- 816 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 13:31:37
ID:/OgetcPg0
- 【第120話 : End】
――世界暦・535年――
――マドマギ城――
久方ぶりに訪れた城は、昨年の改修で見違えるほど美しくなっていた。
城攻めにあったことこそないものの、重要な役割を担ってきた城で、酷使されつづけてきた。
今までは改修のための時間を取ることさえできなかったのだろう。
およそ一年かかったというが、外壁を見る限りは新たに建てられた城と思ってしまうほどだった。
建物そのものも、少し大きくなったか、と感じた。
ただそれは、長くこの城を目にしていなかったことによる錯覚だろう。
元より全土でも三指に入る規模の城だ。
かつては、オオカミ城と呼ばれており、今でも時折、そう口にしてしまいそうになる。
改名してから六年経つが、いまひとつ自分には馴染んでいないのだ。
( ’ t ’ )(……まぁ、そのうち慣れるかな)
慌しく人が出入りする城に背を向ける。
城下町へは、山の向こう側から姿を現した太陽が中天に昇る頃、到着できるだろう。
"式典"には充分間に合う。
馬を駆って西へ進んだ。
( ’ t ’ )(風は強いが、あまり寒くはないな)
手綱を握り締める手が悴むこともない。
駆けやすかった。
- 833 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 13:34:04
ID:/OgetcPg0
- 正午が近づくにつれ徐々に気温も上がっていく。
ただ、その温かみにありがたさを覚える頃にはもう、城下町に着いてしまっていた。
町は活気に溢れている。
楽しげな笑い声や、明るく客を呼び込む声などが町中から響いているのだ。
式典が行われるとあって近隣の町から人が集まっていることも影響しているのだろうが、それにしても賑やかだった。
( ’ t ’ )「梨をひとつ、いただけますか?」
果物を売り歩いている女性から梨を購入し、そのまま齧り付く。
溢れ出す果汁で口の周りを濡らしてしまったが、その瑞々しさは口中のみならず体中を新鮮さで満たしてくれた。
式典が始まるまでは、あと半刻。
広場への道は既に人で埋まっており、皆の歩みもなかなか進まない。
それでも何とか、式典の開始時間には広場へ到着できた。
軽装ながらも武器を携えた兵士が壇を囲んでいる。
また、既に壇上には、見覚えのある顔もあった。
しかし、皆が待っている人物はまだ広場の奥にいるようだ。
陽が高くなったことと人が集まっていることで、寒さはほとんど感じなくなっていた。
民の顔にも笑みがある。ただ、これは気温だけが原因ではないだろう。
心待ちにしているのだ、誰しもが。壇に上がるべき人物を。
思い返してみれば、この数年で民の暮らしは劇的に改善されつつある。
積極的な税制と法の整備、改革が着々と進行しているのだ。
まだ整いきっていない部分もあるが、誰しもが未来に期待している状態だった。
- 845 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 13:37:08
ID:/OgetcPg0
- 最初は、戦場に立っていた印象が強いためか、民政の手腕を疑問視する向きもあった。
ただそれも、今となっては古い話だ。
まだ評価するには尚早すぎるかもしれないが、治世者としては充分、と言ってよかった。
( ’ t ’ )(……僕ごときが評価していい相手じゃないかな)
自虐気味な自分の呟きには、苦笑するしかなかった。
しばらく広場は民衆の声で騒がしかったが、式典の開始を告げる鉦の音で誰もが口を閉じた。
続いて太鼓が鳴り響き、それから数十人の女性たちによる二胡の演奏が始まった。
美しい音色の心地よさに四半刻ほど身を委ねる。
名残惜しくも演奏が終わったあとは盛大な拍手が広場を包んだ。
そして、その拍手が鳴り止む頃、登壇した男。
( ^ω^)「皆さん、今日はお集まりいただきありがとうございますお」
ヴィップ国の皇帝、ブーン=トロッソ。
全土を統べる為政者だ。
- 874 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 13:39:45
ID:/OgetcPg0
- ブーンの登場で再び、式典の場は拍手の音に包まれる。
( ^ω^)「本日で、ヴィップ国が天下を得てから七年の時が経ちましたお」
( ^ω^)「その間、皆さんには土地や税などで様々なご迷惑をお掛けし、誠に申し訳ありませんでしたお」
ブーンが深々と頭を下げる。
誰かから非難の声が飛ぶことはない。
( ^ω^)「でも先般、やっと法の権力に関する制度改革が終わって、司法と立法を行政から切り離すことができましたお」
( ^ω^)「権力分立したことによる弊害を最小限に抑え、今後は国と皆さんの未来を正しく素早く作り上げていきたいですお」
また、広場は拍手喝采となった。
その後も、各地の城を小さな政府として扱い、ヴィップ城を中央政府とする構想などがブーンの口から明かされた。
今はあらゆる判断がヴィップ城にいる政務官に委ねられており、意思決定まで時間がかかることが問題視されていたのだ。
そのため、地方に意思決定権を持たせることで、民の要望にも素早く応えられるよう制度を改革していくという。
ヴィップが天下を統一してからしばらくは、まず領土の整理に忙殺されていた。
ラウンジの土地は広大だったのだ。安定させるだけでも三年はかかっただろうか。
それからブーンはずっと法の権力分立に注力していたようだ。結実した今は晴れやかな気持ちだろう。
真っ先に法の権力について改革するというブーンの選択は、間違っていない、と感じていた。
国家の基本はやはり、法だ。
法が治めなければ、国は成り立たなくなってしまう。
( ^ω^)「地方政府に関しては、それぞれの長を配する予定ですお」
( ^ω^)「基本的には中央政府の政務官。ただ、各地方の事情を知悉している人が望ましいですお」
( ^ω^)「また登用の案内も各地に出しますお。是非、皆さんの力を貸していただきたいですお」
惜しみない拍手が送られる。
こうやって雇用の機会を随所で増やしていることも、ブーンの政治の特徴と言えた。
- 884 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 13:42:37
ID:/OgetcPg0
- 地方政府が成るということは、地方政府を守る者も必要になるということだ。
昔、アルファベットを握って戦っていた兵が挙って応募することだろう。
武器も必要になるため、かつてアルファベット職人だった者の需要も拡大する。
天下統一後は、治安の維持を目的として各地で警邏隊の大幅な増強が図られた。
かつて軍に属していた者は、既に多くがそちらに流れている。
時間はかかったが、警邏隊から漏れた者も慣れ親しんだ仕事に戻ることができるはずだ。
( ^ω^)「懸案事項だった地域ごとの住民税の税率決定に関しても、いずれは地方政府に引き継ぎますお」
( ^ω^)「その他、各地域に即した制度の制定に役立つようにしたいですお」
( ^ω^)「あとは……」
(;^ω^)「……何だったかお」
広場から笑い声が溢れた。
時折、抜けたところを見せるのがブーンの魅力でもある。
昔からそうだったという。
話すべきことを思い出したブーンがその後も語り続ける。
聞きやすい口調で、聞きやすい言葉で、民に声を向ける。
その声に、民は耳を傾ける。
七年前、かつてヴィップの皇帝だったアラマキは、天下が統一されたあと間もなく亡くなった。
眠るように、しかし、全ての役目を果たし終えたような充実した表情だったという。
アラマキの後を継いで皇帝となったブーンは、人としての性質はアラマキに似ていた。
柔和で、親しみのある人柄。だからこそ、人々も素直に言葉を受け入れるのだ。
嘘がない、偽りがないのが肌で分かるからこそ。
- 891 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 13:44:21
ID:/OgetcPg0
- ( ^ω^)「まだまだ、成すべきことは多いですお。歩みを止めるわけにはいきませんお」
( ^ω^)「自分たちは、これからも国を前進させるべく努力していく所存ですお」
( ^ω^)「それだけは間違いなく、今この場でお約束できますお」
( ^ω^)「――――誰よりも、この国を愛する者として」
冬の寒さを忘れさせてくれるような温風が、身を撫でた。
思わず、鼻腔から取り込んで肺を満たしたくなるような、風が。
( ^ω^)「自分からは、以上ですお」
惜しみない拍手に手を振って応えるブーン。
民からの信頼は、今も絶大。恐らく、今後も変わらないだろう。
ただ――――
( ’ t ’ )(……はっきりとは、分からないけど)
引っかかっていることは、ある。
ブーンの後に登壇したのはロマネスクだった。
今は財政を担当しており、国家運営になくてはならない存在だ。
生真面目で妥協を許さないロマネスクの性格は、財務管理に適当と言えた。
その人事の決断もブーンは早かった。
ヴィップが天下を統一したあと、一年ほどは全ての決定権をブーンが持っていた。
しかし、それから徐々に権利を委譲しはじめたのだ。
- 915 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 13:48:19
ID:/OgetcPg0
- 全てブーンの判断を仰ぐのでは拙速だ。
そう考えれば、財務や法務などをモララー、ロマネスクといった男たちに任せたことは最善の判断だっただろう。
しかし、ブーンは更に権力の分割を進めようとしている。
( ’ t ’ )(そこが引っかかっているんだけど……)
適材適所という言葉もある。
あらゆる仕事をこなせる男がいつも居るとは限らないのだ。
ある分野に特化させた人材を発掘し、登用したほうが国の発展にも繋がるだろう。
だが、このままではブーンは何の権力も持たなくなってしまう。
それは、過去のヴィップへの回帰だ。
アラマキは権威しかなかった。権力は持っていなかった。
ブーンもそういう存在になろうとしているのか。
そうだという気もする。
違うという気もする。
自分が考えたところで詮無い話だ。
分かっていても考えたくなるのは、かつて国に携わっていた男の性分か。
それとも、ヴィップの民として将来を憂えているのか。
( ’ t ’ )(……自分のことさえ分からないんじゃ、皇帝の考えてることが分かるわけないな)
苦笑して、式典の場から離れた。
街は相変わらず活気に満ちている。
戦が終わって平和になったことは大きいのだろうが、やはり、ヴィップの善政が奏功しているのだと思えた。
- 921 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 13:49:46
ID:/OgetcPg0
- かつてラウンジの将として戦った自分でもそう感じているのだ。
民は尚更だろう。
( ’ t ’ )(もし……ラウンジが、天下を……)
考えようとして、やめた。
どうなっていたかなど、今更考えたところでどうにもならない。
クラウンはもういない。
ショボンも、もういない。
自分もただの流浪人でしかないのだ。
街から離れ、馬に跨る。
風に身を任せて駆けたいような気分だった。
いや、むしろ、風に溶け込んでしまいたかったのか。
ただ、行き先ははっきりしていた。
郊外にある、広大な墓地だ。
( ’ t ’ )(……誰も居ないか?)
馬から降りて、細い野道を歩く。
刈られたばかりなのか、草は一定の長さになっており、道を塞ぐことはない。
ところ狭しと並べられた墓は形が不均一で、豪華なものもあれば、質素なものもある。
造形が凝っていたり、やたら巨大だったりする墓は、かつてオオカミに関わっていた者が多いようだ。
暗愚な王として知られ、不摂生が起因の病で没したフィラッド=ウルフの墓もある。
ただ、本人がオオカミ時代に作らせていた、無駄に絢爛な墓は何度も墓荒らしに遭い、最後には墓ごと盗まれたという。
今は平民と比べても質素な墓に変わったというが、無論、そんなフィラッドの墓参りに訪れたわけではない。
かつてオオカミの将だった男に会いに来たわけでもない。
- 928 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 13:51:24
ID:/OgetcPg0
- 広大な墓地の端にある、真四角で飾り気のない墓。
これが、アルタイムの墓だった。
( ’ t ’ )(お久しぶりです)
花を供えて手を合わせる。
生年が書かれているだけの墓で、名がないため、他の誰かがアルタイムの墓と気付くことはない。
自分が勝手に、この地に建てた墓だからだ。
アルタイムの正式な墓は、かつてラウンジ城と呼ばれていたフラクタル城の近くにある。
わざわざここにも建てたのは、アルタイムが討たれた場所はかつてオオカミ領だった何処かではないか、と思ったからだ。
何故そう思ったのか自分でも分からない。
アルタイムは、あるときを境に突然姿を消しており、そもそも討たれたのかどうかさえ不明だ。
現在、戦史を編纂する作業が歴史家によって進められているが、アルタイムの最後は明確に記述できないという。
病死したのだろうか。
あるいは、戦に嫌気が差し、下野してどこかで長閑に暮らしているのだろうか。
そんな議論もあるようだが、自分には分かる。
アルタイムは、戦いのなかで最後を迎えたのだと。
どこまでも軍人だった。
しかし、武に生きる一面もあった。
自分とは違う。下野は決してありえない。
病没は、可能性としてはあるが、誰にも知られていないとなると謎が残る。
ひっそりと、誰かと戦って、討たれたのだ。
推測だが、確信に近かった。
- 935 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 13:52:57
ID:/OgetcPg0
- 誰と戦ったのかも察しはついている。
ただ、相手は誰でも良かった。
アルタイムが、戦いのなかで果てられたことにだけ、素直に感謝したい。
討たれた場所がオオカミ領だったどこか、というのはただの勘だ。
詳細な場所は自分も全く見当がつかない。
自分が察しているとおりならば、一騎打ちの相手も既にこの世にいないため、永遠に分からないままだろう。
それでも良かった。
そもそも、アルタイムの墓を建てたのも自己満足に近いのだ。
身勝手であることは自覚していたが、自分だけが知る墓がここにあるという事実は、落ち着きを与えてくれた。
( ’ t ’ )(……ラウンジが滅んで、七年が過ぎました)
( ’ t ’ )(早いものですね)
語りかけるも、当然、言葉は返ってこない。
ベルの墓に参るときも、そうだ。勝手に言葉を投げかけている。
しかし、耳に響くのは精々、風声くらいのものだった。
( ’ t ’ )(横暴な支配国ニューソクに対抗する形で建国されたラウンジ……)
( ’ t ’ )(ベル大将が地盤を固め、形を作り、大国となりました)
( ’ t ’ )(……死去してからは、自分と、そしてアルタイム大将で国を発展させていきましたが……)
( ’ t ’ )(いや……お互い、反省ばかりの日々でしたね)
今でも、ラウンジに属していた頃のことを、ありありと思い出せる。
ベルがショボンとの戦いに敗れ、アルタイムが大将となってからは、ずっと二人で戦ってきた。
あらゆる決断を、二人で下してきた。
- 939 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 13:54:18
ID:/OgetcPg0
- しかし、ベルの穴は埋めがたく、領土は漸減する一方。
ジョルジュを打ち破ってギフト城を奪取した戦もあったが、ほとんどは負け戦だった。
特に、病を押して出陣したミルナに完膚なきまでに打ちのめされ、フェイト城を奪われた戦は今でも思い出す度に心がざわめく。
無論、二人だけで戦ったわけではなかった。
ベルから伝えられた知恵と経験は武器となり、その息子ファルロも主戦として活躍してくれた。
諸将の名を挙げれば切りがない。しかし、国の中心は常に自分とアルタイムだった。
苦しいことのほうが多かった。
敗北の悔しさから体調を崩したこともあった。
それでも、今にして思えば、自分の人生で最も満ち足りた日々だった。
葛藤する毎日の中で確かに成長していた。
人として、男として、戦を通じなければ得られないものを得た。
アルファベットを握り締めることで、強くなれたのだ。
( ’ t ’ )(入軍する前の自分なら、こんな風に放浪することもきっとできなかったでしょう)
( ’ t ’ )(国軍のなかで、苦しみながらも戦うことで……成長できたのだと思います)
ベル、ファルロ、そしてアルタイム。
それぞれと生きる日々のなかで、生き抜く力を得ることができた。
感謝してもしきれない。
伝えきる言葉がない。
それでも、伝えようとして何度も墓の前に立っていた。
アルタイムはもしかしたら、呆れているかもしれないな、とは思っていた。
時には優しく見守り、時には厳しく叱咤してくれたアルタイムだった。
- 946 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 13:55:51
ID:/OgetcPg0
- ( ’ t ’ )(また来ます)
軽く頭を下げて、爪先の方向を変えた。
穏やかな風が肌を撫で、髪を弄ぶ。
その風を吸い込んで肺を満たすと、自分までもが穏やかな心持ちになれた気がした。
( ’ t ’ )(……ん?)
自分がこの墓場に入ってきたとき、人影は見えなかった。
しかし、いつの間にか誰かが墓の前で手を合わせている。
黒い髪が風に靡いていた。
女性だった。
( ’ t ’ )(……あの墓は、確か……)
瞼が開かれる。
自分のほうへと、女性の視線が向く。
言葉が投げかけられることはない。
頭を下げ、踵を返して出口へと向かっていった。
自分のことを知っていて、頭を下げたのだろうか。
分からない。ただ、誰の墓の前で合掌していたのかは分かる。
あれは確か、オオカミでいずれ国王になるはずだった、ディアッド=ウルフの墓だ。
( ’ t ’ )「…………」
聞いた話によれば、オオカミ滅亡の際、最後まで国を守ろうとして抗ったという。
祖父リアッドに似て英明であり、君主としての資質は充分。
アルファベットの才にも優れていたとのことだ。
彼を討ち取ったのは、現ヴィップ皇帝である、ブーン=トロッソだった。
- 953 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 13:58:04
ID:/OgetcPg0
- ( ’ t ’ )(……そうだよな、自分だけじゃないよな)
戦の傷が癒えきっていないのは、自分だけではない。
目に見える形で、あるいは見えない形で、存在しているのだ。
戦いようもない相手と戦っているのだ。
それでも、生きてゆかなければならない。
人生とは、そういうものなのだろう。
遠ざかる彼女の背中に向けて、頭を下げる。
やがて姿が見えなくなってから、自分も墓地の出口へと向かった。
――ギフト城――
戦火に晒され、痛んでいた城壁もようやく補修が終わった。
幾度となくヴィップとラウンジの間で支配権が移り変わり、酷使されてきたが、これからは美しい状態を保てるだろう。
(=“ω“)「フサギコ長官、第三応接室に報告書などを集めてあります」
ミ,,゚Д゚彡「あぁ、分かった」
促されて、城内へと足を踏み入れる。
ギフト城は全土のほぼ中心に位置しており、流通の要となっている城だ。
人の出入りは激しく、誰しもが慌しそうに駆け回っている。
- 958 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 13:59:58
ID:/OgetcPg0
- ミ,,゚Д゚彡「相変わらず賑わってんなぁ」
(=“ω“)「ギフト城の周辺の開発が進んでいます。出店許可を貰いに来る商人が多いのです」
ミ,,゚Д゚彡「流通の中心で、こんだけ人が多けりゃ儲けも期待できるってわけか」
(=“ω“)「はい。ここはピエロ川もトーエー川も近いですし」
ミ,,゚Д゚彡「川の近くが栄えるのは、まぁいつでも一緒だな」
ギフト城で政務を束ねる立場にあるビヨウの案内で、第三応接室へと足を踏み入れた。
かつては軍議室だったため、自分も何度か入ったことのある部屋だ。
中央の円卓には書類が積まれていた。
ミ,,゚Д゚彡「まずこれは……計画書か」
(=“ω“)「はい。ここから北東へ五十里ほどのところに、町を作ろうという計画が上がっています」
ミ,,゚Д゚彡「かなりピエロ川に近いな」
(=“ω“)「ピエロ川で獲れた魚を、新鮮な内に出す店が多く集まる予定です」
ミ,,゚Д゚彡「地盤は大丈夫か?」
(=“ω“)「調査済みです。それに関する報告書はこちらに」
ミ,,゚Д゚彡「ふむ……」
町を新たに作るという動きは全土で広まっている。
候補として上がる地は、主に戦場として使われていたところだ。
今までは軍が圧力を掛けていたため、人が住める状態にはなっていなかった。
- 965 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 14:01:44
ID:/OgetcPg0
- ミ,,゚Д゚彡「住みたがる民は……まぁ、けっこういるだろうな」
(=“ω“)「はい。元々、嘆願書を受けての計画ですから」
ミ,,゚Д゚彡「開発にかかる時間は、三年か」
(=“ω“)「そうですね、それくらいで町として成り立つと思います」
ミ,,゚Д゚彡「まぁ、一度ヴィップ城に持ち帰る必要があるな。認可は下せると思うが」
(=“ω“)「よろしくお願いします」
ミ,,゚Д゚彡「そのうち地方政府でこういうのも認可できるようになると思うが……」
(=“ω“)「そうすれば町の開発も早く進みますね」
ミ,,゚Д゚彡「ただ、正しい判断を下せる能力を持った人間が、今よりもっと必要になる」
(=“ω“)「はい。登用する側の目も大事ですね」
ミ,,゚Д゚彡「育てるほうの能力も、だな」
(=“ω“)「まだまだ休まるときはありませんね、フサギコ長官」
ミ,,゚Д゚彡「全くだ。ヴィップが天下を統一してからの七年、ずっと全力で環境整備に当たってきたが、さすがに疲れちまった」
- 970 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 14:03:32
ID:/OgetcPg0
- (=“ω“)「これからは後継者を育てるほうに注力していかなければなりませんね」
ミ,,゚Д゚彡「あぁ。そういった意味じゃ、お前みたいなやつが出てきてくれたのは助かる」
(=“ω“)「いえ、私などは未熟で」
ミ,,゚Д゚彡「いや、さすがにあのイヨウ=クライスラーの息子なだけあるよ、お前は」
特徴的な二本の髭が揺れる。
目は母親に似たようだが、他は父親の特徴を受け継いでいるように思えた。
特に、穏やかな性格と全く釣り合わない巨躯は、まるで父親を見ているようだ。
ミ,,゚Д゚彡「民政に関しちゃ親父さんより上かもな」
(=“ω“)「しかし、父の武勇には遠く及びません」
ミ,,゚Д゚彡「あぁ、確かに親父さんのアルファベットは凄かったよ。ちょっと酒癖悪くて、失敗とかしてたけどな」
(;“ω“)「実はそこが遺伝しているようなのですが……」
ミ,,;゚Д゚彡「おいおい、そうなのかよ。取り返しのつかない失敗は勘弁してくれよ」
(=“ω“)「寝る前に少し飲む程度にしています。仕事には差し支えない範囲で……」
ミ,,゚Д゚彡「酒が強いっつったらフィレンクト少尉だったな、一緒に飲んだことねーけど」
- 978 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 14:05:07
ID:/OgetcPg0
- (=“ω“)「今、ダカーポ城で息子のリレンクトが働いていますね」
ミ,,゚Д゚彡「本当か!? 初耳だぞ、それ」
(=“ω“)「私も最近まで存じませんでした。最初は小さな役場で働いていて、そこから城に入ったようです」
ミ,,゚Д゚彡「何にせよ面白い報せだ。こりゃブーンに教えてやらねぇと」
(=“ω“)「親友だったそうですね、ブーン皇帝とフィレンクト氏は」
ミ,,゚Д゚彡「あぁ。きっとブーンが大喜びするぞ、この報せは」
フィレンクト=ミッドガルドは、決して武に優れる男ではなかった。
ただ、常に冷静さを失わずに適切な行動が取れたため、知能面での活躍が光る男だったという。
所属する塔が違っていたため、一緒に戦ったことはない。
しかし、あのジョルジュが唯一、ショボンが裏切る前に全ての考えを打ち明けた相手だ。
腕を失って軍を去るところだった、という特殊な事情はあるものの、その知性をジョルジュも評価していたということだろう。
ミ,,゚Д゚彡「フィレンクト少尉のおかげで、今のブーンがある。感謝してもしきれねぇよ」
(=“ω“)「ショボン=ルージアルが裏切った際のことですね」
ミ,,゚Д゚彡「あぁ。あの人が身を挺してブーンを守ってくれたんだ」
(=“ω“)「フィレンクト氏とショボンの一騎打ちも、好戦だったと言われていますね」
ミ,,゚Д゚彡「実際に見た人は少ないんだけどな。ずっと超えられなかったJの壁も、最後の最後で超えたらしいし」
(=“ω“)「アルファベットJでZに立ち向かった、その一騎打ちがあったからこそ、今のヴィップもあるのですね」
ミ,,゚Д゚彡「あぁ、きっとそうだ」
- 984 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 14:06:33
ID:/OgetcPg0
- 無論、フィレンクトだけではない。
かつて、ブーンがイヨウと共に戦い、敵城を奪った戦もあった。
将校になった直後、イヨウを助けるために奮戦したブーンの戦い様は、武将としての在り方を形成する一部となっただろう。
誰しもが国のために戦った。
ひとつひとつの積み重ねで、今のヴィップという国があるのだ。
(=“ω“)「ブーン皇帝は、主要な城を回っているところですか?」
ミ,,゚Д゚彡「そうだな。今はマドマギ城だろう」
(=“ω“)「フラクタル城に向かう途中で、ギフト城にも寄ってくださると嬉しいのですが」
ミ,,゚Д゚彡「なんか仰ぎたい意思でもあんのか?」
(=“ω“)「いえ、単純にお会いしたいだけです」
ブーンは主にヴィップ城で仕事に忙殺されている。
地方を巡る機会は年に一回あるかないかだ。
皇帝を一目見たい、と思う者は多い。
皇帝になっても、昔と変わらない、親しみやすい人柄だ。
だからこそ民にも役人にも好かれる。
ブーンが皇帝ならば、きっと明るい未来が待っていると、誰もが期待しているのだ。
急速に進む改革が、比較的無理なく受け入れられているのも、ブーンが全て自分の言葉で説明するからだろう。
ブーンの存在は、今も昔も大きい。
- 990 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 14:08:15
ID:/OgetcPg0
- ミ,,゚Д゚彡「まぁ、相変わらず元気にやってくれてるよ、ブーンは」
(=“ω“)「あまりにも多忙すぎるのではと、僭越ながら心配してしまいますが……」
ミ,,゚Д゚彡「ヴィップ城じゃモララーとロマネスクが中心になって頑張ってる。少しでも負担を減らそうとして」
(=“ω“)「私たちも全力で補佐しなければなりませんね」
ミ,,゚Д゚彡「そうだな。まぁ、地方政府ができればちょっとは仕事も軽くなるだろう」
(=“ω“)「しかし、それを成立させるのもまた大変ですね」
ミ,,゚Д゚彡「ヴィップの未来のためだ。俺たちが頑張らねぇと、後の世代はもっと大変なことになっちまう」
(=“ω“)「はい。重々、承知しております」
ミ,,゚Д゚彡「基盤をしっかり固めねぇとな」
軽く笑うと、呼応するようにビヨウも口元を緩めた。
頬の動きに合わせて、二本の髭が上下に揺れる。
ミ,,゚Д゚彡「さ、片付けるぞ」
積み重ねられた書類に手を伸ばす。
ひとつひとつを確かめ、不明瞭な点は全てビヨウに確認しながら進めた。
ミ,,゚Д゚彡「この人口調査報告書、増減の割合が……」
(=“ω“)「北西の森の生態調査は区画分けして……」
その後、全ての書類を確認し終えてから第三応接室を後にする。
ビヨウは多忙な日々を送っているはずだが、疲れを見せずに詳細を説明してくれた。
- 2
名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 14:10:37
ID:/OgetcPg0
- ミ,,゚Д゚彡(まぁ、まだ若いからな)
自分の五十一という年齢を思い出して苦笑する。
若い頃は、五十路の自分というものを想像さえできなかった。
体力的にも気力的にも、衰えを実感している日々だ。
ただ、国のために働きたいという気持ちだけは変わっていない。
ミ,,゚Д゚彡「帰ってきたぞ」
自分に宛がわれた部屋に戻った。
それほど広くはないが、充分だ。
扉を閉めるとすぐ、足音が近づいてきた。
(*゚ー゚)「お帰り!」
ミ,,゚Д゚彡「あぁ、ただいま」
何年経っても、まるで無邪気な子供のようだ。
外見もほとんど変わっていない。まだ十代、とビヨウに言ったら本気で信じていた。
それほど若く見えるのだ。
(*゚ー゚)「ご飯! できてる!」
ミ,,゚Д゚彡「おぉ、悪いな。食材はどうしたんだ?」
(*゚ー゚)「外で買ってきたの! 安かったよ!」
買い物は、恐らく誰かが付き添ってくれたのだろう。
ギフト城には初めて連れて来た。一人で買い物ができるとは思えない。
- 19
名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 14:13:17
ID:/OgetcPg0
- (*゚ー゚)「このお城からの景色もねー、なんか凄いの。フサギコくんも見た?」
ミ,,゚Д゚彡「あぁ。遠くにパニポニ城が見えるよな」
(*゚ー゚)「あのお城も行ってみたい!」
ミ,,゚Д゚彡「そのうち行く機会もあるさ。次はまた北に行かなきゃなんねぇから、しばらく後になるが」
(*゚ー゚)「次はどこー?」
ミ,,゚Д゚彡「リリカル城だ。隣城だよ」
