:31.75 ID:yLIXjvtL0
 自分と似た格好をした三人と共に、城門へ向かった。
 途中で馬を借りてきて、曳きながら歩く。
 自分の馬ではないが、仕方なかった。

 門番の許へ歩み寄った。
 眠そうな目を擦りながら、右手にIを握っている。
 もう日付はとうに変わっていた。

(兵-m-)「ん……なんだ、こんな時間に」

 欠伸しながらの応対だった。
 深夜の門番は、大抵こんなものだろう。
 普段なら叱ってみせるところだが、そんな場合ではなかった。

(補・L・)「遅くに申し訳ない。実は、カルリナ中将に伝令を頼まれた」

 そう言って補佐官は、手紙と伝令章を取り出した。
 伝令章とは言っても、ただの紙切れだ。
 だが、効果はしっかりとある。

(兵-m-)「む……確かにカルリナ中将からのようだな」

 当然だった。自分で発行したものなのだ。
 直筆であり、証拠の判も押されている。

(補・L・)「章は示したぞ。通行を許可してもらえるか?」

(兵-m-)「……いや、待て」
66 :第95話 ◆azwd/t2EpE :2008/02/27(水) 23:29:07.84 ID:yLIXjvtL0
 伝令として、城外に出る。
 ラウンジ城から抜け出す。
 三人の補佐官にはそう伝えた。

 それだけを、伝えた。
 だから、三人は思ったはずなのだ。
 自分たちも共に行くのだと。

 だが、やはり自分だけが出るべきだ。
 他の誰かに、責が及ぶような形にすべきではないのだ。

(兵-m-)「この伝令章には、一名のみ外出を許可すると書いてあるぞ」

(補;・L・)「ッ!?」

(兵-m-)「通せるのは一名のみだ。選んでもらおうか」

 その言葉を聞く前に、鐙へ足を掛けた。
 馬に乗り、無言で門番に主張する。

(兵-m-)「そうか、お前だな」

(補;・L・)「待っ……!!」

 開かれた城門から、一気に駆けだした。

 三人を、あえて欺いた。
 これでいい。出奔は、あくまで自分の恣意的な行動だ。
 あの三人は、嘘をつかれたと後で主張すればいい。いや、そうするだろう。
73 :第95話 ◆azwd/t2EpE :2008/02/27(水) 23:31:18.50 ID:yLIXjvtL0
 ラウンジ城から去った。

 もう、ここに戻ることはないだろう。
 十数年の時を過ごした、この城に戻ることは、ないだろう。
 そんな感傷に、少しだけ浸りながら。

 ただ、南へと駆けていた。

 ラウンジ城とエウレカ城を結んだ線上の、真ん中に、行くべきところがある。
 毎年、決まった時期に訪れていた。が、今年は戦があったため行けなかったのだ。
 遅くなったが、ちょうどいい。報告したいこともある。

 夜が明けた頃、到着した。
 ベルが眠る墓地だ。

( ’ t ’ )「…………」

 花も供え物も、何も持っていない。
 いつもは、決まってナスタチウムの花を添えていたが、急な出奔だったため用意できなかった。

( ’ t ’ )(申し訳ありません、ベル大将)

 ベルの墓は、他の一般人のものと同じように立っている。
 見かけも質素だ。
 生前、あまり大仰な墓にされたくないベルが、文官に言いつけていたのだという。

 墓には遺骨しか入っていない、ということも有名だ。
 だから墓荒らしに狙われることはない。
 しかし、稀代の英傑の墓としては、いささか物寂しさがあった。
84 :第95話 ◆azwd/t2EpE :2008/02/27(水) 23:33:54.78 ID:yLIXjvtL0
( ’ t ’ )「…………」

 両手を合わせ、しばらく墓を見つめていた。
 ベルの名と、生年、没年が刻まれているだけで、何も伝わってはこない。
 死者が語りかけてくるはずもない。

 それでも、語った。
 心の中で、全てを語った。

 自分は、気付いてしまったのだ。
 今まで引っかかっていた楔の正体に。

 そして、それに気付いたとき、心にぽっかりと穴が開いた。
 とても大切なものを、失ってしまった。

 だからもう、ラウンジ国軍には居られなくなったのだ。

 だが、ベルは自分を、ラウンジのために育ててくれた。
 ベルの後釜として活躍することを、期待されていた。

 申し訳なく思う気持ちは、ありすぎるほどにある。
 だがそれでも、留まれない。
 失ったものが大きすぎるのだ。

( ’ t ’ )(……ベル大将なら、どうなさいますか?)

 自分と同じような状況に陥ったとき、大将なら、どうしますか。
 心の中で、そう問いかけてみた。

 返事はない。
98 :第95話 ◆azwd/t2EpE :2008/02/27(水) 23:36:11.89 ID:yLIXjvtL0
 ベルは生粋の武人であり、生粋の軍人でもあった。
 あんな男には、なれない。なれるはずもない。
 ベルならば、自分のような悩みを抱えることも、恐らくなかっただろう。

 戦に生きる者として、自分は、未熟すぎたのかも知れない。
 幼すぎたのかも知れない。
 そんな疑問を抱えたりもした。

 また同じようにベルに、問いかけてみたかった。
 が、返事がないことは分かりきっている。
 募るのは、果てない空のような虚しさだけだ。

 墓の前から、立ち上がった。
 もう一度だけ手を合わせ、爪先を馬のほうへ向ける。

 死者から言葉が返ってくるはずはないのだ。
 だから本来、ベルに語るべきではなかった。

 全てを話すべきは、アルタイムだ。

 自分のことを、ずっと心配してくれていた。
 気にかけてくれていた。

 引っ掛かりの正体が、分からないままアルタイムとは離れた。
 だから伝えるべきなのだ。
 自分は何故、ラウンジを去るのか、を。

 しっかりとアルタイムに伝えてから、去るべきなのだ。

( ’ t ’ )(……行こう)
109 :第95話 ◆azwd/t2EpE :2008/02/27(水) 23:38:21.10 ID:yLIXjvtL0
 再び馬に跨る。
 手綱を握り締め、軽く引いて、駆けださせた。

