10 :第4話 ◆azwd/t2EpE :2006/12/14(木) 22:08:46.49 ID:bziz/s6i0
【第4話 : Effort】


――ヴィップ城――

 黙々と歩き続ける、前後二つの影。
 等間隔に並んだ窓から月明かりが射し込み、ショボンとブーンの姿を交互に照らし出す。
 あまりに大きな背中。後ろについていくだけで、精一杯だ、とブーンは思った。

(;^ω^)(……お?)

 おかしい、と感じた。
 第二軍議室を素通りし、第一軍議室にも向かっていない。
 第三軍議室ははるか遠い。どこへ、行こうとしているのか。
 ショボンは変わりない様子で、ただ歩き続けていた。

 耐え切れず、声を出した。

(;^ω^)「……あの……ショボン大将……」

(´・ω・`)「軍議室に向かうというのは、嘘だ。
     みんなが居たから言えなかったが……これから、城外に出るぞ」

 疑問は、悟られていた。
 そして、湧き上がる、更なる疑問。

(;^ω^)「じょ、城外ですかお? 何のために……?」

(´・ω・`)「ちょっとな。まぁ、ついてくれば分か――――」
14 :第4話 ◆azwd/t2EpE :2006/12/14(木) 22:12:01.91 ID:bziz/s6i0
 ショボンが言葉を切った。
 足の動きも、止まっている。

 数歩先にある、曲がり角。
 夜闇で漆黒に染まった廊下が、月光で輝いている。
 具足の、反射によって。

( ゚∀゚)「どうした、ショボン」

 ジョルジュが、酒の匂いを漂わせ、少し赤みを帯びた顔で、現れた。
 ただ、まったく酔っていない。足取りなどから、それははっきり分かった。

(´・ω・`)「……ジョルジュ大将こそ、どうされました? 調練の時間では?」

( ゚∀゚)「あぁ、これから行くよ……その前に、聞きてーことがあんだけどな」

 ジョルジュの視線が、間違いなくこちらに向いた。
 ショボンの体の影に隠れた、ブーンに。

( ゚∀゚)「そいつは、新兵だろ? 引き連れて、一体どこへ行く気だ?」

 ショボンは何も答えない。
 その空白の間、返答を考えているのか、無言を貫こうとしているのか、分からなかった。
 上の階を、大勢が歩く音が聞こえる。新兵たちが移動しているようだった。

( ゚∀゚)「……まぁ、答える義理はないだろうな……東塔に入った新兵をどうしようが、お前の勝手だ」

(´・ω・`)「……では、失礼します」

( ゚∀゚)「待てよ。まだ話があんだよ」
17 :第4話 ◆azwd/t2EpE :2006/12/14(木) 22:14:44.49 ID:bziz/s6i0
 上の階が、静かになった。
 心臓の鼓動が、耳に響く。この場に立っているのが、辛くなってきていた。

( ゚∀゚)「ブーン=トロッソ……新兵テストでアルファベットを発熱させたらしいな」

(´・ω・`)「それが、どうかしましたか?」

( ゚∀゚)「おもしれぇなぁ、と思ってよ。
    状況を考えたら、発熱の理由は一つしかない――――だから、連れてるんだろ?」

 ジョルジュの視線が、言葉が、突き刺さりそうだった。
 しかし、ショボンは微動だにしない。

 あまりに冷静なジョルジュ、あまりに冷静なショボン。
 浮き足立っているのは、自分だけだ。

(´・ω・`)「……仰っている意味が、よく分かりません」

( ゚∀゚)「なら都合がいい。ブーンを、西塔に引き渡してくれ」

(´・ω・`)「……は?」

 ジョルジュの表情は、全く変わらない。

 混乱する思考。
 体が、ふらついた。
 気を抜いたら、そのまま倒れてしまいそうだった。

 ジョルジュの発言の意味が、本当に分からない。
 一体、何がしたいのか。
20 :第4話 ◆azwd/t2EpE :2006/12/14(木) 22:17:41.27 ID:bziz/s6i0
( ゚∀゚)「構わねーだろ? 新兵一人、こっちに渡すくらい」