(*゚ー゚)「楽しみ!」
ミ,,゚Д゚彡「俺も久々だから、楽しみにしてるところだ」
こうやって、各地を巡る出張の旅の際は、必ずしぃを伴っていた。
長くヴィップ城で生活していたため、他の地方をほとんど知らないのだ。
一緒に行きたい、と無邪気な笑顔で言われると、断ることなどできるはずがなかった。
髪を切り、髭を剃り、ギコになりきってしぃに言葉を掛けたことがあった。
あれは、ショボンが裏切った直後のことだった。
弟のふりをした兄だと、しぃは気付いただろうか。
確認したことはなかった。しぃも、気付いた素振りは見せていない。
あの後、しぃはヴィップが天下を統一するまでずっと、自室で大人しくしていた。
ただ、戦が終わってから、何故か自分との距離を縮めてきたのだ。
一度もギコを騙ってはいない。しぃも、ギコの名を口にすることはなかった。
- 24
名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 14:15:23
ID:/OgetcPg0
- 愛を語らったこともない。
しぃは、ただ無邪気に近づいてくるだけだ。
ギコに対しても同じ様子だったのかどうかは分からない。
自分は、しぃに対して、憐憫の情を抱いているのだろうか。
それとも、弟に対する不義理を償うつもりで接しているのだろうか。
あるいは、もっと別の感情を持っているのだろうか。
自分の気持ちさえ、分からない。
しかし、ただひとつだけ確実なことがある。
しぃと過ごす今の日常が、満ち足りているということだ。
ミ,,゚Д゚彡「美味いな」
(*゚ー゚)「それ上手に焼けたの! 美味しいでしょ!」
ミ,,゚Д゚彡「あぁ、焦げ目がいい感じで……」
しぃとの関係を聞かれても、上手くは説明できないだろう。
それでいいのだ。ただ、充実しているという事実さえあれば。
他には、何も必要ないのだ。
ミ,,゚Д゚彡「……しぃ」
(*゚ー゚)「なーにー?」
食事を終え、食器を洗うしぃの背中に声を掛ける。
しぃは振り返らないまま反応した。
- 27
名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 14:16:55
ID:/OgetcPg0
- ミ,,゚Д゚彡「……すまん、なんでもない」
(*゚ー゚)「えー? そういうのやだ!」
ミ,,゚Д゚彡「いや、ホントに何でもないんだ。ただ……」
(*゚ー゚)「んー?」
ミ,,゚Д゚彡「……ありがとう、って……言いたくて……」
しぃが、首だけをこちらに向けた。
いつもと変わらない、笑顔だった。
(*゚ー゚)「鳥さんがね、飛んでたの」
また、しぃは手元に視線を戻す。
背中から声が聞こえる。
(*゚ー゚)「私は、その鳥さんが何色なのか、分からなくて……なんだろうって思ってたの」
(*゚ー゚)「ちゃんとした色は、今でも分かんない。でもね、本当の色じゃないかもしれないけど、私には"そう"見えたんだ」
(*゚ー゚)「その鳥さん、空とおんなじ色に見えたんだ」
- 31
名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 14:18:47
ID:/OgetcPg0
- いつ、見た鳥なのか。
どこで、見た鳥なのか。
全く分からない。しかし、聞く必要はなさそうだ。
(*゚ー゚)「本当のこと、分かんなくても、私がそう思ってるから、それでいいの」
(*゚ー゚)「それで、いいんだ」
また、笑顔。
春を待つ花さえ一気に咲かせてしまいそうな。
ありがとう。
再び、呟いた。
ずっと、守ってみせるから。
その言葉は、口にしないまま、しかし"二人"に向けて。
心の中だけで、呟いた。
- 35
名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 14:20:50
ID:/OgetcPg0
- ――ハルヒ城・近郊――
鋭い刃が風を裂く。
幾重にも重なった音を聞くと、新たな風さえ生み出しそうに思えた。
百人を一塊とした部隊が、足並みを揃えて駆け出した。
半里ほど進んだところで、受身を取るようにして草原に転がり、再び起き上がる。
武器を構え、四方八方を全て警戒させたところで鉦を鳴らした。
<ヽ`∀´>「悪くないニダよ」
剣を鞘に収めるよう促した。
精悍な顔つきでこちらを見てくる。皆、まだ二十にも満たない男たちだ。
覇気が漲っている。悪くないのは、動きだけでもないらしい。
<ヽ`∀´>「とにかく統率を乱しちゃ駄目ニダ。小さく固まって動くことが大事ニダよ」
全員から一斉に声が返ってくる。
統率の大切さを今さら説く必要などなかったのかもしれない。
[ ゚ ト゚>「ニダー長官」
<ヽ`∀´>「ん?」
[ ゚ ト゚>「剣術の指導をお願いできませんか?」
かつてヴィップで将校だったフィレンクトほどの背丈がある。
鋭い双眸を光らせた、まだ二十に満たないであろう男。
熱心に筋肉を鍛えているのは体を見れば分かる。
- 38
名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 14:21:58
ID:/OgetcPg0
- <ヽ`∀´>「集団で動く調練は不満ニカ?」
[ ゚ ト゚>「いえ、決してそうではありません。統率なき部隊は潰走あるのみです」
<ヽ`∀´>「ニダニダ」
[ ゚ ト゚>「ただ、最後は刃が必要になります」
<ヽ`∀´>「そのとおりニダね」
気概は肌に伝わってくる。
こういう男は、嫌いではなかった。
[ ゚ ト゚>「剣術に優れていなければ、適切な部隊行動も無に帰する。それを、私は恐れます」
<ヽ`∀´>「そういう正直なところ、いいと思うニダ」
<ヽ`∀´>「――――だからこそ、ウリは真面目にやるニダ」
そう言って拾い上げる。
男は、何の冗談か、とでも言いたげだった。
<ヽ`∀´>「"そんな木の棒で戦うつもりか"って思ってるニカ?」
自分の腕の長さ程度。
それでも、少し長すぎたか、と思ったくらいだ。
- 42
名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 14:23:14
ID:/OgetcPg0
- [ ゚ ト゚>「……刃と棒では、勝負になりません」
<ヽ`∀´>「名前は?」
[ ゚ ト゚>「ステイン=ファンペルシー」
<ヽ`∀´>「ステイン、これが切っ掛けとなって、更に向上心を持ってくれることを願うニダ」
剣を構えていたステインに、一瞬で接近する。
ステインは咄嗟に剣を突き出してきたが、刃の側面を叩いて受け流し、手の甲を打った。
手から零れ落ちた剣の柄を握り、切っ先を喉元に向ける。
[;゚ ト゚>「ッ……!」
<ヽ`∀´>「もっと強くなるニダよ、ステイン」
剣を下ろし、返そうとして柄をステインに向けたが、呆然としてしまっている。
いや、どうやらステインのみならず、他の九十九人も一緒らしい。
<ヽ`∀´>「みんなの人生はまだまだ長いニダ。鍛錬する時間はたくさんあるニダよ」
<ヽ`∀´>「ウリだって最初からここまで戦えたわけじゃないニダ。強くなりたいと願い、訓練したからこそニダ」
今年で五十五になった。
それでも、毎日の鍛錬は欠かしたことがない。
今でも強くありたいと思うからこそだ。
<ヽ`∀´>「向上心さえ失わなきゃもっと強くなれるニダよ。それには、国を守りたいと思うことが大切で――――」
[;゚ ト゚>「…………」
<;`∀´>「……いつまで呆けてるニカ」
いったん全員を地面に座らせ、落ち着かせた。
体つきはいいが、みな精神的に未熟なのだ。
- 45
名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 14:24:29
ID:/OgetcPg0
- <ヽ`∀´>「これでもウリはアルファベットでTまでいった男ニダよ。全員を同時に相手しても多分勝てちゃうニダ」
[ ゚ ト゚>「そう思います……正直、戦う前は、"木の棒相手に負けるはずがない"とさえ思っていたのですが……」
<ヽ`∀´>「その気概自体は、悪いことじゃないニダね」
[ ゚ ト゚>「しかし、実際に戦ってみると、あまりに次元が違いすぎて……何が起きたのか全く分かりませんでした」
<ヽ`∀´>「ちなみに、ウリを相手に同じようなことをできちゃうのが、他ならぬブーン=トロッソ皇帝ニダよ」
全員、絶句して固まった。
多少大袈裟な言い回しになったが、恐らく、自分も木の棒を持ったブーンには勝てないだろう。
[;゚ ト゚>「誓います」
<ヽ`∀´>「ん?」
[;゚ ト゚>「一生、ブーン皇帝に逆らわないことを」
<ヽ`∀´>「ウェーハハハ、それが賢明ニダ」
調練を終えた後、ハルヒ城に戻って昼食を摂った。
昔は守将として長期滞在したこともある城だ。勝手は知っている。
かつて居室として使っていた部屋は、位の高い出張者が過ごすために普段は空けているらしく、自分も使わせてもらうことができた。
<ヽ`∀´>「やっぱこの部屋は落ち着くニダ、ホルホルホルホル」
久方ぶりのハルヒ城だが、やはりいい城だ。
何度もヒグラシ城と小競り合いを繰り広げるうちに、過ごしやすいよう城内が改修されたおかげだろう。
階段が多く、階層の行き交いが容易い。食堂と浴場も各層に設けられている。他の城にはあまりない特徴だ。
- 51
名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 14:25:45
ID:/OgetcPg0
- <ヽ`∀´>「これが報告書ニダね」
[´・)Д・`]「はい」
フィレルト=ラノッキアという、この男にハルヒ城の防衛は一任している。
見た目は鈍重そうだが、実戦になると動きは機敏だ。
かつては国軍でアルファベットを扱っていた。Jの壁も超えていたという。
<ヽ`∀´>「ま、大丈夫そうニダね」
[´・)Д・`]「も、もう全てに目を通されたのですか?」
<ヽ`∀´>「速読できなきゃやってらんないニダよ、防衛長官なんて」
毎日、数を覚えられないほどの報告書を見なければならないのだ。
一つ一つに時間をかけていては、一日が何十刻あろうとも仕事が終わらない。
[´・)Д・`]「調練はいかがでしたか?」
<ヽ`∀´>「まぁまぁニダね。不満も満足もないニダ」
[´・)Д・`]「そうですか……もっと厳しくやります」
<ヽ`∀´>「あんまり厳しくしすぎると、訓練のための訓練になりがちニダ。ちゃんと実戦を見据えるニダよ」
[´・)Д・`]「は、はい」
<ヽ`∀´>「そういう意味じゃ、戦うことの恐怖ってのもちゃんと教えておくべきニダね。無謀は命取りニダ」
[´・)Д・`]「調練で何かあったのですか?」
<ヽ`∀´>「剣術指導を願い出てきたステインって兵を、ちょっと打ちのめしてみたニダよ」
- 54
名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 14:27:14
ID:/OgetcPg0
- [´・)Д・`]「ステインですか……才能は間違いなくある男です」
<ヽ`∀´>「そう思うニダ。でも、彼我の実力差を分かってなかったみたいニダ」
[´・)Д・`]「それは……」
仕方のないことではある。
ステインは、アルファベットを知らない世代の兵だ。
つまり戦場を経験していない。人を、斬ったことがないのだ。
[´・)Д・`]「もし戦場でニダー長官ほどの相手と戦ったら、討たれてしまいます」
<ヽ`∀´>「特に今は、アルファベットがなくなって相手との実力差が分かりにくくなったニダ」
[´・)Д・`]「はい。ですから、強者と戦うときは数的優位に立てと教えているのですが……」
<ヽ`∀´>「まぁ、今の実力じゃ絶対に勝てない相手もいるってこと、きっと分かってくれたニダ」
[´・)Д・`]「それが切っ掛けで、更に強くなってくれればいいのですが」
<ヽ`∀´>「ニダニダ、ウリもそう思うニダ」
[´・)Д・`]「本当にありがたいことです。ニダー長官が直々に調練してくださるとは」
<ヽ`∀´>「国防の頂点が調練の指揮を執る。それで上がる士気もあると思うからこそニダよ」
[´・)Д・`]「兵のほうは、前日から緊張で眠れなかったそうですが……」
<;`∀´>「アイゴー、じゃあ今度から抜き打ちで来るニダ」
[;´・)Д・]「そ、それは勘弁してください。毎日眠れなくなります」
普段はヴィップ城で防衛長官として、国防を統括している。
しかし、非定期的にこうやって各地の城を訪れ、兵の練度を確認することもあった。
- 58
名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 14:28:45
ID:/OgetcPg0
- 極端に動きが悪ければ雷を落とすこともある。
ウエルベール城の兵が全く部隊行動を理解していないのを目の当たりにしたときは、全兵を呼び集めて厳しく叱責した。
それ以来、各地では"天災よりも怖い"と言われていると聞き、苦笑するより他なかった。
[´・)Д・`]「次はどちらへ?」
<ヽ`∀´>「ヒグラシ城ニダよ」
[´・)Д・`]「防衛担当のアルティントップは今ごろ汗だくでしょうね……」
<ヽ`∀´>「程よい緊張感を持って、日々の鍛錬に励んでほしいニダ」
ヴィップが天下を統一してから、七年。
世界は、平和を得た。
それでも、国防を疎かにしてはならない。
謀反が起きる可能性がある。海から外敵がやってくる可能性もある。
有事の際には確実に国を守りきらなければならないのだ。
実際、ヴィップがラウンジを滅ぼした後は、元ラウンジの兵による叛乱が何度か起きた。
その際、ブーンの代わりに制圧の指揮を執ったのは自分だ。
苦戦することもあったが、無事に全てを鎮圧し、それからずっと防衛長官の任に就いている。
<ヽ`∀´>(ま、民政よりこっちのほうがウリには向いてるニダ)
フィレルトが退出した後は身支度を整え、足早に部屋を出た。
今日は、夕方から暇を貰っているのだ。
<ヽ`∀´>「明日の昼には戻るニダ」
補佐官に伝え、城外に出る。
すれ違う人々は皆、会釈していってくれた。
民からの信頼を得られていると実感できる瞬間だ。
- 62
名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 14:30:39
ID:/OgetcPg0
- 馬に跨って東へ駆ける。
ハルヒ城からそれほど遠くはない場所へと向かった。
途中から山に入る必要があるため、到着には六刻ほど要する見込みだ。
単独行動の際は必ず剣を佩くようにしていた。
しかし、誰かに狙われたことはない。
これもヴィップの国政が安定しているおかげだろう。
<ヽ`∀´>(ホントにみんな、頑張ってくれてるニダね〜)
国政を統括するブーンはもちろん、各長官たちも国を発展させるべく汗水を垂らしている。
自分の役割は、どちらかといえば補佐に近いかもしれない。
だが、皆が安心して国政に取り組めるよう国を守るのも、重要な役目であることは間違いないのだ。
<ヽ`∀´>「ふぅ……」
山に入り、馬を曳きながら歩いて、二刻が過ぎた。
既に陽は姿を隠している。
しかし、夜の寒さを感じ始めた頃にようやく、村に着いた。
ハングル村。
自分が、生まれ育った故郷だ。
<ヽ` г´>「ニダー、お帰り」
<ヽ`∀´>「アボジ。待っててくれたニカ」
村の入り口に立っていたのは父だった。
この日に帰省することを前もって伝えていたため、待っていてくれたようだ。
- 70
名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 14:32:22
ID:/OgetcPg0
- <ヽ` г´>「村のみんなには秘密にしてあるよ。お前が帰ってくると皆が大はしゃぎだからな」
<ヽ`∀´>「明日になったら、みんなにも挨拶しにいくニダ」
<ヽ` г´>「あぁ、そうしてやってくれ。きっと喜ぶ」
<ヽ`∀´>「今日はゆっくり休ませてもらうニダ」
それほど大きな村ではない。
昨年の人口調査では、確か千人に満たない住民数だった。
しかし、過疎化には歯止めがかかっている。
家に入ったあとは、すぐ庭に向かった。
母が眠る墓に手を合わせるためだ。
<ヽ`∀´>「帰ってきたニダよ、オモニ」
母が好きだった無窮花を墓に供えた。
喜んでくれているだろうか。
<ヽ` г´>「夕飯はできているよ、ニダー」
<ヽ`∀´>「カムサハムニダ」
母の居ない食卓を囲むようになって、三年が過ぎた。
今でこそ悲しみも薄れつつあるが、当時は仕事も手につかなくなるほど辛い思いをした。
自分を、国軍に入れるほどの体に育ててくれたのは、貧しい家庭を遣り繰りしてくれた母だったのだ。
<ヽ` г´>「ニヨンの具合はどうなんだ?」
食卓には、タットリタンやタッカンマリが並べられていた。
自分の前に置かれたカルグクスは、父があまり好んでいないものだ。
息子が帰省すると知って、わざわざ調達してくれたのだろう。
- 73
名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 14:33:57
ID:/OgetcPg0
- <ヽ`∀´>「もうほとんど大丈夫ニダよ。無理させたくないから今回はヴィップ城に置いてきたニダ」
<ヽ` г´>「久しぶりに会いたかったが……」
<ヽ`∀´>「またいつでも会えるニダよ」
帰省の際はいつも、嫁のニヨンと息子のニカーを伴っていた。
ただ、今回はニヨンが軽度の肺炎を患ってしまったため、連れてくることができなかったのだ。
<ヽ` г´>「ニカーは看病で残ったのか?」
<ヽ`∀´>「そうニダ。頼もしい限りニダよ」
<ヽ` г´>「ニカーは……六歳になったんだったか」
<ヽ`∀´>「結婚してから一年後に生まれたニダ。だからまだ五歳ニダよ」
<ヽ` г´>「おぉ、そうだったな。結婚したのが、ヴィップの天下統一直後だったな」
<ヽ`∀´>「まぁ、ニヨンは結婚の前からずっとウリの部屋にいたから、ウリにとってはもう十年ぐらい経ってる気分ニダ」
ラウンジと戦っている間は、誰かを側に置く気にはなれなかった。
中将ニダー=ラングラーに擦り寄ってくる女は星の数ほど居たが、関係を持っても一晩限りだったのだ。
正室にも側室にもできない、と言うと女は皆、諦めて部屋から出て行った。
それでも、諦めなかったのがニヨンだ
彼女の若さと美しさは、壮年期に入っている自分にはもったいない、とさえ思った。
しかし、出自を確かめて分かったことだが、彼女は同郷だった。
この村は、ニヨンにとっても故郷だったのだ。
- 75
名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 14:35:08
ID:/OgetcPg0
- 村の英雄である中将に憧れて村を出た。
だから、絶対に諦められない。
何ヶ月も、いや、何年もそう食い下がられては、断りきれなかった。
娶るのは、ヴィップが天下を統一したら。
そういう前提で部屋に置き続けた。
気立ても良く、やはり自分に相応しくないのではないか、と考えたこともあった。
しかし、尽くしてくれる彼女を幸せにしてやりたい、といつしか思うようになった。
<ヽ`∀´>「こんなオッサンのこと好きになってくれたんだから、ホントにありがたいニダよ」
<ヽ` г´>「ニヨンは、いい娘だ。欲がほとんどない」
<ヽ`∀´>「もうちょっと欲を持ってもいいくらいニダ。お金を渡すと全部生活費に回しちゃうニダよ」
ニヨンも、多少の贅沢はしたいだろう。
そう思って、生活費を多めに渡すと、そのぶん豪勢な食事を作ってくれる。
自分のために使っていい、と何度言っても、自分以外のために使うのだ。
<ヽ` г´>「教育も熱心で助かる。ニカーも、いずれは国に携わってほしいものだが」
<ヽ`∀´>「ニカーは旗地が好きみたいニダ。ときどきウリを負かすくらい強くなってるニダよ」
<ヽ` г´>「そういえば、去年来たときも旗地盤を持ってきていたな」
<ヽ`∀´>「ブーン皇帝は旗地を競技化させるつもりニダ。ニカーはそっちの道に進みたがってるニダね」
<ヽ` г´>「まぁ、本人がやりたいことをやるのが一番だな」
<ヽ`∀´>「ニダニダ」
食後に出てきたプンオパンも平らげると、充分に腹は満ちた。
最後はスジョングァをゆっくり啜る。
- 83
名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 14:36:55
ID:/OgetcPg0
- <ヽ`∀´>「仕事はどうニカ?
アボジ」
<ヽ` г´>「順調だな。売れ行きもそうだが、何より仕事そのものが楽しい」
<ヽ`∀´>「自分で創造するのはいいもんニダね」
贋作を作ることを生業にしていたのは、父だけではない。
この村全体の、もはや産業と言っていいくらいの仕事だった。
本来、人を騙すことが目的ではなく、真作を守るために作り始めたものだ。
ただ、世の中には贋作を買い、それを真作と偽って転売する者もいる。
その実情を分かってはいたが、贋作を作らなくてはこの村は存続できなかった。
やめよう、と言った。
自分が、言わなければならないと思ったからだ。
天下統一後、皆を村の中央に呼び寄せ、これからは独自性のある作品を作ろうと呼びかけた。
それでは生活できない、という反発もあったが、自分の私財を投じて支援することで皆が贋作の製作をやめた。
絵も、壷も、何もかも全て自分たちで意匠を考え、輸出するようになった。
無論、最初は受け入れてもらえなかった。
村にこびり付いた贋作の印象は、簡単に拭えるものではなかったのだ。
<ヽ` г´>「この仕事ができているのも、やはりお前のおかげだよ、ニダー」
父のみならず、村の者は皆、異口同音にそう言ってくれる。
確かに、長く中将を務めた男を輩出した村であるという事実は、印象の良化に役立っただろう。
ただ、最後は技術が物を言った。
長く続いた贋作の製作で磨かれた腕は、確かなものだったのだ。
あまり誇れることではない、と思いつつも、いつしか世間にも受け入れられるようになっていった。
- 88
名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 14:38:07
ID:/OgetcPg0
- まだ、波に乗ったとはいえない。
食べていくのがやっと、という村人もいる。
大切なのは、これからも質を落とさずに作りつづけることだ。
そうすれば、いつか軌道に乗るだろう。
<ヽ`∀´>「そろそろ寝るニダ。チュムセヨ、アボジ」
<ヽ` г´>「あぁ、おやすみ。ニダー」
村を出て、自分で作品を売るようになってから、父は方言を喋らなくなった。
周りに影響された、と笑っていたが、どうやらその順応性の高さは父だけが持っているものらしい。
自分は未だ、方言を使い続けている。恐らく、今後も変わらないだろう。
翌朝、自分が帰郷したことを知った村人が次々に家を訪れてきた。
雑談も多いが、今後の生き方を相談されることがほとんどだ。
中には、国を守る兵士になりたいと言ってくる子供もいた。
<ヽ`∀´>「訓練は大事ニダ。でも、ちゃんと家の手伝いをすることと、毎日しっかり食べることはもっと大事ニダよ」
子供が元気な声を返してくれる。
それだけで、ヴィップの行く先は明るいもののように思えた。
昼が近づいた頃、皆に別れを告げた。
これから一旦ハルヒ城に戻り、そのあとヒグラシ城で兵の練度を確かめなければならない。
しかし、その前に訪れておくべき場所があった。
山中の、合同墓地だ。
<ヽ`∀´>「パク、久しぶりニダね」
その墓には、かつての親友が眠っている。
共にこの村から旅立ち、共にヴィップ国軍で戦った、パクという男だ。
- 91
名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 14:40:22
ID:/OgetcPg0
- <ヽ`∀´>「なかなか来れなかったニダね。チェーソンハムニダ」
<ヽ`∀´>「みんなと話してると、いつもこっちに来る時間がなくなっちゃうニダよ」
<ヽ`∀´>「まぁ、そんなこんなでウリは元気にやってるニダ」
パクとの思い出は、ありすぎるほどにある。
幼い頃からよく一緒に遊んだこともそうだが、特に、入軍直後のことは思い出深い。
この村の出身というだけで、周りの兵から差別された。
あまりに理不尽だと思えたが、決して仕返しをせず、二人で黙して耐えた。
ただ、一人では堪えきれなかっただろう。パクが一緒に忍んでくれたおかげだ。
<ヽ`∀´>「あのとき、ハンナバル総大将の存在は大きかったニダね」
<ヽ`∀´>「ハンナバル総大将が助けてくれたこと、将校になってから声をかけてくれたこと……本当に嬉しかったニダ」
<ヽ`∀´>「今、ヴィップの皇帝になっているブーンは、ハンナバル総大将にちょっと似てるニダよ」
<ヽ`∀´>「優しいところとか、ちょっと間が抜けてるところとか……」
<ヽ`∀´>「……芯が強いところとか、ニダ」
不可能を可能にしてくれる。
そんな頼もしさが、ハンナバルにはあった。
同じく、ブーンにもある。
その信頼の底にあるものは、芯の強さなのだ。
二人とも、いかなる状況であっても戦い抜くことができた。
だからこそ、周りは二人を頼った。
頼りすぎてしまった部分もあったのは確かだ。
しかし、二人は頼られれば頼られるほど強くなった。
ハンナバルがヴィップの礎を築けたのも、ブーンがヴィップを天下に導けたのも、根本を辿ると同じところに行き着く。
- 92
名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 14:41:50
ID:/OgetcPg0
- <ヽ`∀´>「ブーン皇帝はこれまでずっと頑張ってくれたニダ。多分、これからも頑張っちゃう人ニダ」
<ヽ`∀´>「ウリは、全力で支えるニダよ。この国を、もっといい国にしてみせるニダ」
<ヽ`∀´>「パクも、そっちで見守っていてほしいニダ」
最後に、手を合わせた。
目を開き、太陽の位置を確認する。
いつしか随分、高いところへと昇っていた。
<ヽ`∀´>「アンニョン、パク」
馬の手綱を曳いて、山の中を歩く。
正午までにはハルヒ城に戻りたいものだ。
国を守る仕事には、大いにやりがいを感じている。
高齢になってから特に、もっと休んでほしいとブーンは気遣ってくれているが、休みたくはないのだ。
国のために働いていたいのだ。
ハンナバルが基盤を作り、ジョルジュがそれを固め、ブーンが天下を掴んだ。
様々な苦労があった。
汗を流し、血を滲ませながら、ようやく天下を得られたのだ。
心で負けるなと、常に両親から教えられてきた。
きっと、その教えを守れたからこそ、今まで生きてこられたのだろう。
ヴィップに貢献することができたのだろう。
そして、これまでずっと、ヴィップに尽くしてきたからこそ。
身が粉になるまでヴィップのために戦いたい。
<ヽ`∀´>「さ、今日もお仕事頑張るニダ」
山を降りて、馬に跨る。
棹立ちになった馬は勢い良く駆け出していく。
今日も、ヴィップを守るべく。
- 97
名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 14:43:23
ID:/OgetcPg0
- ――ヴィップ城――
人差し指と親指を軽く広げた程度の厚みはある。
その申請書を見た瞬間は、軽く嫌気も差したが、一息ついてから精査しはじめた。
アリア城の近くに、十二歳以下の子が通う学校が造られる。
今まで、アリア城の近辺に住む子供は、トナグラ城近郊の町まで通っていたのだ。
ただ、アリア城近郊は山が多く、あまり人が住んでいないため、今までは学校建設の予算が下りていなかった。
戦が終わったことで人口は増加傾向にあり、新たな学校を建設する動きは各地で出ている。
特にここ三年ほどは急増していた。
学校を建てるかどうかを判断するのは環境長官であるフサギコの役目だ。
その後、学校の教育体系や組織などを確認して最終的な認可を出すのが、自分の役割だった。
(´<_` )(初年度は五十六人か……まぁ、思ったより生徒数は多いな)
アリア城から二十里ほど離れたところに町が出来つつある。
初年度から五十人を超える生徒数が確保できたのは、それによるところが大きいようだ。
(´<_` )(教師もちゃんと揃ってる……問題なさそうだな)
手早く申請書を確認していったが、取り立てて問題にすべきところは見当たらない。
明日、念のためもう一度全て読み返してみるが、そのまま判を押すことになりそうだ。
( ´_ゝ`)「おーい、オトジャ」
(´<_` )「ん? どうかしたか、アニジャ」
紙切れをはためかせながら、執務室にアニジャが入ってきた。
手に持っているのは、どうやら手紙のようだ。
- 101 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 14:45:12
ID:/OgetcPg0
- ( ´_ゝ`)「イモジャからだ。元気してるかーって」
(´<_`;)「十日前にも同じ内容の手紙が来てたよな?」
( ´_ゝ`)「心配してくれてるんだ、ありがたいことじゃないか」
(´<_`;)「まぁ、そうだが……」
心配性なところがあるのは昔からだった。
戦時中は、こちらの事情を慮って控えていたようだが、平和になってからは頻繁に手紙を送ってくるようになった。
( ´_ゝ`)「俺が返しておこうか」
(´<_` )「そうしてくれると助かる」
( ´_ゝ`)「んで、今は何してたんだ?」
(´<_` )「あぁ、学校の新設に伴う申請書の確認だよ」
申請書を執務机に置いて立ち上がる。
いつの間にか外は夕闇に染まっていた。
( ´_ゝ`)「大変だな、オトジャ」
(´<_`;)「他人事のように言ってるが、副長官であるアニジャがやってもいい仕事だぞ」
( ´_ゝ`)「いやいや、教育長官がやるのがやっぱり一番だろう」
(´<_`;)「面倒なことから逃げたがってるようにしか見えないんだが……」
そもそも、いま自分が就いている教育長官という役職さえ、本来はアニジャのものになるはずだった。
嫌がって駄々を捏ねたため已むを得ず自分が就任しただけだ。
- 105 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 14:46:51
ID:/OgetcPg0
- ( ´_ゝ`)「俺はオトジャの成長を思って、オトジャに重責を」
(´<_`;)「今さら重責も何もないだろう……」
( ´_ゝ`)「とりあえず飯にしようぜ!