 今度は、フェイト城に向かって。

 アルタイムは、シャッフル城のヴィップ軍に備えるべく、フェイト城に赴任したはずだ。
 あそこにはファルロもいる。
 大事な二人に、自分の言葉を伝えることができる。

 昼夜兼行で駆け続けた。
 食糧は途中の町々で調達し、腹に詰める。
 金銭だけは常に腰にあった。

 関所を避けながら走っていた。
 経路は、間道が多い。人が一人か二人、やっと通れる程度の道だ。
 馬を曳かなければならないような悪路もあった。

 山中を通ることもあった。
 人気はなく、鳥の羽ばたきにさえ意識を取られるほど静かな山だ。
 途中、豊富に成っていた果実をもぎ、齧りながら進んだ。

 木々は仄かに赤く色づいている。
 剥がれかかった木の皮を手に取り、匂いを嗅ぐと、季節の深まりを感じた。
 空を見上げる。しかし、薄赤い葉しか見えない。

 湿った木の枝を踏みながら、柔らかい土に足跡を残しながら、歩いた。
 やがて山を抜けると、もうダカーポ城がすぐ近くに見えるはずだ。
 そこから、更に南下する。
120 :第95話 ◆azwd/t2EpE :2008/02/27(水) 23:40:21.01 ID:yLIXjvtL0
 山の外には、曇天が広がっていた。
 風が強く、鼻先を冷たい空気が触れていく。
 まだ夏が抜けきっていないはずなのに、今日はいくらか冷え込むようだ。

 ダカーポ城には近づかないよう駆けた。
 トーエー川の下流にも、だ。
 どちらもラウンジの誰かに見つかってしまう可能性がある。

 シャッフル城のほぼ真北あたりだろうか。
 トーエー川の北岸で、馬を止めた。

 民間人を向こう岸まで運ぶ、という商いをやっている男を見つけた。
 船の規模は小さいが、馬一頭を乗せることも可能だと言ってくれた。
 馬のぶんがあったため、思ったより運賃は高くついたが、腰袋の重みが変わることはない。

 顔を隠した自分の正体に、櫓手が気付くことはなさそうだ。
 安心して船に乗り込んだ。

( ’ t ’ )(ふぅ……)

 久々に、体が休まった。
 ラウンジ城を出てから、碌に休息も取らずに駆けてきたのだ。
 既に数日が経過しているが、睡眠時間は極僅かだった。

[´-н-`]「南へは何のご予定で?」

 櫓手に声をかけられるとは思っていなかった。
 少し、言葉に窮する。
138 :第95話 ◆azwd/t2EpE :2008/02/27(水) 23:43:09.36 ID:yLIXjvtL0
( ’ t ’ )「友人に、会いにゆくのです」

 商人でも装おうかと思ったが、あまり嘘をつきたくない気分だった。

[´-н-`]「へぇ、それはまた遠出なことで」

( ’ t ’ )「そうですね」

 トーエー川は全土最大、最長の川だ。
 渡河するだけでも相当に時間がかかる。
 気軽には行けない距離だった。

 だが、櫓手の腕前は相当なものだ。
 素早く櫓を動かし、水を裂きながら進んでいく。
 快速だった。

 一介の船漕ぎとは思えない体つきをしている。
 大河を渡りきるだけの体力がある、というだけでも大したものだ。

 そうやって太い腕などを見ていたら、視線に気づかれた。

( ’ t ’ )「かなり、鍛えておられるようですね」

[´-н-`]「へぇ、実は」

( ’ t ’ )「ん?」

[´-н-`]「昔、ラウンジ国軍に務めていたことがありまして。元兵士なんです」
151 :第95話 ◆azwd/t2EpE :2008/02/27(水) 23:45:10.49 ID:yLIXjvtL0
 心のざわめきが胸を叩く。
 まずい、と一瞬思ってしまった。

 が、自分のことを知っているなら、最初に声で気づいたはずだ。
 つまり、櫓手が言う昔とは、自分が国軍で指揮執る前なのだろう。

( ’ t ’ )「いつ頃、軍にいたのですか?」

[´-н-`]「そうですねぇ。まだ、ベル大将が御存命でしたねぇ」

 やはりそうだ。
 ベルの死に触れていない。ならば、自分がカルリナだと気づくはずはない。
 ベルがまだ生きていた頃、自分はあまり存在を知られていなかった。

[´-н-`]「まぁ、自分はてんで大したことなくて……アルファベットもGが精一杯だったんですがね。
      508年頃に、病気になっちまって……それで自主退役したんです」

( ’ t ’ )「……そうなのですか……」

 短い期間で治る病であれば、誰も退役などしない。
 恐らく、完治までに数年はかかるような病を得てしまったのだろう。

[´-н-`]「ベル大将は、凄いお方でした。軍事にも民事にも優れていて……。
      稀代の英傑と呼ばれていましたが、正にそのとおりでしたね」

 自分も、よく知っているつもりだ。
 ベルの偉大さは。
165 :第95話 ◆azwd/t2EpE :2008/02/27(水) 23:47:13.07 ID:yLIXjvtL0
 戦に対する迷いがなかった。
 常に勝利を追い求めていた。
 そして実際に、打ち勝ってきたのだ。

 今のラウンジはベルがあってこそだ。
 ベルが築いてきた土台の上に立っているのだ。

( ’ t ’ )「……今のラウンジについては、どう思われますか?」

 聞いてみたくなった。
 民が、ラウンジという国を、どう見ているのか。
 ベルという存在から離れた元兵士が、どう思っているのか。

[´-н-`]「……まぁ、私なんかはもう戦場から退いた人間ですから……。
      国に対し意見するというのも、おこがましい話ですが……。
      なるべく早めに、ラウンジの天下が訪れることを願っとりますよ」

( ’ t ’ )「……ラウンジの天下、ですか……」

[´-н-`]「へぇ。ラウンジの民として当然、望んでいます。
      ですがやっぱり、早めに戦が終わってほしいとは思います」

( ’ t ’ )「生活は、苦しいのですか?」

[´-н-`]「まぁ、兵士だった頃に比べれば、そうです。子供が家を離れるまでの辛抱ですがね。
      ラウンジは兵士を多く抱えとるでしょう? だから税の締め付けが厳しいんだと思うとりますが」

