2 :登場人物 ◆azwd/t2EpE :2007/10/20(土) 14:33:50.27 ID:sHs4H9qt0
〜ラウンジの兵〜

●(´・ω・`) ショボン=ルージアル
41歳 ???
使用可能アルファベット:Z
現在地:ラウンジ城

●(`・ι・´) アルタイム=フェイクファー
48歳 大将
使用可能アルファベット:T
現在地:ラウンジ城

●( ’ t ’ ) カルリナ=ラーラス
34歳 中将
使用可能アルファベット:P
現在地:ラウンジ城

●( ̄⊥ ̄) ファルロ=リミナリー
32歳 少将
使用可能アルファベット:S
現在地:フェイト城
5 :使用アルファベット一覧 ◆azwd/t2EpE :2007/10/20(土) 14:35:10.78 ID:sHs4H9qt0
A:
B:
C:
D:
E:
F:
G:
H:
I:
J:
K:
L:ロマネスク
M:
N:
O:ヒッキー
P:アニジャ/オトジャ
Q:
R:プギャー/ベルベット
S:ニダー/ファルロ
T:アルタイム
U:ミルナ
V:ブーン/ジョルジュ
W:
X:モララー
Y:
Z:ショボン
7 :この世界の単位&現在の対立表 ◆azwd/t2EpE :2007/10/20(土) 14:35:51.71 ID:sHs4H9qt0
一里=400m
一刻=30分
一尺=24cm
一合=200ml

(現実で現在使われているものとは異なります)

---------------------------------------------------

・全ての国境線上

 

10 :第76話 ◆azwd/t2EpE :2007/10/20(土) 14:36:59.12 ID:sHs4H9qt0
【第76話 : Desire】


――ラウンジ城付近――

 全土最大。
 あのヴィップ城やオオカミ城さえ、比較にならない。

 精錬された外観。
 抜群の機能性。
 どれを取っても、最高の名に恥じない。

 ラウンジ城。
 あまりに、美しい。
 そして、輝かしい。

 春が近づきつつあることとは関係なく、華やいで見えた。

(´・ω・`)「……帰ってきたんだな……」

 思わず、言葉が漏れた。
 自分でも感じる。感慨深さが、こもっていると。
 当然だった。ここに帰ってくるときを、一日千秋の思いで待ち続けていたのだ。

川 ゚ -゚)「三十一年もの間、よく耐えられました。
    今のラウンジは、ショボン様の忍耐と使命感あってこそのものです」

 クーの言葉にも、感情がこもっていた。
 常にクールな女だが、自分の前でだけは素直に感情を露わにする。
16 :第76話 ◆azwd/t2EpE :2007/10/20(土) 14:38:38.26 ID:sHs4H9qt0
 自分がずっと、ヴィップで耐えてきたことを知っている。
 クーだけが、知っている。
 どれほど辛かったかを。どれほど苦しんだかを。

 自分を"助けてくれた"父上の許から離れ、異国の地でたった一人、生きてきた。
 愛する故郷。愛する父。そのいずれも、側に居ない。
 途方もないような策を言い渡され、その実行のためだけにただ、生きてきたのだ。

 ずっと苦しんでいた。
 いつ終わるのか。本当に、終わるのか。
 分からなかった。もしかしたら、このまま生涯を終えるのではないか、と思った。

 異国の地で、たった一人、死んでゆくのではないか、と。

 覚悟はしていた。
 クラウンも言っていたのだ。もしかしたら、ラウンジには帰って来れないかも知れないと。

 それほど難しく、危険な策だ。
 全てを完璧に為さねば、きっと戻って来れないだろう。
 それでも、やってくれるか?

 そう言ったクラウンは、不安げな表情だった。
 自分を、心配してくれていた。

(´・ω・`)「きっと、成し遂げてみせます」

 すぐにそう答えて、策の実行に移った。
 ヴィップへと旅立ち、孤児の少年を殺し、ヴィップの人間に成りかわった。
19 :第76話 ◆azwd/t2EpE :2007/10/20(土) 14:40:23.91 ID:sHs4H9qt0
 全てはラウンジ国のために。
 そしてその国を統べる、クラウンのために。

 父のために。

川 ゚ -゚)「すぐに国王室へ向かわれますか?」

(´・ω・`)「できればそうしたいが、まずは大将のアルタイムに挨拶を――――」

 しなければならない、と言いかけた。
 その自分の視界に、入った男。

 城門から、護衛を引き連れて歩いてくる。
 大将のアルタイム=フェイクファー。
 そして、中将カルリナ=ラーラス。

 厳粛な表情を崩さず、自分の側まで歩み寄ってきた。
 自分も、同じように歩み寄った。

(`・ι・´)「会うのは初めてだな」

(´・ω・`)「あぁ」

 アルタイムの声は、冷静そのものだった。
 あえて平然とした態度でいるのだろうか。実際、平然としてはいられないはずなのに。
 事実、カルリナは決して穏やかでない表情を浮かべている。

(`・ι・´)「新たな同志を、心から歓迎する」
28 :第76話 ◆azwd/t2EpE :2007/10/20(土) 14:42:30.20 ID:sHs4H9qt0
 台本を読み上げるような調子で、アルタイムは言った。
 義務感が滲み出ている、と感じた。

(´・ω・`)「ありがとう」

 アルタイムと手を交わした。
 大きな手だが、自分よりは小さい。
 ほとんど熱を感じない手だった。

( ’ t ’ )「カルリナ=ラーラスです」

 アルタイムの手を解いたあと、カルリナが手を差し出してきた。
 軽く握り締める。小さく柔い手だ。
 熱は、まったくなかった。

 アルタイムは背丈があるわけではないが、体格がいい。
 がっしりしている。よほど鍛錬を積んでいるのだろう。
 厳しい訓練を自らに課すのは、Sの壁突破者なら当然だが、アルタイムは身長以上に大きく見えるほどだった。

 対するカルリナは、かなり小さめだ。
 体つきもさほど良くない。優男だった。
 美麗とも言える顔立ちが相俟ってそう見えるのだろうか。

 アルタイムの精悍な顔と比べると、違いがよく分かった。
 この顔なら女は飽きるほど群がるはずだ。
 ただし、カルリナは妻帯してないはずだった。

(´・ω・`)(なるほど、いい組み合わせだ)
32 :第76話 ◆azwd/t2EpE :2007/10/20(土) 14:44:48.65 ID:sHs4H9qt0
 見ただけでも分かる。
 二人が組めば、上手く嵌まるであろうことは。

 カルリナの才気は知っている。他国でも恐れられているほどだ。
 ベルによって軍学を叩き込まれ、実戦でそれを昇華させた男。
 恐らく、ジョルジュやモララーとも互角に渡り合うだろう。