今日はじゃが芋料理だ!」
(´<_`*)「おぉ、ホントか!」
(*´_ゝ`)「じゃが芋揚げ餃子と肉じゃががあったんだ、俺はずっとそわそわしている!」
(´<_`*)「了解だ! 全力で食堂に行くぞ!」
仕事を中断して駆け出す。
二人で食堂に駆け込み、夕食を受け取って席に着いた。
揚げた餃子は軽く噛むだけで小気味の良い音が立つ。
中の芋には大蒜の風味が染み込んでいた。
肉じゃがは玉葱、人参、豚肉と共に煮込まれている。
醤油による味付けは絶妙だった。
半刻もしないうちに全てを平らげ、二人で腹を撫でる。
(´<_` )「ふぅ。やっぱりじゃが芋は最高だな」
( ´_ゝ`)「俺は死ぬまでじゃが芋を愛し続けるぞ」
(´<_` )「ヴィップへの愛に勝るとも劣らないじゃが芋愛。流石だよな俺ら」
食後は蜜柑を二人で食べながら談笑していた。
食堂は政務官たちで賑わっている。
- 113 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 14:48:46
ID:/OgetcPg0
- ( ´_ゝ`)「そういやブーンは今どうしてるんだ?」
(´<_` )「記念式典で各地を回ってる頃だろう」
( ´_ゝ`)「あぁ、俺の代わりにか」
(´<_`;)「いつアニジャが皇帝になったんだ」
( ´_ゝ`)「そういやロマネスクも見かけないな。一緒か?」
(´<_` )「そうらしい。税制改革については自分の口から説明したいようだ」
( ´_ゝ`)「俺の税だけ引き下げてくれたりしないかな」
(´<_`;)「最低すぎるぞアニジャ。実際には給料の分、多めに払っているとはいえ……」
( ´_ゝ`)「しかしみんな頑張ってるよな。天下統一したら少しは休めると思ってたんだが」
(´<_` )「アルファベットの訓練をする必要はなくなったが、国の運営も激務そのものだ」
( ´_ゝ`)「さすがに老体には厳しいものがある」
(´<_`;)「老け込むほどじゃないだろう、まだ」
( ´_ゝ`)「いやいや、俺ももう五十三だしな……そういやオトジャはいくつになったんだ?」
(´<_`;)「同い年に決まっているだろう……双子を何だと思っているんだ?」
昔から変わらない。
アニジャは、少し間が抜けていて、物事を暗い目で見ることがない。
常に明るい未来を期待しているのだ。
双子で、姿形はほぼ一緒だが、性格的には少し違う。
だからこそ均整を保てているのかもしれない、とは思っていた。
- 120 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 14:50:59
ID:/OgetcPg0
- (´<_` )「そういや、教師への免許証の発行が完了したぞ」
( ´_ゝ`)「ん? ってことは、訓示をやらないといけないな」
(´<_` )「今年はアニジャの番だからな」
( ´_ゝ`)「忘れていた。一週間後か?」
(´<_` )「あぁ。ビシっと決めてくれよ」
( ´_ゝ`)「それが終わったら帰省だな」
(´<_` )「そうだな、そろそろハハジャの怒髪が天を衝く頃だ」
( ´_ゝ`)「いつまで経っても元気で、ありがたいことだな、ハハハ」
(´<_`;)「苦笑いしながら言うなよ。まぁ、元気すぎるくらいだけどな」
互いに妻帯しているが、帰省するときはいつもアニジャと二人だった。
そのほうが気楽でいいのだ。昔のように、気兼ねなく家族との時間を過ごせる。
戦時中は、他の誰かとの時間をほとんど取ってやれなかった。
天下が平定された後しばらくも、そうだ。
長年、戦い続けた末に、ようやく平和を得た。
ずっと自由な時間を過ごせるわけではないが、充分、平静を満喫できている。
穏やかな日々といって良かった。
( ´_ゝ`)「ほんと、平和だよなぁ」
時々、自分が考えていたのと同じ意味の言葉を口にすることがアニジャにはある。
やはり双子なのだと、改めて実感するときだった。
- 126 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 14:52:42
ID:/OgetcPg0
- ( ´_ゝ`)「戦場を駆け巡ってた日々が嘘みたいだ」
(´<_` )「嘘みたいな現実を手に入れるために、ずっと頑張っていたんだろう、俺たちは」
( ´_ゝ`)「そうだな。しかし、そのための犠牲も多かった」
(´<_` )「あぁ……俺たちを育ててくれたジョルジュ大将も、もういないしな……」
( ´_ゝ`)「あの人に、この平和を味わってもらいたかった。それが一番の心残りだ」
自分たちを将校に引き上げ、戦場でも重用してくれた。
ジョルジュ=ラダビノードは、天下統一の直前で戦場に散った。
本人は、病の完治と引き換えに寿命を削ったという。
たとえ戦場でショボンに討ち取られていなかったとしても、ヴィップの世で生きることは難しかったかもしれない。
それでも、悔やまれた。
誰よりも長くショボンと戦い、ヴィップを救ってくれた人だからこそ。
あの人に、ヴィップの天下を見てほしかった。
それは、ブーンを始めとする将校たち全員が思っていたことだった。
(´<_` )「散々あれこれ怒られた俺たちこそ、しっかりしなきゃいけないな」
( ´_ゝ`)「あぁ。ジョルジュ大将が安心できるように」
(´<_` )「よし、仕事に戻るとするか」
( ´_ゝ`)「俺も仕事に集中するべく一眠りするぞ!」
(´<_`;)「おい、まだ今日中に片付けないといけない仕事あるんだからな」
- 131 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 14:54:31
ID:/OgetcPg0
- 自分たちが教育を担当することになると、最初は全く想像していなかった。
天下統一の直後は叛乱が度々起きていたため、ニダーとともにそれを制圧するのが主な役目だったのだ。
実質的に補佐官に近い役割だった。
国が安定しはじめてから、ブーンが教育に力を入れる方針を打ち出し、長官には自分が選ばれた。
自分に向いているのかどうか、今でも分からない。
ただ、やりがいは感じていた。
教育は、未来の礎。
それがブーンの言葉だ。
年々、その言葉の重みを実感するようになっていた。
( ´_ゝ`)「皆が子供だった頃、全土はまだ戦火に包まれていた」
( ´_ゝ`)「学校では勉学よりも農作の実習や、木の棒を使った剣術指導などに熱が入っていたと思う」
一週間後。
南東地方で教師免許を交付された者が、ヴィップ城に集まっていた。
( ´_ゝ`)「農作は大切だ。子供のうちから剣術を学ぶのも悪いことじゃない」
( ´_ゝ`)「ただ、今は戦時じゃない。時代に即した教育が必要になるのは分かっていると思う」
( ´_ゝ`)「識字率を上げることも、計算力を養わせることも、戦史を学ぶこともこれからは大事だ」
( ´_ゝ`)「そして、それ以上に大切なことは、この国を愛するようになってもらうことだ」
大広間に集まった教師の数は、二百人以上。
誰も口を開かず、アニジャの言葉に聞き入っている。
- 134 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 14:56:09
ID:/OgetcPg0
- ( ´_ゝ`)「いずれ子供たちはヴィップの将来を担う。そのためにも、懸命に勉強してほしい」
( ´_ゝ`)「しかし、国を愛することができなければ、将来を見据えることもできない。勉強にも身が入らないだろう」
( ´_ゝ`)「愛せる国にできるよう努力するのは政府の役目だ。それに関しては全力で取り組むと誓う」
( ´_ゝ`)「そして君たちは、ヴィップという国のことを、ありのまま子供たちに教えてやってほしい」
( ´_ゝ`)「そうすれば、子供たちは必ずヴィップを愛してくれるようになる。俺はそう確信している」
まだ昇りきっていない太陽の光が、窓から射し込む。
アニジャを、背から輝かせる。
( ´_ゝ`)「教育は、未来の礎だ。他ならぬブーン皇帝が、今後もっとも大事になるのが教育だと口にしている」
( ´_ゝ`)「君たちが担うのは、重責だ。それは時に膝を折らせるほどのものかもしれない」
( ´_ゝ`)「だから決して軽々しい気持ちで取り組まないでほしい。子供たちを未来へ導くのは君たちなのだから」
( ´_ゝ`)「子供たちの笑顔を、ヴィップの明るい未来を、君たちが作り出すのだから」
( ´_ゝ`)「……これからの長い教師人生が、幸多きものであることを祈ろう。訓示は、以上だ」
一斉に、教師から拍手が起きた。
自分も自然と手を叩いている。
普段、間が抜けていることの多いアニジャも、決めるべきところでは決めてくれるのだ。
それも、昔から変わらない。
だからこの兄は頼りになるのだ。
- 137 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 14:57:34
ID:/OgetcPg0
- (;´_ゝ`)「ふぅー。大勢の前で喋ると汗をかく」
(´<_` )「お疲れ、アニジャ」
( ´_ゝ`)「どうだった? 特に問題なさそうか?」
(´<_` )「あぁ」
(´<_` )「……流石だな、としか言いようがない」
( ´_ゝ`)「ん? なんだって、よく聞こえなかった」
(´<_` )「何でもないさ。さぁ、仕事仕事」
(#´_ゝ`)「なんで隠すんだ! さては疾しいことだな!」
(´<_`;)「何故さっきの流れで俺が疾しいことを言わなきゃならんのだ」
(#´_ゝ`)「おーしーえーろー!」
(´<_`;)「時に落ち着けアニジャ、俺の首が猛烈に絞まっている」
アニジャを宥めながら、二人で執務室へと歩を進める。
十歩も歩けば忘れるだろう、と思っていたら五歩で忘れてくれた。
ありがたいが、先ほどの訓示を述べた人物とはまるで別人のようだ。
(´<_` )(しかし、意外とアニジャのほうが教育に向いてるのかもな)
少なくとも自分よりは、と思考に付け足しを加える。
だが、役割としてはやはり副長官が適任だろう。
アニジャが長官でも結局は自分が補佐しつづけることになりそうだからだ。
- 141 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 14:58:59
ID:/OgetcPg0
- (´<_` )「教育は未来の礎、か」
ブーンが語り、アニジャも語った言葉を、口にしてみる。
改めて、重みを感じる言葉だ。
(´<_` )「やっぱ、そうだなぁ」
( ´_ゝ`)「何がだ?」
(´<_`;)「さっき口にしただろう。教育は未来の礎、だよ」
( ´_ゝ`)「あぁ。ブーンが俺たちに何度も言ってくれたよな」
(´<_` )「本当にそのとおりだなって思ったんだ。子供たちが未来を作っていくんだから」
( ´_ゝ`)「そして俺たちは、子供たちが未来に期待できるような国を作っていかなきゃいけない」
(´<_` )「あぁ。後進に襷を渡すのは、それからだな」
( ´_ゝ`)「あと何年やれるか、自分でもよく分からんが」
(´<_` )「自然と身を引くべきときが分かるようになるさ。そういうものだろう」
( ´_ゝ`)「うむ、そうかもしれんな」
(´<_` )「若い頃から全力で駆けてきて、そろそろ体力的にも辛くなってきた。遠くはないだろうな」
- 145 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 15:00:43
ID:/OgetcPg0
- ( ´_ゝ`)「やれるうちに、やれることをやっておかなきゃな」
(´<_` )「同じことを俺も考えていた」
( ´_ゝ`)「流石だよな俺ら」
二人で軽く、笑い合った。
ずっと、戦場に身を置いてきた。
不意なる形でアニジャとの別れが訪れることも、覚悟はしていた。
無事に二人とも戦い抜けたことは、奇跡に近い。
その奇跡に感謝して、これからも二人で生きていこう、と自分のなかでは思っていた。
言葉にして確認したことはないが、アニジャも同じ思いだろう。
これからも、二人で。
そう思えるようになったのも、国が天下を得たからこそだ。
かつて戦場に立った者たち全てに。
そして、天下を掴んでくれたブーン=トロッソに。
感謝して、これからも生きていきたい。
かけがえのない兄と共に。
- 150 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 15:02:45
ID:/OgetcPg0
- ――シュヴァリエ城――
( >ω<)「長官、お茶をどうぞ」
リロートが運んできてくれた緑茶を受け取った。
この地域は全土で最も寒さが厳しい。
体中を温めてくれる緑茶が、ありがたかった。
( ФωФ)「忝い」
仕事にも一息ついた。
緑茶を啜りながら、背凭れに体重を掛ける。
( >ω<)「お疲れでしょうか?」
( ФωФ)「疲れていないとは言えぬ。しかし、特段の問題はない」
( >ω<)「ですが、ここ最近は、税制の調整がずっと続いていますから……」
( ФωФ)「それが我輩の仕事であるよ、リロート」
リロートは、華奢な体を自分で抱き締めるかのように腕を交差させている。
男よりも女のほうが寒さには弱いと聞いたことがあるが、どうやら本当らしい。
( ФωФ)「そこの棚に毛布が入っているである。身を包むと良いである」
(*>ω<)「あ、ありがとうございます!」
あどけない笑顔を見せて、そそくさと毛布を取りに行った。
あの笑顔は、どうやら父から譲り受けたものらしい。
どこか懐かしい気持ちにさせられるのだ。
リロート=フィラデルフィア。
かつてヴィップで将校として活躍した、ビロード=フィラデルフィアの娘だ。
- 159 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 15:04:26
ID:/OgetcPg0
- (*>ω<)「この毛布、あったかいです」
目元は父に似ているが、口元は母に似ている。
少しばかりそそっかしいところは父に通じていた。
( ФωФ)「ここは本当に寒いところであるな」
(;>ω<)「極寒です……」
(;ФωФ)「それは言いすぎと思うが……なかなかヴィップ城では味わえない寒さであることは確かだ」
( >ω<)「でも、これもいい経験です!」
( ФωФ)「うむ。地方の寒さの厳しさを知ることも大事である」
この寒さを身をもって知ることで、地方に割くべき予算も見えてくる。
他者から聞いたり、報告書を読んだりするだけでは分からないことも多いのだ。
( ФωФ)「急な寒さで体調を崩したりせぬよう、留意するであるよ」
( >ω<)「はい! もちろんです!」
( ФωФ)「年末までは休んでいられない状況であるからな」
ヴィップが天下を統一したあと最も忙しかったのは、やはり統一直後だ。
国家は不安定であり、かつてラウンジ領だった地域の税制を把握してヴィップに吸収することが急務だった。
あのとき、皇帝となったブーンはその役目を、すぐさま自分に割り当てた。
自分も手を上げようとしていたのだ。望むところだった。
財政は国家の運営に直結する。責任感のある仕事をやりたいと願っていたのだ。
- 166 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 15:06:32
ID:/OgetcPg0
- 統一直後という激動の期間を乗り越え、しばらくは沈着していた。
ラウンジの広大な領土から税を取るのは想像を絶するほど地道で困難な作業だったが、なんとか乗り切れたのだ。
一度軌道に乗れば、あとはそれほど苦労することもなかった。
再び忙しくなってきたのは、一年ほど前からだ。
漫然と続いてきた税制を抜本的に改革しようという動きが出てきた。
それには自分も賛成だったが、自分が思う以上の速さでブーンは改革を進めようとしていたのだ。
弱音を吐くわけにはいかない。
ブーンの構想についていくことで必死だったが、今のところ、期待に応えられていると自負できる状態だ。
( >ω<)「年末までに安定させようと仰っていた累進課税の税率変更は、今のところ上手く回っていますね」
( ФωФ)「代わりに控除項目を増やしたことが効果覿面だったであるな」
( >ω<)「民にとっては上手くすれば所得を増やしながら納税額を削減できますからね」
( ФωФ)「特に扶養控除は大きい。そのためにはたくさん子供を産んでもらわねばならぬが」
( >ω<)「それはブーン皇帝が唱えていた、出生率向上のための施策なんですよね?」
( ФωФ)「戦を始まる前に比べると人口が減っているである。人口をもっと増やさねばならない状態であるよ」
( >ω<)「今のところは税収も上がってますし、民にも納得してもらえてますし、いい感じです!」
( ФωФ)「無論、そのぶん政府が提供する役務も充実させねばならぬ」
( >ω<)「そうですよね、公共役務を充実させるための増税ですものね」
( ФωФ)「それだけが目的ではないにしろ、民が直接的に恩恵を受けられるのは、やはり公共役務であるな」
- 170 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 15:08:11
ID:/OgetcPg0
- ( >ω<)「公共役務に関してはフサギコ環境長官のお役目ですか?」
( ФωФ)「まぁ、そうであるな。あるいはルシファーか」
( >ω<)「国家運営の医療保険、早く始まってほしいです!
よく風邪を引いちゃうので……」
( ФωФ)「今までお金がなくて医者に診てもらえなかった人たちが、それで助かるようになることを願うばかりである」
医療保険の導入もブーンの肝入りだ。
まだ検討段階で、導入は早くとも五年後になるというが、急速に話は進められている。
検討できる段階に入れたのも、国家の税収が上がったからこそだった。
税収を上げるためには、増税することも大事だが、減税することも大事だ。
あまり税を取りすぎては、人は消費を抑えるようになってしまう。
税にとっての大敵は、黙々と貯蓄されることだ。
取るべきところから取る。
当たり前のことだが、最も難しいことでもあるのだ。
( >ω<)「これ、確か西の山中にある村の納税報告書ですよね?」
( ФωФ)「うむ。あとこっちがフラクタル城の城下町の報告書だ」
( >ω<)「じゃあ、これは私がやっつけちゃいます!」
( ФωФ)「そうしてもらえると助かる。一応、我輩も後で目は通すが」
( >ω<)「報告書確認の練習、練習〜」
報告書を抱え、頭を下げて部屋から退出していった。
僅かに茶色がかった長い髪を揺らしながら。
- 173 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 15:10:19
ID:/OgetcPg0
- ( ФωФ)(仕事熱心で、助かるばかりである)
かつて、国務に携われるのは男だけだった。
城に居る女性といえば、給仕、掃除婦、侍女などで、国家運営に関わることはなかったのだ。
それを撤廃したのもブーンだった。
登用の際の条件に設けたのは、義務教育を完了していることのみ。
後は、登用試験で全てを見極めるよう改革された。
実際には、国務官を目指す女性はまだ少ない。
合格率も高くはない。
しかし、リロートのような才媛も世の中にはいるのだ。
リロートは、縁故ではなく実力で登用試験を通過した。
幼い頃から勉強が好きだったのだという。
女性らしい柔軟さも持っており、今後は国家の中枢を担うことさえ期待されている人材だった。
確かに、今まで男のみを登用対象としてきたことがおかしかったのだ。
アルファベットに関しては、女性ではほとんどまともに扱えないという性質上、仕方のない面があった。
しかし、国家運営に関しては性別だけで差別化する必要などどこにもない。
当然のことだ、と今は思える。
だが、慣習的に続いてきたことを、即座に撤廃できるブーンの決断力は、並ではなかった。
乱世の頃より、治世の今のほうが、ブーンは活躍している。
それは誰にとっても驚きをもって受け止められていたが、今となっては期待しかなかった。
自分などは、ブーンについていくだけで精一杯だ。
それでも、期待以上だとブーンはいつも褒めてくれる。
ありがたい、と思うと同時に、身は引き締まっていた。
- 179 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 15:12:08
ID:/OgetcPg0
- ( ФωФ)(……やはり寒いな、この城は)
夜が更けてきて、寒さは一層、厳しさを増した。
自分も毛布を被り、灯りを消して寝床に潜り込む。
やるべき仕事はまだあるが、喫緊の課題ではない。
年末までに終わらせれば充分だろう。
しかし、翌朝。
(;ФωФ)「ゴホ、ゴホ」
呼吸をするだけで喉が痛む。
頭は重く、体の節々は軋んでいた。
(;>ω<)「風邪だそうです」
(;ФωФ)「であろうな……」
侍医の話によれば、過労で体が弱っていたことと、北部の寒さが原因だという。
情けない話だった。
(;ФωФ)「リロート、フラクタル城にいるブーン皇帝に伝令を遣わせてくれ」
(;>ω<)「病状の報告ですか?」
(;ФωФ)「うむ。すぐに復帰するとも伝えてくれ」
すぐさま伝令が駆けていった。
そしてその伝令が、何故かその日のうちに帰ってきた。
- 183 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 15:13:36
ID:/OgetcPg0
- ( >ω<)「カレイドスコープ城に向かう途中の皇帝と運良く出会えたみたいです」
(;ФωФ)「うむ」
直筆の手紙を渡された。
何故伝言ではないのか、と訝しんだが、どうやらこの衝撃的な内容を字で伝えたかったらしい。
(;ФωФ)「……『完治するまで一切の執務を禁ずる。また、最低でも三日は完全に休養すること』」
(;ФωФ)「『もし守れなかった場合は、厳罰に処す』……」
(;>ω<)「げ、厳罰?」
(;ФωФ)「人が悪いであるな、ブーン皇帝……」
優しい微笑みが透けて見えるような手紙だった。
自分の体調を気遣ってくれたらしい。
手紙の最後には、膨大な量の仕事を押し付けて申し訳ない、とも書いてあった。
自分の仕事の量など、ブーンの半分にも満たない。
そのブーンは体調に人一倍留意して働いているのだ。
ブーンが謝るべきことでは無論なかった。
( >ω<)「見舞いに行けず申し訳ないって、そう言ってこれを渡してくださったそうです」
(;ФωФ)「これは……水仙であるか」
雪のように白い水仙の花。
わざわざ近隣の町で買ってくれたものらしい。
( ФωФ)「……誠に、ありがたいことであるな」
全土を統べる皇帝となっても、細やかな気遣いは昔から変わらない。
だからこそ、皆があの人についていこうと思えるのだ。
支えていこう、と誓えるのだ。
- 190 名前:
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 15:15:41
ID:/OgetcPg0
- 結局、風邪が完治するまでには五日かかった。
体力が落ちて免疫力が弱まっていたせいだという。
その間、代役となったリロートの働きぶりは見事だった。
今は政務官として自分を補佐しているだけだが、いずれは副長官を務めてもらいたいと思ったくらいだ。
自分が思っていた以上の才能には、ただ驚くばかりだった。
しかし、それ以上に自分を驚かせたもの。
それは病に伏している間に、各地から届けられた見舞い品だ。
( ФωФ)「ウエルベール城地方の葉牡丹と三色菫、トナグラ城地方に咲く篝火花……」
( >ω<)「あ、これはダカーポ城のほうの水羊羹ですね。美味しそうです」
( ФωФ)「あとこれは……アリア城地方の鱈であるか。わざわざ塩漬けにしてくれているであるな」
完治後しばらく経っても、南から届く見舞い品があった。
多くは各地の城の長からだが、民間人からの贈り物もある。
過労を心配する手紙が添えられていることも多々あった。
( >ω<)「みんな、ずっと心配だったんですね。働き詰めだったから」
まともな休日など、半年ほど取っていなかった。
五日も休んだのは、入軍以降では全くなかったことだ。
自分以上に頑張っているブーンのことを思うと、弱音は吐けない。
その思いは今もあるが、あまり根を詰めすぎるのも良くはないのだろう。
かつては、疲労が重なったことでアルタイムに討ち取られかけたこともあった。
元よりそれほど体が強いほうではないのかもしれない。
ブーンについていけるよう努力することも大切だが、自分の限界を知るのはもっと大切なことだ。
- 195 名前:
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 15:17:46
ID:/OgetcPg0
- ( ФωФ)「迷惑をかけたであるな、リロート」
(;>ω<)「そんな……私ももっと頑張らなきゃです!」
( ФωФ)「限界は伸びるものである。しかし、今の自分の限界は、知っておくべきであるよ。我輩も痛感したである」
見舞い品を送ってくれた人には、礼状を書いた。
花は飾って、食べ物は胃袋に収める。
病床に伏す前より元気になれた気がした。
そして、送ってもらった花を見て、期するものを感じていた。
( ФωФ)「多忙な日々のなかで、少し、忘れていたであるな」
( >ω<)「何がですか?」
( ФωФ)「夢のことであるよ」
各地から送り届けられた花。
窓辺に彩を与えてくれている。
( ФωФ)「いつか、全土各地を巡ってみたい。それが我輩の夢である」
( ФωФ)「こんな風に、仕事で巡るわけではなく、自由に各地を訪れてみたいのであるよ」
幼い頃、一冊の本を見た。
各地の景色の絵が百枚ほど収められた本だ。
それを見て、途轍もなく高揚したことを今でも覚えている。
アリア城近辺からの海、パニポニ城近辺からの鉱山。
今は無きミーナ城や滅多に訪れることのないエアー城の絵もそこにはあった。
その絵の風景を、いつか自分の目で見てみたい。
幼い頃からずっと抱き続けていた夢だ。
- 203 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 15:21:07
ID:/OgetcPg0
- (*>ω<)「……素敵な夢ですね」
( ФωФ)「そう言ってもらえると、嬉しいのである」
今はまだ無理だろう。
片付けなければならない仕事が、数年先の分まで見えている状態だ。
ブーンにも、最低でもあと十年は国で頑張ってほしいと言われている。
だが、自分にもいつか身を退くべきときは来るのだ。
まだ三十二で、他の長官に比べれば若いが、恐らく五十の頃には国務から退いているだろう。
全土を駆け巡るのは、それからでも遅くはなさそうだ。
( ФωФ)「まぁ、国が本当の安定期に入るまでは、国務に尽力したい所存である」
(*>ω<)「これからもたくさんのこと、教えてください!」
( ФωФ)「うむ。こちらこそよろしくお願いしたい次第であるよ」
後を継ぐ者も少しずつ育ってきている。
引退するときは、安心して道を譲れる状況を作っておきたいものだ。
( ФωФ)「……いい景色であるな」
北に広がる荒野と、遥か遠くに見える広大な海。
白銀に染まっている。
いつかまた、ゆっくりと、この地を訪れよう。
そう誓って、仕事を再開した。
- 207 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 15:23:42
ID:/OgetcPg0
- ――ヴィップ城――
年の暮れが近づいている。
世界暦535年も、あっという間の一年だった。
特に、ヴィップが天下を統一してから、時を早く感じることが多い。
/ ゚、。 /(……年を取ったせいか……)
来年で三十八になると考えれば、一年を早く感じるのも当然かもしれない。
ただ、若い頃よりも仕事の量は増えていた。
(;个△个)「ダイオードさーん!」
またか、とすぐに思ってしまう、ルシファーの声。
今日はもう四度目だ。
(;个△个)「大変です! この書類の書き方が分かんなくて!」
/ ゚、。 /「……許可書? まったく……」
日が落ちて、今日の仕事も終わりだと思っていた頃、部屋に飛び込んできたルシファー。
新たな郵便局の立ち上げに伴う申請の、許可を下す書類を抱えている。
それほど記述すべき欄は多くない書類だ。
- 213 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 15:26:16
ID:/OgetcPg0
- / ゚、。 /「ここ、名前書いて」
(个△个)「はい!」
/ ゚、。 /「ここに判子」
(个△个)「ここ?」
/ ゚、。 /「違う……その上」
(个△个)「おー! なるほど、これで大丈夫ですね!」
/ ゚、。 /「……申請書はちゃんと読んだ?」
(个△个)「それはバッチリですよ!