 それは、否定できない事実だった。
 多量の兵を養うために、民から血税を絞り上げている。
 稼いだ金銭や、収穫された農作物の一部などを、国に納めさせている。
186 :第95話 ◆azwd/t2EpE :2008/02/27(水) 23:49:33.69 ID:yLIXjvtL0
 そうやって国軍は保たれているのだ。

[´-н-`]「でもやっぱり、ラウンジの天下になってほしいですねぇ。
      ベル大将が苦心して築き上げた国ですから」

( ’ t ’ )「……そうですね。そう思います」

 南岸が近付いてきた。
 陽はもう、中天からかなり遠ざかっている。

 二人と一頭だけだったためか、思ったより早かった。
 何度か渡河したことのある川だが、いつもは動きの遅い大型船や中型船だったのだ。
 低い視線で見てみると、まるで違う川のように思えた。

[´-н-`]「……おや、この船を待ってる人がいるようですが」

( ’ t ’ )「ん?」

 確かに、人影が見える。
 細身で、手足が長く、佇まいは美しい。

 男ではない。
 顔に見覚えはないが、女だ。

(;’ t ’ )「ッ!!」

 女だ、と分かった瞬間、寒気がした。
 自分を待つ女などいない。いるはずがない。
 なのに、明らかに自分を待っている。
204 :第95話 ◆azwd/t2EpE :2008/02/27(水) 23:51:41.27 ID:yLIXjvtL0
 何故だ。
 自分の行動は、読まれていたのか。

川 ゚ -゚)「…………」

 初めて見る顔だが、確信は揺るがなかった。
 ショボンが間者として使っているという、クー=ミリシア。

 一般の民なら、こんな険しい顔はしていないだろう。
 造形の美しさの奥に、殺気さえ伺える。

川 ゚ -゚)「運賃は、私がお支払致しましょう」

(;’ t ’ )「何のつもりだ」

 船が接岸した瞬間、意味の分からないことを言い始めた。
 クーの言葉を無視して櫓手に銭を払い、馬の手綱を握る。
 しかし、跨って逃げるような隙は、与えてくれないだろう。

 背中のアルファベットMが、はっきりと見えている。

 南岸から、歩いて半里ほど離れた。
 お互い、誰かに話を聞かれたくない、という思いがあったからだ。

 周りに誰もいない荒野で、向かい合った。
 アルファベットPからは、既に巻いた布を取ってある。

( ’ t ’ )「……何故、分かった?」
229 :第95話 ◆azwd/t2EpE :2008/02/27(水) 23:53:52.05 ID:yLIXjvtL0
川 ゚ -゚)「間者としての勘が働きました」

 誰にも知られないよう出奔した。
 手伝ってくれた補佐官も、信頼が置けた。

 クーの言葉は、恐らく本当だろう。
 勘のみで、自分の出奔を察知したのだ。
 そして動きを追った。

 周囲を警戒しなければならなかった自分より、クーのほうが早く移動できたのは当然だ。
 そして、避けようのない川の岸辺で待ち伏せされた。

 だが、疑問が残る。
 背中のアルファベットMが本物なら、自分を暗殺することも可能だったはずだ。
 渡河中に船を狙われれば、まず間違いなく命はなかっただろう。

 あのアルファベットは、本物ではないのだろうか。
 それとも、何か別の狙いがあるのか。

( ’ t ’ )「何のために、姿を現した? 抑止か?」

川 ゚ -゚)「無論、そうです」

 クーが一歩、こちらへ寄った。
 即座に下がる。間合いを、詰められたくない。

 間者というのは、暗殺技術に長けていることが多い。
 時にはアルファベットを振り回すより効果的なことがあるのだ。
 近づかれると、何をされるか分からない。そういった恐怖があった。
255 :第95話 ◆azwd/t2EpE :2008/02/27(水) 23:56:25.10 ID:yLIXjvtL0
川 ゚ -゚)「考え直していただけませんか。カルリナ様の力は、絶大です」

( ’ t ’ )「……それは、ショボンの言葉か?」

川 ゚ -゚)「いえ、私の言葉です。私の行動について、ショボン様は何も知りませんので」

 単独行動。
 クーはそう主張しているが、本当かどうかは分からない。

 だが、自分の出奔は、我ながら突然の出来事だったと思う。
 クーは、察知したあと追いかけるのに必死になって、ショボンの指示を仰ぐ時間はなかったのかも知れない。

川 ゚ -゚)「ですが、ショボン様も必ず、同じことを思っておられます」

( ’ t ’ )「……そうだろうとは思う」

川 ゚ -゚)「そして当然……無理に引き戻せるものでもない、と」

 何を言いたいのかが、はっきりと伝わってこない。
 だが、こちらから聞くこともできない。

川 ゚ -゚)「戦うおつもりがないのに国軍で指揮執るのは、意味のないことです」

( ’ t ’ )「……あぁ」

川 ゚ -゚)「ですから、私はカルリナ様がラウンジを離れる"だけ"なら、何も致しません」

 そしてクーは、一瞬でMを構えた。
 自分も即座にPの刃を向ける。
271 :第95話 ◆azwd/t2EpE :2008/02/27(水) 23:58:38.58 ID:yLIXjvtL0
 Fの鏃の奥に、クーの瞳が見える。

( ’ t ’ )「……離れるだけなら、とは、どういう意味だ?」

川 ゚ -゚)「そのままです」

川 ゚ -゚)「カルリナ様がヴィップに寝返るというのであれば、ここで阻止します。
    この身に変えても、必ずや」

 Mの弦が張り詰めていく。
 Fが、番えられている。

 決死の覚悟だ。
 クーは、相討ちとなってでも自分を止めようとしている。

 自分のアルファベットはP。
 よほど下手を打たない限り、Mには負けない。
 が、あくまでアルファベットのみの戦いであれば、だ。

 別の要素を、クーが抱えている可能性がある。
 そしてそれが、アルファベットの差を埋めてくるかも知れないのだ。

 しかし、そんなことは全く心配していなかった。

( ’ t ’ )「アルファベットを下ろしてくれ、クー=ミリシア」

川 ゚ -゚)「……?」

( ’ t ’ )「ヴィップに寝返るつもりなど、最初からない」
290 :第95話 ◆azwd/t2EpE :2008/02/28(木) 00:01:08.59 ID:V8Dy3ePx0
 クーより先に、自分がアルファベットを下ろした。
 戦わずに済む、と判断したからだ。