 またそれを、経験豊富なアルタイムが支えている。
 アルタイムはベルの右腕として長く活躍していた。作戦の実行力はかなりのものだ。
 機転が利かないという致命的な欠点はあるが、堅実な将とも言えた。

 殺さないでよかった、と思った。
 アルタイムは、殺しておこうと考えていた。いずれ邪魔になるかも知れない、と。

 ベルがいたころのアルタイムは、およそ大将の器ではなかった。
 臆病さがある。地位に固執するところもある。
 クーからそんな報告を受けていて、憂えていたのだ。

 カルリナの成長を妨げるかも知れない、と。

 ベルが手塩にかけて育てた、カルリナ=ラーラス。
 いずれ成長してくるのは分かっていた。あのベルが育てたのだから、当然だ。
 ゆくゆくは自分と共に戦うことになるだろう、と思っていた。

 それを、地位に固執したアルタイムが阻害したら。
 怖かった。ラウンジが衰えてしまうかも知れなかったからだ。

 それに、アルタイムはベルを慕っていた。
 そのベルがいなくなって、いずれ自分がラウンジに帰ったとき、反発するのではないかと思ったのだ。
 いかにクラウンが仕掛けた策とは言え、素直に受け入れてくれないのではないかと思ったのだ。
36 :第76話 ◆azwd/t2EpE :2007/10/20(土) 14:46:44.62 ID:sHs4H9qt0
 アルタイム自身にもさほど能力はない。
 だからやはり、殺しておくべきだと以前は考えていた。

 実際、ジョルジュに頼んだこともある。ラウンジ戦に伴ってほしい、と。
 アルタイムを討ち取ってみせるから、と。

 あのとき、ジョルジュは頼みを断ってきた。
 何かを感じたのだろうか。いや、恐らく狙いは分からなかっただろう。
 ただ、自分が何かを頼むことに、違和感を覚えた。だから断った。そういうことだろう。

(´・ω・`)(結果的に、ジョルジュには助けられたわけか)

 目の前の二人を見ていると、そう思う。
 アルタイムを殺さなくて良かった。あのときの自分は、間違っていた。
 きっと焦りがあったのだ。いつになったらラウンジに帰れるのか、という不安もあった。

 あのときアルタイムを討ち取っていたら、きっとクラウンからも咎められただろう。
 それさえ辞さないと思っていたが、やはり冷静ではなかったのだ。
 ちょうど、ジョルジュがオオカミに寝返るかも知れない、という不安を大きく抱えていた頃だった。

(`・ι・´)「城内へ向かおう。国王が待っておられる」

(´・ω・`)「そうか。是非とも、謁見したい」

(`・ι・´)「ささやかだが祝いの場も用意している。祝福の意を込めた」

 アルタイムの語り口は淡々としているが、敵意は感じられなかった。
 今は味方だ。当然と言えば当然だが、安心した。
 拒まれる可能性は少なからずあると思っていたのだ。
41 :第76話 ◆azwd/t2EpE :2007/10/20(土) 14:48:44.48 ID:sHs4H9qt0
 だが、カルリナ=ラーラスの目は決して穏やかでない。
 まだお前を信用してはいない、とでも言いたげだった。
 時間をかけて打ち解けていく必要がありそうだ。

 南の城門をくぐって城内へと歩み入る。
 しっかりと、踏みしめた。
 石の階段。

 もはや、懐かしいという感情さえ消えゆくほどの歳月。
 だが、はっきりと覚えている。

 懐かしい、と感じる。

(´・ω・`)「ヴィップのカノン城がここに近いが、どうなっている?」

(`・ι・´)「防衛面に抜かりはない。どのみち、ヴィップに攻める力はないだろう」

(´・ω・`)「油断しているとやられるぞ」

(`・ι・´)「分かっている。今まで何度、ヴィップと戦ったと思っているんだ?」

 アルタイムの言葉に、強みが込められた。
 自分は中から、ヴィップを見てきた。アルタイムは、外から見てきて、実際戦った。
 どちらがヴィップをよく知っているか。微妙なところだ。

(´・ω・`)「まぁ、俺もヴィップに攻める力はないと思っている。
      かなりの兵糧を奪った。兵も奪った。
      いま攻めたところで、いたずらにその二つを失うだけだ。
      ヴィップの兵はそれを分かっている」
46 :第76話 ◆azwd/t2EpE :2007/10/20(土) 14:50:31.79 ID:sHs4H9qt0
(`・ι・´)「無論、警戒はしているが、さほど心配はしていない。
      カルリナも同意見だ。そうだな?」

( ’ t ’ )「そうですね」

 素っ気ない物言いだった。

 カルリナが能力を持っているのは知っている。
 特に戦略や戦術に関してはラウンジでも群を抜いているらしいのだ。
 期待があった。しかし、二人の力を上手く併せられるだろうか。

 ヴィップのときのような、軍内での諍いは御免だった。
 時間が解決してくれるだろうか。何か手を打つ必要があるだろうか。
 まだすぐに考える必要はないが、自然と頭の中は今後のことで埋まっていった。

 広壮なラウンジ城内をひたすら歩き続けた。
 王の間がどこにあるか。今でもはっきり覚えている。
 三十一年前、たった一度行っただけの場所なのに、今でもだ。

 あのときより少し、風景は色褪せて見える。
 しかし、驚くほど鮮やかにも感じる。

 喜びと懐かしさ。期待と不安。過去と現在。
 色んな要素が、入り混じっているせいだ。

 それら全てを吸収し、全身で感じる。
 この城はやはり美しい、と。
50 :第76話 ◆azwd/t2EpE :2007/10/20(土) 14:52:23.66 ID:sHs4H9qt0
 造形や色合いではない。
 ラウンジ城は、もっと純粋な美しさを持っているのだ。
 その場にいるだけで幸福だ、と感じられるほどに。

(´・ω・`)「素晴らしい城だ」

 ぽつりと呟くと、アルタイムが軽く頷いた。
 カルリナも少しだけ、自分に視線を向けた。

 そして、ラウンジ城の八階。
 多くの部屋を通り過ぎ、進んだ先にある扉。

 王の間へと通じる、扉。

(`・ι・´)「失礼します」

 アルタイムが軽く扉を叩き、すぐ入室した。
 相手からの返事を聞くよりも前にだ。
 入り慣れているのだろう、と思った。

 アルタイムの後に続いて、室内に入った。
 やはり、懐かしい。いや、恋しかった場所だ。
 三十一年前を、ありありと思い出す。

 あまりに久しいクラウンの顔は、思い出さずともずっと頭にあった。
 常に、瞼の裏側にいた。

( ´ノ`)「おぉ……よくぞ帰ってきてくれた、ヴィル」
53 :第76話 ◆azwd/t2EpE :2007/10/20(土) 14:54:39.18 ID:sHs4H9qt0
 前に出た。
 クラウンに、一歩ずつ、近づく。