ローゼン城の近くにできるから、これで郵便の利便性が上がります!」
/ ゚、。 /「それはいいことだけど……」
自分も既に申請書は確認している。
ただ、三年前に認可したネギマ城近くの郵便局が、苦しい経営状態だと聞いていた。
新たに許可するのは躊躇われる状況だ。
/ ゚、。 /「まぁ、ローゼン城の近くだし、大丈夫か……」
(个△个)「はい! うわぁー、早く建ってほしいなぁ〜」
/ ゚、。 /「……それより早く、旗地の競技化」
(个△个)「あ、そうですね! それも進めないと!」
/ ゚、。 /「全土から今、一番期待されてる仕事なんだから……」
大衆娯楽として親しまれてきた旗地を、もっと発展させる。
皇帝であるブーンが、昨年の統一記念式典で発表したことだ。
- 217 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 15:29:11
ID:/OgetcPg0
- 税収は年々増加しており、国家予算にようやく余裕が出始めてきた。
だからこそ成し遂げられることだと言える。
/ ゚、。 /「財政が好調でようやく、予算的な見通しが立ったんだし……早くしないと」
(个△个)「ロマネスクは凄いですよね、税収ガンガン上がってます!」
/ ゚、。 /「民の不満を最小限に抑えて税収上げてるんだからホントに凄い……」
(个△个)「同い年とは思えないなぁ〜」
/ ゚、。 /「ホントにね……」
同い年であり、同じく長官でもある。
ロマネスクは財務、ルシファーは総務だ。
境遇こそ似ているものの、長官としての仕事ぶりの評価では差をつけられている状態だ。
今のところ、総務長官ルシファーは、環境長官フサギコの補佐的役割を担っていると言っていい。
本来は、総務のほうが権限は強いが、実際にはフサギコの要請を受けて判を押すだけのことが多いのだ。
総務と環境整備の線引きの曖昧さを問題視する向きもあるが、今のところは上手く回っている。
ただ、ルシファーの不安定さは聊か問題だった。
基本的に、物覚えが良いとは言えず、今日も何度か自分に確認しにきた。
長官が副長官に仕事を教わるのでは笑い話にもならない。
/ ゚、。 /「ルシファーは、もうちょっとしっかりして……」
(;个△个)「いやー、ほんとすみません」
/ ゚、。 /「全く……」
- 219 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 15:31:02
ID:/OgetcPg0
- 全土統一の直後から、ルシファーと共に仕事をしている。
もう七年。ずっと副長官だが、地位に不満はなかった。
長官になりたいと思ったこともない。
ルシファーのことは、決して嫌いではなかった。
素直で、優しい性格。長官の中では最もブーンに似ている。
一緒に食事を摂ると、他の誰かといるより料理を美味しく感じるのだ。
ただ、政務上での細かい失敗が未だに減らないのは不満だった。
成長しているのかどうか、一緒にいる自分でさえよく分からないのだ。
(个△个)「えーっと……旗地の競技化はまず各地に協会を立ち上げないとですよね」
/ ゚、。 /「まぁ、そうだろうね……」
(个△个)「全土を区画分けして……五個くらいかな。各地の棋士たちは協会に棋士登録する」
(个△个)「毎年、春から秋にかけて各地で総当り戦をやって、各地の上位者だけを集めて冬にまた総当たり戦」
(个△个)「その総当たり戦での上位者が勝ち残り戦をやる。それでその年の最強棋士を決める」
(个△个)「……試合の形態はだいたいこんな感じでいいですかね?」
/ ゚、。;/「……ま、まぁ、一回検討会しないといけないとは思うけど……」
(个△个)「検討会は有識者を集めてやりましょう。できればブーン皇帝にも参加してもらって」
(个△个)「前に規則改正があったときは強い人たちが集まって何となくやったみたいなので、その人たちも呼んで……」
- 222 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 15:33:05
ID:/OgetcPg0
- (个△个)「観客をたくさん動員できる会場作りも必要ですよね。一番いいのはやっぱり城かな?」
(个△个)「対戦があるときは会場に商人を呼んで食べ物とか売ってもらえば、商人も潤いますよね。場所代はちゃんと貰いますけど」
(个△个)「商人に協会の後援者になってもらうのも良さそうですね。商人は『旗地の発展に貢献してる』って言えて印象が良くなりますし」
(个△个)「あとは何か宣伝とかしたい人に、会場に宣伝材を置いてもらって、そこでもまた宣伝料を貰っちゃいましょう」
(个△个)「最初は国費で賄わなきゃいけない部分が多いと思いますけど、軌道に乗ったら旗地協会だけで収益が出るように」
(个△个)「そうすれば棋士に払える給与も多くなって、更に棋士を目指す子供が増えて、人気もどんどん上がる!」
(个△个)「ですよね! ダイオードさん!」
/ ゚、。;/「え? あ、うん……」
細かい失敗は確かに多い。
しかし、行動力と決断力は、他の長官に決して引けを取らない。
あのモララーでさえ、ルシファーの果断さには感心することがあるという。
三年ほど前に、とある町で小さな火事があった。
そのとき、消防団の動きが鈍重で、すぐに火を消し止められずに被害が拡大してしまったのだ。
フサギコはその報せを受けて、すぐさま調査団を派遣した。
しかし、調査団が調査を始めるよりも早く、ルシファーは全土の消防団に厳格な規則統一を通達した。
国による消防団訓練の義務付けや、備品確認の報告義務などを課したのだ。
これまで国の手があまり届いていなかった分野を速やかに整備することに成功していた。
そして、その一年後に再び別の地で起きた火事は、出火直後に消し止められた。
連絡体制が強化されていたことと、消化器具に一切不備がなかったことが、早期消火の要因だったという。
いずれもルシファーによって整備された部分だ。
あの即断にはフサギコも舌を巻いていた。
自分も、ルシファーの指示に従うだけになってしまっていた。
- 224 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 15:35:12
ID:/OgetcPg0
- 今の旗地競技化に関する案も、そうだ。
行動に起こし始めると、早い。決断も迅速だ。
この調子なら、来年中には競技化が成立し、再来年から実際の競技が始まるだろう。
自分が副長官の地位で満足しているのは、積極性に欠ける元来の性格だけが原因ではない。
素養で、ルシファーには敵わないと思うからこそだ。
小さな失敗を重ねる癖が治ることには、期待しないほうがいいのかもしれない。
誰しも、欠点はあるものだ。それこそ自分は、ルシファー以上に欠点だらけだろう。
それでもいい。お互い、補い合うことができれば。
細かい失敗に気付きにくいルシファーと、気付きやすい自分。
塩梅は、ちょうどいいのかもしれない。
もしかしたらブーンは、最初からそれを見抜いていたのだろうか。
/ ゚、。 /「……ブーン皇帝が早く競技化してほしがってるから、迅速に進めないとね……」
(个△个)「ですね! よぉーし、検討会の招集状をバンバン送るぞぉー!」
その後は二人で夕食を摂り、お互い、自室へと戻った。
今日片付けておくべき仕事は既に終わっている。
ゆっくりと本を読んでいたが、不意に思い出したことがあり、ルシファーの部屋へと向かった。
/ ゚、。 /(検討会……全土から集めるならやりやすいとこでやらないと……)
ルシファーもそう考えているかもしれないが、進言しておくに越したことはない。
既に招集状を書き上げていないことを願うばかりだ。
部屋に前まで行き、扉を叩こうとした。
しかし、中から声が聞こえ、思わず手を止める。
/ ゚、。 /(ん……?)
- 229 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 15:36:48
ID:/OgetcPg0
- 耳を欹てた。
どうやら、独り言を喋っているらしい。
(个△个)「ふむふむ、旗地の規則改正要望……弓を二駒まで持てるように戻してほしい?」
(个△个)「そーいや昔は二駒持てたんだっけ。うーん、これは他の人にも聞いてみたほうがいいな〜」
(个△个)「二駒持たせられるようにしたら、騎兵は弓を持てないとか、旗の持ち数を減らすとかして均整取らないと駄目だろうし」
どうやら、民から寄せられた手紙を読んでいるらしい。
本来は補佐官の仕事であり、長官は纏められた資料を読むだけのはずだ。
(个△个)「特殊地形の制限変更も……確かに、一つの特殊地形を三つまでっていうのは僕も不満だ!」
(个△个)「特に川は五つくらいまで置きたい!
そうすれば僕も勝てるのに!」
/ ゚、。;/(いや、他の人も置けるようになるんだから、結局有利不利は変わんないよ……)
(个△个)「えーっと、こっちは……あ、医療保険に関する要望か。これはフサギコさんに全部任せちゃったからな〜」
(个△个)「制度の規模が大きすぎるから、まだかなり時間かかりそうなんだよな〜、しょうがないけど」
(个△个)「血尿で困った僕としても早く始まってほしいところなんだけどな〜」
/ ゚、。;/(そういや最近は血尿大丈夫なのかな……)
(个△个)「うーんと、こっちは郵便局の増設願い……カノン城のほうは確かに足りてないかもな〜」
(个△个)「でもあっちはみんな漁業に行っちゃって、なかなか人材が……」
(个△个)「ローゼン城近くに今度建つ郵便局みたいに、地域で人を集めてくれると楽なんだけど……」
(个△个)「懸案事項として上げておこう……すぐには応えられないかもだけど……ゴメンなさい!」
/ ゚、。;/(手紙に謝ってる……)
- 233 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 15:38:45
ID:/OgetcPg0
- その後、民からの手紙を全て読み切るまでに四刻ほど掛かっていた。
毎日、睡眠時間を削ってこんなことをしていたのか。
できない日もあったはずだが、恐らくは、極力自分で目を通したいと考えているのだろう。
/ ゚、。 /(やっぱ、こういう細かいところで効率悪かったりするんだよな……)
だが、それこそがルシファーなのだ。
頼りたくなるときと、頼りたくないときがある。
不安定さには嘆かされるが、安定してしまってはルシファーでなくなるという気もする。
ある種、ブーンに通ずるところがあるのかもしれない。
以前、ルシファー自身にそう言ったら『恐れ多い』と否定されたが、他の長官たちも同じように感じているのではないか。
きっと、自分がルシファーと仕事を続けられているのも、その人間性が嫌いではないからだろう。
/ ゚、。 /(……こうやって過ごす日々も、まぁ、嫌いじゃないし)
結局、その日はルシファーに声を掛けないまま自室に戻った。
(个△个)「おはようございます!
ダイオードさん!」
翌朝のルシファーはいつもと同じように快活で、明朗だった。
落ち込んでいるところを今まで見たことがない。
何か悪いことがあっても、すぐに切り替えられる要領の良さもあるのだ。
三大国務とされる、法務、財務、総務。
その一角をブーンから託されている理由が、改めて分かった気がした。
/ ゚、。 /「……今日も一日、頑張ろう」
(个△个)「もっちろんです! まずはこの書類の書き方教えてください!」
/ ゚、。;/「……やれやれ」
呆れたり、嘆いたり。
そして、感心したり感嘆したり。
そうやって今日も、平穏な一日が過ぎていく。
- 239 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 15:40:41
ID:/OgetcPg0
- ――ヴィップ城――
窓の外に目を向けると、広漠な原野が北風に揺られているのが見えた。
近年、ヴィップ城の周りの景色も変わりつつあるが、この部屋から見る風景は今のところ昔のままだ。
もう何年もこの城から出ていない。
腕を失い、馬に乗るのは難しくなってしまったためだ。
尤も、城から出るほどの用事はない。
( ・∀・)「これ、全部確認終わったから持ってってくれ」
補佐官にそう告げると、草案書の入った木箱を抱えて退出していった。
最近、金銭を貸与する商人が増加しており、それに伴う悶着も増えているのだ。
特に金利を上手く誤魔化して多額の利子を取ろうとする商人が厄介だった。
当事者間で解決できることならいいが、そうでなければ国が介入することになる。
今は、金銭貸与を法で縛り、国が許可した商人のみ貸与業を営めるように新たな法を作ろうとしているところだ。
同時に、金利にも上限を設けることで揉め事をできる限り減らそうとしていた。
ヴィップが天下を統一してから、七年。
戦時中の苦しみを、そろそろ忘れ始める頃だろう、とは思っていた。
鳴りを潜めていた悪徳商人も、頭を擡げたらしい。
無論、国としては容赦しない。
事を慎重に進める必要はあるが、紛争の火種は早めに消しておかなければならないのだ。
法案が成立次第、無認可の商人の金銭貸与には懲役刑が課されることになる。
審議会を通過するのは年明けになるだろう。
来春の施行を目指していたが、どうやら間に合いそうだ。
その後、審議会の予定表を確認している内に、外から光は消えた。
運ばれてきた夕食を消化し、三つ程の草案を確認したところで執務机から離れる。
- 245 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 15:43:37
ID:/OgetcPg0
- ( ・∀・)「あー疲れた」
休憩用の長椅子に身を投げ出した。
左手を伸ばし、机に積まれた茶菓子を手に取る。
自分が頼まなくとも、従者が常に用意してくれているものだ。
ここは執務室だが、実質的に居室でもある。
他の部屋に移動するのが億劫で、寝床を用意してもらったのだ。
ただ、一時的な休息には、横になれる大きさの長椅子を使っていた。
( ・∀・)「……ん」
執務室の扉が、二度叩かれた。
夜更けの訪問者。
( ・∀・)「入ってきてくれ」
失礼します、と声が聞こえる。
扉が開いた先で、体格のいい男が湯呑みを二つ持っていた。
( ・∀・)「わざわざ茶まで持ってきてくれたのか」
( ̄⊥ ̄)「茶を淹れるのが、好きなもので」
室内に入ってきたファルロが、湯飲みを机に置く。
そして、自分の対面の椅子にゆっくりと腰を下ろした。
( ・∀・)「今日は冷えるな」
( ̄⊥ ̄)「もう、年の暮れですから」
火を焚いているが、充分ではない。
衣服の上から毛布を羽織ってもまだ、体は小刻みに震えた。
- 254 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 15:46:32
ID:/OgetcPg0
- ( ̄⊥ ̄)「今日、私を呼んだ理由は?」
朴訥としていて、あまり表情を変えない。
声調も、感情によって変化することはほとんどないようだ。
( ・∀・)「大したことじゃない。仕事の話じゃないからな」
( ̄⊥ ̄)「仕事以外の話、ですか?」
( ・∀・)「ヴィップが天下を統一して、七年経った」
( ̄⊥ ̄)「……そうですね」
( ・∀・)「一回くらい、そのへんの話題に切り込んでみるのもいいか、と思ったんだ」
左手で湯呑みを掴み、口元に持っていって傾ける。
最初はぎこちなかった左腕での所作にも、随分と慣れた。
( ・∀・)「この七年は、早かったな」
( ̄⊥ ̄)「私には、長く感じました」
( ・∀・)「そこが多分、境遇の違いなんだろうな」
( ̄⊥ ̄)「……釈然としないものを抱え続けているからこそだと思います」
( ・∀・)「ま、そりゃ当然そうだ」
かつてはラウンジの忠臣だった。
事情があるとはいえ、ヴィップの臣下として仕えることに蟠りがないはずがない。
- 256 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 15:48:17
ID:/OgetcPg0
- ( ・∀・)「ブーンとか、俺とか、元将校に対する恨みは、強いか?」
( ̄⊥ ̄)「正直に申しまして、それはありません」
( ・∀・)「なんでだ?」
( ̄⊥ ̄)「お互いに全力を出しきった上での決着でしたから。恨むとすれば、自分の無力さです」
( ・∀・)「なーるほどな」
芯の強さは、父親譲りなのだろう。
敗北の責任を、他人に押し付けない。
だからこそ、ヴィップでの仕事にも力を発揮できているのだろう。
物事の本質が見えているからこそ。
( ・∀・)「お前の働きには感謝してるよ」
( ̄⊥ ̄)「ブーン皇帝にも、そう言っていただきましたが」
( ・∀・)「あぁ、誰よりもブーンが感謝してるだろうな。統一直後の動乱を抑えられたのは、お前の存在が大きい」
元ラウンジの兵の蜂起は、度々起きた。
その都度、ニダーやサスガ兄弟が鎮圧に当たってくれたが、ファルロが向かうだけで鎮まる叛乱もあったのだ。
叛旗を翻すことを思い留まった者もいたことだろう。
( ̄⊥ ̄)「私はただ、ラウンジの民が不当に虐げられることがないかどうかが、不安だっただけです」
( ・∀・)「それでも、最初は自刃を考えてたんだろ?」
( ̄⊥ ̄)「無論、そうです。亡国の将ですから。全土の戦乱の責任を取らねばなりません」
- 263 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 15:50:40
ID:/OgetcPg0
- ( ・∀・)「でも、ブーンが引き止めた」
( ̄⊥ ̄)「無駄な言葉はありませんでした。『ヴィップの民政を監視してほしい』という一言だけです」
( ・∀・)「的確だな」
( ̄⊥ ̄)「下手に言葉を弄されていれば、私はやはり自刃していたと思います」
ファルロは、愚直すぎるまでの軍人だ。
武人然としていた父と、あまり似ていないとも言われている。
仮にベルがファルロの立場だったならば、ヴィップで国務に携わることはなかっただろう。
ファルロの国政入りは、賛否両論だった。
監視者として籍を置くことさえ、ヴィップの民から反発はあったのだ。
一年後、一人での仕事に限界を感じ、有能な副長官を欲したのは自分だった。
できればファルロを、とは思っていたが、さすがに無理だろうと諦めていた。
ただ、ブーンがファルロに直接打診してくれたことで事態は大きく動いたのだ。
当初は難色を示していたファルロも、粘り強く説得されたことで、ようやく受諾してくれた。
あの大国ラウンジで長く国政に関わっていた男なのだ。
力があることは分かっていた。
ただ、実際の副長官としての働きぶりには、舌を巻いたというのが正直なところだ。
ラウンジで民政を手伝っていたとはいえ、元は軍人。
特に、戦場で受ける印象は、それほど峻烈なものではなかった。
しかし、広大な土地を抱えるラウンジには多くの民が居たのだ。
一気に人口が増加する形となったヴィップにとって、ファルロの経験則は非常に有難いものだった。
特に民法の改正には大きく貢献してくれた。
近年、平和が浸透したことで民間の諍いが絶えなくなってきている。
民事も刑事も手は抜けないが、どちらもファルロが草案を手早く纏めてくれるため、拙速にならず対応できているのだ。
- 264 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 15:52:46
ID:/OgetcPg0
- ( ・∀・)「ホント、思い留まってくれて良かった。もしお前が居なかったら、と思うと、ゾっとする」
( ̄⊥ ̄)「……そう言っていただけるのは、ありがたいことですが」
ファルロは、ヴィップのために働いているわけではない。
あくまで、かつてラウンジの民だった者のためなのだ。
それが、敗戦国の将としての責務だと考えているらしい。
やはり、実直な軍人だ。
かつてラウンジで中将だったカルリナとは、そこが違った。
( ・∀・)「そういや、カルリナはどうしてんだ?」
( ̄⊥ ̄)「たまに手紙が来ます。健勝なようです」
( ・∀・)「定住地もなくフラフラしてるって前に言ってた気がするが」
( ̄⊥ ̄)「今は、放浪が趣味のようです」
( ・∀・)「国政を手伝ってくれたらありがたいんだけどな。あいつは治世のほうが活きるだろ」
( ̄⊥ ̄)「そうかもしれません。しかし、ありえないことです」
( ・∀・)「まーな。ショボンがラウンジ入りしたら下野しちまったくらいだし、ヴィップで働くなんて絶対ないだろうな」
( ̄⊥ ̄)「あの人にとって、ラウンジは、父ベルの国でした。だから、ショボンが受け入れられなかったのです」
( ・∀・)「そういうところが、繊細なんだよな。類稀なる才能を持ってたことは間違いないんだが」
( ̄⊥ ̄)「致し方のないことです。皆、戦う理由は様々ですから」
( ・∀・)「あぁ。俺もお前も、そうだな」
( ・∀・)「――――もちろん、国に務める理由も、様々だ」
湯呑みに手を掛けようとしていたファルロの手が、止まった。
細い瞼が、いつもより広めに開く。
- 267 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 15:54:46
ID:/OgetcPg0
- ( ・∀・)「何が聞きたいか、分かるか?」
( ̄⊥ ̄)「……何となく、ですが」
( ・∀・)「ファルロ、お前はいつまでヴィップに留まろうと考えてるんだ?」
かつて、ラウンジの中核を成していた将だ。
忠誠心は強い。クラウンとショボンが居なくなった今もそれは変わっていない。
最初から分かっていた。承知の上で、自分もブーンも、ファルロに国務を頼んでいたのだ。
そして、いずれ居なくなってしまう、ということも。
( ̄⊥ ̄)「……今日、明日、という話にはなりません」
( ・∀・)「明日とか言われたら法務は大混乱だ」
( ̄⊥ ̄)「恐らく、あと三年は」
つまり、終戦から十年。
それを節目にして、ヴィップから去ろうと考えているのか。
( ̄⊥ ̄)「正直、自分でも明確に時期を決めているわけではありません」
( ・∀・)「十年だと切りがいい、とかじゃないってことか」
( ̄⊥ ̄)「はい。ただ、あまり長く続ける気がないのも事実です」
( ・∀・)「ま、それは覚悟の上だったが」
( ̄⊥ ̄)「しかし、ヴィップという国のことが、私は、決して嫌いではないのです」
ファルロの頬に、炎の揺らめきが映った。
薪の爆ぜる音が小さく聞こえる。
- 273 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 15:57:00
ID:/OgetcPg0
- ( ̄⊥ ̄)「ブーン=トロッソは、公平な目を持った皇帝です」
( ・∀・)「そうだな」
( ̄⊥ ̄)「正直、安堵しています。かつてのラウンジの民は、今、平穏に暮らせているのですから」
( ・∀・)「地域を差別することはない。ブーンが最初に打ち出した方針のとおりだ」
( ̄⊥ ̄)「そうは言っても、不安だったのです」
( ・∀・)「ま、そりゃそうだ」
( ̄⊥ ̄)「しかし、今は疑った自分を恥じています」
( ・∀・)「恥じる必要なんかねーよ。監視を依頼したのはブーン自身だ」
( ̄⊥ ̄)「微細な穴も追求するつもりでいました。しかし、自分から言えることは何ひとつとしてなかったのです」
極めて公平な執政。
古くからのヴィップの民に反発されることも厭わず、粛々とブーンは統治を進めた。
監視役として過ごした期間、ファルロは働いた気がしなかっただろう。
( ̄⊥ ̄)「私の心は、今も尚、ラウンジと共にあります」
( ̄⊥ ̄)「ですが、この国は末永く繁栄してほしい。そういう気持ちも、今はあります」
( ̄⊥ ̄)「だから私は、ヴィップの法務に納得いくまでは、この仕事を続けるつもりです」
( ・∀・)「……そうか」
ファルロは有能だが、率直に言ってしまえば、元ラウンジの将である以上、扱いにくかった。
いつまで、どこまで頑張ってくれるのか分からない。
自分も、不安は抱えていたのだ。
- 274 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 15:58:55
ID:/OgetcPg0
- 聞くべきかどうか迷ったが、聞いてみてよかった。
ファルロの本音を、ようやく知ることができた。
( ̄⊥ ̄)「……モララー長官は」
( ・∀・)「ん?」
( ̄⊥ ̄)「長官は、いつまでこの仕事を続けるおつもりですか?」
ファルロが茶菓子に手を伸ばす。
ずっと御欠ばかり食べているようだ。
( ̄⊥ ̄)「正直、私にはモララー長官のほうこそ長く続ける気がないのではないか、と思えます」
( ・∀・)「ははは、鋭いな」
( ̄⊥ ̄)「では、やはり」
( ・∀・)「あぁ。近いうちに辞めようと思ってる」
火の勢いが弱くなったのを察知して、ファルロが暖炉に薪を足した。
いつの間にか、随分と時間が経っていたらしい。
( ・∀・)「ま、こんな体だしな」
( ̄⊥ ̄)「隻腕となって尚、ヴィップに貢献せんとするその姿は、率直に、尊敬の念しかありません」
( ・∀・)「左手一本じゃ辛い仕事であることも確かだ。一人じゃできないことも多いしな」
( ̄⊥ ̄)「それ以外にも、理由が?」
- 279 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 16:01:23
ID:/OgetcPg0
- ( ・∀・)「年が明けたら四十五になる。そろそろ、隠居してもいい歳かと思ってんだ」
( ̄⊥ ̄)「隠居、ですか」
( ・∀・)「平和になったらゆっくりしたい。昔からずっと思ってたことだ」
( ̄⊥ ̄)「正直に申しまして、意外です」
( ・∀・)「そうか? 俺が戦ってた理由はそれだよ。腰が曲がるまでには全土を平定して、ゆっくり茶を啜れる老後を迎えたかったんだ」
( ̄⊥ ̄)「……不思議な人ですね、モララー長官は」
( ・∀・)「たまにブーンもそう言うけどな。別に普通だろ」
( ̄⊥ ̄)「十人十色、ですね」
( ・∀・)「まぁ、他の長官たちに悪いなとは思う。特にニダー長官は、死ぬまで今の仕事をやるつもりらしいし」
( ̄⊥ ̄)「それはそれで、あの人らしいとも言えます」
( ・∀・)「ホント、多種多様だな。でも俺はちょっと、疲れちまった」
( ̄⊥ ̄)「……法務長官の座は、どうなさるおつもりですか?」
- 283 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 16:03:30
ID:/OgetcPg0
- ( ・∀・)「それを悩んでたから、今日、お前を呼び出したんだ」
( ̄⊥ ̄)「私に、長官をやれと」
( ・∀・)「その気があるなら、是非そうしてもらいたい」
( ̄⊥ ̄)「……熟慮させてください」
( ・∀・)「おう。急いでるわけじゃねーんだ。俺だって、あと一年はやるつもりだからな」
( ̄⊥ ̄)「先ほど申し上げましたとおり、私も長く留まるつもりはありません」
( ・∀・)「分かってる。退官するときにちゃんと後継を指名してくれればそれでいい」
( ̄⊥ ̄)「私としては、それは、皇帝にお任せしたいところです」
( ・∀・)「いや、後継指名は長官の最後の仕事だ。そう思っていてくれ」
( ̄⊥ ̄)「……分かりました」
ファルロなら、ヴィップの目とラウンジの目、両方で法を見つめられる。