( ’ t ’ )「ラウンジには、もう居られない。
    が、ヴィップに居場所を求めるつもりもない。
    そんな男に成り下がったと見られたくはない」

川 ゚ -゚)「…………」

( ’ t ’ )「ラウンジや、ショボン=ルージアルには多大な迷惑をかけることになると思う。
    それに関しては、本当に申し訳ない。
    が、最善を求めた結果なんだ」

川 ゚ -゚)「言葉の意味が、分かりかねます」

( ’ t ’ )「分かるさ。ショボンなら分かる」

川 ゚ -゚)「……そうですか」

 やっとクーもアルファベットを背に戻した。
 結局、Mが本物かどうかは確かめることができなかった。

( ’ t ’ )「ショボンなら、黙っていても上手く処理してくれるだろう。
    自分が居なくとも、ラウンジを天下に導ける力もある」

川 ゚ -゚)「…………」

( ’ t ’ )「重ね重ね、すまない」
314 :第95話 ◆azwd/t2EpE :2008/02/28(木) 00:03:22.47 ID:V8Dy3ePx0
 鐙に足をかけ、馬に跨った。
 ここからフェイト城はもう、遠くない。

 クーはじっと、こちらを見ている。
 何を考えているのかは、読み取れない。
 常に無表情な女だ。

 間者としては非常に有能だろう。
 だが、人間として接したい種類ではなかった。

 別れの言葉を告げることもなく、手綱を引いた。
 馬の前足が僅かに上がり、踏み出す。

 クーからの視線は、ずっと感じていた。
 しかし、振り返ることはしなかった。



――シャッフル城――

 数日ぶりのシャッフル城は、活気に満ちていた。
 兵の掛け声が、城外にまで響いているのだ。

 数字を大勢で数え上げているようだった。
 アルファベットを訓練しているのだろう。
 _、_
( ,_ノ` )「えぇ空気じゃのう」

 城門の前に立ったシブサワが、そう呟いた。
 口元が綻んでいる。
326 :第95話 ◆azwd/t2EpE :2008/02/28(木) 00:05:27.79 ID:V8Dy3ePx0
 揃って入城し、城内を歩き回った。
 まずはブーンとシブサワを引き合わせなければならない。

 訓練を指揮執っているのだろうか。
 だとしたら、第一訓練室にいる可能性が濃厚だ。

( ゚д゚)「……いるな」

 廊下の窓から覗いた室内で、熱心にGの扱い方を教えているブーンがいた。
 額から顎先まで、隙間なく汗が浮かんでいる。
 拭うことさえ忘れたかのように。

( ゚д゚)「呼んでこよう」
 _、_
( ,_ノ` )「待て、ミルナ」

 扉の取っ手に手をかけたところ、シブサワに肩を掴まれた。
 シブサワは、アルファベットを製作しているときのような顔つきに変わっている。

 そのまま、正午頃に訓練が終わるまでずっと、シブサワは室内を見ていた。

(;^ω^)「お待たせして申し訳ありませんお」

 どの兵卒よりも後に訓練室から出てきたブーンが、頭を下げた。
 髪先から幾滴も汗が流れ落ちる。
 _、_
( ,_ノ` )「一向に構わんよ。兵卒を放り出してくるような大将であってほしくはないからのう」

( ゚д゚)「ブーン、昼から時間は?」
340 :第95話 ◆azwd/t2EpE :2008/02/28(木) 00:07:31.28 ID:V8Dy3ePx0
(;^ω^)「夕方頃に空いてますお」

( ゚д゚)「それなら、先に工場を見ておいてもらおうか。シブサワにとっても、そのほうがいいだろう」
 _、_
( ,_ノ` )「うむ」

 また頭を下げ、すぐに駆け去っていくブーン。
 大将の仕事は多い。悠々としていられる時間はないだろう。
 敗戦後とあっては、尚更だ。

 昼食を取った後、二人で地下の生産所を見に行った。
 シャッフル城の生産所は、何の特色もないありふれた場所だ。
 それでも、シブサワにとっては新鮮なようだった。
 _、_
( ,_ノ` )「できれば、あまり騒がしくない場所が欲しいんじゃがのう」

( ゚д゚)「個室を宛がうつもりさ。そのほうがいいだろう」
 _、_
( ,_ノ` )「すまんの。静かな場所のほうが集中できるんじゃ」

 一通り見て回り、日が落ちた頃になって、また上に戻った。
 すぐにブーンが使っている部屋へ向かう。
 昼からは机仕事だったはずだからだ。

 入室しようとしたところ、先に中からブーンが出てきた。
 執務疲れは見られない。
 シブサワと共に、室内へと足を踏み入れた。
354 :第95話 ◆azwd/t2EpE :2008/02/28(木) 00:09:36.72 ID:V8Dy3ePx0
 ブーンの自室は、必要最低限のものしか入ってない。
 しかもそれらが片隅に寄せられていて、部屋のほとんどが何も置かれていない状態なのだ。
 恐らく、このスペースを使ってアルファベットを訓練しているのだろう。

 入室してすぐ、経緯を話した。
 何故シブサワがこの城に来ることになったか、などだ。
 全将校のアルファベットを作ってくれる、ということも伝えた。

 ブーンは、何度も感謝を述べた。
 シブサワも、悪い気はしていないようだった。
 _、_
( ,_ノ` )「これが、ツン=デレートの作ったVか?」

 一通り話を終えたあと、机上に置かれたVへ、シブサワが近付いた。
 ブーンが頷いて持ち上げる。

( ^ω^)「ツンさんの、遺作ですお」
 _、_
( ,_ノ` )「ふむ……」

 手袋を嵌めて、シブサワがVを手に取った。
 まずは刃先。それから取っ手。
 いろんな角度から刃も眺めている。
 _、_
( ,_ノ` )「……さすがじゃな……」

 ぽつりと呟いた。
 少しだけ目を伏せ、静かにアルファベットを机に置く。
367 :第95話 ◆azwd/t2EpE :2008/02/28(木) 00:11:37.53 ID:V8Dy3ePx0
 _、_
( ,_ノ` )「このレベルを実現するには、あと十年……いや、二十年かかるのう」