 名を呼んでくれたことが嬉しくて、自然と足が出てしまったのだ。

(´・ω・`)「三十一年間、ずっと、お会いしたく思っておりました」

 率直な思いが、言葉になった。
 足が震えている。指先が震えている。
 威厳ある国王を前にして、何もできないでいる。

( ´ノ`)「お前のおかげで、ラウンジの天下は目前だ」

 クラウンの声は、昔に比べるといささか低くなったように感じた。
 顔にも皺が刻まれている。当然だが、老いている。
 自分がずっとイメージしていた面影は薄れていた。

 ただ、自分の心に少し暗いものが兆したのは、別の理由があった。

( ´ノ`)「これからはアルタイムやカルリナらと力を併せ、頑張ってくれ。
     仲間がいる。心強いことと思う」

(´・ω・`)「はい」

( ´ノ`)「早速だが、軍議に移りたいと思う。私も参加する。
     色々と、取り決めなければならないことがある」

(`・ι・´)「用意はできております」

( ´ノ`)「皆で向かおうか」
57 :第76話 ◆azwd/t2EpE :2007/10/20(土) 14:56:22.53 ID:sHs4H9qt0
 国王が玉座から立ち上がる。
 ゆっくり近づいて、その手を引いた。
 クラウンは、笑ってくれた。

 その笑顔を見ても、心は晴れ晴れしくならなかった。

( ´ノ`)「これからは、ヴィルと呼んだほうがいいか?」

 クラウンと、廊下を並び歩いていた。
 前にいるのは、カルリナとアルタイム。
 二人が自分を案内している形だった。

(´・ω・`)「いえ、ショボンとお呼びください。
      ヴィルという名はもう、捨てました」

( ´ノ`)「しかし、よいのか? 親に貰った名であろう」

(´・ω・`)「親に貰った名だからこそ、です」

 クラウンが一瞬、はっとした顔をした。
 そしてすぐに頷いた。

 生活が苦しくなり、自分を捨ててどこかへ逃げた親。
 もう、顔すらも覚えていない。
 意図的に忘れた部分もある。

 クラウンが自分を見出してくれなかったら、あのまま孤児院で寂しい生活を送っていただろう。
 だからこそ、クラウンには心の底から感謝している。
 心の中でだけ、父と呼んだりもしている。
65 :第76話 ◆azwd/t2EpE :2007/10/20(土) 14:58:16.70 ID:sHs4H9qt0
(`・ι・´)「ここだ」

 第一軍議室、と名を冠した部屋。
 六階にあった。

 アルタイムが扉を開いて中に入る。
 その向こう側に見えた室内は、広壮だった。
 やはり、ヴィップ城とは比べものにならない。

 既に将校が何人か入っていた。
 部隊長レベルの兵もいるようだ。
 総勢、百名以上。

 プギャーやオワタも既に入室していた。


――第一軍議室――

 いつもは大将が座る席に、クラウンが座った。
 その右にアルタイムが、そして左に自分が。

( ’ t ’ )(……さて……)

 椅子に身を沈める。
 そして、ショボンをじっと見据える。

 入り口で、プギャーやオワタと共に立っていた。
 どうやら、何かを喋るつもりらしい。
69 :第76話 ◆azwd/t2EpE :2007/10/20(土) 15:00:07.44 ID:sHs4H9qt0
 自分の横が空席だった。
 本来、ギルバードが座る席だ。ただし、前線の守備に就いているためここにはいない。
 その場合、席は詰めることになっているのだが、今日は空席のままだった。

 恐らく、ショボンが座るのだろう、と思った。

( ´ノ`)「皆、既に知っていることと思うが」

 クラウンがゆっくりと喋り始めた。
 相変わらず、低く重みのある声だ。

( ´ノ`)「先日、ヴィップ軍よりショボンとプギャーとオワタが、ラウンジ軍に戻ってきた。
     彼らは私が敵国に送り込んだ刺客。長年の歳月を費やして見事、ヴィップ軍を崩壊に導いた。
     悲願であるラウンジの天下。それを大きく引き寄せてくれた戦功に、私は感謝する」

 王の威厳。
 口を開くと、それが一気に広がる。
 溢れ出てくる。

( ´ノ`)「彼らはヴィップからの謀反者ではない。策謀を完遂した者たちだ。
     ずっとラウンジの臣だった。それは皆、理解してくれていることと思う。
     故に私は、彼らを歓迎するのではなく、祝福しようと思っている」

 この軍議が終わったあと、宴が開かれることになっている。
 確かに宴の対象は歓迎ではなく、祝福だった。祝宴ということになる。

 クラウンの判断は正しい、と思っていた。
 本来、ヴィップとの戦をやっている最中に宴など、ありえないことだ。
 いくらヴィップから攻められる危険性が低いとは言え、普通ならやるはずがない。
73 :第76話 ◆azwd/t2EpE :2007/10/20(土) 15:02:11.32 ID:sHs4H9qt0
 しかし宴を用意し、ショボンらを軍に馴染ませる。
 それによって、軍内の協調性を作ろうというつもりだろう。

 いかにラウンジと戦ったことがないとは言え、今まで敵だったショボンらに対し、蟠りを持たない兵はいない。
 ラウンジの天下が近づいたことをみな喜んでいるし、三十年以上耐えたショボンらに尊敬の念も抱いている。

 しかし、すぐには打ち解けられないはずだ。
 クラウンもそれを見越している。

 ある意味では、今後のラウンジにとって最も大切なことかも知れない。
 三人が、特にショボンが要となるのは間違いないからだ。
 だからこそクラウンも、この時機で宴を催すと決めたのだろう。

( ´ノ`)「さて、何か喋りたいことはあるか?」

 クラウンがショボンらのほうに向いて言った。
 三人が顔を見合わせる。

(´・ω・`)「自分が、代表して」

 何かを、言うつもりらしい。
 プギャーとオワタは、それぞれ一歩ずつ下がった。

 ショボンが一度、クラウンに視線を向ける。
 クラウンが呼応して、頷く。

 ショボンが口を開いた。
75 :第76話 ◆azwd/t2EpE :2007/10/20(土) 15:03:50.42 ID:sHs4H9qt0
(´・ω・`)「長く、ラウンジの敵国であるヴィップに身を置いていた」