それは、ヴィップが正しい法治国家として発展していくには不可欠なものだ。
ファルロが法務長官を継いでくれるかどうかは、まだ分からない。
しかし、消去法で選んだわけではないものの、他には候補が見当たらなかったのだ。
自分としては、ファルロに依頼するより他なかった。
- 286 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 16:05:50
ID:/OgetcPg0
- まだ確定したわけではなく、断られれば別の候補を探す必要がある。
ただ、何故か少しだけ、肩の荷が下りた気分だった。
( ・∀・)「お前が淹れてくれた茶、旨いな」
最後の一口を啜り、空になった湯呑みを机に置く。
軽い音が立った。
( ̄⊥ ̄)「こんなもので良ければ、モララー長官の老後も、お茶を淹れに参じます」
( ・∀・)「ははは。そりゃありがたい」
炎の灯りと、月の明かり。
執務室内を照らす光は心許ないが、それでもファルロの表情は確認できる。
戦時中ではありえなかっただろう、と思える表情だ。
確認はできないが、きっと、自分もそうなのだろう。
( ・∀・)「楽しみにしてるよ、ファルロ=リミナリー」
また、薪の爆ぜる音が聞こえた。
ファルロが立ち上がり、薪の置き場へと向かう。
今夜は暖かく眠れそうだ、と思った。
- 290 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 16:07:50
ID:/OgetcPg0
- ――フェイト城近辺の町――
夜に吹く風は、窓を鳴らす音を聞いただけで肌が冷えるような思いだった。
年の暮れに向かうにつれ、気温は日々下がっている。
外から人の声は聞こえない。
もうすぐ日付が変わる頃だ。町は寝静まったらしい。
店内も閑散としている。この時間から客が来ることはないだろう。
最後に退出した客の卓へ行き、器を盆に乗せた。
料理も酒も、存分に楽しんでくれたようだ。
卓上は散らかっているが、全ての器が空になっているのを見るのは気持ちが良かった。
食器を全て水で洗い、棚にしまう。
椅子を卓上に上げて床を掃除しはじめた。
毎日丁寧に掃除しているおかげか、あまり汚れてはいない。
大きな塵は手で拾って袋に入れ、あとは箒で掃けば綺麗になった。
腕のいい箒職人がたまたまこの店を訪れ、料理を気に入ってくれたことで、無償提供してもらったものだ。
一般的な箒に比べると、掃除の効率は段違いだった。
並みの箒とどう違うのか、はっきりとは分からない。
構造だろうか、材質だろうか。どちらであれ、真似できそうもない。
昔は、それを悔しく思う気持ちが強かった。
できないことがあるという、その事実が許せなかった。
今、何も感じなくなったのは、大人になったからだろうか。
それとも、自分の力を誇示すべき相手が、居なくなったからだろうか。
答えを出そうという気は、なかった。
- 304 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 16:11:08
ID:/OgetcPg0
- 床の掃除を終えて、卓上の椅子を元に戻した。
これで、後片付けは全て完了。あとは、店先の看板を下ろすだけだ。
そして、店先へと歩を進めた、そのとき。
( ’ t ’ )「やっぱり、そうだったのか」
不意に、現れた。
元ラウンジ軍中将、カルリナ=ラーラス。
( ’ t ’ )「もう閉めるところか。まぁ、ちょうどいいかな」
( ’ t ’ )「中に入ってもいいか?」
顔を合わせるのは、七年ぶりだ。
それでも、この男の微笑みは、昔から変わらない。
川 ゚ -゚)「……どうぞ」
短くそう言い、看板を下ろしてからカルリナを店内に招き入れた。
川 ゚ -゚)「大したものは、作れませんでしたが」
( ’ t ’ )「いや、すまない。せっかく片付け終えたところを」
川 ゚ -゚)「いえ、私が望んだことですから」
カルリナには席に座ってもらい、厨房で簡単な料理を三品ほど作った。
鶏卵と野菜の炒め物や、焼いた竹輪など。
いずれも、酒の肴にしかならないような料理だ。
- 314 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 16:13:35
ID:/OgetcPg0
- 川 ゚ -゚)「カルリナ様は、お酒は」
( ’ t ’ )「最近は、ほとんど呑んでなかったな。いただくよ」
カルリナが手に持った器に、酒を注ぐ。
一合程度だ。
二人で杯を合わせ、呷った。
私にとっても、酒は久方ぶりだ。
普段、店で呑むことはあまりない。
( ’ t ’ )「いい酒だ」
川 ゚ -゚)「良質な酒蔵を、お客様に教えていただいたもので」
カルリナが空けた杯に、すぐさま酒を注ぎ直す。
決して弱い酒ではないが、カルリナは平然としていた。
( ’ t ’ )「落ち着いた雰囲気の料理屋がある、という話を町の人から聞いた」
( ’ t ’ )「どうやらそのお店は、随分な美人がやっていると」
川 ゚ -゚)「……それだけで、私の店だと思ったのですか?」
( ’ t ’ )「いや、ただの勘だ。しかし、放浪するようになってから、そういう鼻は利くようになった」
川 ゚ -゚)「しかし、ここはかつてオオカミの地でした」
( ’ t ’ )「だからさ。お前が元ラウンジの地に留まっているはずはない、と思っていたんだ」
二杯目を空けても、カルリナの顔は赤らんでいなかった。
箸も進んでいる。口に合わない、ということはなかったようだ。
- 317 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 16:15:45
ID:/OgetcPg0
- 川 ゚ -゚)「……お見通し、なのですね」
( ’ t ’ )「僕も一緒だからさ」
川 ゚ -゚)「カルリナ様も、あまり北には」
( ’ t ’ )「行かないな。特に、ラウンジ城の近くには」
川 ゚ -゚)「アルタイム様の、墓参りにも?」
( ’ t ’ )「だから、実はこっちに建てたんだ。勝手に」
川 ゚ -゚)「……確かに、アルタイム様はこの近くに眠っておられるはずです」
( ’ t ’ )「事の仔細を、知っているのか?」
川 ゚ -゚)「いえ。ただ、状況的には、そう考えるのが自然でした」
( ’ t ’ )「僕もそう思ってはいたんだが、確信が持てなかったんだ。話を聞けて、良かった」
川 ゚ -゚)「私も、ただの推測ですが」
( ’ t ’ )「いいんだ、ありがとう」
あどけなさの残る笑顔は、やはり昔から変わらない。
確かもう、四十三になっているはずだが、肌の皺は全く深まっていない。
- 320 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 16:17:24
ID:/OgetcPg0
- ( ’ t ’ )「この炒め物も、旨いな」
川 ゚ -゚)「ありがとうございます」
( ’ t ’ )「店は、繁盛しているのか?」
川 ゚ -゚)「おかげさまで」
( ’ t ’ )「しかし、意外だった。料理屋を営んでいるとは」
川 ゚ -゚)「……自分でも、そう思います」
( ’ t ’ )「と、いうよりも、生きていたこと自体に驚いた」
カルリナは、苦笑していた。
無論、死んでいてほしかった、という意味ではないだろう。
( ’ t ’ )「仮に生きているとしても、もう会えないだろうと思っていた」
川 ゚ -゚)「私も、そう思っていました」
( ’ t ’ )「どうして、この店を?」
川 ゚ -゚)「……自分でもよく分かりません。気まぐれ、でしょうか」
( ’ t ’ )「困窮している印象はないが」
川 ゚ -゚)「そうですね。詳細は伏せますが、店をやらずとも寝食には困りません」
だからこそ、自分でも分からないのだ。
何故、この料理屋を開いたのか。
- 327 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 16:19:30
ID:/OgetcPg0
- 暇を潰したかっただけだろうか。
そうだと言われれば、頷ける気もする。
ただ、空虚な時間に耐えられないわけではないのだ。
( ’ t ’ )「予想を、言ってみてもいいか?」
川 ゚ -゚)「……はい」
( ’ t ’ )「恐らく、緊張感の中で生きることに、飽いてたんじゃないか?」
川 ゚ -゚)「ッ……」
( ’ t ’ )「緊張感を持って人と接しつづけるのは、心身ともに辛いことだろう」
カルリナの視線は、焼いた竹輪に向いている。
箸で摘み、ゆっくりと口に運んだ。
咀嚼の間、次の言葉を待っていたが、カルリナは口を開かない。
自分の口からは、言葉が出てこなかった。
緊張を持って生きる日々に、飽いていた。確かに、そうかもしれない。
ただ、何故かその言葉に、頷いてはならない気がした。
( ’ t ’ )「……余計なことを言った。すまない」
川 ゚ -゚)「……いえ」
単に暇を潰すだけなら、料理屋でなくとも良かった。
間者として必要だったために料理の腕も磨いてはいたが、料理屋になることが夢だったわけではないのだ。
あえて、接客する仕事を選んだ理由。
深く考えたことはなかった。
- 329 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 16:21:39
ID:/OgetcPg0
- 川 ゚ -゚)「やはり、私の中に、答えはありません」
偽らざる本心だ。
カルリナの言葉を聞いても尚、明確な言葉を生み出せない。
そのカルリナは、また微かに笑っていた。
( ’ t ’ )「やはり少し、変わったようだな。以前に比べると」
川 ゚ -゚)「そう、でしょうか」
( ’ t ’ )「曖昧な言葉を口にするような女じゃなかった、という印象だ」
川 ゚ -゚)「意識的に、そうしていた部分はあります」
( ’ t ’ )「少し、人間らしくなったんだな」
今度は、悪戯好きな子供のような笑顔。
どのような笑みであれ、不思議と似合う男だ。
川 ゚ -゚)「カルリナ様は、お変わりありませんね」
( ’ t ’ )「そうかな。多少なり老けていると思うし、体力も少しずつ落ちているんだ」
川 ゚ -゚)「そろそろ、放浪をやめて落ち着く頃ですか?」
( ’ t ’ )「まぁ、大抵の場所には行ったからな」
川 ゚ -゚)「何か、お仕事をされるつもりは」
( ’ t ’ )「今のところはない。ラウンジ将校時代の蓄えを、死ぬまでに使い切れそうもないしな」
- 333 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 16:23:38
ID:/OgetcPg0
- 川 ゚ -゚)「ファルロ様は、国務に励んでおられますね」
( ’ t ’ )「そうだな」
ファルロの国政入りは、意外なことだった。
ただ、かつてラウンジの民だった者たちのために、という理由は、いかにもファルロらしい。
( ’ t ’ )「皮肉でなく、心から尊敬している。自分はとても、ヴィップのために働こうとは思えない」
川 ゚ -゚)「同感です。ファルロ様の器量には、敬服するばかりです」
( ’ t ’ )「ファルロの功績もあって、統治は極めて公平に進んだ」
川 ゚ -゚)「ブーン=トロッソは、ヴィップ民の反発を上手く抑制しました」
( ’ t ’ )「あぁ。ヴィップ城周辺の町からは、かなり反発があったらしいが」
川 ゚ -゚)「建国当初から献身的に納税して、ヴィップを支えてきた地域ですから」
( ’ t ’ )「不平不満、あって当然だ。それでも皇帝は、公平に扱ったほうが将来のためだと考えたんだろう」
ただ、試験的実施として、ヴィップ城周辺から早めに税が軽減されることはあった。
いずれは北部にも減税が適用されるとあって、元ラウンジの民からの反発はほとんどない。
古くからのヴィップ民も早めに恩恵が受けられるため、双方の不満は極力抑えられてきたのだ。
川 ゚ -゚)「良き為政者だと、率直にそう思います」
( ’ t ’ )「悔しいが、そうだな。認めざるを得ない」
もしラウンジが、天下を統一していたら。
恐らく、ヴィップの民を平等に扱うことはなかっただろう。
- 336 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 16:26:16
ID:/OgetcPg0
- どちらがいいのかは、やってみなければ分からない。
ただ、今のところヴィップの統治は順調だった。
( ’ t ’ )「いい国だ、とは思う。しかし、好きにはなれない」
川 ゚ -゚)「正直に申しまして、私も同じ気持ちです」
( ’ t ’ )「幼いな、互いに」
川 ゚ -゚)「そう思います」
好きになろうとも思わない。
ヴィップという国で暮らしてはいるが、生まれてからずっと、ラウンジの民として生きてきたのだ。
そのラウンジのために戦ってもきた。今更、感情の居所は変わらない。
( ’ t ’ )「最近になって漸く、皇帝の顔は見れるようになったが」
川 ゚ -゚)「式典に、行かれたのですね」
( ’ t ’ )「あぁ。盛況だった」
川 ゚ -゚)「私は、ブーン=トロッソの顔を見ようという気にはなれません。恐らく、今後ずっと」
( ’ t ’ )「そうだろうな。仇敵と言っていい相手だ」
川 ゚ -゚)「無論、直面しても、何かをしようとは思いませんが」
( ’ t ’ )「感情を素直に吐露するようになったのは、悪いことじゃないさ」
そこが、私の中で変わったのだろうか。
自分では意識していない。しかし、カルリナはそう受け止めているようだ。
- 339 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 16:28:09
ID:/OgetcPg0
- ( ’ t ’ )「その酒瓶は、もう空か?」
川 ゚ -゚)「あ、そうですね」
カルリナが三杯、自分が二杯呑んだところで、酒瓶は軽くなっていた。
会話と思考に集中していて、気がつかなかった。
川 ゚ -゚)「新しいものを」
( ’ t ’ )「いや、いい。ちょうど肴もなくなったことだし」
川 ゚ -゚)「そう、ですね」
( ’ t ’ )「久しぶりに、自分の手作りでない料理を食べた。いいものだな、やはり」
カルリナの胃は満足してくれたらしい。
思わず安堵している自分には、自分で少し驚いた。
変わったといえば、そんなところが変わったのかもしれない。
( ’ t ’ )「話しているうちに、分かると思ったんだが」
川 ゚ -゚)「?」
( ’ t ’ )「分からなかったから、最後に、一つだけ教えてくれ」
最後の一口を、カルリナが呑み干す。
卓上の器は、全て空になった。
- 342 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 16:30:13
ID:/OgetcPg0
- ( ’ t ’ )「クー、お前は何故、生き続ける道を選んだんだ?」
川 ゚ -゚)「ッ……」
( ’ t ’ )「ラウンジとショボンを失っても、尚」
川 ゚ -゚)「…………」
空になった食器と酒瓶を持って、席を立つ。
食器を洗うための溜め水は、卓の近くに置いてあった。
( ’ t ’ )「無論、答えたくなければ、それでもいいんだが」
川 ゚ -゚)「いえ」
布で軽く汚れを落としてから、食器を水で洗う。
冬の寒さが、手に凍みた。
川 ゚ -゚)「私の命は、常にショボン様と共にありました」
川 ゚ -゚)「ショボン様の亡き今、本来は、私が生きている意味などありません」
( ’ t ’ )「だから、不思議なんだ。今、こうしていることが」
川 ゚ -゚)「しかし、私にとって、ショボン様の命令は絶対なのです」
長く使っていることもあり、食器の汚れは完全には落ちない。
物は、使い続ければ、必ずそうなってしまうのだ。
- 346 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 16:32:51
ID:/OgetcPg0
- 川 ゚ -゚)「かつて、ショボン様は私に言いました」
川 ゚ -゚)「『俺の許可なく死ぬな』と」
( ’ t ’ )「ッ……!」
川 ゚ -゚)「その命令は、解けていないままなのです。ずっと」
汚れがこびり付いた食器は、いつか使われなくなるときが来る。
そしてやがて、朽ち果てるのだろう。
川 ゚ -゚)「人はいつか、この世から消え去るときが来ます。誰にとっても、それは平等な事実です」
川 ゚ -゚)「ただ、私は自分の意思で命を絶つことなど、許されてはいないのです」
川 ゚ -゚)「だから今日も生きて、明日も生きる。これから先も、ずっと」
川 ゚ -゚)「それだけのこと、です」
この七年で、私を取り巻く環境は随分と変わった。
そしてこれからも、世界は変容を見せ続けるだろう。
しかし、例え何があろうと、この命は守っていかなければならない。
そうすることで、ずっと、あの人の命令に従い続けることができるのだから。
心を、側に置いておけるのだから。
( ’ t ’ )「そうか……そうだな」
カルリナが席を立つ。
椅子に掛けてあった、外套を羽織りながら。
- 349 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 16:34:47
ID:/OgetcPg0
- ( ’ t ’ )「返さないでくれよ」
椅子に置かれた貨幣に気付き、慌ててカルリナに返そうとした。
そこを、カルリナに制された。
川 ゚ -゚)「しかし」
( ’ t ’ )「いい。頼むから、受け取っておいてくれ」
( ’ t ’ )「美味しかった料理と酒への、感謝の気持ちなんだ」
しかし、あまりにも多すぎる。
一日の稼ぎを遥かに超えているのだ。
ただ、執拗に返そうとしても、カルリナに恥をかかせるだけだろう。
そう思って、深々と頭を下げた。
川 ゚ -゚)「今度いらっしゃったときは、最高のお持て成しを致します」
( ’ t ’ )「店はしばらく続けるのか?」
川 ゚ -゚)「はい」
川 ゚ -゚)「私は――――今のこの生活が、嫌いではありませんので」
( ’ t ’ )「……そうか。じゃあ、次の持て成しを楽しみにさせてもらおう」
カルリナの右手が扉を開く。
寒風が身を掠めた。
- 352 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 16:36:17
ID:/OgetcPg0
- 川 ゚ -゚)「これからは、どちらへ?」
( ’ t ’ )「一旦、北に戻る。たまに帰ってやらないと、喚かれるんだ」
誰に、なのかは分からない。
ただ、カルリナの苦笑は、決して嫌がっている風ではなかった。
どうやら、心の安らぐ場所があるらしい。
今は放浪しているカルリナも、いずれはそこに落ち着くのかもしれない。
何となく、そう思った。
川 ゚ -゚)「またのご来店を、お待ちしております」
( ’ t ’ )「あぁ。それじゃあ、また」
カルリナが馬に跨り、手綱を引いた。
小さな嘶きと共に、町の出口へ向かって駆け出していく。
完全に寝静まった町に、響く馬蹄音。
カルリナは、一度だけ振り返り、小さく手を振った。
その背中に向けて、もう一度、深く頭を下げて見送った。
- 361 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 16:38:22
ID:/OgetcPg0
- ――ヴィップ城――
535年最後の日も、陽が落ちようとしている。
あと十四刻ほどで一年が終わり、また新たな年を迎えることになるのだ。
今年は、ヴィップ城で年を越せないかもしれない。
そう思ったが、際どくも間に合った。宴には参加できそうだ。
遠方に出張していた長官たちも全員、城に戻っているという。
∬*・-・)「陛下!」
川*бヮб)「陛下、お帰りなさいませ」
( ^ω^)「おっおっ、久しぶりだお」
ヴィップ城の正門で来訪客の対応を担当している、二人の女性が迎え入れてくれた。
ルイナ=ルクルトと、フェリエ=ゼニスだ。
( ^ω^)「ルイナ、今年は風邪ひいてないかお?」
∬*・-・)「たくさん蜜柑食べたので、今年は大丈夫です!」
( ^ω^)「それは良かったお。フェリエ、念願の京胡はもう買えたかお?」
川*бヮб)「はい、おかげさまで。日々練習に励んでいます」
( ^ω^)「今度ブーンにも聴かせてほしいお」
川*бヮб)「上達しましたら、是非」
( ^ω^)「楽しみにしてるお」
- 367 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 16:41:38
ID:/OgetcPg0
- ∬*・-・)「陛下、年が明けてからもしばらく城に滞在されるのですか?」
( ^ω^)「いや、明後日の朝には出立するお」
川*бヮб)「また北へ?」
( ^ω^)「だお。北西部にしばらく足を運んでないから、各地を回るんだお」
∬*・-・)「お時間のあるときに、また各地のお話を聞かせてください!」
( ^ω^)「了解だお。期待しててほしいお」
二人に手を振って別れる。
可憐な容姿と、愛想の良い振る舞いで、多くの政務官から人気のある二人だ。
受付係に女性を配する方針は、自分が固めた。
国政に苦情のある民がヴィップ城まで来ることが度々あるが、受付で女性に対応されると、気が鎮まりやすいのだ。
特に、相手が美人なら尚更だった。
知性的にも申し分ない女性を、厳正な審査で選んだ。
おかげで、無用な諍いを減少させることができている。
また、期待していなかった効果だが、政務官も仕事に励もうという気になるらしい。
まだ二人とも結婚はしていない。
内外問わず多数の男から求婚を受けているものの、断っているようだ。
相手が誰なのかは分からないが、憧れの人がいるらしいと噂されている。
城内に入り、大広間へと向かった。
途中、出会った人は皆、足を止めて頭を下げる。
やめてほしいと昔から何度も言っているが、誰もやめてくれないのだ。
(;^ω^)「せめて会釈程度にならないもんかお」
独り言を呟きながら、大広間の扉を開けた。
宴の開始まではまだ四刻ほどあるが、既に千を超える人が集まっている。
- 370 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 16:44:39
ID:/OgetcPg0
- ( ^ω^)「みんな、お疲れ様だお」
すぐに政務官や兵士などが集まってきた。
城を空けていたのは二ヶ月ほどの間だが、皆が帰還を喜んでくれている。
ありがたいことだった。
ミ,,゚Д゚彡「おっ、帰ってきたか」
( ^ω^)「フサギコさん。お久しぶりですお」
先日までリリカル城に居たが、年末年始はヴィップ城で過ごすために戻って来たのだという。
自分より一足先に到着している、とは聞いていた。
ミ,,゚Д゚彡「宴に間に合って良かったな。やっぱ主役がいねぇと盛り上がりに欠ける」
( ^ω^)「ありがとうございますお。今日は仕事を忘れて楽しみますお」
ミ,,゚Д゚彡「いい土産話もあるんだぜ。フィレンクトの息子のリレンクトがダカーポ城で働いているっつー話が」
( ^ω^)「おっ! ホントですかお!?」
ミ,,゚Д゚彡「ちょっと都合つかなくて会えなかったんだけどな、そうらしい」
( ^ω^)「今度ダカーポ城に行ったら会ってきますお!」
ミ,,゚Д゚彡「きっとリレンクトも喜ぶぞ」
その後、ニダーとルシファーが宴の開始前に姿を現し、言葉を交わした。
ニダーは各地を転々としていることが多いため、顔を合わせたのは実に一年ぶりだ。
- 373 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 16:45:50
ID:/OgetcPg0
- ( ^ω^)「みんな、今年も一年お疲れ様だお」
宴の開始時刻になり、大広間にはおよそ五千人が集結した。
壇上から、一年を締める言葉を投げかける。
かつて自分が入軍した際には、ジョルジュが祝いの言葉をくれた演壇だ。
( ^ω^)「ヴィップが天下を統一してから七年。この一年もみんな忙しかったと思うお」
( ^ω^)「国政は少しずつ落ち着いてきていても、これからまた新たな制度は始まるし、検討もしてかなきゃいけないお」
( ^ω^)「今後も当分、大変なときは続くと思うお。でも、みんなの頑張りが、国民の幸せに繋がるんだお」
( ^ω^)「まぁ、とりあえず今日はもう仕事を忘れて、みんなではしゃぐお!
ブーンが許可するお!」
( ^ω^)「それじゃ、乾杯だお!」
皆、弾けるように一斉に杯を掲げた。
どうやら自分の挨拶の間、ずっと焦れていたらしい。
至るところに用意された円卓、そしてその上の料理。
今日は給仕が一年で最も忙しい日だ。
積まれた酒瓶も、卓上の料理も、あっという間に無くなっていく。
( ・∀・)「おーっす」
( ^ω^)「モララーさん」
( ・∀・)「楽しんでるかー?」
服の右側の袖が揺れている。
腕は完全に失われたわけではなく、上腕が半分ほど残っているため、袖を振ることは可能なようだ。
- 378 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 16:48:19
ID:/OgetcPg0
- ( ・∀・)「今年もお疲れさん」
( ^ω^)「お疲れ様でしたお」
( ・∀・)「ホントに疲れたな」
(;^ω^)「おっおっ。たくさん働いてもらっちゃってすみませんお」
( ・∀・)「まぁお前に比べりゃ軽いんだけどな。俺ももう歳か」
( ^ω^)「まだまだお若いですお」
( ・∀・)「お前は来年いくつになるんだ?」
( ^ω^)「遂に四十歳ですお。早いもんですお」
( ・∀・)「国に関わるようになってから、二十二年か」
( ^ω^)「長かったような、短かったような……そんな二十二年ですお」
( ・∀・)「ま、ホントよく頑張ってくれてる。感謝してもしきれないな」
(;^ω^)「なんか、モララーさんに言われると凄く面映いですお」
( ・∀・)「なんだそりゃ」
(;^ω^)「自分でもよく分からないですお、でも何故か」
(*个△个)「あー! 皇帝とモララーさんが喋ってる!
話しかけてもいいですか!?」
(;^ω^)「ちょっ、もう話しかけてるお」
赤ら顔のルシファーがふらつきながら近づいてきた。
毎年そうだが、ルシファーはいつもすぐに酔い潰れる。
それをダイオードが面倒臭そうに介抱するのは見慣れた光景だった。
- 383 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 16:50:11
ID:/OgetcPg0
- ( ^ω^)「ルシファーも、一年間お疲れ様だお」
(*个△个)「いやー! ホント疲れましたよ!
毎日ぐったりしてます!」
( ^ω^)「旗地の競技化、ちゃんと進んでるかお?」
(*个△个)「検討会やろうと思ってるんです!
皇帝も参加してください!」
( ^ω^)「おっおっ。予定が合えば是非参加したいお」
(*个△个)「はい! 日時が決まったらまた連絡します!」
( ・∀・)「そーいや競技化はルシファーの担当か。早くしてくれよ」
(*个△个)「再来年の春から正式に始めたいです!
いや、始めます!」
( ・∀・)「俺も参加していいのかな?
そこらへんどーよ」
(;^ω^)「モララーさんが参加したら、他の人は最初から二位争いですお」
(*个△个)「そーですよ! この前なんて僕に四十五点差で勝ったじゃないですか!