( ゚д゚)「それほどのものか? ツン=デレートのアルファベットは」
 _、_
( ,_ノ` )「あぁ、恐ろしいもんじゃ。これを、若い女性が作ったというんじゃから」

 ツンのアルファベット作りは天才的だったと聞く。
 数少ないアルファベットの資料に、忠実なものを作り上げる。
 _、_
( ,_ノ` )「忠実に再現しているだけではないんじゃな」

 そんな、今までに聞いてきた言葉を、シブサワが否定した。
 _、_
( ,_ノ` )「資料には曖昧にしか記されていない部分も、自分なりに解釈して作り上げておるんじゃ。
    だから他の職人との違いが出る。忠実さだけに、収まっとらんのじゃ」

( ^ω^)「そうなんですかお……」
 _、_
( ,_ノ` )「ツンのアルファベットは初めて見たが、世界一と言われる所以がよく分かった。
    ……これは、わしも頑張らねばならんのう」

 瞼の奥に、宿る光。
 皺の刻まれた顔が、活力に満ち始めた。

 ツンのアルファベットを見て、シブサワは発奮してくれたようだ。
 面白いことになりそうだった。
 _、_
( ,_ノ` )「さて、まずはブーンのWに取り掛かろうと思うんじゃが……その前に」
392 :第95話 ◆azwd/t2EpE :2008/02/28(木) 00:14:30.02 ID:V8Dy3ePx0
( ^ω^)「何ですかお?」
 _、_
( ,_ノ` )「お前は、何のために強さを求める?」

 過去が、フラッシュバックした。

 自分も昔、初めてシブサワと会った際、同じ質問を受けた。
 何故、強さを求めるのか。

 個人の強さは、アルファベットの強さと同義だ。
 アルファベットの強さを追い求めることに、どういった理由を抱いているのか。
 シブサワは、それを重要視している。
 _、_
( ,_ノ` )「何のために、上のアルファベットを目指すんじゃ?」

 国のため。
 自分は、シブサワにそう答えた。

 自身がアルファベットに優れていれば、敵将を討ち取れる可能性は高くなる。
 部下の実力を引き上げてやることもできる。
 将としての力を誇示する意味合いもある。

 いずれにせよ、国のためという言葉に結びついた。
 軍人として、国家に貢献するためだった。

( ^ω^)「……ブーンは……」
 _、_
( ,_ノ` )「うむ」
410 :第95話 ◆azwd/t2EpE :2008/02/28(木) 00:16:33.73 ID:V8Dy3ePx0
( ^ω^)「……ブーンは、自分のために強さを求めていますお」

( ゚д゚)「ッ……」

 意外な言葉だった。
 ブーンが、誰かのためでなく、自分のために強さを、とは。
 _、_
( ,_ノ` )「……自分のため、か?」

( ^ω^)「はいですお」

( ^ω^)「……みんなを守れる自分になるためですお」
 _、_
( ,_ノ` )「……!」

 いつも、優しげに感じるブーンの顔が、違って見える。
 正に、歴戦の大将らと比しても、負けず劣らずの表情。
 峻烈たる、武人の顔だ。

( ^ω^)「ブーンは大将として、みんなを守りたいんですお。
      みんなと一緒に、勝利の喜びを分かち合いたいんですお」
 _、_
( ,_ノ` )「……しかし、誰ひとりとして失わない、というのは不可能じゃろう」

( ^ω^)「それは、分かってますお。戦である以上、仕方ないことですお。
      でもブーンが強くなれば、不可能が可能に近づくはずなんですお。
      ……失わずに済む命もあるはずなんですお」
430 :第95話 ◆azwd/t2EpE :2008/02/28(木) 00:18:36.18 ID:V8Dy3ePx0
 先の戦で、二万五千の兵と、ベルベットを失った。
 その事実が、ブーンの心に残っているはずだ。
 今後もずっと、消えないままに。

( ^ω^)「強くなればなるほど、守れる命は増えるはずですお。
      それは、結果的に国の勝利にも結び付くと思うんですお」
 _、_
( ,_ノ` )「なるほどのう……それが、強さを求める理由か」

( ^ω^)「はいですお」

 この男には、敵わないだろうな。
 率直に、そう思った。

 アルファベットひとつに込めるものの、重みが違う。
 違いすぎる。

 ブーンとのアルファベット差は一つだが、一騎打ちを行えば確実に負けてしまう。
 そう思わされるだけの強さが、ブーンにはある。
 _、_
( ,_ノ` )「あれは、珍しい男じゃな。確かに、大将らしくない」

 ブーンとの話し合いを終えたあと、シブサワと二人で自室に向かった。
 シブサワ用の居室は、明朝整う手筈になっている。

( ゚д゚)「だが、あいつ以外に大将を務められる男はいない」
 _、_
( ,_ノ` )「じゃろうな。大将らしくないところが、大将らしい」

( ゚д゚)「俺の言ったとおりだったろう」
448 :第95話 ◆azwd/t2EpE :2008/02/28(木) 00:20:54.37 ID:V8Dy3ePx0
 普通、大将は誰しも、いかに損害を少なくするか、と考える。
 最小限の被害で敵に勝とうとする。
 つまり最初から犠牲は見込んでいるのだ。

 だが、ブーンは最初に、失いたくないという感情が出てくる。
 行き着くところは同じでも、そこが、他の大将と決定的に違うところだった。
 根底に、優しさがあるのだ。

 人によっては、ブーンを大将らしくないと感じるだろう。
 しかし、不思議と大将らしさを感じさせてくれる。
 従来の大将らしさを持ち合わせていないからこそだ。
 _、_
( ,_ノ` )「それに、優れたアルファベット使いじゃ。
    あれほどアルファベットに対し、真摯でいられる男はそうおらん」

( ゚д゚)「……そうだな」
 _、_
( ,_ノ` )「だから部下も伸びるんじゃろう。大将の、アルファベットに懸ける思いが強烈じゃから。
    実に溌剌と鍛練しておった。思いの強さが、配下の兵からも滲み出ておった」

 ブーンが、悲しみを露わにしていたからだ。
 ベルベットや多くの兵を失い、悲しみに震え、そして訓練を重ね始めた。
 それに部下が触発されて、同じように鍛え始めたのだ。