(´・ω・`)「……ブーンは東塔を希望しました。本人の意思を尊重すべきです」

( ゚∀゚)「ところが、さっき新兵たちの紙を調べてたら――――見当たらねーんだ。
    ブーンの紙だけが、どうしてもな」

(´・ω・`)「私が持っています。食堂にブーンがいなかったら部屋まで直接行くつもりでしたので、番号を忘れないために」

( ゚∀゚)「本当に、ブーンの書いた紙か? お前が捏造した可能性は?」

(´・ω・`)「本人に聞けば早いでしょう」

 二人の視線が、集まった。
 焦りと緊張で上手く口が開かない。しどろもどろになりながら搾り出した声は、震えていた。

(;^ω^)「ひ、東塔を希望しましたお!」

( ゚∀゚)「脅迫されてるんじゃねーのか? そう言え、って」

(;^ω^)「違いますお! ブーンはホントに」

(´・ω・`)「大体、そうまでしてブーンを東塔に引き入れる理由がありません。
     そして……ジョルジュ大将がそこまで固執する理由が、分かりません」

( ゚∀゚)「とぼけるなよ。ブーンがアルファベットを発熱させた理由……想像ついてるんだろ?
    つえーやつが弱いアルファベットに触れると、α成分を一気に消費する……。
    つまり、ブーンは類稀なる才能の持ち主の可能性がある。そうだろ?」
26 :第4話 ◆azwd/t2EpE :2006/12/14(木) 22:22:13.70 ID:bziz/s6i0
 耳を疑った。
 自分に、類稀なる才能? 考えもしなかった。
 アルファベットの発熱は、たまたまだと聞いていた。運が悪かっただけの話。
 それが、まさか自分の才能の話にまで発展しているとは、思いもよらなかった。

(´・ω・`)「……だから、西塔に迎え入れたい、と……そういうわけですか?」

( ゚∀゚)「こっちはラウンジ戦が近いんだ。少しでも戦力が要る。
    アラマキ皇帝も、次のラウンジ戦での勝利に期待している……勝たなきゃいけねーんだ」

(´・ω・`)「新兵一人で勝敗が動くものでもないでしょう。それならば、こちらから将をお貸しします。
     とにかく、ブーン本人が東塔を望んでいる以上、西塔にお渡しするつもりはありません」

 ジョルジュが、僅かながら初めて表情を変えた。
 峻厳な軍人の顔。思わず、竦みあがるような。

 ショボンの表情が見えない。動じているのか、いないのか、それすら分からない。
 そのまま時が流れ、そしてしばらくの後、動き出した。

( ゚∀゚)「……そうか、分かった」

 ジョルジュが歩き出す。
 ショボンに、歩み寄る。

 背中にはアルファベット。
 お互いに。

 一歩、二歩と、二人の距離が、縮まる。

 放たれる、殺気。
30 :第4話 ◆azwd/t2EpE :2006/12/14(木) 22:25:44.54 ID:bziz/s6i0
( ゚∀゚)「……さっきの言葉、忘れるなよ」

 そのまま、すれ違った。
 ジョルジュの表情は、素に戻っているように見えた。

 ジョルジュが立ち去る音が、徐々に遠くなり、やがて消えた。

(´・ω・`)「さぁ、行くぞ」

 そしてショボンも歩き出す。呆けている間に、ショボンは遠ざかっていた。
 急いで後を追い、疑問をぶつけた。

(;^ω^)「ジョルジュ大将、やけにあっさり引き下がっちゃいましたお……。
     一体、なんだったんですかお?」

(´・ω・`)「さっきの言葉、忘れるな、と言っただろう?
     つまり、東塔の将を貸す、という一言を俺から引き出すのが目的だったんだ。
     言い方は悪いかも知れんが、ブーン、お前はダシに使われただけさ。
     新兵一人をあそこまでして欲しがるわけがない」

(;^ω^)「……あ……なるほどですお……」

 少し、恥ずかしくなり、落胆した。
 類稀なる才能の可能性、などと言われて、舞い上がっていた。
 しかし垂直に落とされた。そんな気分だった。

(´・ω・`)「……落ち込むなよ。さっきジョルジュ大将が言ってたのは、本当のことさ。
     お前はもしかしたら、天賦の才があるかも知れない」

(;^ω^)「おっ!?」
34 :第4話 ◆azwd/t2EpE :2006/12/14(木) 22:29:11.34 ID:bziz/s6i0
(´・ω・`)「今から城外に出るのも、そういう事情さ」

 ショボンが微かに笑った。

 確かな足音を響かせ、城門まで歩く。
 守兵にショボンが一言声をかけて、城門の側にある扉から城外へ出た。
 微風が耳を掠める。獣の唸り声が遠来する。
 閑寂に包まれた原野が、闇色を浮かべて佇んでいた。