強すぎです!」
(;^ω^)「ちょっ、それはルシファーが弱すぎだお」
( ・∀・)「ま、とにかく早く始まってほしいところだ。頑張ってくれ」
(*个△个)「頑張りますよぉー! 全国民の期待を背負ってますからね!」
( ^ω^)「ホントにそうだお。頑張ってほしいお」
その後、舌が回らなくなってきたルシファーをダイオードが強引に引っ張っていった。
あまり積極性がなく、ジョルジュには重用されていなかったダイオードだが、面倒見の良さはあるようだ。
特にルシファーとの仕事での相性は良かった。
- 388 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 16:52:04
ID:/OgetcPg0
- ( ФωФ)「陛下、モララー長官。久方ぶりであります」
( ^ω^)「おっ、ロマネスク。もう体調は万全かお?」
( ФωФ)「はい。ご心配おかけしてしまい、申し訳ない次第であります」
( ・∀・)「ま、たまには休むのもいいだろ。体を壊すのは駄目だ」
( ФωФ)「健康であることは、誠にありがたいことであります」
体調は回復しているというが、今日は酒を控えているらしい。
手に持っているのは杯ではなく、骨付き肉の乗った器だった。
( ФωФ)「ところで、陛下」
( ^ω^)「なんだお?」
( ФωФ)「先日あった勅命の話ですが」
( ^ω^)「おっ。そうだったお、直接伝えようとも思ってたんだお」
( ・∀・)「あぁ、俺も気になってたんだ」
( ФωФ)「あれはいったい、どういうことでありますか?」
勅命として、ニダーやモララーなどの、元将校たちに会議の招集をかけた。
新年早々、朝食後すぐの会議だ。
- 393 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 16:53:58
ID:/OgetcPg0
- ( ^ω^)「まぁ、明日ちゃんと話すお」
( ・∀・)「なんで新年初日の朝っぱらからなんだ?」
( ^ω^)「それより後だと、仕事の都合がつかないかもしれないと思ったんですお」
( ФωФ)「確かに、ニダー長官は昼過ぎにもう出立すると仰っておりました」
( ^ω^)「だおだお。だから朝にやるべきだと思ったんだお」
( ・∀・)「ま、話の内容は明日しっかり聞くとするか」
空になった杯をその場に置いて、モララーが立ち去った。
後を追うように、ロマネスクも頭を下げて背中を向ける。
その後も、多くの人が自分のところへ足を運んでくれた。
仕事の話や、世間話など、会話の内容は多種多様。
日付が変わる頃になっても絶えることなく誰かが側に居た。
疲れ果てた給仕の娘と喋っている間に、年は越していた。
世界暦536年。自分は、四十歳になった。
新年を迎える前に自室に戻った者も多かったらしく、次第に人は疎らになっていった。
年が明けてから三刻ほど経ったところで宴を終了するよう指示を出し、皆が寮塔に戻っていく。
( ^ω^)「任せちゃってゴメンお。後片付け、よろしくだお」
掃除婦たちにそう言って、自分も自室へと向かう。
長官では、ニダーが最後まで残っていたようだ。
酒に酔ったせいか、少し足元は覚束なかったが、五階まで問題なく辿り着けた。
自分の自室は、ヴィップ軍大将だった頃と同じ部屋だ。
かつてアラマキが過ごしていた部屋は、現在は空室となっている。
- 396 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 16:55:56
ID:/OgetcPg0
- ( ^ω^)「ただいまだお。明けましておめでとう、だお」
リ|*‘ヮ‘)|「お帰りなさいませ!」
部屋に戻ると、深夜にも関わらず、すぐさまセリオットが迎えてくれた。
自分が大将となった頃から、もう八年ほど侍女を務めてくれている。
( ^ω^)「今年もいい一年にしたいお」
リ|*‘ヮ‘)|「ブーン様の執政なら、私たち一般民も安心です」
( ^ω^)「そう言ってもらえると嬉しいお。でも、もっと頑張らなきゃだお」
脱いだ衣服を、セリオットが籠に入れる。
夜間でも自分の睡眠時間を削って洗濯してくれるような侍女だ。
ただ、乾くのは太陽が姿を現す頃を待たなければならないだろう。
リ|*‘ヮ‘)|「明日の起床予定は、いつごろですか?」
( ^ω^)「陽が昇る頃でいいお。久々にちょっと、ゆっくり寝るお」
リ|*‘ヮ‘)|「では、それまでに朝食をお作りします」
( ^ω^)「いつも朝早くにゴメンだお」
リ|*‘ヮ‘)|「それが私の仕事です。何なりと仰ってください」
太陽がすぐにでも姿を現しそうな、そんな明るい笑顔だ。
整った顔立ちによく似合っている。
料理は上手く、細やかな気配りも利く。侍女として申し分なかった。
- 398 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 16:57:43
ID:/OgetcPg0
- そのセリオットは、今後もずっと自分の侍女を務める。
既に、そう決まっている。
一騎打ちの直前に、生きて帰ってきたら、我が侭を言ってくれと伝えた。
実際に帰ってきたあと、セリオットは"ずっと世話をさせてほしい"と言ってきたのだ。
我が侭とはとても思えない内容。
それでも、セリオットは他の願いなどなかったらしい。
自分としても、ありがたいことだった。
セリオット以上の侍女を探すことは、難しい。
長期間、城を空けていても、セリオットが居てくれれば、すぐさま心を落ち着かせられるのだ。
( ^ω^)「おやすみだお、セリオット」
リ|*‘ヮ‘)|「はい。ごゆっくり、おやすみください」
体を拭いて、寝床に潜り込む。
自分が帰るときは、いつも眠気を誘う御香が焚いてあり、瞼を閉じた瞬間に眠れるようになっていた。
翌朝、セリオットと共に朝食を摂ってから、足早に第一会議室へと向かう。
昔は軍議室であり、何度も重大な決定を下してきた部屋だ。
最初に足を踏み入れたときは、突如ラウンジ戦に伴うとジョルジュに言われ、衝撃に襲われたことを今でも覚えている。
部屋に入ると、既に招集をかけた全員が揃っていた。
- 402 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 16:59:07
ID:/OgetcPg0
- ( ^ω^)「おっ。皆さんお早いですお」
ミ,,゚Д゚彡「皇帝より遅れて入ったら不敬罪で死刑だろ?」
(;^ω^)「いやいや……」
(;个△个)「フサギコさんにそう聞いて、二刻くらい前に来ました。すっごい眠いです」
(;^ω^)「フサギコさん、ルシファーをからかっちゃダメですお。本気にしちゃいますお」
ミ,,゚Д゚彡「どのみちルシファーは寝坊しやすいんだし、それくらい言っといたほうがいいだろ?」
(;个△个)「えぇ!? 僕は騙されたんですか!?」
<ヽ`∀´>「まぁ、みんな定刻までに集まれたニダ。良かったニダ」
まだ陽が昇ったばかりだが、集まってくれた者は明朗だった。
ここにいるのは、かつてヴィップ軍で将校だった長官たち。
それと、元ラウンジ軍中将のファルロだ。
( ^ω^)「皆さん、明けましておめでとうございますお。新年早々の招集、申し訳ありませんお」
( ^ω^)「まずは昨年もお疲れ様でしたお。皆さんのご活躍があって、大きな波乱もなく一年を乗り切れましたお」
( ^ω^)「こうやって集まれるのは滅多にないことだから、何か話があれば聞かせてくださいお。どうですお?」
<ヽ`∀´>「ウリは全土の視察を実施中ニダ。練度はいいニダけど、緊張感のないところが多いニダね」
( ^ω^)「もう三年くらい情勢は落ち着いてますお。緩むとしたら、そろそろか、とは思っていましたお」
- 404 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 17:00:24
ID:/OgetcPg0
- ミ,,゚Д゚彡「今後ももう叛乱が起きる可能性は低いだろうな」
( ^ω^)「そう思いますお。ただ、万一には常に備えてないと」
<ヽ`∀´>「ニダニダ。まぁ、厳しく律するだけじゃない何かが必要かとは思うニダ」
( ^ω^)「兵の技術を国民に見せる場があってもいいかなと考えてますお。演武会のような」
<ヽ`∀´>「お、それいいニダね。民に見られるとなったら兵も緊張感もって調練に臨んでくれそうニダ」
( ・∀・)「僕たちもそうですけど、兵は税金を貰ってるわけですから、雇い主相手には気を抜けないでしょうね」
<ヽ`∀´>「是非やりたいところニダ。後で検討会を開くニダ」
( ^ω^)「他の方はどうですお?」
( ФωФ)「国民保険に充てる税は、国民保険税として税目を分ける方向でありますが、いかがでしょうか?」
( ^ω^)「いいと思うお。想定以上に国民保険の導入を望む民は多いようだお」
( ・∀・)「住民税を減らして国民保険税に割り当てるのか?」
( ФωФ)「今のところ、その予定であります」
(´<_` )「でもそうすると、納税地域以外で保険を使いにくくならないか?」
( ФωФ)「確かに……しかし、所得税を財源とすると老若男女の平等性に欠けるという懸念があります」
( ・∀・)「人頭税の導入は厳しいからなー」
- 410 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 17:02:12
ID:/OgetcPg0
- ( ^ω^)「医者が患者から取る診察料を全土で統一させたほうが良さそうだお」
( ФωФ)「それが実現すれば確かに、懸念事項は解決しまする」
/ ゚、。 /「……ルシファー、君の仕事」
(个△个)「え? あ、そっか! 確かにそういう要望も上がってるんですよー」
ミ,,゚Д゚彡「診察と施術の項目を細かく分けて点数化させる必要があるな」
(个△个)「そうです、そうです。一応もう検討は始めてるんです」
( ・∀・)「内容が固まったら法律化して、従わない医者は経営権を剥奪すればいいな」
( ^ω^)「時間をかけてでも、国民が納得する制度を作りたいですお」
他にも、国務に関する様々な話題で盛り上がった。
かつては戦の論議が主だった部屋で、国民の生活を皆が考えている。
これも、平和だからこそだ。
その平和を今後も、守っていかなければならない。
( ^ω^)「えーっと……盛り上がってるところすみませんお。時間がなくなってきちゃいましたお」
ミ,,゚Д゚彡「遂に本題か」
( ^ω^)「ですお」
皆の口が止まる。
こうやって、大勢の視線が注がれることにも、いつしか慣れていた。
- 459 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 17:21:12
ID:/OgetcPg0
- ( ^ω^)「まず、本当にこの七年間、お疲れ様でしたお」
( ^ω^)「ブーンが皇帝として七年を過ごせたのも、偏に皆さんのご支援があったからこそですお」
( ^ω^)「ヴィップはまだ産声を上げたばかりで、これからやっと二本の足で立ち上がろうとしているところですお」
( ^ω^)「国家として独り立ちできるように、これからも国民のために頑張らなきゃいけませんお」
( ^ω^)「……その状況で、こんなことを言うのは、我侭で、横暴で、あまりに独善的だと自分でも分かってるんですお」
( ^ω^)「でも――――」
<ヽ`∀´>「?」
( ^ω^)「――――ブーンは、ヴィップから離れようと思ってますお」
(;个△个)「えっ!?」
ミ,,;゚Д゚彡「どういうことだ!?」
北風が窓を揺らした。
山の向こう側から姿を現した太陽は、会議室を明るく照らす。
それは、いつもと何ら変わらない、ありふれた風と光。
(;´_ゝ`)「皇帝としての仕事が嫌になったのか?」
(´<_`;)「確かに激務だったと思うが、まさか、辞意を持っているとは……」
( ^ω^)「……申し訳ありませんお、皆さん。突然、こんな……」
( ^ω^)「でも、皇帝として働くのが嫌になったんじゃないんですお」
(;ФωФ)「……?」
- 472 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 17:22:40
ID:/OgetcPg0
- 皆が動揺している。
動揺、させてしまっている。
覚悟していた。
それでも、申し訳ない、と思った。
( ^ω^)「この仕事には、やりがいがありますお。大変だけど、とても幸福な仕事ですお」
( ^ω^)「ありがたいことに、自分の仕事ぶりには一定の評価もいただいてますお」
( ^ω^)「こんな状況で、皇帝位から退くというのは、本当に多大なご迷惑をおかけすると、分かってはいるんですお」
( ^ω^)「でも、ブーンは……」
( ・∀・)「別にいい、と俺は思うけどな」
モララーは、動揺を見せないままにそう言った。
この中で平静を保って見えるのは、モララーとファルロだけだ。
( ・∀・)「お前はこの七年、誰よりもヴィップのために頑張ってくれた」
( ・∀・)「寝食の時間を削って、朝から晩まで、年始から年末まで、ほとんど休まず働いてくれた」
( ・∀・)「一年で辞めてたとしても、俺は心から労ったと思う。それを、七年も続けてくれた」
( ・∀・)「俺だけじゃなくて、みんな、いつ辞めてもお前を批判する権利なんてあるわけないんだ」
モララーが、いつもと変わらぬ口調でそう言ってくれた。
堰を切ったように、他の皆も口を開く。
- 479 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 17:25:09
ID:/OgetcPg0
- ( ФωФ)「誰よりも激務に耐えてくださったブーン皇帝を、引き止められる道理はありませぬ」
ミ,,゚Д゚彡「あぁ。激動の期間を乗り切れたのは、お前の卓越した統率力あってこそだ」
<ヽ`∀´>「皆がそれぞれ自分の仕事に集中できる環境を作ってくれたニダね。心から、カムサハムニダ」
( ´_ゝ`)「いつでも皇帝位を禅譲される準備はできていた。安心してくれていい」
(´<_` )「アニジャの皇帝位だけは俺が阻止する。安心してくれていい」
(个△个)「ブーン皇帝にたくさん助けてもらって、何とかここまでやってこれました。これからはもっとしっかりします!」
/ ゚、。 /「……そんなルシファーを支えることで、ブーン皇帝には安心してもらいたいです」
( ̄⊥ ̄)「元ラウンジの者として、公平な執政に心から感謝しています。貴殿が皇帝で、本当に良かったと思います」
( ^ω^)「……ありがとうございますお、皆さん」
非難されることも、心のどこかでは覚悟していた。
その不安を抱くことさえ、皆への礼を失しているのだと気付かされた。
( ・∀・)「ただ、ひとつだけ聞かせてくれ」
( ^ω^)「はいですお」
( ・∀・)「仕事が嫌になったんじゃないなら、辞める理由は何だ?」
自然と、笑みがこぼれた。
今の仕事は、楽しんでやっている。逃げ出したくなったわけではない。
ただ、自分は、この国を形作った者として――――
- 489 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 17:27:47
ID:/OgetcPg0
- ( ^ω^)「一度、この地を自由に巡ってみようと思ってるんですお」
( ФωФ)「……!」
( ^ω^)「仕事で、じゃなくて、自分の思うがままに」
かつて、ロマネスクが同じことを言っていた。
全土を見て回るのが夢だと。
この国は、七年の年月を経るうちに、少しずつ成長してきた。
それは、間違いないだろう。
しかし、世界は果たしてどう変わったのか。
自分の目の届かない範囲は、どうなっているのか。
直接、見てみたくなったのだ。
( ^ω^)「もちろん、今すぐ辞めるわけじゃないですお。あと三年は、と思っていますお」
( ・∀・)「まぁ、今すぐは絶対無理だからな」
( ^ω^)「少しずつ権力の分散は進んでますお。今後三年で、更に推し進めていきますお」
<ヽ`∀´>「国民にはいつ発表するニカ?」
( ^ω^)「二年後。辞める一年前に、と思っていますお」
その後、今後実施すべき政策について皆と話し合った。
三年という期間は決して長くない。やれることは、全てやっておくべきだ。
そのためには、長官たちとこれまで以上に連携することが必要だろう。
- 493 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 17:29:28
ID:/OgetcPg0
- ( ^ω^)「自分が辞める頃には、建国からちょうど十年」
( ^ω^)「全土を統べる国家として、堂々たる姿を見せなければなりませんお」
( ^ω^)「皆さん、今後もよろしくお願いしますお」
散会の頃には、全員がいっそう頼もしくなったように見えた。
自分が辞めることで更に発奮してほしい、などとは考えていなかったが、予想外の効果だ。
正午過ぎにはもうニダーがヴィップ城から発っていったが、他の者は休暇を取っていた。
自分も今日は本城に留まるが、明日にはまた北へ向けて出発する。
ヴィップから去るまでの三年間、休息を取る余裕はほとんどないだろう。
今日も、少しは休もうかと思っていたが、政務官からの相談に乗っている間に夜になっていた。
久方ぶりに食堂で夕食を摂ると、そこでもやはり、人が集まってくる。
皆に頼りにされているのだ、と実感した。
だからこそ、国務から離れることには、申し訳なく思う気持ちで一杯だった。
自分を、必要としてくれている人は、今も大勢いる。
国務に携わる者だけではなく、国民の中にもだ。
身勝手すぎる、と自分では思う。
周囲が、民が、どう受け止めるのかが不安でもある。
それでも、果たしたい目的のためには、国を離れなければならないのだ。
食事を終えたあとは、部屋に戻った。
特に予定は入れていない。ゆっくり休んでもいい。
ただ、恐らくは――――
- 497 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 17:31:05
ID:/OgetcPg0
- ( ^ω^)「了解だお。大丈夫って伝えてほしいお」
伝言を持ってきた男に、そう告げる。
夜、部屋に行きたい、という簡潔な伝言だ。
恐らく、話が来るだろうと思っていた。
あの説明だけで納得してもらえるとは、最初から考えていなかったのだ。
日付が変わるまで、あと四刻。
城が徐々に静まり始めた頃、セリオットが、来客者を部屋の奥へと導いてくれた。
( ・∀・)「夜遅くに悪いな」
( ^ω^)「問題ありませんお。モララーさんは、お体は大丈夫なんですかお?」
( ・∀・)「城の中を歩き回る程度は大丈夫なんだが、外に出る気にはならねーな」
昼間、政務官たちの相談を受けていた机の前に座る。
小さな正方形の卓で、普段はあまり使っていない。
ただ、誰かと面と向かって話すにはちょうどいい大きさなのだ。
セリオットが淹れてくれた緑茶を啜り、ひとつ息を吐く。
夜が更けるにつれて下がってきた気温を、忘れさせてくれるような温かみだ。
( ・∀・)「まぁ、何でここに来たのかは、だいたい分かってるだろうとは思うんだが」
( ^ω^)「はいですお」
( ・∀・)「朝に言ってた、『全土を巡りたい』っていう、皇帝位から退く理由についてなんだが」
( ・∀・)「それだけじゃない、だろ?」
さすがに、モララーは鋭い。
昔から、ずっとそうだった
- 502 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 17:33:00
ID:/OgetcPg0
- ( ・∀・)「ま、仮にそれだけだったとしても、充分だとは思うんだが」
( ^ω^)「仰るとおりですお。全土を巡るだけが、皇帝を辞める理由ではありませんお」
( ・∀・)「恐らく、全土を巡りながら何かをやりたいんだろうとは思うが、肝心の目的が見えてこねーんだ」
誰かに語ったことはなかった。
聞かれなければ、モララーにも話すことはなかっただろう。
ただ、長官たちのなかでも、今や最も長い付き合いとなったモララーだ。
話しておくべきなのかもしれない、と考えたこともあった。
そして今は、話しておくべきだろう、と思っていた。
( ^ω^)「七年前、ブーンはショボンとの一騎打ちに臨みましたお」
( ^ω^)「全てを賭けた戦いで勝利し、ラウンジの地を得て、ヴィップは天下統一を果たしましたお」
( ^ω^)「その流れをブーンは、『逆転の策』と呼んで、ショボンが裏切って以降はずっと策の実現を目指してきましたお」
( ^ω^)「そしてその策は、かつてニチャン国の大将だったシャイツーが実行した策でもありましたお」
( ・∀・)「確かに、そうだが……それがどうしたんだ?」
( ^ω^)「……逆転の策を考えるにあたって、ニチャンがどうやって天下を得たのかを知るために、ブーンは文献などを調べたんですお」
( ^ω^)「だけど、全然資料が残っていなくて……結局、マドマギ城の地下で見付けた、誰かの日記で知ったんですお」
( ^ω^)「そして、そのとき思ったんですお。何故、これほどまでに資料が少ないのか、って」
( ^ω^)「国同士の争いの決着なのに、どうしてほとんど後世に伝えられていないのか、って」
( ・∀・)「…………」
- 507 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 17:35:29
ID:/OgetcPg0
- ( ^ω^)「明確な答えは今もありませんお。だから、今から言うことも推測ですお」
( ^ω^)「でも、多分、歴史は意図的に消去されてるんじゃないかと思ったんですお」
( ・∀・)「……そうか、なるほどな」
自分が考えていることも、もう分かったらしい。
だが、モララーは自分の言葉を待ってくれた。
( ^ω^)「シャイツーが、再び戦を起こしたくなくて、歴史を消した。文献や資料などから、可能な限り」
( ^ω^)「そう考えると納得がいくんですお」
( ^ω^)「そしてそれは、アルファベットがおよそ七百年もの間、失われていたことも」
( ・∀・)「あぁ。同じことを、いま考えたよ」
かつてあったという大戦が終結したあと、アルファベットは全土から失われた。
その後、七百年にわたり、アルファベットが存在しない期間が続いたのだ。
製法が分からない、資料が残っていない。
故に、誰もアルファベットを作ることができなかった。
結局は、誰かがどこかから製造方法を見つけ出したというが、その資料も極僅かしか残っていなかったという。
( ・∀・)「全部、ニチャンのシャイツーが消した。だから資料は残っていなかった」
( ^ω^)「もちろん、全部推測ですお」
( ・∀・)「あぁ。ただ、何となく合ってるような気がするな」
( ^ω^)「ただ、ブーンはシャイツーと同じことをやろうと思っているわけじゃないんですお」
( ・∀・)「ん?」
- 509 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 17:37:08
ID:/OgetcPg0
- ( ^ω^)「歴史を正しく伝えることも大事ですお。アルファベットの製造法を残すことも、技術の発展には必要ですお」
( ・∀・)「確かに、それはそうだが、じゃあお前の目的は?」
シャイツーは恐らく、再び全土を戦火に巻き込みたくないと考えたのだろう。
そして起こした行動が、戦についての記録を消すこと。
更に、アルファベットを消滅させ、二度と製造されないように製法を消し去ること。
七年前に終結した戦は、アルファベットが存在しない状態で引き起こされた。
それでも、戦を激化させたのは間違いなくアルファベットだ。
仮にアルファベットが存在していれば、もっと早期に戦は起きていただろう。
何度も戦乱の世となっていただろう。
ニチャンという国はいつしか瓦解し、国家としての体を保てなくなっていった。
ヴィップが将来、どうなるかは分からない。しかし、同じ轍を踏みたくはない。
その仕事は、長官たちが果たすべきだ。
シャイツーの取った行動は、間違いではなかっただろうと思う。
だが、同じ道を歩んでも、また戦は起きるかもしれない。
七百年前に比べると、残された記録も多いだろう。
自分がやるべきは、別の方法で戦が起きないようにすることだ。
かつて、戦場に立った者として。
ヴィップを天下に導いた者として。
( ^ω^)「ブーンの目的は、α成分の平和利用ですお」
( ・∀・)「……!」
- 513 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 17:39:40
ID:/OgetcPg0
- ( ^ω^)「α成分は人に反応する不思議な成分。武器以外にも使い道はあるはずですお」
( ^ω^)「今のブーンに科学の知識はありませんお。でも、アルファベットに長く触れた者として、色々試せることはありそうなんですお」
α成分を平和利用することができれば、戦に利用しようという考えは消えるかもしれない。
アルファベットの製造は法律で禁止されているが、絶対に破られないとは限らないのだ。
平和利用についての具体的なことは、まだ何も見えていない。
自由に各地を巡る途中で、自由に試していければいい。
きっと、終わりはないだろう。
自分が果てるまで、ずっと続く道だ。
そしていつかは、自分以外の者が歩んでくれればいい。
( ・∀・)「なるほどな。確かに、アルファベット以外の形で利用するのが一番だ」
( ^ω^)「ヴィップがしっかりとした形を保っている間は、アルファベットの製造は禁止されているから大丈夫だとは思いますお」
( ・∀・)「ただ、それも絶対的じゃない。その最悪の事態を考慮して、平和利用の方法を探るわけか」
( ^ω^)「ですお」
モララーは深く頷いてくれた。
自分なりに自信はある考えだったが、モララーが賛同してくれると心から安堵できる。
( ・∀・)「俺ものんびり考えるとするか。体はもう駄目だが、頭は何とか動くしな」
( ^ω^)「モララーさんの知能が加われば、きっと見つけ出せますお」
( ・∀・)「ま、期待しねーで待っててくれ。提案はすぐ手紙かなんかで送るから」
( ^ω^)「ありがとうございますお」
- 518 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 17:41:46
ID:/OgetcPg0
- いずれは、科学者の協力を仰ぐ必要もあるだろう。
ただ、最初は自分だけでいい。
国が安定している間は問題になりそうもないことだからだ。
( ・∀・)「そーいや、結局いまも分からないままのことがあるな」
( ^ω^)「?」
( ・∀・)「なんでα成分が人に反応するのか、だ」
( ^ω^)「おっ……」
( ・∀・)「人が触れないとただの平凡な武器でしかないアルファベット。あれは何でだろうな?」
α成分に関して、アルファベットに関して、分からないことは多い。
三日で消える理由も、以前フサギコたちに話したことがあるが、結局は推測に過ぎないのだ。
何故、人に反応するのか。
アルファベットを製作することは既に法律で禁じられたが、α成分の研究は今後も進んでいくだろう。
その過程でいつか、解明される日も来るのだろうか。
( ^ω^)「人に反応する理由は、正直、全然わかんないですお」
( ・∀・)「まぁ、俺もそうだ」
( ^ω^)「ただ、ひとつだけ言えることがありますお」
( ・∀・)「ん?」
アルファベットがこの世から消えて、七年。
世界は、アルファベットなしでも上手く回っている。
恐らくは、今後もそうだろう。
しかし。
- 523 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 17:43:38
ID:/OgetcPg0
- ( ^ω^)「戦場に立った皆が、アルファベットのおかげで生きていられましたお」
( ^ω^)「――――そして、アルファベットも、人に触れられていたからこそ存在できたんですお」
( ・∀・)「…………」
戦場に立つ者とアルファベットは、依存しあっていた。
それは間違いない。
互いに互いの存在がなければならなかった。
人は、アルファベットを握ることで強くなった。
アルファベットも、人に触れられることで真価を発揮することができたのだ。
( ^ω^)「もちろんさっきのは、全然、何の答えにもなってないですお」
( ・∀・)「あぁ」
( ・∀・)「……でもちょっと、すっきりした気がするな。何となく」
( ^ω^)「おっおっ、それなら良かったですお」
その後は、昔話が淡々と続いた。
モララーとゆっくり話す時間は、今までほとんど取れていなかったのだ。
だからなのか、新鮮味に溢れていた。
( ・∀・)「だいぶ遅い時間になってきたな」
( ^ω^)「そろそろお休みになられたほうがいいかもしれませんお」
( ・∀・)「あぁ。でも最後に、もう一個聞いとく」
( ^ω^)「?」
- 528 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 17:45:40
ID:/OgetcPg0
- ( ・∀・)「皇帝位を、誰に禅譲するのか、だ」
モララーは、軽く笑っていた。
自分が出す答えが分かっているのだろう。
( ^ω^)「恐らく、ルシファー=ラストフェニックス」
( ・∀・)「やっぱそうか」
それ以外、候補が思い浮かばない、というのが正直なところだ。
長官たちは、皆それぞれに有能。しかし、皇帝の位は、特殊だ。
適性がなければ務まらない、と思っていた。
( ・∀・)「あいつが一番、お前に近い。適任だろうな」
( ^ω^)「まだ分かりませんお。ルシファーが引き受けるのかどうかも」
( ・∀・)「まぁ、『絶対無理です!』って言うだろうな」
( ^ω^)「頑張って納得させたいですお。早めに決定させて、仕事を引き継がないと」
( ・∀・)「他の候補は考えなかったのか?」
( ^ω^)「もしモララーさんが引き継いでくれるなら、とは考えましたお」
( ・∀・)「ぜってーヤダ」
(;^ω^)「まぁ、そう言われるだろうと思って、早々に諦めましたお」
そもそも、モララーは国務さえ長く続けるつもりはないだろう。
本人は気持ちを口にしていないが、あと一年ほどで辞意を表明するはずだ。
恐らく、後継にはファルロを指名する、と見ていた。
- 550 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 17:48:42
ID:/OgetcPg0
- ( ^ω^)「元々、長期に務めるつもりはなかったんですお」
( ・∀・)「国の停滞を懸念したんだろ?」
( ^ω^)「ですお。ずっと同じ人がやるんじゃ、変革が期待できなくなっちゃいますお」
( ^ω^)「それに、国政の頂点は、本当は国民が決めたほうがいいとも思ってますお」
( ・∀・)「皇帝は権威の象徴とする。実際の政務は、国民に信任された者が執り行う、ってことか」
( ^ω^)「そうですお。つまり、選挙制度ですお」
( ・∀・)「まぁ、当分無理だな」
( ^ω^)「いずれは、ですお。今は、このままでいいと思いますお」
( ・∀・)「しかし、お前が辞めるのはちょっともったいない気もするな、今更ながら。国民からの支持も厚かったわけだし」
( ^ω^)「ありがたいですお。自分なりに一生懸命やってきたことが評価されて、本当に嬉しかったですお」
( ・∀・)「本当に、よくやってくれた。みんなお前のおかげだ」
モララーは、昔からずっと変わらない。
自分の気持ちを、率直に表現してくれる。
( ・∀・)「もうちょっと頑張ってもらって、そのあとは、ゆっくりしてくれ」
( ・∀・)「お前の人生、まだまだ長いんだ。楽しみたいように楽しんでくれ」
( ^ω^)「ありがとうございますお。モララーさんも、ですお」
( ・∀・)「あぁ、そのつもりだ」