 アルファベットに全てを込める男。
 そんな大将を見て、部下も成長してゆく。
 それがヴィップという国だ。
 _、_
( ,_ノ` )「久々に、仕事が面白くなりそうじゃな」
470 :第95話 ◆azwd/t2EpE :2008/02/28(木) 00:22:54.98 ID:V8Dy3ePx0
 顎に手をあてたシブサワが、口角を上げた。
 正に、職人の顔だった。



――フェイト城――

 月光が、城の影を作りだしていた。

( ’ t ’ )「…………」

 数日間、駆け続けた。
 途中で予期せぬ事態にも遭遇したが、何とか回避できた。

 そして、やっとここまで来た。
 アルタイムとファルロがいる、フェイト城まで。

 伝えなければ。
 自分の口で。
 自分の思いを。

 二人に、別れを告げなければ。

 しかし、どうやってアルタイムを呼び出すか。
 それが目下、最大の難関だ。
 誰にも知られずにアルタイムと会話するのは、不可能だろうか。

 また伝令を装って中に入ろうか。
 しかし、誰かには気付かれてしまうかも知れない。
 それでは多くの不都合が出てきてしまうのだ。
489 :第95話 ◆azwd/t2EpE :2008/02/28(木) 00:26:02.10 ID:V8Dy3ePx0
 思案していた。
 どうやって、アルタイムと会おうか。

 そんな自分の視界に、映る。

(`・ι・´)「…………」

 アルタイム。
 こちらを、見ている。

 短く頷いて、すぐ城内に消えた。
 自分の存在に、アルタイムは気付いている。

 しばらく待つと、馬を曳いて城門からアルタイムは姿を現した。
 そのままこちらへと近づいてくる。

(`・ι・´)「そろそろ来る頃か、と思っていた」

 最初の一言が、それだった。
 アルタイムの表情は、いつもと変わりないように見える。

( ’ t ’ )「……アルタイム中将、お話が」

(`・ι・´)「フェイト城から離れよう。そのほうが、いいだろう」

 アルタイムが騎乗した。
 自分と、同じ視線の高さになる。

 夜闇の中を、並走した。
 アルタイムは無言で駆け続けている。ただ、西へ。
507 :第95話 ◆azwd/t2EpE :2008/02/28(木) 00:28:10.30 ID:V8Dy3ePx0
 フェイト城の西に広がる森林へと踏み入った。
 この森は、中を大きな道が走っており、形としては二つに分かれている。
 双頭の森、と呼ばれていた。

 二人で、広く取られた道を駆けた。
 存在は知っていたが、この森に入ったことはない。どの程度の広さかも、掴めない。
 巨木が多く立っており、木の葉が空を埋め尽くしていた。

 馬蹄が落ち葉を踏みしめる音のみが、しばらく響いていた。
 薄暗い森の中。視界は、不明瞭だ。
 それでもアルタイムは迷わずに駆けていく。

 やがて、道の先に光が見えた。
 森を抜けたのかと一瞬思ったが、違う。
 森の中に、一点だけ、月の光が大きく当たる場所があるのだ。

 そしてその光の中心に、何故か木製の長椅子があった。

(`・ι・´)「いつからあるのか、誰が置いたのかも分からん」

 そう言いながら、アルタイムは下馬した。
 自分も同じように落ち葉を足で踏みしめる。

 木製の長椅子に、二人で座った。
 視界に移るのは、無数の大木。舞い落ちる木の葉。
 月光が霧の中を突き進んで、優しくこの長椅子を照らし出している。

(`・ι・´)「シャッフル城戦に勝ったという報せを、お前は届けてくれたな、カルリナ」

 静かに、アルタイムは切り出した。
523 :第95話 ◆azwd/t2EpE :2008/02/28(木) 00:30:12.11 ID:V8Dy3ePx0
(`・ι・´)「あの手紙を見て、俺は何故か感じたんだ。
      お前はもう、ラウンジのために戦わないのではないか、と」

( ’ t ’ )「……本当ですか?」

(`・ι・´)「あぁ」

 そう匂わせるような文章は、書かなかったはずだ。
 しかし、アルタイムとの付き合いは長い。
 自分でも気付かないほど些細な異変を、アルタイムは感じ取ったのかも知れない。

(`・ι・´)「だが、手紙には次の戦に必ず勝つと書いてあった。
      正直、お前の気持ちが読み切れなかったが……やはり、ここに来たのだな」

( ’ t ’ )「……僕は、カノン城戦を最後の戦と思って臨みました。
    カノン城の奪取を以って、僅かでもアルタイム中将に恩を返したかったのです」

(`・ι・´)「何故、戦をやめるんだ? お前ほどの男が」

( ’ t ’ )「……戦う理由を、失ってしまったからです」

 拳に、自然と力が入った。
 何の感情が込められているのかは、自分でも分からない。

( ’ t ’ )「僕はずっと、ラウンジという国で戦ってきました。
    生まれてから軍人になることを夢見て……実際、軍人になって……
    そして、ベル大将に目をかけていただきました」

(`・ι・´)「…………」
532 :第95話 ◆azwd/t2EpE :2008/02/28(木) 00:32:20.12 ID:V8Dy3ePx0
( ’ t ’ )「ベル大将に、軍学を教えていただいたからこそ、カルリナ=ラーラスは存在しているのです。
    自分にとって、軍人であることとは、ベル大将の教えに報いることでした。
    ベル大将の創り上げた国を、天下に導くことでした」

(`・ι・´)「……それは、俺も同じだ」

( ’ t ’ )「いえ、きっと違います。
    極端な話、僕にとってラウンジという国や、クラウン国王はどうでも良かったのです。
    ただ、ベル大将が築き上げた国だからという理由で戦っていたに過ぎないのです」

( ’ t ’ )「しかし、今のラウンジはもはや、ショボンの国です」

 自然と、視線が地に向いた。
 垂れ下った髪に、視界を塞がれる。

( ’ t ’ )「あくまで僕個人が感じているだけかも知れません。
    しかし、自分の中では確信なのです。
    ラウンジがショボンの国になっている、ということは」