 ゆっくりと、喋り始めるショボン。
 淡々としている。しかし、どこか感慨深さもあるように思える。

(´・ω・`)「クラウン国王の策によるものとは言え、直接的、あるいは間接的にラウンジに仇なした。
      その蟠りを抱えているのは一人や二人ではないと思う」

 不思議に、引っかかりのない言葉だった。
 素直に言葉を聞く気分に、させられる。

(´・ω・`)「ラウンジに対する忠誠は本物だ、と言葉で表しても軽薄だろう。
      俺たち三人は今後、行動で皆に示していこうと思う。
      数十年、策のために耐えてきた。それを成せるだけの忠誠があったのだ、と」

 軍議室が、静まりかえっていた。
 息を呑んでいる。ショボンの声に、聞き入っている。
 誰もが、だ。

(´・ω・`)「俺たちはラウンジの天下のために、全力を尽くす。
      必ずや成し遂げる。そのためなら、命など惜しくはない。
      皆と一丸になって、ラウンジの世を創り上げたいと思う。
      これから、よろしく頼む」

 言い終え、ショボンが軽く頭を下げた。
 そして、誰かが手を叩き始めた。

 拍手の波は徐々に広がり、やがて全体を覆った。
 音が壁に反響して、いっそう大きなものとなった。
82 :第76話 ◆azwd/t2EpE :2007/10/20(土) 15:06:23.21 ID:sHs4H9qt0
( ´ノ`)「皆で、創り上げよう。ラウンジによる、泰平の世を」

 クラウンの発言で、更に歓声まで上がった。
 まるで戦前のような士気の高まり方だった。

( ´ノ`)「さて、軍議に移ろうか。
     ショボンらが加わったことで情勢はラウンジに大きく傾いた。
     天下の片影も見え始めた、といった具合だが、気を緩めてはならん」

 クラウンの声を聞くだけで、充分気が引き締まる。
 普段は軍議に参加することのないクラウンだ。余計に、だった。

( ´ノ`)「ヴィップは未だ十を超える城を有しておるし、十万以上の兵もいる。
     ミルナがヴィップ城に入ったとの情報もある。
     今まで以上に気合を入れていく必要があるだろう」

 立ったまま喋っていたクラウンが、席に着く。
 同時に、ヴィップから帰ってきた三人にも着席を促した。

 ショボンは予想通り、自分の隣に座った。
 大きな体だ。普段はギルバードが座っているため、尚更そう感じる。

 オワタは普段、リディアル=ロッドが座っている席に。
 プギャーはファルロが座っている席に着座した。

 リディアルは現在、守将として前線の城に残っている。
 ファルロは一騎打ちでブーンに敗れて手負ったため、やはり前線の城に留まっていた。
 元オオカミ領の城で治療に専念している、といったほうが適切か。
86 :第76話 ◆azwd/t2EpE :2007/10/20(土) 15:08:28.90 ID:sHs4H9qt0
 傷は決して浅くないが、戦に復帰できないほどではないらしい。
 順調に回復すれば一年ほどでアルファベットを握れるようになる、と報告を受けていた。

 胴体を深く抉られた、という。
 恐らく、ブーンはあえて討ち取らなかったのだろう、とも。

 状況を聞く限り、ファルロを討ち取れば怒りに満ちた兵が躍起になってブーンを追っていたはずだ。
 が、指揮官が生きている限りは、配下の兵たちは勝手な行動ができない。
 だからこそ、傷を負わせるに留めたのだろう。

( ´ノ`)「また準備が整い次第、ヴィップに攻め込む必要があるだろう。
     まず奪うべき城だが」

(´・ω・`)「カノン城。もしくはオリンシス城。
      いずれも現在では最重要の城です」

 クラウンの言葉に、被せるようにしてショボンは言った。
 迅速だった。

(´・ω・`)「カノン城はラウンジ城に近く、奇襲を受ける恐れがあります。
      オリンシス城は要害。近くにあるマリミテ城との連携に苦しめられるかと」

( ´ノ`)「看破する策は、あるか?」

(´・ω・`)「戦に臨んでみないと分かりませんが、自分の持っている情報は役に立つと思います。
      特にオリンシス城なら、落城せしめる策もあります」

 元々、兵数や領土で圧倒的有利な戦いだ。
 策を弄さずとも勝てる可能性は高い。
 ただし、犠牲を抑える必要があるため、やはり策は必要だ。
88 :第76話 ◆azwd/t2EpE :2007/10/20(土) 15:10:17.40 ID:sHs4H9qt0
(`・ι・´)「ショボン、聞きたいことがあるんだが」

 ショボンと斜向かいの位置にいるアルタイムが、言った。
 二人の距離は、遠くない。

(´・ω・`)「なんだ?」

(`・ι・´)「パニポニ城について、情報が欲しい」

 さすがにいいところに目をつけた、と思った。
 もしパニポニ城を落とせれば、一気に内部まで侵攻できる。
 手薄と言われているローゼン城を急襲して、ヴィップ城を睨めるのだ。

(`・ι・´)「あそこを落とせれば、ヴィップを降伏させることすら可能かも知れない。
      落としたいと常々思っている城だ」

(´・ω・`)「断言はできないが、無理だろう。
      地形的に、守備側が有利すぎる。罠も多い。
      俺でさえ完全に把握していない罠がいくつもある」

( ’ t ’ )「その罠は、モナーが?」

(´・ω・`)「そうだ。半端じゃない数を仕掛けてある。
      迂闊に山を登れば全滅さえありうる。
      落とすとしたら離間の計を仕掛けて内応させることくらいだが」

( ’ t ’ )「難しいでしょうね。ヴィップも重要性は分かっているはずですから。
    信頼できる将を置いてあるのでしょう」
92 :第76話 ◆azwd/t2EpE :2007/10/20(土) 15:12:06.61 ID:sHs4H9qt0
(´・ω・`)「あぁ、その通りだ。
      あの城は東塔のモナーが守っていたとは言え、実質的に中立。
      つまり西塔の目もかなりあった。何も策は残していない」

(`・ι・´)「ジョルジュにバレると大変だっただろうからな」

(´・ω・`)「全くだ。どこで見張られているか分からない怖さがあった。
      まぁそれは置いておこう。とにかく、パニポニ城を攻め落とすのは難しい。
      死なせていい兵が二十万いるなら話は別だが」

(`・ι・´)「うむ……なるほどな」

 アルタイムの唸りが全てを物語っていた。
 パニポニ城は、諦めるしかないらしい。

 しばらく皆で話し合ったが、攻めるべき城は決まらなかった。
 カノン城が地理的には攻めやすいが、西塔がかなり力を入れているという。
 しかしオリンシス城は遠く、準備に時間がかかってしまうし、物資の浪費も多くなる。