- 563 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 17:51:39
ID:/OgetcPg0
- 自分も、モララーも、かつて将校だった他の長官も。
皆、戦乱の世を全力で駆け抜けてきた。
蓄積された疲労が体から抜け切ることはない。
今後も積み重なる一方だ。
歳も重なってきている。
それぞれ意欲はあるが、体がついてこなくなってくる頃だ。
いつ辞めたとしても、誰も咎めない。
それだけの功績はあるのだ。
( ・∀・)「ま、俺もしばらくは、お前と一緒に頑張るとするよ」
一年ほどで辞めるのではないか、と考えていた。
ただ、自分が辞意を表明したことで、モララーももう少し続けようという気になってくれたらしい。
長くとも三年だろうが、それでも嬉しかった。
自分が入軍したときに東塔で将校だった者は、モララー以外は全てこの世を去った。
致し方ないことだが、共に天下を目指した仲だったのだ。当然、寂しく思う気持ちがあった。
最も長い付き合いとなったモララーには、他の人にはない特別な思いもある。
だからこそ、まだしばらく共に働けるのが嬉しかった。
思えば、こうやって自分の本音を率直に語れたのも、モララーだからこそかもしれない。
きっと、自分は国から離れても、折を見てモララーに会いに来るだろう。
( ^ω^)「これからも、よろしくお願いしますお」
両膝に手を置きながら、頭を下げた。
モララーは、茶菓子を器用に片手で口に放り込み、それから少しだけ笑った。
- 575 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 17:54:46
ID:/OgetcPg0
- ――三年後――
――世界暦・539年――
昨日は強烈な寒波が押し寄せ、ヴィップ城の周りも珍しく雪が積もった。
しかし、今日は突然春になったかのように、穏やかな陽光が空から降り注いでいる。
積雪は日陰に残っている程度だ。
ひと月ほどすれば、学生たちは新たな春を迎える。
義務教育を終えた者は何らかの仕事に就くだろう。
学校の数は充実しはじめており、就学率は目に見えて向上していた。
戦の影響で仕事を失っていた者も、職を得ることができていると、就職率が示している。
ヴィップが天下を統一してから、十年。
平和を確立したと、ようやく言える状況になってきた。
( ^ω^)(今日は風も温かいお)
馬の手綱を軽く引いた。
景色は緩やかに流れ、温風は体を撫でるようにすれ違っていく。
昨日の雪が溶けたことで、地面は固さを失っていた。
あまり速く駆けないほうがいいだろう。
向かっているのは、南。
駆けるにつれ、更に暖かくなるだろうか、などと考えていた。
振り返って、遠景のヴィップ城を確認する。
遠くからでも活気があるのは分かった。
近年、地方の役人や商人などの出入りが増えているのだ。
- 587 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 17:57:42
ID:/OgetcPg0
- 世界は上手く回り始めている。
そう実感していた。
自分がいなくなった今も、そうなのだ。
きっとこれからも、変わらないだろう。
( ^ω^)「着いたお」
手綱と声で、馬に伝える。
漆黒の毛は少し汗で湿っていた。
ヴィップ城の南東、それほど遠くない位置にある。
国家に携わった者たちが眠る墓地だ。
( ^ω^)「お疲れ様だお」
墓地の入り口に立つ兵に、そう告げて中に入る。
ここに入れるのは、国に許可を貰った者だけだ。
ただ、自分は元皇帝として、国が管理する場所全てに入場を許可されている。
墓荒らしに狙われないよう、墓地の周囲は鉄製の柵で覆われている。
墓地自体は小さな丘で、眠っているのは百人程度だ。
あと九百ほどは墓を建てられるが、戦が終わった後はほとんど増えていないという。
碁盤目状に、ひとつひとつの墓が区切って配置されている。
また、入り口には、誰がどこに眠っているのか分かるよう、案内板も設置されていた。
おかげで、迷うことなく故人に会いに行ける。
最初に、一番奥の墓へとまっすぐ向かった。
一際大きいが、造形は単純な墓だ。
豪華なものは望まなかったのだという。
( ^ω^)「お久しぶりですお、アラマキ皇帝」
- 594 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 18:00:13
ID:/OgetcPg0
- 思わず、皇帝と口にしてしまう。
やはり自分にとっての皇帝はこの人なのだ、と思う。
この墓は、丘の最も高い位置に建てられている。
ちょうどヴィップ城の隻影も見える位置だ。
( ^ω^)「あまり来れずにすみませんお。皇帝の仕事は大変なんだって、よく分かりましたお」
( ^ω^)「ブーンはたった十年やっただけ……何十年も務めてきたアラマキ皇帝のこと、改めて尊敬しましたお」
乱世と治世、どちらで皇帝をやるのが大変なのかは分からない。
それぞれに、それぞれの苦労があるのだろう。
ただ、同じ場に立った者でなければ分からない苦労だ。
( ^ω^)「アラマキ皇帝からいただいた玉璽は、ルシファーに渡しましたお」
( ^ω^)「ルシファーは、ちょっと頼りなく思うときもありますお。でも、力はあると思いますお」
( ^ω^)「そしてそれ以上に、民から慕われる皇帝として、きっと上手くやってくれますお」
ルシファーを支えよう、という気に周りがなってくれている。
長官たちは今まで以上に職務に励み、ルシファー自身も押し上げられるようにして力をつけているのだ。
そうした現状があるからこそ、今後のヴィップに対する憂いはほとんどなかった。
( ^ω^)「大人も、子供も、みんな将来に期待を抱いてますお」
( ^ω^)「これからどんどん良くなっていく、豊かになっていく、そういう国になるって」
( ^ω^)「ブーンは、もう国務から退きましたお。それでも、国を想う気持ちに変わりはありませんお」
( ^ω^)「アラマキ皇帝が建国した、この国を……ずっとずっと、大切にしていきたいですお」
- 602 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 18:02:30
ID:/OgetcPg0
- ヴィップが天下を統一してから、今年で十年。
しかし、ヴィップが建国されてからは、既に五十四年だ。
生まれたときには既にヴィップ国民だった、という人のほうも多くなっている。
これから生まれる人は、皆そうだ。
この国が、愛する祖国なのだ。
失いたくない、と思ってもらえる国にならなければならない。
この国を建てた者、発展させた者、全ての意志を受け継いで。
( ^ω^)「これからも、見守っていて下さいお」
アラマキの墓に瑠璃二文字の花を供えて、隣の墓へと移動する。
この人とは、墓地でしか会ったことがない。
自分がヴィップに入ったときには、既に亡くなっていた。
( ^ω^)「ハンナバルさん、今日はあったかいですお」
竹筒に入れてある水を、少し墓に掛けた。
生前、ハンナバルは水を好んでいたとジョルジュに教えられたことがある。
( ^ω^)「戦時中も、天下統一後も、なかなか墓参りに来れず申し訳ありませんでしたお」
( ^ω^)「ハンナバルさんが最初に務めた、ヴィップ軍頂点の地位……ブーンも何とか全うできましたお」
かつて、ヴィップ軍の頂点は総大将という地位だった。
それを最初に務め上げ、ヴィップの黎明期を支えたのがハンナバル=リフォースだ。
- 610 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 18:05:23
ID:/OgetcPg0
- ( ^ω^)「今のブーンたちは、ハンナバルさんが固めてくれた地盤の上に立っていますお」
( ^ω^)「ハンナバルさんがベルやアテナットなどを相手に戦い、ヴィップの地を守ってきてくれたからこそですお」
( ^ω^)「ジョルジュさんも、ハンナバルさんが居たからこそヴィップの天下を目指してくれましたお」
( ^ω^)「ハンナバルさんの蒔いた種が育ち、またその花が新たな種を蒔いてるんですお」
ヴィップはかつて、アラマキとハンナバルの手によって建国された。
最初は二人だけが抱いた、天下への想い。
それがモナーやジョルジュなどに受け継がれ、そして自分たちに受け継がれていったのだ。
( ^ω^)「世界はずっと、そうやって続いていくんだと思いますお」
昇藤の花を供え、また隣へと移る。
ヴィップで長く大将を務めた、ジョルジュ=ラダビノードの墓だ。
そして、その隣にはミルナの墓もあった。
ミルナは、オオカミの将であり、ヴィップ国有の墓地に墓を建てるべきではない。
そういった意見があったことも事実だが、自分が強行に押し切り、墓を建てたのだ。
ミルナは望まないかもしれない。
しかし、自分からミルナへ感謝の意を示すためにできることは、これくらいしかなかったのだ。
( ^ω^)「ジョルジュさん、ミルナさん、戦乱が終わってもう十年が経ちましたお」
( ^ω^)「この十年は、本当に大変で……ほとんど休む暇もありませんでしたお」
( ^ω^)「できれば、お二人にも手伝ってもらいたかったですお。心から、そう思いますお」
- 622 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 18:08:05
ID:/OgetcPg0
- 仮定の話をしても、意味はないかもしれない。
しかし、仮に二人が、最後まで生き残っていたとした場合。
ミルナは恐らく、国から去っただろう。
ジョルジュは、どうしただろうか。国務に携わってくれただろうか。
それとも、自室で悠々とした日々を過ごしただろうか。
あるいは、ミルナと共に、二人でどこかへ旅立っただろうか。
( ^ω^)「ジョルジュさん、いま改めて、過去の非礼をお詫びさせてくださいお」
( ^ω^)「最初は、言葉遣いが荒くて剣呑なジョルジュさんのこと、あんまり好きじゃありませんでしたお」
( ^ω^)「ジョルジュさんもブーンを疑っていたから、お互い反目しあうのは当然だったんだと思いますお」
( ^ω^)「そんなのはもう、ジョルジュさんはとっくに気にしてないって、分かってても謝っておきたかったんですお」
ジョルジュの墓に向かい、深々と頭を下げる。
入軍してからしばらく、親しみを持てなかった理由は、それだけではない。
ジョルジュは、親の仇だった。
入軍直後に知ったことだが、オオカミ時代のジョルジュに、父ベーンは討たれていたのだ。
当初から、致し方ないことだと理解はしていた。
それでも、ジョルジュを好ましく思うことはできなかった。
やがてショボンが離反し、ジョルジュから全てを教えられた。
誰よりもヴィップのために戦っていたのだと知った。
最後には、寿命を削ってまで戦場に立ち、ヴィップのために散ったのだ。
滅亡寸前にまで追い込まれたヴィップを共に立て直す過程で、いつしか蟠りは完全に消えていた。
- 626 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 18:10:59
ID:/OgetcPg0
- ( ^ω^)「今あるヴィップの世を、他の誰よりも、ジョルジュさんに味わってほしかった。そう思いますお」
( ^ω^)「でも、ジョルジュさんが守って下さったヴィップは、今、確実に未来へと進んでいますお」
( ^ω^)「どうか、安心してほしいですお」
李の花を墓の前に置き、視線をミルナの墓へと移す。
自分の希望で建てられたこの墓には、小さな狼の石像が備え付けられていた。
( ^ω^)「周りがヴィップの人ばかりで、あんまり居心地良くなかったらすみませんお、ミルナさん」
( ^ω^)「思えば、モララーさんもジョルジュさんも戦えなかったとき、ミルナさんの存在は本当に大きかったですお」
( ^ω^)「あのときミルナさんが居なかったら、今頃ラウンジの世だった。本気でそう思ってますお」
特に、オオカミ城を奪取してくれたことは大きかった。
あの城は、まともな戦で落とそうと思えば、かなりの時間と兵力が必要だ。
しかし、オリンシス城を睨まれるため、放置することもできない城だった。
ミルナが秘密の道から侵入し、城を奪還してくれたおかげで、南西方面は安定したのだ。
後の重要な戦いが何度も南西で実施されたことを考えると、あのオオカミ城奪取は非常に大きかった。
( ^ω^)「ミルナさんがヴィップのために戦ってたわけじゃないって、分かってますお」
( ^ω^)「それでも、ミルナさんは今のヴィップを語る上で、欠かせない人でしたお」
かつてオオカミの将だった事実はある。
ただ、元敵将ということはともかく、ヴィップの天下統一に貢献してくれたことは誰もが理解しているのだ。
オオカミ戦で親を失った者さえ、ミルナの墓の前で手を合わせることがあるという。
- 635 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 18:13:07
ID:/OgetcPg0
- ( ^ω^)「こんなところに墓を建てて、身勝手で申し訳ないですお」
( ^ω^)「どうか、許してほしいですお」
狼の石像の背に乗せるようにして七変化の花を置き、歩き出す。
先ほど通った、ハンナバル、アラマキの墓のほうへ。
ハンナバルと共に、アラマキを挟む形で、その人の墓はある。
( ^ω^)「モナーさん、お久しぶりですお」
自分が入軍したときには、既に老練な将として知られていた。
モナー=パグリアーロ。
ハンナバルの右腕として、そして一時は総大将としても活躍した人だ。
自分の中では、パニポニ城の守将の印象が強い。
全土の中心に位置し、常にラウンジとオオカミからの脅威に晒されてきた城だ。
良質なα鉱石を採掘できる鉱山も近くにあったため、失うことは絶対に許されない城だった。
その重要性を誰よりも理解し、完璧な防備を整えたのがモナーだったのだ。
まさに難攻不落。敵に、攻めるという選択肢さえ与えないほどの堅城に仕立て上げた。
ヴィップは、北部の城を常にパニポニ城から窺うことができた。
ラウンジは常に近隣の城を守らなければならなかったため、ギフト城攻防戦では最初からヴィップが有利だったのだ。
パニポニ城に不安を覚えながら戦っていたとしたら、北部の戦は相当に苦しかっただろう。
( ^ω^)「モナーさんが守ってくれたパニポニ城は、今も全土の中心で流通の要となってますお」
( ^ω^)「城だけじゃなくて、知識も……城の防衛や、兵の士気維持などの知識をたくさん与えてくださったこと、今でも覚えてますお」
モナーの活躍期間は長い。
建国当初からずっと、ハンナバルを支えていたのだという。
墓に刻まれた生年は、471年。
もし存命なら、今年で六十八歳になっていた。
- 644 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 18:15:26
ID:/OgetcPg0
- ( ^ω^)「長い人生のほとんどをヴィップに費やしたモナーさんの想い、相当に強かったんだと改めて感じますお」
( ^ω^)「そのモナーさんの想いを、天下統一という形で果たせて、本当に良かったですお」
鬼百合の花を供えて、再び歩き出した。
モナーたちの墓から、少し離れたところへ。
( ^ω^)「ヒッキーさん」
本人の希望らしいが、墓はかなり小さい。
国軍の将官には相応しくないが、ヒッキーらしいと言えた。
( ^ω^)「あんまりヒッキーさんの本音を聞く機会がなくて、結局、最後までちゃんと話せませんでしたお」
( ^ω^)「それが心残りで……でも、ヒッキーさんが最後の最後で武人らしく戦ったこと、忘れませんお」
( ^ω^)「ジョルジュさんも、ヒッキーさんの戦いぶりが心に響いたみたいでしたお」
( ^ω^)「聞くところによれば、ジョルジュさんは最後、ショボンをかなり追い詰めたみたいで……」
( ^ω^)「それはきっと、ヒッキーさんの戦いざまに触発された部分もあったんだと思いますお」
ヒッキーに関して、確信を持てたこと。
それは、心からジョルジュを信頼していた、ということだった。
常にジョルジュの命に従い、軍で行動してきた。
そして最後は、ジョルジュのために命令に背いてまで戦った。
平和を得たヴィップが繁栄する様を、ずっと見ていてほしい。
ジョルジュがそう言ったにも関わらず、ヒッキーは散ったのだ。
ただ、ジョルジュのために。
こちらで、ヴィップが繁栄する様を見ることは、叶わなかった。
あちらで、ヴィップが繁栄する様は、見ることができているだろうか。
- 646 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 18:17:35
ID:/OgetcPg0
- ( ^ω^)「ショボンが造反してからの戦で、ヒッキーさんの安定感は大きな武器でしたお」
( ^ω^)「踏んだ戦場の数でいえば、恐らくヒッキーさんが最多。その豊富な経験は、ヴィップを窮地から脱出させてくれたと思いますお」
( ^ω^)「今は、ゆっくり休んでほしいですお」
そして、ヒッキーの墓前に迷迭香の花を供える。
また少し移動して、三つ隣の墓の前に立った。
その間にあった、名前の分からない墓は、恐らく過去の文官の墓だろう。
( ^ω^)「ギコさん、なかなか来れなくてすみませんお」
( ^ω^)「礼節に厳しかったギコさんのことだから、きっと怒ってると思いますお。申し訳ないですお」
不意討ちによりこの世を去った、ギコ=ロワード。
あれからもう、十二年が経った。
( ^ω^)「ラウンジとの戦いは、苦難の連続でしたお」
( ^ω^)「ギコさんが居てくれたら、もっと楽に戦えてたと思いますお、きっと」
( ^ω^)「終戦後の統治も、何でもこなせるギコさんが居たら、人事に困ることはありませんでしたお」
愚痴をこぼすように語り掛けた。
現在、戦史を編纂する作業が進んでいる。
そのなかで、ギコは"運悪く"討たれてしまったと記述されているようだ。
確かに、あのときショボンと一緒にいたのが、ギコでなく自分だったら。
自分は、ショボンに討たれていたかもしれない。
- 654 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 18:20:09
ID:/OgetcPg0
- ショボンは恐らく、咄嗟の反撃を喰らっても討てるよう、安全策を取ったのだろう。
Sの壁を超えていた自分とモララーを直接狙うことはなかった。
R以下で最も有能だったギコを討っておきたかったのだと推測されている。
悲運と言うこともできるのは確かだ。
ただ、運の一言で片付けてしまうのは、ギコに対して礼を失しているような気がした。
( ^ω^)「……突然いなくなってしまって、悲しかったのはブーンだけじゃありませんお」
( ^ω^)「でも、多分大丈夫ですお。形は違っても、幸せは守られると思いますお」
( ^ω^)「それに関しては、安心してほしいですお」
誰のことなのかは、何となく、口にしなかった。
しかし、主語を明言しなくとも、分かってくれるだろう。
ただ、自分が言わずとももう、伝えられていることかもしれない。
汚れひとつない墓が、そう物語っている気がした。
極楽鳥花を供えて、隣の墓へ。
そこには、イヨウ=クライスラーが眠っていた。
( ^ω^)「イヨウさん、ヴィップは平和ですお」
( ^ω^)「入軍直後から何度も一緒に戦った者として、できればこの平和を一緒に謳歌したかったですお」
イヨウには、ギコとの共通点がある。
味方の裏切りによって討たれてしまったという点だ。
武人は誰しも、最高の敵と戦って果てたいと思うものだ。
味方に斬られる最後では、無念極まりなかったことだろう。
- 660 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 18:22:41
ID:/OgetcPg0
- ( ^ω^)「イヨウさんの最後のこと……今でも鮮明に覚えてますお」
( ^ω^)「『ヴィップを頼む』って、ブーンに託してくれて……その想いは今、現実のものとなっていますお」
( ^ω^)「息子のビヨウは国政で力を発揮してくれてますお。頼もしい限りですお」
( ^ω^)「残ったお嫁さんも気丈に生きてくれてますお。どうか、安心して眠ってほしいですお」
墓前に仏桑花を残し、今度は、少し離れた墓へ。
雑草を踏みしめながら移動する。
比較的新しい墓の前に立った。
( ^ω^)「ビロードさん」
墓の周りには色とりどりの花が咲いている。
ビロードの嫁と娘が定期的に訪れている、という話は聞いたことがあった。
( ^ω^)「ビロードさんが守って下さったモララーさんの命、統一後も本当に助けになりましたお」
( ^ω^)「法務長官がファルロさんに代わってからも助言してくれてるみたいですお。今も欠かせない存在ですお」
ビロードは、入軍してからずっと、仲の良い友人だった。
守りに優れた将として活躍したが、卓越した戦局眼で味方の危機を救ったこともあった。
ラウンジとの三正面の戦、北部での勝利はビロードの存在なくしてはありえなかったはずだ。
( ^ω^)「娘のリロートは副長官としてロマネスクを支えてくれてますお」
( ^ω^)「ヴィップの財政の中核を担う存在として、これからも成長してくれると思いますお」
( ^ω^)「見守ってあげてほしいですお」
- 665 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 18:24:19
ID:/OgetcPg0
- 墓に沈丁花を供えたあとは、すぐ隣の墓の前で手を合わせる。
その墓に刻まれた名は、ベルベット=ワカッテマスだった。
( ^ω^)「ベルベットらしい墓だと、いつ見ても思うお」
無駄な飾り気が一切ない。
ただ長方形に整えられただけの墓。
生前、戦死した場合はそうするように、と従者に言い残していたらしい。
( ^ω^)「ベルベットの仇、苦しかったけど何とか討てたお」
( ^ω^)「ショボンは本当に強かったお。一騎打ちで、Rでショボンの腕を掠めたっていうベルベットのことが信じられないくらいだお」
( ^ω^)「ベルベットの才は、今の治世でも充分に活きたはずだお。政務を一緒にできなかったこと、心から残念に思うお」
常に冷静沈着で、無駄な言葉は口にしない。
故に、ベルベットの本心も掴みきれなかったところがあった。
しかし、今にして思えば、ベルベットは自分を慕ってくれていたのだろう。
何度もアルファベットの教えを乞いに来てくれた。
戦場で、熱くなって周りが見えなくなった自分を落ち着かせてくれた。
リレントによる暗殺者に狙われていた自分を、危険を顧みず助けてくれたこともあった。
最後は、ショボンの圧倒的な武力に捩じ伏せられてしまった。
戦では当然、起こり得ることとはいえ、申し訳なく思う気持ちも無論ある。
当時の大将は、ベルベットにあの戦をさせたのは、自分なのだ。
( ^ω^)「……守りきれなくて、ごめんだお」
( ^ω^)「もちろん、こんな言葉をベルベットが望むはずはないってこと、分かってるお……」
- 671 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 18:26:18
ID:/OgetcPg0
- いつも冷静な言葉で、自分を突き上げてくれた。
それは、自分を成長させるためであり、最終的にはヴィップの天下に繋げるためだ。
そして、ベルベットも目指したヴィップの天下は、得ることができた。
( ^ω^)「きっとベルベットも満足してくれてるって、信じるお」
蘭の花を供える。
そしてまた、隣の墓へ。
( ^ω^)「フィレンクトさん。もう、すっかり春の陽気ですお」
この墓にも供え物があった。
恐らくは、息子のリレンクトが墓参りに来ているのだろう。
二年前に一度会ったが、父に似て聡明な男だった。
( ^ω^)「ショボンが裏切ったとき、囮となってまでブーンを守ってくれたこと……いま改めて、お礼を言わせて下さいお」
( ^ω^)「本当に、ありがとうございましたお」
結果論だが、あのときフィレンクトが自分を守ってくれたおかげで、今のヴィップはあるのだ。
あの戦いの際、フィレンクトが握っていたアルファベットはIだった。
ショボンとのアルファベット差は、絶望的。
それでも、フィレンクトはショボンを引き付けてくれたのだ。
ラウンジの追っ手はすぐに出た。
しかし、ショボンの直接的な指示がなかったことで、自分を追い詰めるには至らない追撃だった。
( ^ω^)「最後、フィレンクトさんがJを掴んだって聞きましたお」
( ^ω^)「ずっと越えられなかったJの壁、超克できたのは、フィレンクトさんの強い想いがあったからこそだと思いますお」
- 676 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 18:28:18
ID:/OgetcPg0
- Jの壁には何年も苦しんだ。
それでも、諦めずに努力した。
隻腕となっても、弛まずに。
常人ならば、怪我を負うことで使用アルファベットは弱くなる。
その状態で壁を越えるなど、フィレンクト以外では不可能な芸当だ。
並外れた精神力があったからこそだろう。
( ^ω^)「ブーンだけじゃなく、結果的にモララーさんもフィレンクトさんに助けられましたお」
( ^ω^)「あのとき、被害を極力軽減できたことが、天下への足掛かりだったんだと今は思いますお」
菫の花を墓前に供える。
フィレンクトの隣には墓はなく、次に手を合わせたい墓は少し離れた場所に建てられていた。
その墓へ向かう途中に、レヴァンテインの墓があった。
軍人でこの墓地に眠っているのは、ほとんどが将校だった者だが、そうでない者も稀にいる。
レヴァンテインをここに葬ることを提案したのは、確かミルナだった。
オオカミ城を奪取する戦に臨んだのは、ミルナ、フサギコ、ビロード、レヴァンテインの四人。
そのなかで、敵将リディアルを討ち取るために犠牲となったのがレヴァンテインだ。
オオカミ城のために、ヴィップのために、躊躇いなく命を擲った。
最後は近隣のウタワレ城のことを口にして果てたという、どこまでも軍人だった男だ。
レヴァンテインだけではなく、自分の部下としても活躍してくれた、スメアとローダの墓もある。
ここに墓を建てるにあたっての明確な基準はなく、基本的には将校の意向で決定されていた。
そして、武官でも文官でもない者の墓は、極端に少ない。
( ^ω^)「……ツンさん」
- 685 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 18:31:01
ID:/OgetcPg0
- この墓地にある女性の墓は、たった二つだ。
ひとつはツンの母であるヤン=デレート、そしてもう一つがツン=デレートだ。
天下統一の前は、女性が国家に関わることさえほとんどなかった。
軍人としての登用は難しいが、政務官としての登用に性別は関係ない、と自分が主張したのだ。
政府内での反発はかなりあったが、筋が通らない論理だ、と全てを突っぱねた。
女性だからといって差別する必要はない。
それは、ツンのことを最もよく知る者として、国家に浸透させなければならなかったのだ。
自分が、やらなければならなかったのだ。
( ^ω^)「ショボンの手から、守れなくて……本当に、ごめんなさいですお」
( ^ω^)「今更、後悔しても遅いって、分かっていても時々、苛んじゃいますお……」
もう、何度も繰り返した後悔だ。
しかし、悔やんだところでツンが帰ってくるわけでもない。
( ^ω^)「ラウンジ戦が終わったら、言うつもりだったんですお」
( ^ω^)「結婚しよう、って……」
( ^ω^)「できればずっと、ツンさんと一緒に暮らしたい、って……そう思ってたんですお」
墓に告げたところで、言葉は春の風に流されるだけだ。
訪れるはずだった未来が、訪れなかった。
それは、ツンに限った話ではないが、自分の中では大きな割合を占めている。
ツンは、戦場に立つ者ではなかった。
だから、失うことに対する覚悟を持っていなかったのだ。
他の誰かを失ったときとは明らかに違う喪失感は、そこから来ていた。
- 698 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 18:33:49
ID:/OgetcPg0
- 現実は、あまりに無情だ。
どうにもならないこともあるのだと、教えられた。
嘆いたところで救いもない。
それが、当然だった。
( ^ω^)「……いつまでも引きずってたら、きっとツンさんは怒るはずですお」
( ^ω^)「でも、大将として天下統一を果たしたブーンも、弱い部分はたくさんありますお」
( ^ω^)「今までは、立場上あまり周囲に見せられませんでしたお。特に、皇帝となってからは」
( ^ω^)「だから……せめてここでは、素直でいようと思うんですお」
( ^ω^)「いつも素直じゃなかったツンさん相手だからこそ」
また、何度でも来ることを誓って。
身勝手だと、分かっていながら。
薔薇の花を、静かに置いた。
折っていた膝を伸ばし、また歩き出す。
三つ隣の墓へ。
持ってきた花は、あと一本だった。
( ^ω^)「……ドクオ、久しぶりだお」
墓に刻まれた生年は、自分と同じく496年。
没年が524年だ。もう十五年前になる。
- 708 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 18:36:39
ID:/OgetcPg0
- ( ^ω^)「ドクオがいなくなってから、本当に色んなことがあったお」
( ^ω^)「ショボンが裏切ったり、ヴィップの仲間が討たれちゃったり……」
( ^ω^)「ブーンは、毎日寝る時間を削ってひたすら訓練して……寿命を削りながら生きてた気がするお」
( ^ω^)「それでも、ドクオの仇は何とか討つことができたお」
ドクオの首を直接的に刎ねたのは、オオカミのミルナだ。
しかし、引き金を引いたのはショボンだと、裏切りの際に教えられた。
モナーやギコ、フィレンクトやベルベット、ミルナやジョルジュなど、ショボンに討たれた者は多い。
ただ、仇を討ちたいと思う気持ちのなかにも、比重はあった。
心から愛した者。そして、幼い頃からの親友だ。
共に天下を目指そうと誓い合った。
いつか永遠の別れが来るかもしれないと、互いに覚悟しながら。
同じ志を、同じ頃から抱きつづけていたのだ。
平和になったこの地を、気兼ねなくドクオと駆けたかった。
そんな些細な夢も、永久に叶うことはない。
( ^ω^)「……ドクオ、実はこれを預かってきたんだお」
懐から取り出した。
それは、宛名のない手紙。
ドクオが、オリンシス城に残した手紙だ。
- 724 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 18:40:52
ID:/OgetcPg0
- ( ^ω^)「ショボンから預かって、一回はリリィに渡したんだお」
( ^ω^)「リリィが読んだところ、中身はリリィ宛だったって聞いたお」
( ^ω^)「でも、ブーンにも読んでほしいって。そうリリィが言ってくれたんだお」
十年前にリリィから貰ったこの手紙は、読もうと思えばいつでも読めた。
ただ、できればドクオの前で、と思っていたのだ。
ドクオの知らないところで勝手に手紙を開くのは、悪いような気がしたからだ。
( ^ω^)「読ませてもらうお」
折り目が草臥れている。
リリィは何度も繰り返し読んだらしい。
紙が千切れないよう、ゆっくりと一枚目の手紙を開いた。
- 736 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 18:43:23
ID:/OgetcPg0
- ---------------------------------------------------------------------------------------------------
リリィへ。
元気にしてるか?