 しかし、ショボンが向かったのは、その広大な原野ではなく、城下町でもなかった。
 ヴィップ城の南に広がる、森。

 何かの間違いだ、と思った。

(;^ω^)「あの……ショボン大将……そっちは、"帰らずの森"では……」

 有刺鉄線の柵に囲まれ、その柵を何十人もの兵士が見張っている。
 その森は、柵を乗り越えて入った者が二度と帰らない、と言われていた。

(´・ω・`)「はは。そうだな。帰らずの森だ」

 ショボンの口ぶりは、軽かった。
 拍子抜けるほどに。

(;^ω^)「帰らずの森に行くんですかお? 噂では、猛獣の棲み処だとか……」

(´・ω・`)「まぁ、ある意味間違っちゃいないかも知れんな」

(;^ω^)「???」
36 :第4話 ◆azwd/t2EpE :2006/12/14(木) 22:32:11.22 ID:bziz/s6i0
 そして、森の出入り口にたどり着いた。
 穏やかそうな顔に不釣合いなほどの体格をした兵士が、直立している。
 手に持つアルファベットは"I"。この大柄な兵士以上の長さがある、直槍だった。

(´・ω・`)「夜遅くにすまない。通してくれ」

(兵 ̄〜 ̄)「はい」

 兵士が入り口から一歩横に移動して、道を空けた。
 軽く頭を下げて、隣を通る。鬱蒼とした森の中へ、入り込んだ。


――帰らずの森――

(´・ω・`)「帰らずの森に何の用だ……と思ってるだろう?」

 真っ暗闇の森の奥へ続く道は、凹凸こそあるものの、人が通れるようになっていた。
 つまり、奥に何かがある、ということだ。

(´・ω・`)「ブーン、お前は穎脱した才能の持ち主かも知れん……。
     他の新兵たちと同じことをやってちゃ、時間の無駄だ。
     特別メニューでいくぞ」

 そして、姿を現す物体。
 自分の体の何倍、いや、何十倍はある大きさ。
 ショボンよりもはるかに大きい。
 形はほぼ真四角で、熱気を帯びている。
 木々の隙間から差し込む月明かりにも負けぬほどの、炯々とした光。
 赤銅色に輝く全体が、そこに居座っていた。
40 :第4話 ◆azwd/t2EpE :2006/12/14(木) 22:35:23.39 ID:bziz/s6i0
(;^ω^)「……小屋?」

 家族で住むには小さすぎる程度の小屋が、そこにぽつりとあった。
 中からは微かに音が聞こえる。綺麗に響き渡る高音だった。

 ショボンが小屋の扉をノックした。

(´・ω・`)「失礼する」

 中からの返事を待たないまま、扉を開けた。
 こぼれる光。火が燃えていた。

 小屋に備え付けられた煙突からも想像がついたが、中は工房だ。
 天井に吊り下げられた幾つかのランタン。
 壁一面に貼り付けられた、わけのわからない図面。
 無造作に転がる工具。棚に並べられたガラス瓶。
 どこか焦げ臭い屋内に漂う煙は、黒ずんだまま消えずに浮かんでいた。

(´・ω・`)「頼んでおいたものは、完成したか?」

 ショボンが何に向かって発声したのか、分からなかった。
 しかし、数秒の後、小屋の片隅が動きを見せる。
 木材や鉱物の積み重なりに見えた場所から、人が、姿を現した。

ξ゚听)ξ「先ほど完成しました、ショボン様」

 若い女性だった。

41 :第4話 ◆azwd/t2EpE :2006/12/14(木) 22:38:25.54 ID:bziz/s6i0
 炎の煌きにも決して負けないほどの輝きを放つ、プラチナブロンドの髪。
 波打ち、渦を巻き、背中まで垂れ下がっていた。
 細身で、この雑然とした工房には似つかわしくないほどの白い肌が薄汚れた作業着から覗く。
 その小さな手に持つ工具ですら、彼女を彩っているように見えた。

 八面玲瓏。その優美さに、暫し呆然としてしまった。

(´・ω・`)「ブーン、こちらはツン=デレートさん。世界一のアルファベット職人だ」

ξ゚听)ξ「こんばんは」

 体中に染み込むような、透き通った声。
 凛とした姿勢のまま、手を差し伸べられる。
 軽く握り返したあとの右手は、少し汗ばんでいた。

(´・ω・`)「少尉以上になるとツンさんがアルファベットを作ってくれる。
     かなりの報酬を支払うはめになるが、アルファベットの出来は間違いなく世界一。
     当然、ラウンジやオオカミに命を狙われる存在だ。だからヴィップの兵で守ってるんだ」

(;^ω^)「なるほどですお……」

(´・ω・`)「ヴィップ城に来てくれれば楽なんだがな……」

ξ゚听)ξ「お城暮らしは性に合いません。それに、この森に住む動物たちを放っておけませんし」

(´・ω・`)「まぁ、それがツンさんの良いところだとは思っている」

 ショボンが椅子を引いて、腰掛けた。
 ツンは再び部屋の片隅で材料を漁っている。
 どうしていいか分からず、右往左往していると、ツンが笑って声をかけてくれた。
43 :第4話 ◆azwd/t2EpE :2006/12/14(木) 22:41:31.93 ID:bziz/s6i0
ξ゚ー゚)ξ「座って、ブーンくん。遠慮しなくていいから」