 もっと資料や情報を整理したうえで、改めて軍議を行う必要がありそうだった。

( ´ノ`)「宴の時間が迫ってきたな」

 クラウンが窓の外を一瞥して言った。
 太陽の色と傾きを確認したようだ。

( ´ノ`)「最後に、一つだけ決めておかねばならんことがある。
     無事戻ってきてくれた三人の、地位だ」
96 :第76話 ◆azwd/t2EpE :2007/10/20(土) 15:13:52.97 ID:sHs4H9qt0
 軍議室内の空気が、変わった。
 明らかに、緊張感が増した。

 三人の地位。
 プギャーやオワタはそれなりの場所で収まるだろう。
 皆もあまり関心を抱いていない。

 だが、分からない人物がいる。
 長年ヴィップで大将を務めてきた、アルファベットZを操る、ショボン=ルージアルだ。

( ´ノ`)「プギャーは少将に、オワタは大尉に。それが妥当だと思う。
     しかし、私は悩んでおる。ショボンの地位が、決まらんのだ。
     中将とするか、それとも」

(`・ι・´)「大将とするのが妥当でしょう」

(;’ t ’ )「ッ!?」

 一瞬だった。
 何の迷いもなく、アルタイムは言い放った。

 言葉が、出なかった。
99 :第76話 ◆azwd/t2EpE :2007/10/20(土) 15:14:53.74 ID:sHs4H9qt0
(`・ι・´)「私は中将で充分です。最も能力のある人間が大将となるべき、と思います」

( ´ノ`)「……ふむ……」

(;’ t ’ )「待ってください! 唐突すぎます!」

(`・ι・´)「いや、ずっと考えていたことだ。
      ショボンと俺のどちらに才があるかなど、言わずもがなだ。
      元より俺は大将の器ではない。中将でさえ過ぎた地位だ」

(;’ t ’ )「そんなこと……!!」

 あるはずがない。
 確かに昔は大将らしくなかった。頼れる将でもなかった。
 しかし、ベルがいなくなったあとは、ずっと頑張って穴を埋めようとしていた。自分はそれを知っている。

 他国の大将に優るとは言わないが、大将の器でないはずがない。
 十年以上も大国ラウンジを統べてきたのだ。
 誰にでもできることではない。

 そう思い、口にしようとした。
 しかし、アルタイムに目で制され、何も言えなくなってしまった。

( ´ノ`)「ショボン、お前はどうだ?」

(´・ω・`)「私は、与えられた地位で全力を尽くすのみです」

 冷静な物言いが、少しだけ癇に障った。
 しかし、今はどうでもよかった。
109 :第76話 ◆azwd/t2EpE :2007/10/20(土) 15:16:40.34 ID:sHs4H9qt0
(`・ι・´)「私の記憶が正しければ、歴史上の大将は全て、その国で最もアルファベットに長けた人間でした。
      アルファベットは強さの象徴。大将が陣頭でZを掲げれば士気は上がり、統率も良くなるでしょう。
      敵軍への威嚇効果もあります。アルファベットのランクは、個人の強さ以上の意味を持っているのです」

( ´ノ`)「まぁ、確かにそうだな……」

(`・ι・´)「快進撃を続けた東塔の頂点に立っていたのですから、戦巧者であることも疑いようがありません。
      しかもラウンジとの兼ね合いがあったなかでの戦功です。本気を出せばもっと上手く戦えることと存じます。
      何より、ここにいる誰よりもずっと、ラウンジのために戦ってきた男です。
      大将となるのが相応しい、というのが私個人の意見です」

 はっきりと言い切った。
 軍議室は、再び静まりかえった。

( ´ノ`)「……異論のある者は?」

 静寂を打ち破って、クラウンが言った。
 そして再び静謐に満ちる。誰からも、異議を唱える声は上がらない。

 本当は、言いたい。
 ずっと国内で戦ってきたアルタイムが、大将であるべきだと。

 だが、アルタイムはそう言われることを、拒んでいるように見えた。
 そして、室内の誰しもが、ショボンにのみ視線を向けている。

 もはや、抗いようがないのだ、と分かった。

( ´ノ`)「では、大将はショボン=ルージアル。
     降格という意味合いではないので待遇は変えないが、アルタイムを中将とする。
     皆、新たな大将ショボンに、拍手を」
117 :第76話 ◆azwd/t2EpE :2007/10/20(土) 15:18:28.69 ID:sHs4H9qt0
 すぐに大きな拍手が巻き起こった。
 誰もが歓迎している。手を叩いていないのは、自分だけだ。
 決定に不満があるというよりは、呆然としてしまっている、と言ったほうがいい。

 大将、ショボン=ルージアル。
 今後この国は、ショボンを仰いで戦を行っていくことになる。

 その事実が、自分の中に沁みこんでいかないまま、軍議が終わった。
 そして、新大将祝いも兼ねた宴に突入してしまった。


――ラウンジ城・大広間――

 まずは酒が振舞われた。
 乾杯の音頭が取られ、皆が一斉に呷る。
 そこからは、騒がしくなった。

 至るところに配置された卓には、羊の肉や豚の肉が乗っている。
 旬の野菜や様々な果物などもある。

(´・ω・`)(旨いな)

 羊の肉を齧った。
 深い味わい。脂が口の中に広がる。
 直後に飲む酒が、やけに旨く感じた。

 乾杯の前に挨拶をやらされた。
 できる限り、受け入れられるよう、言葉を選んだつもりだ。
 兵からは歓声さえ上がった。どうやら、思ったほど苦労はしないで済みそうだ。
126 :第76話 ◆azwd/t2EpE :2007/10/20(土) 15:20:41.44 ID:sHs4H9qt0
 しかし、いきなり大将に抜擢されるとは思わなかった。
 いずれは大将。そう考えていたが、まさか初日とは。
 アルタイムがあっさり譲ってくれたことに、ただ驚くばかりだった。

 器ではない、とアルタイムは言った。
 大将どころか、中将でさえ過ぎた地位だと。

 実際、アルタイムは才気ある将ではない。
 軍人としては悪くないが、勝ちを呼び込む力が欠けているのだ。
 それは、大将としては致命的だった。

(´・ω・`)(それにしても……あの譲り方は……)

 辞めたがっていた、という風にも取れる。
 大将という地位に重圧を感じていた、と。

 あのベル=リミナリーの後釜だった。
 誰もが比較しただろう。そして、批判しただろう。
 アルタイムに大将が代わってから、ラウンジの領土は減少してばかりだった。

 最近、やっとカルリナが将として成長を遂げ、ラウンジも強くなったと評されるようになった。
 ただそれはやはり、カルリナの実力が発揮されたことによるものだ。
 アルタイム一人では、どうにもならなかっただろう。