( ’ t ’ )「それが悪いことだとは、無論思っていません。
    ショボンは大将に相応しい男です。きっと、ラウンジを天下に導くでしょう。
    ……ですが、それは自分がいるべきラウンジではないのです」

( ’ t ’ )「皆が、まるでベル大将を忘れたかのように、ショボンを称えていました。
    それはラウンジの忠臣として喜ばしいことだ、と頭では理解できていたのです。
    しかし、心が追い付いていませんでした」

(`・ι・´)「……では何故、俺が大将のときは戦をやめなかった?」
546 :第95話 ◆azwd/t2EpE :2008/02/28(木) 00:34:23.96 ID:V8Dy3ePx0
( ’ t ’ )「アルタイム中将が、ベル大将の腹心であったからです。
     ベル大将の遺志を、受け継いでいると思えたからです」

(`・ι・´)「ショボンは、ベル大将の遺志を蔑ろにしているわけではないぞ」

( ’ t ’ )「分かっています。しかし、ショボンはベル大将と接したことがありません。
     ベル大将にとってショボンは忌むべき相手ですらありました。
     それは、クラウン国王の策によるものでしたが、しかし、ベル大将の知らぬ存ぜぬことでした」

(`・ι・´)「……そうか……」

( ’ t ’ )「……いずれにせよ、僕の自分勝手な感情に過ぎません。
     軍人失格です。僕にもう、戦う資格はないのです」

(`・ι・´)「何とか、耐えて戦場に立つことはできないのか?
      もうしばらくでいい。最後まででなくともいい。
      あと少しだけで、いいんだ」

(`・ι・´)「……せめて最後に、もう一度、共に戦いたい」

 視界がはっきりしないのは、霧が立ち込めているからだろうか。
 瞼に湿り気を感じるのは、霧に濡れたからだろうか。

( ’ t ’ )「……できません、アルタイム中将。
     僕はもう、ラウンジのために戦う意思を持てない男です。
     そんな男が、兵の命と志を預かるわけにはいきません」

( ’ t ’ )「僕が戦意を失くしたと知れたら兵に影響を及ぼすでしょう。
     だから、病を装って城を出てきました。ショボンは、上手く事後を処理してくれると思います。
     ……そうやってここまで来た以上、もう戦うことはできないのです」
560 :第95話 ◆azwd/t2EpE :2008/02/28(木) 00:36:28.29 ID:V8Dy3ePx0
(`・ι・´)「……そうか……もう、引き止めることは、できないんだな……」

 アルタイムが、大きく息を吐いた。

 顔を上げて、空を眺めてみた。
 手のひらに収まりそうな小さい空の真ん中に、月が浮かんでいる。
 力を込めたら砕けてしまいそうな、三日月だ。

(`・ι・´)「正直に言うとな、カルリナ」

( ’ t ’ )「はい?」

(`・ι・´)「俺は、お前のことが嫌いだったんだ」

 アルタイムは、じっと遠くを見ていた。
 道の先。暗く、移るものは何もない。
 ただ、闇が鎮座しているだけだ。

(`・ι・´)「俺はずっとベル大将の右腕として戦場に立ってきた。
      ずっと、ベル大将を支えてきた。自負もあった。
      なのに、突然お前が後継として現れた」

(`・ι・´)「ベル大将はお前に自分の全てを託し始めた。
      正直、屈辱だった。何故俺ではないのだ、と。
      俺がずっと、ベル大将の側にいたのに」

(`・ι・´)「でも、ベル大将を恨むなど恐れ多くてできなかった。
      だから俺の私怨はお前に向いたんだ」
587 :第95話 ◆azwd/t2EpE :2008/02/28(木) 00:39:10.96 ID:V8Dy3ePx0
 アルタイムは、右肘を膝に突いて、右手を額に当てていた。
 そのせいか、表情がよく窺えない。

(`・ι・´)「……ベル大将は、まだカルリナに託すのは時期尚早と見て、俺に大将を渡した。
      そして俺はすぐに気づかされたよ。
      これは、俺がやるべき仕事じゃないんだ、と」

( ’ t ’ )「…………」

(`・ι・´)「想像以上の激務、しかも周りに目を配る必要もある……。
      そのうえ戦で勝つことまで求められるなど、俺にできることではなかった。
      ベル大将は、見抜いていたんだろうな。俺が大将の器ではないと」

( ’ t ’ )「……それは……」

(`・ι・´)「結局、ベル大将は正しかった。お前の素養を見抜いていたんだ。
      俺も決意した。お前にラウンジという国を託そう、と。
      お前を指揮官とし、お前を支えることで、ベル大将の遺志を果たそうと」

(`・ι・´)「……できれば俺は、お前が大将になるところを見たかったんだがな」

 アルタイムは、微笑んだようだった。
 ただ、そのなかに込められた諦念のほうが、自分の深みに届いた。

(`・ι・´)「お前と共に戦い続けたかった。
      最後まで、戦えると思っていた。
      しかしもう、叶わないのだな」

( ’ t ’ )「申し訳ありません……」
600 :第95話 ◆azwd/t2EpE :2008/02/28(木) 00:41:28.55 ID:V8Dy3ePx0
(`・ι・´)「謝る必要などない。お前は、充分ラウンジに貢献してくれた」

( ’ t ’ )「まだ、返しきれていない恩がたくさんあります。
     僕はアルタイム中将の許でずっと戦ってきたのです。
     自分が中将の位に達せたのも、アルタイム中将のおかげです」

(`・ι・´)「同時に、俺もお前のおかげで、軍人として成長できた。
      ベル大将の配下だった頃は、変な自信ばかり持っていて、扱いづらい将だったろうと思う。
      が、お前の才気に触れたおかげで、少しばかり謙虚さを覚えた」

(`・ι・´)「というよりは、才のなさを自覚させられたんだがな」

( ’ t ’ )「……そのようなことを、仰らないでください」

 アルタイムのおかげで、今の自分がある。
 それは紛れもない事実なのだ。
 アルタイムがいなければ、きっとジョルジュやミルナに散々やられて、今のラウンジさえなかっただろう。