 優しい声、優雅な立ち振る舞い。
 高揚してしまっているのが、はっきり分かる。

(;^ω^)「し、失礼しますお」

 そう言って、ショボンと同じように椅子を引いた、その瞬間だった。

 ツンの側にある棚の上から、幾つかの鉱物がバランスを崩して、棚から転げ落ちた。
 ツンの頭上に、降り注ぐ。

(;´・ω・)「!!」

⊂二二二(;^ω^)二⊃「危ない!!」

ξ;゚听)ξ「!?」

 無我夢中で、駆け寄った。
 ツンに覆いかぶさるようにして鉱物を防ぐ。背中に三つ当たったが、幸い、頭には当たらなかった。
 落下した鉱物は砕け、床に破片が散らばっていた。

(;^ω^)「あ、危なかったですお……」

(;´・ω・)「驚いた……いきなり降ってくるとは……。
     それにしてもブーン、かなり機敏な動きだったな……」

(;^ω^)「防がなきゃって思って、無我夢中で……ん?」
47 :第4話 ◆azwd/t2EpE :2006/12/14(木) 22:44:14.48 ID:bziz/s6i0
 全身が、仄かに暖かかった。

 鉱物を防ぐために、ツンに覆いかぶさった。
 そして気付かぬ間に、抱きしめてしまっていた。
 馥郁たる香気で、意識が遠のいた気がした。

(;^ω^)「ご、ごめんなさいですお! 怪我はありませんかお?」

 すぐに体を離し、距離を置いた。
 ツンは呆然とこちらを見ていて、何故か少し、頬が紅潮しているようだった。

ξ///)ξ「あ、ありがとう……私は、大丈夫……」

(*^ω^)「良かったですお」

ξ///)ξ「わ、私のことより……あなたは……」

( ^ω^)「平気ですお!」

 背中が痛むが、傷にはなっていない。
 尖った鉱石でなかったことが幸いだった。

(´・ω・`)「……ツンさん、そろそろ約束の物を貰いたいんだが……」

ξ*゚听)ξ「は、はい!」

 挙措を失ったかのような動きを見せつつも、棚から一つの箱を取り出したツン。
 両手で充分抱えられる程度の、あまり大きくはない箱だった。
49 :第4話 ◆azwd/t2EpE :2006/12/14(木) 22:47:07.50 ID:bziz/s6i0
(´・ω・`)「ブーン、これはお前のアルファベットだ」

(;^ω^)「お!? なんでブーンのアルファベットが……」

(´・ω・`)「普通は少尉以上にならないと作ってもらえない。
     だが、お前を入軍テストで見たとき、こいつは伸びると思った。
     それも、非凡程度の才じゃない……大将にまでなれる器だ、と。
     ならば、アルファベットのスタートも、他と同じにするわけにはいかないし……
     生産所で作られるような粗雑なモノは、相応しくないと思ったんだ」

 息を呑んだ。

 ヴィップ城の地下は生産所になっている、と今日ギコ少将から説明を受けた。
 将校に届かない兵士たちは、みな生産所で大量に作られるアルファベットを遣っているという。
 作りは粗く、耐久性にも優れない。無論、性能も良くはない。
 文明の遅れているヴィップ国なら、それは尚更だろう、と思った。

 そのアルファベットではなく、ギコやショボンたちと同じ品質のアルファベット。
 まだ、俄かに信じられなかった。

ξ゚听)ξ「ショボン様の依頼が入軍テストの翌日。
     普段はさすがにこのレベルのアルファベットを作ることは滅多にないから……
     正直、戸惑いもあったけど、満足のいくものが作れたわ。
     アナタの活躍を祈ります」

 そう言って、ツンが箱を開ける。
 中から顔を覗かせたアルファベットは、ランタンの光を浴び、輝いて見えた。
56 :第4話 ◆azwd/t2EpE :2006/12/14(木) 22:50:56.21 ID:bziz/s6i0
 アルファベット、E。
 中央の棒が柄になっていて、緩やかな三日月のような刃を持している。
 掴んでみると、自然と指に馴染む感覚があった。

(´・ω・`)「Eには二つの持ち方がある。"順手"、"逆手"と呼ばれる持ち方だ。
     刃に向かって握手するような形の持ち方が順手、逆方向に握ってトンファーのように扱うのが逆手だ。
     アルファベットはE以上からが本格的、という考え方がある。実戦向きなんだ。
     お前が最初に扱うアルファベットとして、相応しいと思う」