 誰もが妥当な人事だと考えている。
 自分が大将になり、アルタイムが中将になったことは。

 ただ、早すぎた。
 本当はもっと、時間をかけて大将の地位を得るはずだったのだ。
 でなければ、反発を招く恐れがある、と思った。
132 :第76話 ◆azwd/t2EpE :2007/10/20(土) 15:23:16.79 ID:sHs4H9qt0
 自分が大将となることを、周囲は驚くほど好意的に受け入れてくれた。
 それに、助けられた。拍手と歓声をもって迎え入れられたのだ。
 予想外だったが、思わず安堵した。

 しかし、一つだけ引っ掛かりが残ってしまった。
 唯一反対の姿勢を示した、カルリナについてだ。

(`・ι・´)「ショボン、ちょっといいか? 話したいことがあるんだ」

 アルタイムが右手に酒を持って現れた。
 左手には小さな袋。どうやら豆粒が入っているようだ。

(´・ω・`)「どうしたんだ、いったい」

(`・ι・´)「カルリナについてなんだが……」

 自分の心を、見透かしているかのようだった。
 同時に、何を言ってくるのか分からない怖さが、少しだけあった。

(´・ω・`)「聞こうか」

(`・ι・´)「少し、不貞腐れているかも知れない。
      どうやら、ショボンがすぐ大将となったことを、受け入れられないようだ」

(´・ω・`)「それが普通だ、と思うがな」

(`・ι・´)「そうかも知れん。しかし、今のところあいつ以外は皆、納得している。
      カルリナも、この状態がベストだと分かってはいるはずなんだ。
      だが、あいつは感情の処理が上手くない」
138 :第76話 ◆azwd/t2EpE :2007/10/20(土) 15:25:04.60 ID:sHs4H9qt0
(´・ω・`)「理屈では分かっていても、感情が言うことを聞かない、というわけか」

(`・ι・´)「そういうことだ。ただ、勘違いはしないでくれ。
      あいつは、別に大将になりたかったわけではないと思う。
      多分、十年以上も俺が務めてきたため、急に変わったことについていけないだけだ」

(´・ω・`)「俺は、どうすればいい?」

 あえて、聞いてみた。
 困った素振りで、何をすればいいか皆目検討もつかない、という風に。

(`・ι・´)「とりあえず、俺から言って聞かせる。しばらくは放っておくのがいいと思うが。
      ショボン、お前は戦で示してくれればいい。俺こそが大将に相応しい、と」

(´・ω・`)「シンプルでいいな。軍人らしい答えだ」

(`・ι・´)「一つだけ、分かっていてくれ。
      カルリナは、ベル大将から直々に軍学を叩き込まれ、戦ってきた男だ。
      ラウンジに対する忠誠は、お前と同じくらい強い。それは、間違いないはずだ」

(´・ω・`)「分かった」

 つまり、いずれは共に戦える、と言いたいのだろう。
 今は轡を並べることを拒否されるかも知れない。しかし、いずれは。

 自分も、何かカルリナにかける言葉を探しておいたほうが良さそうだ。
 まずは戦功を得ることが第一だが、ずっと無言ではいられない。
143 :第76話 ◆azwd/t2EpE :2007/10/20(土) 15:27:10.81 ID:sHs4H9qt0
 カルリナは、ラウンジにとってなくてはならない存在だ。
 あのジョルジュを相手に勝ったこともある。兵からも慕われている。
 協力を深めていく必要があるのだ。

 まずは、アルタイムに任せよう、と思った。
 やはり自分は、戦をやるしかない。

 アルタイムと入れ替わるようにして、クラウンが自分の側に寄ってきた。
 三十一年前と比べると、やはり老いている。
 顔や手の皺が深まっているのだ。

( ´ノ`)「ラウンジは、どうだ?」

(´・ω・`)「理想が現実になった気分です」

( ´ノ`)「そうか、そうか」

 柔和な笑み。癒される。
 普通の子が親に対して抱く感情は、きっとこんな感じなのだろう。

( ´ノ`)「もうすぐ成し遂げられる。覇道が」

(´・ω・`)「ラウンジ建国から、既に四十四年ですね」
148 :第76話 ◆azwd/t2EpE :2007/10/20(土) 15:29:10.62 ID:sHs4H9qt0
( ´ノ`)「私も年老いた。建国した頃の気力はない。先も短い」

(´・ω・`)「そのようなことは」

( ´ノ`)「建国当初は、とにかく尊大なニューソク国を打ち倒すことで頭がいっぱいだった。
     勝手に国を建て、全土に統一宣言を発するなど、民が受け入れられようはずもない……。
     反抗する形で国を建てて、最大国を追う立場としての日々が続いたが……いつしかラウンジは最大国になった」

 クラウンと会話した時間は、まだまだ短い。
 こうやって回顧する癖があるのかどうかは、分からなかった。

( ´ノ`)「ニューソクを倒したあとは空虚感もあったが、ヴィップやオオカミが強国になる予感があった。
     だからこそ、お前たちを送り込んだわけだが」

(´・ω・`)「期待に、沿えましたか?」

( ´ノ`)「あぁ、もちろんだ。結果を見れば、分かるだろう?」

(´・ω・`)「……はい」

( ´ノ`)「ラウンジの天下は目前……あとは、じっくりとヴィップを追い詰めていけばいい。
     それだけの余裕がラウンジにはあるのだ」

 何とか、笑った。
 しかし、ぎこちない笑みかも知れない、と思った。

( ´ノ`)「これからも、ラウンジのために頑張ってくれ」

(´・ω・`)「無論です」
154 :第76話 ◆azwd/t2EpE :2007/10/20(土) 15:31:26.57 ID:sHs4H9qt0
 即答した。
 クラウンはゆっくりと背を向け、どこかへ歩いていく。
 背が曲がり、昔より小さく見える背中は、すぐに見えなくなった。

 ラウンジに対する想いは変わらない。
 クラウンに対する想いも変わらない。

 かつて、共に戦場に立ったヴィップ兵に対する、逡巡もない。
 三十一年前からの決意は、揺るがない。

 だが、そんなのは当然のことだった。
 自分の心が晴れないのは、もっと小さなことによるものなのだ。

 人に話せば鼻で笑われるだろう。
 しかし、自分にとっては命に等しいほど、大事なことなのだ。
 期待していた。しかし、クラウンは遂に言ってくれなかった。

 あの、言葉を。

(´・ω・`)(……暑いな……)