(`・ι・´)「……お互い、なくてはならない存在として、存在できたのだな。
      嬉しく思う、カルリナ。お前ほどの男と、俺は友でいられた」

( ’ t ’ )「……僕も、誇りに思います……」

 上手く、声にならない。
 涙が、まともに声を出させてくれない。
631 :第95話 ◆azwd/t2EpE :2008/02/28(木) 00:45:54.15 ID:V8Dy3ePx0
 アルタイムとは、十四も歳が離れていた。
 自分が物心ついて、軍人を夢見始めたころ、アルタイムは既に戦場に立っていたのだ。

 自分にとってベルは、師だった。
 自分の基礎を固めてくれた、かけがえのない大将だった。

 だが、アルタイムとは友でありえた。
 上官とその部下。ずっと、関係は同じだったが、友だった。
 互いを高めあえる、親友だったのだ。

 父や兄のような、身内とは違う。
 だが、それよりもある意味、近しい存在だった。
 ずっと、一緒に戦ってきた戦友。

 互いにとって、唯一無二の存在だった。

( ’ t ’ )「……アルタイム中将は……」

(`・ι・´)「なんだ?」

( ’ t ’ )「中将は……これからも、戦場に立ちますか?」

 期待したわけではなかった。
 むしろ、その逆だった。

 自分と同じ道を、選んでほしくはなかった。
 アルタイムに限ってそれはない、と分かっていながら、確かめたくなったのだ。

(`・ι・´)「戦うつもりだ。これからも、アルファベットを握って」
645 :第95話 ◆azwd/t2EpE :2008/02/28(木) 00:48:12.09 ID:V8Dy3ePx0
 思わず、息が漏れた。
 心から安心できた。

(`・ι・´)「俺から戦を取ったら、何も残らん」

 そう言って苦笑したアルタイムの顔は、まさに戦に生きる男のものだった。

 ちょうどそのとき、後方に気配を感じた。
 人が、いや、馬が近付いてくる。

(`・ι・´)「心配しなくていい」

 アルファベットに手を掛けかけた自分に、アルタイムは優しく言った。

(`・ι・´)「ファルロだ。城を出てくる前に、呼んだんだ」

( ’ t ’ )「怪我はもう、大丈夫なのですか?」

(`・ι・´)「それをお前に知らせるために、一人で来させたんだ」

 低速だが、誰かに助けを借りることもなく、ファルロはやってきた。
 まだ完治はしていないだろう。しかし、復活のときは近いようだ。

(; ̄⊥ ̄)「中将……やはり、戦場から退いてしまうのですか……?」

 息を大きく切らしながら、ファルロは問いかけてきた。
 落ち着いて呼吸を整えてくれ、と言って、ファルロを長椅子に座らせる。

( ’ t ’ )「すまない……お前にも、迷惑をかけることになる」
659 :第95話 ◆azwd/t2EpE :2008/02/28(木) 00:50:30.63 ID:V8Dy3ePx0
 ファルロに、自分の思いを伝えた。
 何故、どういった経緯で、戦場を去るのか。
 ファルロは、黙って耳を傾けてくれた。

 やはりファルロも、アルタイムと同じように、感づいてはいたらしい。
 ただ、できればそう思いたくはなかった、と。
 涙ながらに、言ってくれた。

 自分まで、涙が滲み出た。

( ̄⊥ ̄)「……自分は、戦います。これからも。
     カルリナ中将のぶんまで」

 ファルロの言葉に、意志の強さが見えた。
 やはりファルロも、生粋の軍人なのだ。

 自分は、幼すぎた。
 そして、未熟すぎた。
 戦をやるには、あまりにも欠如しているものが多すぎたのだ。

 戦場を去ることになったのも、皆に迷惑をかけてしまっているのも、全て自分のせいだった。

(`・ι・´)「これから、どうするつもりなんだ?」

( ’ t ’ )「あまり考えていません。進む方角さえ」

( ’ t ’ )「……ですが、一度この地を走り回ってみようと思っています」

(`・ι・´)「どういう意味だ?」
674 :第95話 ◆azwd/t2EpE :2008/02/28(木) 00:52:50.75 ID:V8Dy3ePx0
( ’ t ’ )「自分たちが戦場としてきた地を、ゆっくり見て回りたいのです。
    民の暮らしや、自然の美しさなどに、触れてみたいのです」

 前々から考えていたことではなかった。
 むしろ、いま考え付いた、と言ってもいいくらいだ。
 だが、ずっとやりたかったことのような気がする。

(`・ι・´)「そうか」

 アルタイムは、短くそう言っただけだった。
 ファルロの表情も変わりはない。

(`・ι・´)「……今生の別れになるかも知れんな」

 長椅子から立ち上がり、馬に跨った。
 とりあえずは、西へ。
 このまま森を駆け抜けよう、と思った。

 アルタイムとファルロは、馬のそばで自分をじっと見つめている。

(`・ι・´)「お前のことは忘れない、カルリナ。
      ずっとずっと、忘れはしない」

( ̄⊥ ̄)「長い間、本当にありがとうございました。
     カルリナ中将と共に過ごした時間を胸に抱き、これからも戦います」

 二人の言葉に、胸が、詰まる。
 ありがとうの言葉が、震える。

 手綱を握った。
689 :第95話 ◆azwd/t2EpE :2008/02/28(木) 00:54:59.97 ID:V8Dy3ePx0
( ’ t ’ )「……また、いつか」

 さよならは、言わない。
 また、いつか。
 きっと。

 手綱を前に引いた。
 景色が、後ろへと流れていく。

 馬は静かに駆けだした。
 緩まぬ速度を保ったまま、霧の中を進んでいく。

 月光の当たる場所から、薄暗い道へ。
 まるで、自分の人生を表しているようだ、と思えた。

 しかし、駆け続ければいずれ、森を抜けるだろう。
 また月の光を浴びることができる。
 そして、陽も必ず昇るのだ。

 振り向かないまま、森を駆け抜ける。
 そうしよう、と思っていた。

 しかし、一度だけ、振り向く。

( ’ t ’ )「ッ!!」

 アルタイムとファルロが、アルファベットを天に向けながら、こちらを見ていた。
691 :第95話 ◆azwd/t2EpE :2008/02/28(木) 00:55:19.37 ID:V8Dy3ePx0
 左腕でPを握り、力強く掲げる。
 もう、後ろを振り向くことはしなかった。
















 第95話 終わり

     〜to be continued

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