 順手、逆手と持ち替えて、掲げて見る。
 思ったより軽い。素早く振るうことができそうだ、と思った。
 そう考えると、体が疼きだす。

(*^ω^)「ちょっと外に出てもいいですかお?」

(´・ω・`)「あぁ、いいぞ。新しいアルファベットを試したい気持ちは、よく分かる」

(*^ω^)「ありがとうございますお!!」

 意気高々に飛び出した。
 森の空気が清々しく思えた。


ξ゚听)ξ「……しかしショボン様、何故あの子に……」

(´・ω・`)「追々気付くさ。あいつの、可能性の深さにな」

ξ゚听)ξ「……?」
66 :第4話 ◆azwd/t2EpE :2006/12/14(木) 22:54:24.25 ID:bziz/s6i0
――小屋の外――

 空気を切り裂く、Eの刃。
 確かに音を耳に残し、やがて消え行く。
 そして再びアルファベットを振るう。音が、蘇る。
 心地よかった。

(´・ω・`)「感触はどうだ?」

 ショボンがいつの間にか側に立っていた。
 構えを正して、向かい合う。少し緊張した。

(;^ω^)「いい感じですお! すごく楽しいですお!」

(´・ω・`)「アルファベットを振るうことが楽しい、か。懐かしい感覚だ。
     もう慣れきってしまっているから、忘れたな」

( ^ω^)「早く慣れたいですお。これからいっぱい訓練しますお!」

(´・ω・`)「あぁ、そのことだが……
     他の新兵たちにバレるのは良くない。特別扱いは本来好ましいものじゃないからな。
     同じ部屋に居るのは、確か友人のドクオ=オルルッドだろう?
     彼にだけ話して、あとは秘密にするんだ。幸い、Eは小さいから背中に隠して移動できる。
     俺の部屋の一部を使って、毎晩そこで訓練を重ねるんだ。いいか?」

(*^ω^)「ありがとうございますお! 頑張りますお!」

(´・ω・`)「よし。ツンさんにお礼を言って、城に戻るぞ」
70 :第4話 ◆azwd/t2EpE :2006/12/14(木) 22:57:35.38 ID:bziz/s6i0
 ショボンが小屋に入る。
 空を見上げ、木々の隙間で煌く星々を眺めてから、後を追って小屋に入った。


――小屋の中――

(´・ω・`)「ツンさん、無理を聞いてくれてありがとう。
     Eなんて久しく作ってなくて、手間取らせてしまったと思うが……」

ξ゚听)ξ「たまには楽しいものです。しっかり報酬さえ払って下されば、何も不満はありません」

(´・ω・`)「あぁ、ちゃんと近いうちに払うよ。城に請求書を送っておいてくれ」

(;^ω^)「あ……」

(´・ω・`)「ブーン、このアルファベットは俺からの入軍祝いだ。金のことなど、気にするなよ」

 今まさに言おうとしていたことを、言われてしまった。
 口篭りかけたが、お礼をまだ言っていないことを思い出して、口を開く。

(*^ω^)「ホントにありがとうございますお! 大切にしますお!」

(´・ω・`)「俺への礼など、いいさ。言うならツンさんだ」

 そう言われて、体の向きを変えた。
 ツンと、瞳を合わせる。

(*^ω^)「アルファベット、ありがとうございますお! すごく良い感じですお! 大事にしますお!」
76 :第4話 ◆azwd/t2EpE :2006/12/14(木) 23:01:19.59 ID:bziz/s6i0
 普通のお礼の言葉を、発した。
 しかし、何故かツンの頬は赤らむ。
 そして、何故か辛辣な言葉が、降りかかる。

ξ///)ξ「お、お礼なんて言われる筋合いないわよ! 用が済んだんならさっさと帰ってよね!」

(;^ω^)「お、お、お?」

ξ///)ξ「怪我したり、戦場で死んだりしても……し、知らないんだから! 気をつけなさいよね!」

(;^ω^)「お、お……が、頑張りますお……」

ξ///)ξ「じゃあね!」

 小屋の外に押し出された。
 すぐに外に出てきたショボンに、首を傾げてみせる。わけが分からなかったからだ。

(;^ω^)「ツンさん、さっきまであんなに優しい人だったのに……いきなり……」

(´・ω・`)「まぁ、気にするなよ。あぁいう人なんだ」

(;^ω^)「????」

(´・ω・`)「さぁ、帰るぞ」

 すっきりしない疑問を抱えたまま、森の外へ出る。
 城までは、歩いて数十分。そう遠くはない距離だった。
84 :第4話 ◆azwd/t2EpE :2006/12/14(木) 23:04:40.12 ID:bziz/s6i0
 晩夏の夜に吹く風は、火照った体を優しく冷やしていく。
 誘われたように木の葉を揺らす木々は、穏やかな音を奏でる。