 大広間が熱気に満ちていて、少し気分が悪くなった。
 こっそりと大広間から抜け出し、空虚な廊下を歩く。
 呆然と、用意された自室へ足を進めた。

 アルタイムの隣の部屋だった。
 恐らく、中の構造は同じだろう。広い部屋だ。
 ヴィップの東塔最上階には劣るが、充分すぎる。
161 :第76話 ◆azwd/t2EpE :2007/10/20(土) 15:33:12.13 ID:sHs4H9qt0
 体が、締めつけられているような感覚があった。
 衣服を緩め、寝床に身を投げる。
 少し、気が休まった。

(´・ω・`)(……別に、約束をしていたわけじゃないんだがな……)

 随分、子供らしいことを考えてしまった。
 心の中で、クラウンを父と慕っていたせいだろうか。

 言ってほしい、と思っている言葉があった。
 自分の中で、勝手に期待していた言葉。
 策謀を完遂した。だから、クラウンはきっと言ってくれるだろうと思っていた。

 だが、言ってくれなかった。
 勝手に気落ちしてしまっているのは、そのせいだ。

 きっともう、クラウンは言ってくれないだろう。
 自分が成した功績を、これ以上主張することはできない。

(´・ω・`)(……もし、言ってくれるとしたら……)

 言ってくれるとしたら、恐らく、ラウンジの天下が成ったときだ。
 それ以外は、考えにくい。

 近いようで、遠い目標ができた。できてしまった。
 自分にとっていいことなのか、悪いことなのか。分からない。

 昔を、最初の目標を持った頃を、思い出した。
 三十一年前。自分はまだ、十歳だった。
 両親に捨てられ、孤児院で孤独な暮らしを強いられていた。
66 :第76話 ◆azwd/t2EpE :2007/10/20(土) 15:34:59.37 ID:sHs4H9qt0
 ある日突然、孤児院の全員がラウンジ城に招待された。
 布を被せられた状態で密かに移動し、城内に入った。
 その布を取ったときの感動は今も覚えている。こんなに美しい場所があったのか、と。

 クラウンは一人一人を見て、話し、何かを考えていた。
 見定めだった。他国へ送り込む刺客を、孤児の中から探していたのだ。
 結局、自分がいた孤児院からは、自分だけが選ばれた。

 光栄なことだった。
 それは実質、国軍に入ることであり、ラウンジ城で暮らせることを約束されていたのだ。
 もちろん、策謀を完遂したら、という条件つきではあったが、多額の報酬も用意されていた。

 親に捨てられ、孤児院で惨めな思いをしていた。
 そこから抜け出し、ラウンジ城に来ることができた。

 クラウンは、たった一夜だけだが、自分を息子のように扱ってくれた。
 一緒に御飯を食べ、一緒に水を浴び、一緒に寝た。
 親という存在を長く失っていた自分にとって、それは涙が溢れるほど温かいものだった。

 クラウンのために、ラウンジのために生きよう、と思った。
 それが自分の存在意義だと思い定めることができた。

 "あの言葉"を言ってもらいたいと思ったのも、そのときだ。

(´・ω・`)(……昔を懐かしむとは……まるで老いたような気分だな……)

 ちょうどこの部屋のような暗さだった。
 さっきまでの自分は。
 月明かりしか差し込まない。自分の手さえよく見えないような暗さ。
173 :第76話 ◆azwd/t2EpE :2007/10/20(土) 15:37:16.85 ID:sHs4H9qt0
 少しだけ、気分は明るくなった。
 ただ、自分の内部を覆う靄は、依然として晴れないままだ。
 どうしようもないと分かっているからこそ、だった。

(´・ω・`)「クー」

 呟くように、言った。
 すると、クーはどこからともなく現れた。

 いつものことだった。
 呼べば、来る。いつも側にいる。
 任務を与えていない限りは、ずっと側で自分を護っている。

(´・ω・`)「ラウンジに来て早々、すまないな」

川 ゚ -゚)「いえ」

 緩めていた衣服を、脱ぎ捨てた。
 部屋の中は暗い。おぼろげな月明かりがあるだけだ。
 クーが衣服を脱いでも、はっきりとは視認できない。

 寝床で、まぐわった。
 体に疲労感はある。しかし、程よい快感が全身を駆け抜ける。
 クーと体を交えるときは、いつもそうだった。

 どうしても情欲が沸いて仕方ないときは、いつもクーと重なった。
 見目や体つきはどうでもいい。ただ、クーと交わるのが一番、心地よいのだ。
 時には浮遊感さえ感じることもある。
185 :第76話 ◆azwd/t2EpE :2007/10/20(土) 15:38:57.84 ID:sHs4H9qt0
 情欲を心地よく発散できるなら、別に相手は男でも良かった。
 肝要なのは、情欲の解消だ。
 言ってしまえば、自分の情交は自分本位なのだ。

 しかし、今までクー以上の人間に会ったことはないし、これからも現れないだろう。
 クーは、それほどの女だった。

 どこで身につけたのかは知らないが、男を蠱惑する術を持っている。
 それは体を交えてみれば、はっきりと分かるのだ。
 他の女とは、何もかもが違いすぎる。

 下半身に熱が溜まるような感覚があった。
 それを、堪えずにそのまま解き放つ。
 体が小刻みに震えた。

 クーの息は、少し乱れていた。
 しかし、休ませることなく再び体を動かす。
 クーの肌は少し紅潮していた。

 いつもは冷静で、聡明さのみが際立つクーだが、自分にだけは素直になる。
 あまりに素直すぎるほど、感情を堂々とぶつけてくる。

 だから、知っていた。
 クーは自分のことを、心から愛している。
 実際、こういう場になると、それを伝えてきたりもする。

 クーの気持ちに応えるつもりはなかった。
 自分の中では、あくまで有能な間者だ。
 それ以上でも、それ以下でもない。
193 :第76話 ◆azwd/t2EpE :2007/10/20(土) 15:40:51.31 ID:sHs4H9qt0
 見た目は美しい。情交にも何ら不満はない。
 ただ、妻帯するとなると、どうしても構う必要がある。
 それが、面倒なのだ。