 今日の夜空は、思わず見とれてしまうほど、澄み切っていた。



――ヴィップ城・東寮塔――

(*'A`)「す、すっげー……アルファベットEかぁ……。
    それにしても、まさかブーンにそんな才能があるなんて……びっくりだぜ。
    あぁ、俺も触れてみたいけど、Eはまだ無理だろうなぁ……うらやましいぜ……」

 寮塔の部屋に戻って、全てをドクオに話した。
 目を丸くしたり、奇声を上げたりと、様々な方法で驚きを表現し、そして呆けた。
 今は、単純に羨ましがっている。

 全てを話すことに、若干の不安があった。
 ドクオに、妬みや嫉みが生まれ、二人の関係が崩れるかも知れない、と思ったからだ。
 しかしドクオはただ驚くだけで、嫉妬はまるでないようだった。
 安堵に包まれ、気が楽になった。

(*'A`)「しかも、これから毎晩ショボンさんの部屋で訓練なんて……すっげぇよな……。
    くそー……俺も頑張るぜ!!」

(*^ω^)「ブーンも頑張るお!」

 浮かれ気分のまま、布団に包まった。
 興奮で上手く寝付けない。しかし、それすら楽しいと思える、そんな心境だった。
87 :第4話 ◆azwd/t2EpE :2006/12/14(木) 23:07:29.94 ID:bziz/s6i0
――明晩――

――東塔最上階・ショボンの部屋――

(´・ω・`)「今日の身体能力検査、足の速さでトップだったらしいな」

(*^ω^)「駆けっこだけは負けたことがないですお!」

(´・ω・`)「当たり前だが、遅いよりは速いほうがいい。充分に活かすことだな」

(*^ω^)「頑張りますお!」

 基礎的な身体能力の検査や、健康診断などで費やされた一日。
 夕食を食べ終え、一旦部屋に戻ってから、ショボンの部屋を訪ねた。

 その部屋の扉を開いた先に広がっていたのは、別世界だった。

 あまりに広大な室内は、豪邸さながらの部屋数で、十以上はある。
 恐らく使っていない部屋も多くあるだろう。
 物は少なく、全体的にはすっきりした印象だが、却って広さが引き立つ。
 その部屋で待っていたショボンは、具足を解いた状態で、アルファベットも手には持っていなかった。

(´・ω・`)「さて、アルファベットの訓練だが……やり方は、少々特殊になる。
     普通は同じくらいの力量を持った兵士とアルファベットで手合いをして、扱いに慣れ、やがてレベルアップしていく。
     それが一番確実だし、効率的だ。しかし、お前には相手がいない。
     他のやつにバレると色々面倒なことになりそうだからな。
     だから、悪いが一人でやってもらう。俺が相手をしてやりたいが、夜はやらなきゃいけない仕事があってな……」

(;^ω^)「一人で、ですかお? どうやって……?」
93 :第4話 ◆azwd/t2EpE :2006/12/14(木) 23:10:34.20 ID:bziz/s6i0
(´・ω・`)「俺が訓練用に整えた部屋がある。そこを使うんだ。
     効率が良いとは言えないが、アルファベットは触れているだけでも意味がある。
     とにかくアルファベットを振るうんだ。少しでも早くレベルアップするんだ。
     東塔は今、人材不足が深刻だ……お前には期待しているぞ、ブーン」

 期待している、と言われて、嬉しくないはずがなかった。

 体が軽くなった気分で、訓練用の部屋に入る。中はやはり広い。
 訓練用に使っていると思われるアルファベットがいくつも並べられているのが、まず目に付いた。
 どれも使い込まれて汚れている。
 他は、体を鍛えるためのものと思われる道具が雑多に転がっていて、お世辞にも整理されているとは言えなかった。
 一見した限りでは用途の分からないものも多くある。

(´・ω・`)「散らかってるが、まぁ気にしないでくれ。
     さてブーン……初めてアルファベットを振るうお前に相応しいのは、これだろうな」

 そう言ってショボンが指差したものの用途が、全く思い当たらなかった。
 風のない部屋で、吐息だけで揺れるような、不安定さ。
 この、天井に吊り下げられた、一枚の紙に、何の意味があるのだろうか。

(;^ω^)「……これを、どう使うんですかお?」

(´・ω・`)「切ればいい。それだけだ。
     ただし、簡単ではない。刃で不安定な紙を切ろうと思ったら、かなりのスピードが要る。
     無心でアルファベットを振り抜け。これが切れるようになるまで、とにかく頑張れ」

 そして、ショボンは訓練室から出て行った。
97 :第4話 ◆azwd/t2EpE :2006/12/14(木) 23:13:18.77 ID:bziz/s6i0
 ひらひら揺れる紙を前に、しばらく呆然と立ち尽くしていたが、とにかくやってみようという気になった。
 アルファベットを右手で握り、力を込める。肘くらいの高さにある紙に向かって、腕を振った。
 風圧で更に揺れる紙は、切り込みすら入らない。
 もう一度アルファベットを横に払って、真っ二つに裂こうとするも、やはり風で揺れてしまう。
 刃が到達する前に、紙が逃げてしまうのだ。
 その隙を与えないほど素早く刃を向けなければ、紙を切ることは叶わない。

(;^ω^)(これは……かなり時間がかかりそうだお……)

 その後も、息が切れ、腕が痛くなるまで振り続けたが、遂に紙が切れることはなかった。

 日付が変わる頃になって、ショボンが訓練室を覗きに来て、声をかけてくれた。
 諦めずに頑張れ、と励まされ、やる気は出たが希望は見えなかった。


 次の日も、その次の日も、夜になるとショボンの部屋を訪ねて訓練を重ねた。
 しかし、一向に切れる気配はない。
 朝や昼、夜までも新兵訓練で時間が費やされ、その後に自主訓練。
 疲労に満たされた体は、明らかにキレを失っていた。

(´・ω・`)「無理はするなよ。自分の限界を知るのも大切なことだ。
     体を壊してしまっては元も子もない。どこまでやるかは、自分で決めろ」

 ショボンは基本的に奔放主義だった。
 恐らく、自主性を重んじているのだろう。ただ、個人を優先させる、ということではないようだ。
 団結力が戦争で大事になる、と考えている大将なのはよく知っている。
100 :第4話 ◆azwd/t2EpE :2006/12/14(木) 23:16:25.19 ID:bziz/s6i0
 夜、日付が変わる頃になるとショボンが様子を見に来て、大体そこで訓練を終える。
 部屋に戻って泥のように眠り、朝を迎えたら他の新兵たちと一緒に訓練。
 アルファベットを使った訓練が主だが、使っているのはAだ。
 自惚れているわけではないが、退屈だと感じることもあった。

 アルファベットに慣れるための訓練だけで一日が過ぎるわけではなかった。
 まずは屯田。戦争で重要になる兵糧は、農民だけに任せるのではなく、平和時には兵も地を耕す。
 足腰を鍛えるのにも効果があると言われ、半信半疑だったが、翌日の筋肉痛でその効果を実感した。

 そして、乗馬。
 これが悩みの種だった。馬を、上手く扱えないのだ。

(;^ω^)「馬が合わないお」

('A`)「まさに言葉通りだな……」

 ドクオは馬の扱いが上手かった。
 乗りこなす姿が様になっている。羨望すら抱いた。

('A`)「俺、騎兵になろうかな。
   騎馬隊は軍全体の中核だし、ショボンさんの近衛騎兵隊に入れる可能性もあるし……」

(;^ω^)「うぅ……ブーンも騎兵になりたいお……」

 ショボンが率いる近衛騎兵隊は、ヴィップ国の中でも最強の一軍と言われている。
 選りすぐりの五百が、一つの獣となって、敵の枢軸を打ち抜く。誰もが憧れる軍隊だ。
 その五百に入りたい、と思うのは当然だった。
107 :第4話 ◆azwd/t2EpE :2006/12/14(木) 23:20:08.71 ID:bziz/s6i0
 この馬の訓練は、西塔の新兵と一緒だ。
 早くも東と西の間にライバル意識が芽生え始め、互いに負けたくないという空気が出ている。
 特に西塔は、ラウンジ戦が近い。二日後には、第一軍が北に向かう。
 そのせいか、西塔の新兵はピリピリしていた。

 新兵は戦争に伴わないそうだが、輸送業務などで後方支援に当たるという。
 緊張するのも当然だろうな、とドクオが呟いていた。


 馬や屯田以外では、戦略や戦術の勉強もあった。
 ただ命令に従うのではなく、自分でも考える。そのためには、知識が必要だ、と教えられた。
 しかし勉強は苦手だった。頭に上手く入らないのだ。
 書物室などで勉強すべきかも知れないが、時間がなかった。自由な時間は、アルファベットの訓練に充てている。