 クーは賢いため、冷静に自分を押さえ込むこともできるだろう。
 ただ、心の底で欲が溜まってしまうはずだ。
 そうなるともう、面倒な展開しか頭に浮かんでこない。

 ラウンジ軍を統べる者と、それを支える間者。
 ずっと、その状態でありたかった。
 最上の関係だ、と思うからだ。

 再び熱をクーの中に放出する。
 これで二度目。だが、不思議と疲れはない。
 情交を始める前にあった疲労感が、むしろ薄れているようにさえ感じる。

川 ゚ -゚)「どうか、なさったのですか?」

 三度目の交合を始めていた。
 後ろから荒々しく攻め立てる。クーはしばし、いつもの冷静な顔を見せていた。

(´・ω・`)「別に、何もないさ」

 クーの体を抱きかかえたまま、体を動かした。
 再びクーの顔を見る。悦びを、感じているようだ。

 何もない、と言ったが、本当はあった。
 自分の中の靄を、晴らしたかったのだ。
199 :第76話 ◆azwd/t2EpE :2007/10/20(土) 15:42:34.53 ID:sHs4H9qt0
 情欲をぶつけるだけなら、一度や二度で済む。
 だが三度目にまで及んでいるのは、やはり靄が晴れないからだ。
 クラウンのことが、気になってしまっているからだ。

 ただ、独りでいるときよりは、随分と気が楽だった。
 だからこそ、まぐわいを止められないのだ。

 クーと繋がっているときは、大抵とりとめのないことを考えている。
 人とは何か。戦うとは何か。死とは何か。
 明確な答えが出ないようなことばかりだ。

 人と人を繋ぐものは、何か。
 不意に、そんなことが思い浮かんできた。

 だが、これに対しては明確な答えを持っている。
 ずっと前からだ。

(´・ω・`)(欲、だな)

 そう思っていた。
 誰しもが持つ。何らかの形で。
 欲。

 自分とクラウンの関係が、そうだった。
 ずっと、クラウンに会いたいと思っていた。
 期待していた言葉を、かけてもらいたいと思っていた。

 それは一言で言うなら、欲だった。
 欲があったからこそ、自分は三十一年、耐えることができたのだ。
208 :第76話 ◆azwd/t2EpE :2007/10/20(土) 15:44:19.26 ID:sHs4H9qt0
 自分とクーを繋ぐのも欲だ。
 クーは自分を愛している。一緒にいたいと願っている。
 だからこそクーを使っていられる。裏切りの心配をしなくていいからだ。

 またそのクーは、自らの体を使って欲を利用してきた。
 ヴィップ城の地下。アルファベット生産所の隣に、女を溜め込んである場所がある。
 クーはそこに顔を変えて潜り込み、ヴィップの兵を次々と骨抜きにしていった。

 情欲に支配され獣のようになった男は、もはやクーの操り人形だった。
 死ぬ気で戦えと言えば戦い、裏切れと言われれば裏切る。
 自分にとって、最も扱いやすい兵だった。クーが、自分の言うことには全て従うように仕向けたからだ。

 そうやって得た叛徒はかなりいた。
 例えば、ヴィップで他国から恐れられた、五百の近衛騎兵隊。
 あれは能力のある人間に目をつけ、クーに狙わせて形成された部隊だ。

 房中術を身につけている自分でさえ、言い知れない快楽を得られるクーの体だ。
 女を碌に知らない兵卒など、クー以外が見えなくなるほどの快感を味わったに違いない。

 手駒として使う兵卒は、クーが情欲を支配してくれた。
 プギャーやオワタらには、出世欲があった。どうやら、虚勢を張りたがる性格らしい。
 クラウンによって送り込まれた人間は、それぞれに様々な欲を抱えている。

 欲によって繋がれた野望は、いま終わりを見ようとしている。
 天下を統一したいという欲が、満たされようとしている。

(´・ω・`)「……クー?」

 珍しく、クーがぐったりしていた。
 どうやら、長引いている交合に疲れてしまったようだ。
213 :第76話 ◆azwd/t2EpE :2007/10/20(土) 15:46:01.13 ID:sHs4H9qt0
 しかし、クーに対して遠慮などしたことはない。
 構わず続けた。
 こうやっている間は、どうでもいいことを考えていられる。気が、紛れる。

 約七百年前、何故アルファベットは資料と共に姿を消したのか。
 今度は、そんなことを考え始めた。

 アルファベットは、三日ほど誰の手にも触れられずにいると、形を崩して消え失せる。
 だからアルファベットがなくなったことはおかしくない。
 しかし、何故資料までもが消え去ったのだろうか。

 大戦の戦火に巻き込まれたためと言われているが、それにしても過去の資料は少なすぎる。
 何か別の原因があったのではないだろうか。

 答えなど出るはずがなかった。
 自分は、現在を生きている。過去のことなど知らない。
 ただ、こんな風にどうでもいいことを考えるのが、嫌いではないのだ。

 クーの中で果てて、三度目の交合が終わった。
 クーを休ませてやる。すぐに眠りに就いたようだ。
 自分の中の靄はいくらか薄れてくれた。クーのおかげだった。

(´・ω・`)「……ふぅ」

 クーに毛布をかぶせてやる。
 普段はこんな無防備な様を絶対に見せない。見せるのは、自分にだけだ。
 自分に対しては、何の繕いもない素直さを、クーは表現する。

 衣服を着てから再び床に入り、今後のことについて考え始めた。
224 :第76話 ◆azwd/t2EpE :2007/10/20(土) 15:48:28.32 ID:sHs4H9qt0
 ミルナがヴィップ城に入ったという。
 そのままヴィップ軍に加わるだろうか。可能性としては、ありうる。
 離間の計でも仕掛けたいが、無理だろう。既に揺さぶれる段階を超えている。

 ジョルジュやモララーはどう動くだろうか。
 そして、唯一万全の状態である、ブーンは。

 鍵を握るのは、その三人と、ミルナ=クォッチだろう。
 こちらから手を加えることはできない。なるようにしか、ならない。

 だが、ヴィップに対するアクションは、すぐにでも起こすつもりだった。
 まだ戦はできない。しかし、やれることはある。
 ラウンジ城への行軍中、ずっと考えていたことだ。

 明朝、クラウンに提案してみようと思った。
 きっと聞き入れてくれるはずだ。

(´・ω・`)(昔話でもしようじゃないか、ブーン)

 近い未来のことを、頭に思い浮かべた。
 激高するブーン。呆然とするブーン。頭の中を、駆けていく。
 何故か、ブーンばかりだ。

 きっとブーンになるだろう。
 そんな予感があるからかも知れない。

(´・ω・`)(教えてやる。お前が入軍した日についた、俺の嘘を。
      お前は、最も大事な部分で、俺に騙されていたんだということを)
226 :第76話 ◆azwd/t2EpE :2007/10/20(土) 15:49:30.63 ID:sHs4H9qt0
 頬が緩んだ。
 きっと他の人間からすれば、不敵な笑みに見えるだろう。
 だが、心地良かった。

 寝息を立てているクーの横で、まどろんだ。
 いつの間にか、靄がかっていたことも忘れていた。














 第76話 終わり

     〜to be continued

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