 紙は、まだ切れなかった。
 訓練を始めてからもう一ヶ月になる。しかし、いまだに紙はただ揺らめくだけだ。
 才能がないのではないか、と問いたくなるときもあった。

 ショボンはいつも励ましてくれるが、その言葉に焦りが込められているのではないか、と疑ってしまう。
 期待に応えたい、というプレッシャーもあった。

 それから更に数日過ぎた頃、ショボンがいつもより早く訓練室に顔を出した。
 息が切れて、少し休んでいたときだった。

(´・ω・`)「……まぁ、そう落ち込むなよ」

 落ち込んでいるわけではなかった。単に、疲れているだけだ。
 今は、放っておいてほしい気分だった。
114 :第4話 ◆azwd/t2EpE :2006/12/14(木) 23:23:28.21 ID:bziz/s6i0
(´・ω・`)「最初にも言ったが、この紙を切るのは難しい。
     モララー=アブレイユという中将がいる。お前と同じように、新兵テストで注目された奴だ。
     そいつも、この紙を切るのには一ヶ月近くかかった。それが五年で中将だ。
     ブーン、お前も同じように」

(;^ω^)「ブーンは一ヶ月以上かかってますお……しかも、まだ切れてませんお。
     このままなら、一年かかるかも知れませんお!」

(´・ω・`)「それはない。何度も言うが、お前は並の才じゃない。いきなりEを握れたんだぞ?
     ……しかし、俺が何度もそう言ってしまったせいで、プレッシャーをかけてしまったかも知れないと、今は反省している」

 ショボンが、軽く頭を下げる仕草を見せた。
 単に下を見ただけかも知れない、と思えるくらい微妙な動作だった。

 しかしショボンの口調は、しっかりしたものに変わっていた。

(´・ω・`)「ブーン、もっと力を抜け。Eの刃は曲線を描いているんだ。力任せに振るな。
     流れるように……紙を切ることを意識せずに、素早く振ることだけを考えるんだ」

 ショボンの瞳は、優しさに満ちているように見えた。

 自分の中で騒いでいた焦りを、溶かすような言葉。
 自然と体が落ち着いていくのが分かる。

 右腕が、軽い。

( ^ω^)「……やってみますお!」
116 :第4話 ◆azwd/t2EpE :2006/12/14(木) 23:26:07.54 ID:bziz/s6i0
 紙と、向き合った。
 右腕に意識を集中させる。腰の横のアルファベット。それの、到達点を思い描く。
 紙を意識するな。ただ素早く、真横に、払えばいい。

 息が詰まるような、しかし不思議と苦しくない、静寂の後。
 右腕を振り上げ、銀の刃で線を描いた。

 刃の軌跡が、残像として視界に残った。

(´・ω・`)「……そうだ。それでいいんだ」

 何度やっても一つのままだった紙が、二つに別れた。
 その別れを惜しむように、ゆっくりと地面に落ちていく。
 心地よい余韻をじっくり味わうように、紙を見つめていた。

(´・ω・`)「さぁ、もう夜も遅い。今日は部屋に帰って寝たほうがいい」

(*^ω^)「ありがとうございましたお!」

(´・ω・`)「もうしばらくはEで訓練だ。今度、ツンさんに新しいアルファベットを頼んでおくから、それが出来るまではな」

(*^ω^)「よろしくお願いしますお!」

 自分の部屋に戻るまでの道を、小走りで駆けた。
 遂に紙を切った。ショボンの、的確すぎるほどの助言が大きかった。
 この人に、一生ついて行こう、と無心で思える一言だった。
122 :第4話 ◆azwd/t2EpE :2006/12/14(木) 23:30:23.16 ID:bziz/s6i0
 しかし、翌日。
 西塔の兵士たちが、北に向かう、前夜。
 部屋の扉が叩かれる。

 扉を開けた先に居た兵士から、伝えられる、言葉。
 全く想定していなかった、言葉。

 兵士の言い間違いか、聞き間違いだ、と思った。
 そうであってほしかった。

(;^ω^)「……お?」

(;'A`)「なんだよ、それ……どういうことだよ!」

(兵-ロ-)「どういうこと、と言われても、俺は知らん。
     ただ、ジョルジュ大将がそう言っている以上、いかに東塔の人間であろうと、
     従わなきゃならんぞ。ブーン=トロッソ」

 伝言を終えた兵士は、素っ気無くそう言って、立ち去った。

 ドクオと、見合う。二人揃って、言葉が出なかった。
125 :第4話 ◆azwd/t2EpE :2006/12/14(木) 23:33:01.04 ID:bziz/s6i0
 四日後、対ラウンジ軍の本隊を率いてジョルジュ大将が北のハルヒ城に向かう。
 ブーン=トロッソはそれに同行せよ。


 兵士は、そう言った。














 第4話 終わり

     〜to be continued

戻る

inserted by FC2 system