そっちはもう涼しくなってきたかな。
いや、こっちとあんまり変わらないか。
今ヴィップはオオカミと交戦中だ。
あんまり細かいことは書けないけど、版図を拡げるために頑張ってる。
オオカミを倒すために。
ミルナは相変わらず手強い。
前の戦じゃ勝てたけど、次どうなるかは分からない。
ショボン大将でさえ何度も辛酸を舐めさせられた相手だからな。
でも、今の戦に勝利できたら、情勢は一気に明るくなる。
オオカミの牙城に迫れるからな。
お前が住んでる町まで、あともう少しだ。
孤児院での仕事は大変だろうけど、ヴィップ領になったら補佐してやれるようになる。
俺も頑張るから、リリィも頑張ってくれ。
---------------------------------------------------------------------------------------------------
- 740 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 18:44:22
ID:/OgetcPg0
- 手紙の一枚目は、恐らくいつも書いていたであろう内容だ。
他愛のない、と付け加えてもいい。
戦に関しての詳細を書いていないのは、かつての失敗があったからこそだろう。
( ^ω^)「…………」
一枚目を封筒に収め、二枚目を取り出した。
どうやら、リリィが読んでほしい、と言っていたのはこちらのほうらしい。
- 747 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 18:46:52
ID:/OgetcPg0
- ---------------------------------------------------------------------------------------------------
オオカミを倒してもまだ戦は終わらない。
ラウンジの領土は今も広大だ。
ジョルジュ大将を始めとする西塔の将校が頑張ってるが、ラウンジのカルリナも育ってきているらしい。
俺もいつかはラウンジと戦うことになると思う。
ただ、乱世を平定するのに何年かかるのか、正直言って見当もつかない状態だ。
戦場に身を置く以上、いつでも討たれる可能性はある。
ショボン大将だってジョルジュ大将だって、俺だって、そうだ。
最後まで無事ではいられないかもしれない。
でも、不思議な予感があるんだ。
ブーン、あいつは何となく、最後まで生き残るんじゃないかって。
根拠はないんだけどな。
あいつはいずれ、ヴィップを天下に導くんじゃないかって、そんな気がしてる。
もし仮に俺がいなくなっても、あいつさえいれば、ヴィップは大丈夫なんじゃないか、って。
もちろん俺はあいつと一緒に戦っていきたい。
平和になったら二人でのんびり旗地をやったり、平原を馬で駆けたりしたいんだ。
軍に入って色んな人と知り合えたけど、やっぱり昔からずっと一緒のブーンは特別だから。
まだまだ先は長いけど、頑張ってヴィップの天下を掴む。
だからもう少しだけ待っててくれ、リリィ。
それじゃあ、また。
---------------------------------------------------------------------------------------------------
- 760 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 18:49:34
ID:/OgetcPg0
- ( ^ω^)「……ドクオ……」
掛け替えのない友だった。
刎ねられた首がヴィップに送られてきたときは、しばらく立ち直れる気がしなかった。
ヴィップは天下を得て、自分は皇帝となった。
しかし、心のどこかで、ドクオのいないヴィップを虚しく感じていたのかもしれない。
手紙を読んで、そう思った。
しかし、どうやら自分は、ドクオの期待に応えられていたらしい。
( ^ω^)「ドクオが書いてたとおりになったお。ブーンは、最後まで生き残ったお」
( ^ω^)「ヴィップの天下を、この手で掴んできたお」
できれば、一緒に。
ドクオと同じように、自分もそう思っていた。
叶わなかった願いもある。
しかし、叶った願いもあったのだと知った。
誰かの願いを、叶えられていたのだと。
- 763 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 18:51:11
ID:/OgetcPg0
- ( ^ω^)「遠く離れていても、絆は変わらない」
( ^ω^)「ブーンはそう信じてるお、ドクオ」
そう言って、千日紅の花を供えた。
( ^ω^)(……後は……)
まだ冷たい春の風が、自分の側を通り過ぎる。
背伸びして、もう一度墓を見てから、出口へと爪先を向けた。
墓地を守る兵に礼を言って、馬に跨る。
荷物を多めに積んでいるため、あまり速くは駆けられないが、急ぐ必要もない。
時間はかかるだろうが、ゆっくりと向かえばいい。
最後の墓へと。
- 929 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 21:01:39
ID:/OgetcPg0
- ――双頭の森――
陽が高くなっても、薄暗さを保っている。
それがこの森の特徴だ。
木々が高いため、光を遮ってしまうのだ。
現在は国有化されており、一般人の立ち入りは禁止となっている。
そのため、森には音が一切なかった。
天下統一直後、この森を保全するかどうかについて、難しい判断を迫られた。
最終的には、歴史的な地の保護を唱える者たちに押し切られたが、森の資源を失うことになってしまったのだ。
いずれは、中心部だけを保護するようにしたほうがいいかもしれない。
心情としては、自分も、この森を守りたかった。
容易く踏み入られたくはなかった。
遠くに、微かに見えてきた木製の長椅子。
あれが、墓標代わりだ。
そしてこの森自体が、ショボンの墓だった。
( ^ω^)「……久しぶり、だお」
長椅子に腰掛けた。
最後の一騎打ちの直前、ここでショボンと語らい合ったことを、先ほどのことのように思い出せる。
あれから、十年。
一度もこの地を訪れたことはなかった。
足を向けなかった理由を問われれば、答えに窮する。
仕事に忙殺されていたといえば誰もが納得するだろうが、本当の理由は心情的なものなのだ。
- 933 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 21:02:32
ID:/OgetcPg0
- ただ、自分でもはっきりとした理由は分からない。
あの戦いのことを、回想することさえほとんどなかった。
死闘だった。
激闘だった。
何度も死が首を掠めた。
諦念に呼吸口を塞がれかけた。
それでも、自分は、打ち勝った。
ショボン=ルージアルを、討ち取ったのだ。
十回戦えば、九回は負けていたかもしれない。
ただ、互いが全力を出し合った結果だ。
これ以上はない。あのときも、今も、そう思う帰結だった。
ここで、"二つの命"を葬った。
その結果は、これ以上ないものだったのだ。
( ^ω^)「この十年で、世界は随分変わったお」
長椅子に座り、地面に視線を落としながら呟く。
地中で眠るショボンに、話しかけるようにして。
( ^ω^)「戦がなくなって、人口が増えて……国は豊かになってきてるお」
( ^ω^)「皇帝として、民政を主導して、ここまでくるのは本当に大変だったお」
( ^ω^)「でも、何とか基盤は作れたと思ってるお。あとは、後継に任せるお」
ショボンが聞きたいと思う報告ではないだろう。
望んでいないと分かっていても、伝えておくべきだと思ったのだ。
しかし、自己満足に近いのかもしれない。
- 937 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 21:03:35
ID:/OgetcPg0
- ( ^ω^)「今のヴィップに、民は概ね満足してくれてるみたいだお」
( ^ω^)「ただ、もしラウンジの世になっていたとしたら、もっと良い世の中だったかもしれないお」
( ^ω^)「……もちろんそんなのは、あまりに無意味な仮定だお」
今、そして未来。
ヴィップとラウンジ、どちらの勝利が世にとって良かったのかは、分からない。
ただ、この場所で全てに決着をつけた者だからこそ言える。
国の命運をかけ、アルファベットを交えていたとき。
世にとって、どちらが勝つべきか、など、"どうでもよかった"のだと。
期待や切望など、様々なものを背負ってきた。
そして、軍人としての意地があった。
武人として、矜持があった。
それら全てを、ひとりの男としてぶつけあった。
ただ、それだけの戦いだったのだ。
何が勝敗を分けたのかは、今でも分からない。
身体的なことか、心情的なことか。
それも今となっては、どうでもいいことかもしれないが、不意に考えてしまう。
そして、分からないことを考えしまうのは、それだけではなかった。
( ^ω^)「……ショボン」
あの一騎打ちで、自分は、ショボンの命を断った。
全てを、奪い取った。
- 940 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 21:04:55
ID:/OgetcPg0
- 勝敗が決したあとも、しばらくショボンは生きていた。
虚空をじっと、見上げながら。
あのとき、ショボンは、何を考えていたのだろうか。
自分が思考したところで分かるはずはない。
当然のことだと、理解しているにも関わらず。
考えてしまうのだ。
何を考え、何を思いながら、果てたのだろうかと。
最後の瞬間を、迎えたのだろうかと。
・
・
・
光が、迸った。
それにしばらく目が眩んだせいか、何が起きているのか、上手く把握できなかった。
そして、気付いたときには夜空を見上げていた。
早く、立ち上がらなければ。
ブーンのアルファベットが、襲ってきてしまう。
そう考えた。
しかし、何度か瞬きできるほどの時間をそのまま過ごしても、何もなかった。
ブーンに攻撃されることは、なかった。
そこで、現状にようやく気付けた。
もはや、ブーンがアルファベットを自分に向ける必要はないのだと。
もはや自分は、戦える状況にないのだと。
- 946 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 21:06:13
ID:/OgetcPg0
- 頭を上げて自分の体を見ることさえできない。
しかし、手を見ようとして両腕を上げても、自分の視界に入ったのは左手だけだった。
手がなくとも、アルファベットを握れなくとも。
足さえ動けば、口で噛みつくことはできる。
そう思った。
実際、自分の両足はまだ体と繋がっているようだ。
ただ、どうやら深く抉られたらしい。
首の皮一枚、という言葉があるが、今の自分は、脚の皮一枚、だろう。
立ち上がろうとするだけで、千切れてしまうかもしれない。
尤も、右腕と両脚を襲う激甚の痛みで、動く気にさえならなかった。
(´・ω・`)「……負けた、のか」
自然と、言葉が漏れた。
全てを理解して、ようやく。
( ω )「ブーンの、ヴィップの、勝利だお」
自分の視界には映っていないが、どうやら側にいるらしい。
荒ぶる吐息と共に、ブーンの声が届いた。
耳は、まだ正常に機能しているようだ。
感じたことは、その程度だった。
曖昧に、最後のことを思い出せてきた。
- 950 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 21:07:22
ID:/OgetcPg0
- ブーンは、地面へと倒れこみかけ、絶体絶命だった。
自分の勝利は、目前だった。
しかし、そこからブーンは片手でYを振り回してきた。
最長尺であり、最重量でもある。
自分でさえ片手で振るうことはできなかった。
それが、アルファベットYだ。
完全に予想から外れた攻撃。
それでも、決着の瞬間は際どかった。
もし同じ場面を繰り返したとしたら、今度は結果が違っているかもしれない。
ただ、それでも勝敗は分かれた。
ブーンにあって自分にないものが、栄光と絶望を隔てたのだ。
間違いないことだった。
自分とブーンで、何が違ったか。
体格、性格、精神、境遇、義務、義理、責任、期待。
挙げ始めれば、切りがないだろう。
何かを省みたところで、それを活かす機会ももはやない。
虚無感に包まれるだけだ。
( ω )「これからは、ヴィップの世だお」
言葉面だけを捉えれば、勝ち誇り。
ただ、ブーンの言葉は自分の耳にすぐ届くほどの重みがあるようだった。
同時に、この空と同じような暗さも。
天下を得た、とは思えないような声だった。
- 953 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 21:08:51
ID:/OgetcPg0
- (´・ω・`)「皮肉なものだな」
声を出す苦しさはない。
ただ、視界は少しずつだが、ぼやけはじめていた。
(´・ω・`)「お前の成長に、誰よりも手を貸してきたのは、俺だった」
(´・ω・`)「実に、皮肉な話だ。いや、後世の者が知れば、笑い話かもしれんな」
自分を、助けてくれる存在になるかもしれない。
最初に会ったとき、そう思った。
結果として、この男は、自分を滅ぼす存在だった。
入軍試験でのことを、今更悔いてもしょうがない。
仮にブーンが入軍していなかったとしても、ラウンジが天下を統一していたかどうかは分からないのだ。
東塔時代にオオカミを滅ぼせていなかった可能性さえある。
何かを悔やむとすれば、それは、己の無力さだろう。
(´・ω・`)「読み違えもあった。力不足もあった。全て、自分の能力に帰結する話だ」
(´・ω・`)「存分に嘲笑されても致し方ない。それが、戦に負けるということだ」
( ω )「……誰も、笑ったりなんかしないお」
自虐的な自分の言葉に、ブーンは呟きを返した。
表情は、上手く確認できない。
- 956 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 21:10:12
ID:/OgetcPg0
- ( ω )「みんな知ってるお。アンタが、国にかけた想いは」
( ω )「国の天下のために。その部分には、アンタ自身、誇りを持ってるはずだお」
( ω )「誰かに劣っているとは思っていないはずだお」
鼻から、小さく息が漏れた。
無論のことだった。
( ω )「だけど、ブーンだってヴィップに対する想いで誰かに負けてるとは思ってないお」
( ω )「天下にかける想いのぶつけあいは、きっと互角だったんだお」
その思いの違いが、勝敗を分けるのではないかと思った。
自分の考えに基づけば、国にかける気持ちは自分のほうが軽かったということになる。
ただ、雌雄が決する前に、自分の考えをブーンには伝えていた。
それに対し、ブーンは何かを付け加えようとしていた。
あの先の言葉が、恐らくは、ブーンなりに考える勝敗の分岐点なのだろう。
自分にとって足りない"何か"だったのだろう。
誰よりも鍛錬を積んできた。
軍学の知識も、恐らくブーン以上にある。
足りないものが分かったとしても、もう次はない。
それでも考えてしまうのは、自分の性分だった。
( ω )「国にかける想いは互角。だけど、それ以外のほとんどは、アンタのほうが上だったお」
そうだろう、と自分でも思う。
客観的に見て、だ。
- 959 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 21:11:32
ID:/OgetcPg0
- ( ω )「……でも、たったひとつだけ、ブーンが上回っていたと思える部分があるお」
(´・ω・`)「……?」
( ω )「背負った、期待だお」
それが、ブーンなりの答えか。
ヴィップよりもラウンジのほうが、民や軍人の数は多い。
かつて暴政を敷いたニューソクを破った、そのラウンジに天下を、と望む者は多いのだ。
自分のなかでは、背負った期待でも負けていない。
ブーンが幼い頃からクラウンの期待に応えるべく生きてきたのだ。
ただ、勝者の言葉は、あまりに重い。
敗者が何を語ろうとも、負け惜しみにしかならない。
( ω )「勝敗の分かれ目は、きっとそんな単純なことだけじゃないお」
( ω )「だけど、ブーンが勝ったっていう事実は厳然としてあるんだお」
(´・ω・`)「そのとおりだな」
戦では、結果が物を言う。
勝者が語る言葉は、全て真実となりうるのだ。
視界は、徐々に揺らぎ始めていた。
(´・ω・`)「……長かったな」
もはや、荒い呼吸を抑えることはできない。
体中から血が抜けていっているせいだろう。
(´・ω・`)「あまりにも、長すぎる戦いだった」
- 965 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 21:13:11
ID:/OgetcPg0
- この一騎打ちだけではない。
クラウンの命を受けてからの、あまりに長すぎる歳月。
様々なことがあった。
ヴィップ領に潜入し、孤児を殺してヴィップ民に成り替わった。
あのときから、自分はヴィルではなくショボンになった。
クーの助けを借りながら鍛錬を続け、ヴィップに入軍した。
アルファベットでの才覚を見せつけることで将校となり、そこまでは頗る順調だったのだ。
しかし、新将校として挨拶したそのときから、ジョルジュ=ラダビノードとの戦いが始まった。
ラウンジに寝返ることを疑われていた。
同時に、ジョルジュがオオカミに寝返るかもしれないと疑わざるを得なかった。
刃を交えずとも苦しい戦いはあるのだと知った。
その日々の中でも、着実にオオカミの領土は奪っていった。
特に、ブーンの入軍以降は顕著であり、エヴァ城とシャッフル城を短期間で奪取した。
東塔の中心は自分とモララーだったが、不思議と皆がブーンの側で力を発揮したのだ。
マリミテ城、オリンシス城といった、オオカミの要衝も総力で落とした。
あの戦に関しては、ドクオの力が大きかった。
もし自分がブーンを入軍試験で落としていたら、ドクオはあそこまでの力は身につけられなかったかもしれない。
その後はラウンジと共同歩調を取り、オオカミを滅ぼした。
今にして思えば、あのとき、是が非でもミルナを討っておくべきだったのだろうか。
可能だったかは分からないが、結局、最後まで手強い相手として立ち塞がられてしまった。
そして、ギコを斬って裏切り、念願のラウンジに戻ることができた。
感無量だった。
一日千秋の思いで待ち望んでいたのだ。
- 972 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 21:14:40
ID:/OgetcPg0
- ラウンジでの戦も、ベルベットとエクストを討ったあたりまでは快調だった。
歯車が狂い始めたのは、カルリナの下野だ。
カルリナに知略を任せ、自分は武勇に重きを置こうと考えていたが、脆くも瓦解した。
そして、後先を考えているとは思えないような戦を繰り広げるヴィップに、連敗を喫した。
無茶にしか思えなかったあの戦が、この一騎打ちを見据えていたというのだから、ブーンには驚かされる。
大した決断力と実行力を身につけたものだ。
最後の総力戦では、ジョルジュとミルナが捨て駒となってまで城を奪いに来た。
あのとき、ブーンが二人と一緒に自分を狙いに来てくれれば、直接的な攻防を回避するだけで三人を討てた。
しかし、結果として近衛騎兵隊を失い、フェイト城まで奪われる惨敗だった。
それでも、この一騎打ちにさえ勝利できればよかった。
そうすれば、全てを手に入れることができたのだ。
最後は、個人と個人、アルファベットとアルファベットの勝負だった。
自分に能力さえあれば、ブーンを討てるはずだったのだ。
力が、及ばなかった。
端的に纏めれば、そうなる。
それだけでいい、とさえ思った。
長きにわたる戦いの中で、今日まで生き抜いてきた。
それが、無価値だったとは言わない。
ただ、勝利に優る価値などありはしないのだ。
それにしても、随分、長かった。
(´・ω・`)「少し、疲れたな」
ひとつ、息を大きく吐いた。
視界がまた、揺らめいた。
- 983 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 21:17:25
ID:/OgetcPg0
- ( ω )「……もう、いつ休んでもいいんだお」
そこで初めて、ブーンの表情を確認できた。
一騎打ちの最中の、峻厳な軍人の表情ではなかった。
そして、その手に握り締めているのは、アルファベットZ。
(´・ω・`)「さすがに、俺の心情はよく理解しているようだな」
苦しんだ末に息を引き取るよりは、一思いに刃で貫いてもらいたい。
それを、ブーンは分かってくれているようだ。
自分が望めば、いつでもZで斬る準備はできている、ということだろう。
アルファベットの細部までは、視界が霞んでしまって上手く確認できない。
亀裂でも入っているのだろうか。あるいは、最後の最後で頂点に達したのだろうか。
答えは、分からないままでいい、と思った。
(´・ω・`)「最後は、ツンのアルファベットで散る、か」
アルファベットZを作らせたあと、ツンは殺した。
後顧の憂いになることは間違いなかったからだ。
結局、そのアルファベットで最後を迎えることになった。
それも、敗者には似合いの末路かもしれない。
( ω )「アンタに討たれた、大勢の仇を、これで討てるお」
清々しい表情をしていてもおかしくない。
だが、ブーンの顔には、夜空と同じ色が貼りついているように思えた。
- 29
名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 21:25:45
ID:/OgetcPg0
- ( ω )「……多くの、大切な命を失ったお。戦が起きるうえでは、当然のことだとしても」
(´・ω・`)「それでも、仲間の仇を討つ。武人然とした理由だ」
( ω )「何度も何度も憎んだお。アンタさえいなければ、って、何度も……」
( ω )「でも――――」
アルファベットを握るブーンの手は、震えているように見えた。
あるいは、自分の視界が揺らいでいるのか。
( ω )「アンタがいたから、ブーンはここまで強くなれたお」
( ω )「天下を、掴むことができたんだお」
先ほども口にしたとおりだ。
実に、皮肉な話だった。
( ω )「こんなこと言っても、アンタにとっては屈辱でしかないかもしれないお」
( ω )「だけど、最後にひとつだけ、言わせてほしいんだお」
(´・ω・`)「……?」
( ω )「――――今まで、ありがとう、だお」
武人としても、軍人としても、甘い。
最初からずっと、ブーンはそうだった。
だが、自分にはないものだった。
- 38
名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 21:27:29
ID:/OgetcPg0
- (´・ω・`)「そうか」
淡い呼吸とともに、言葉が口から漏れる。
長い言葉を発するのは、もはや苦しい状況だ。
それを察したらしいブーンが、懐から何かを取り出した。
赤い巾着。そして、その口を開き、更にまた何かを手に取った。
視界はぼやけているが、分かる。
あれは、ハイナル草だ。
(´・ω・`)(やはり、どこまでも甘いな)
ハイナル草は、僅かだが人の体から感覚を奪う薬草だ。
痛みを和らげる際に用いられることが多い。
手で細かく砕かれたものが、自分の体に降りてきた。
何故それを懐に入れていたのかは分からないが、やはり甘い男だ。
ただ、決して悪い気はしない。
それから、アルファベットZが、ゆっくり振り上げられた。
最後を迎えるべきときが、来たようだ。
口にして残すべき言葉はない。
ただ、心の中だけでいい。
ただ、三人だけに。
- 49
名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 21:29:22
ID:/OgetcPg0
- (´・ω・`)(……クラウン国王)
(´・ω・`)(申し訳ありません。自分は、勝利することができませんでした)
(´・ω・`)(ラウンジの天下を掴むことは、できませんでした)
クラウンは、自分に全てを託してくれた。
必ず戻って来いと、言ってくれた。
クラウンの命令を遂行できないようでは、合わせる顔もない。
申し訳が、立たない。
(´・ω・`)(……ずっと、言っていただきたい言葉がありました)
(´・ω・`)("よくやった、息子よ"と……ただ、その一言を……)
(´・ω・`)(それを聞きたいがために、自分は、日々邁進してきました)
(´・ω・`)(……ご期待に沿えなかった自分には、相応しくない言葉だったのだと、今は思います)
(´・ω・`)(ですが……私にとっての父は、やはり貴方しかいません)
(´・ω・`)(……自分を拾って下さり、ありがとうございました、父上)
一度、目を瞬かせた。
視界が少し、暗くなったように思えた。
- 57
名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 21:30:49
ID:/OgetcPg0
- (´・ω・`)(……クー)
(´・ω・`)(お前の切願も……果たすことは、できなかったな)
(´・ω・`)(すまない……)
幼い頃から、自分のために働いてくれた。
自分のために、生きてくれた。
クー=ミリシア。
(´・ω・`)(お前にとっては、俺が全てだった)
(´・ω・`)(常に俺にとって最善となる行動を取ってくれたな)
(´・ω・`)(……先立つことになってしまった。申し訳なく思う)
(´・ω・`)(できれば……これからは、自分のために生きてくれ)
(´・ω・`)(お前が思うままに、生きてくれ。それが、最後の命令だ)
(´・ω・`)(……今まで力となってくれて、ありがとう)
もう一度、瞬きする。
世界は更に、色を重くしたように見えた。
- 69
名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 21:33:01
ID:/OgetcPg0
- (´・ω・`)(……ブーン)
(´・ω・`)(結局、お前に敗れることとなったが、お前を軍に引き入れたことは後悔していない)
(´・ω・`)(お前なしでは、俺もここまで来れなかったかもしれない、と。そう思うからこそだ)
入軍させたのも、才能を開花させたのも、全て自分だ。
結果として、最強の男を育て上げたのは、自分だったのだ。
だが、そのおかげできっと自分も成長した。
本来、届かなかったかもしれない高みに、今は届いているかもしれないのだ。
推論を述べはじめれば限りがない。
ただ事実としてあるのは、武人らしく在れたということだけだ。
例え、他の誰かから批判されるものであったとしても。
自分のなかでは、武人として生きることができた。
(´・ω・`)(……口にしたくはない。決して、口にしたくはないが)
(´・ω・`)(全てを賭した一騎打ちの相手として、お前は、これ以上を望むべくもない男だった)
(´・ω・`)(……お前が最後の相手で良かったと、心から思う)
(´・ω・`)(ありがとう、ブーン=トロッソ)
瞼が自然と閉じられた。
死が、重みとなって圧し掛かってきたせいだろうか。
- 80
名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 21:35:17
ID:/OgetcPg0
- 戦いに勝利することはできなかった。
それでも、常に最善を尽くして戦ってきた。
胸を張って、そう言える。
気を抜いたことも、手を抜いたことも、一度としてなかったと。
後になってから悔やまれたことはあっても、妥協したわけではなかった。
最善を尽くしたからこそ、成功も、失敗も、自分の糧となったのだ。
自分自身を、高みへと導けたのだ。
その点に関しては、僅かな後悔もなかった。
( ω )「……さよなら、だお」
アルファベットZが、瞼の向こうで動いたようだった。
実に、長かった。
あまりにも、長すぎた。
しかし、ようやく終わる。
望んでいた形では、なかったとしても。
心と体を休められるときが、来たようだ。
- 91
名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 21:37:26
ID:/OgetcPg0
-
(´-ω-`)「……さらば」
最後に、呟いた。
直後、自分の体を何かが突き抜けた。
――――そして、自分の視界は、白き闇に染まっていった。
- 115 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 21:39:08
ID:/OgetcPg0
-
・
・
・
ショボンが何を思いながら果てたのか、自分には分からない。
分かるはずもないことだ。
何が勝敗を分けたのかも、自分にさえ真実は不明だ。
後世の歴史家たちが研究してくれるのかもしれない。
ただ、背負った期待だけは、ショボンに優っていた。
それは、判然と言える。
ヴィップよりもラウンジのほうが人口は多かった。
ひいては、ラウンジの天下を望む者も多かったということだ。
加えて、ショボンはクラウンの期待を一身に背負ってきた存在でもある。
しかし、自分とショボンが決定的に違った点。
それは、ショボンはひとりでも戦えた、という点だ。
自分は、誰かが想いを託してくれなければ戦えなかった。
きっと、途中で膝を折ることになっていただろう。
単純な強弱でいえば、自分のほうが弱かったのかもしれない。
ただ、皆が積年の想いを、期待に乗せてくれた。
それを、自分は背負うことができた。
- 129 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 21:41:15
ID:/OgetcPg0
- 期待の質が違っていたのだ。
勝敗の分岐点となったのかは分からないが、確実に。
ショボンは、気付いていただろうか。
( ^ω^)「ほんの少し、何かが違っていれば、そっちで眠っているのはブーンのほうだったかもしれないお」
( ^ω^)「不思議なものだと、ブーンは思うお。でも、それが戦だお」
ショボンの遺体を埋めてから十年の月日が経ったせいだろうか。
あのときは、周りとの色の違いで、埋めた場所が分かったが、今はほとんど判別がつかない。
ただ、感覚的には覚えている。
一度、空を見上げた。
かつて見た光景と、ほとんど変わりはないように思えた。
そして、ショボンが眠る土の上に、宝鐸草を置く。
それから隣に、雪起こしの花を並べた。
ここに眠っているのは、ラウンジの大将、ショボン=ルージアル。
そして、アルファベットYとZだ。
どちらももう形はないだろう。
土に還っているはずだ。
それでも、眠っていることに変わりはない。
一騎打ちで、自分はショボンとアルファベットを終わらせた。
全てに、終止符を打ったのだ。
- 137 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 21:43:23
ID:/OgetcPg0
- ヴィップ国の法が守られる限り、再びアルファベットが製造されることはない。
それは、命を奪ったのと同義だ。
主導した自分が、弔うべきだった。
( ^ω^)「……それじゃあ、また、だお」
馬に跨り、手綱を握った。
十年ぶりの再会、だった。
決して悪いものではない。
今後は、年に一度は会いに来よう。
そう思えた。
―― 一ヶ月後――
――アロプス町――
日によっては、暑さを感じるくらいの陽気があった。
ヴィップ城の周りの桜は、もう全て散っただろうか。
十年ぶりの帰郷。
国から離れた身としては、初めてになる。
天下統一の直後に戻ったときは慌ただしく、ほとんど滞在できなかった。
家族と少し話す程度の時間しか取れなかったのだ。
今度は、しばらくは留まれる。
( ^ω^)「おっ」
町の入口で、懐かしい顔を見つけた。
およそ十二年ぶりだろうか。
- 146 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 21:45:09
ID:/OgetcPg0
- (θοθ)「あ! ブーン=トロッソじゃん!」
( ^ω^)「久しぶりだお、プレミオ」
プレミオ=アリオンは、かつてリリィと一緒に暮らしていた孤児だ。
成人になってからは、この町で警備兵をやっていると聞いていた。
( ^ω^)「随分でっかくなったもんだお。たくさん食べてるお?」
(θοθ)「まぁな! 警備長になって給料増えたしな!」
( ^ω^)「頼もしい限りだお」
(θοθ)「今ならアンタだって倒せるかもだぜ!
後で手合せしてくれよ!」
( ^ω^)「おっおっ、望むところだお」
从*‘ー‘)「ブーンさん!」
( ^ω^)「おっ」
今日帰ると、既に手紙で伝えてはあった。
出迎えに来てくれたらしい。
( ^ω^)「リリィ、久しぶりだお」
从*‘ー‘)「お帰りなさい! お久しぶりです!」
リリィと会うのも、十二年ぶりだ。
十年前に帰省したときは、まだマドマギ城の城下町の孤児院にいた。
孤児が減ったことで孤児院を続けていく必要がなくなり、故郷のアロプス町に戻ってきたのは七年前のことだ。
- 154 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 21:47:12
ID:/OgetcPg0
- 从*‘ー‘)「長年の国務……本当に、お疲れ様でした」
( ^ω^)「ありがとだお、リリィ」
(θοθ)「アンタ働きすぎだったぜ、どう考えても。死ぬほど休んじゃえよ」
( ^ω^)「そうさせてもらうお、プレミオ」
从;‘ー‘)「プレミオ、ちゃんと敬語を使いなさい。失礼でしょ」
(θοθ)「えー。皇帝だったらそうしたけど、もう一般人だしなー」
( ^ω^)「プレミオに敬語なんて使われたら、なんか気持ち悪いお。このままでいいお」
(θοθ)「ほら! いいってさ!」
从*‘ー‘)「すみません、ブーンさん」
( ^ω^)「ただし、ブーン以外の年上にはちゃんと敬語を使うこと。これは守ってもらうお」
(θοθ)「しょーがねーなー。そこまで言うなら守ってやるよ」
二人とも、以前に会ったときと変わっていない。
十二年という歳月は些かの不安を植え付けるには充分だったが、安堵できた。
从*‘ー‘)「しばらくは町に滞在されるのですか?」
( ^ω^)「そのつもりだお」
从*‘ー‘)「夜はそちらにお邪魔させていただく予定なんです。一緒に夕食を、と誘っていただいたので」
(θοθ)「俺もだぜ!」
( ^ω^)「おっおっ、了解だお。楽しみにしてるお」
- 160 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 21:49:01
ID:/OgetcPg0
- (θοθ)「じゃあ俺は仕事に戻るぜ。この町の平和は俺の双肩にかかってるからな!」
( ^ω^)「頑張ってだお、プレミオ」
从*‘ー‘)「じゃあ、私は町をご案内しますね。ブーンさんが知っていた頃とは、少し様変わりしていますから」
( ^ω^)「ありがとだお。お願いするお」
槍を持って張り切るプレミオと別れ、リリィと一緒に町を歩いた。
昔にあった建物がなくなっていたり、建て替わったりしている。
ドクオと共によく遊んだ廃屋は取り壊されてしまったようだ。
从*‘ー‘)「この広場で鬼ごっこしていたのを、今でも覚えてます」
( ^ω^)「ブーンはドクオと木の棒で打ち合ったりしてたお」
从*‘ー‘)「"あのときのチャンバラがブーンの才能を支えてる"って、兄は冗談っぽく手紙に書いてましたよ」
二人で昔話に花を咲かせ、談笑しているうちに、町の中央広場に着いた。
ここは、あのときと全く変わっていない。
木製の掲示板に、何枚かの紙が貼付されている。
( ^ω^)「懐かしいお」
ここで、新兵募集の張り紙を見て、ドクオと二人で試験を受けに行った。
全ては、ここから始まったのだ。
応募したときは、まさか自分が大将になるとは夢にも思わなかった。
皇帝として国を統治するなど、考えもしなかった。
- 167 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 21:50:48
ID:/OgetcPg0
- 从*‘ー‘)「ここから、ブーンさんと兄は、志を追い求めはじめたんですね」
( ^ω^)「そうだお。長い道程だったお」
从*‘ー‘)「本当に、ありがとうございます。今の平和は、ブーンさんあってこそです」
( ^ω^)「ブーンだけの力じゃないお。みんながいたからだお。もちろん、ドクオも」
从*‘ー‘)「はい。そうですよね」
自分だけで成し遂げられることではなかった。
皆のおかげで成長し、皆に支えられたことで戦場に立てたのだ。
途中で果ててしまった者も、最後まで生き抜いた者も、間違いなく天下に貢献した。
誰が欠けていたとしても、今のヴィップの世はないだろう。
( ^ω^)「大変だけど、これからも守っていかなきゃいけないお。この平和を」
( ^ω^)「その基盤は固めてきたつもりだお。あとは、このまま進んでくれることを願うお」
平坦な道が永遠に続くはずはない。
凹凸に足をとられ、躓きそうになるときもあるだろう。
岐路に立って迷うときもあるだろう。
それでも、臆せずに進んでいかなければならないのだ。
広場を後にする頃には、もう陽が傾きはじめていた。
いったん家に戻るというリリィと別れ、一人で町を練り歩く。
- 175 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 21:52:31
ID:/OgetcPg0
- [*ror]「ブーン=トロッソ様、長年お疲れ様でした」
(*а_а)「おかげさまで町に人が増え、活気が戻ってきています」
( ^ω^)「ありがとうだお」
リリィと一緒に歩いているときもそうだったが、すれ違う人のほとんどが声を掛けてくれた。
労いの言葉、感謝の言葉。
皆、一様に好意的だった。
突如として皇帝を辞めたことを、批判されるのではないか、とも思っていた。
今のところは、その声も上がっていない。
これまでの仕事が評価されているらしい。
またひとつ、肩の荷が下りた気分だった。
( ^ω^)「……ここも、かなり懐かしく感じるお」
陽が落ち切る前には到着できた。
前回の帰省では、ここに来ることさえできなかったのだ。
自分の生まれ育った、実家だった。
( ^ー^)「兄さん! お帰り!」
家の前に到着したのを、屋内から見たらしい。
弟のビーンが、慌てて外に飛び出してきた。
( ^ω^)「ただいまだお、ビーン」
( ^ー^)「良かった、元気そうで何よりだよ」
( ^ω^)「ビーンも健勝で安心したお」
- 179 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 21:53:37
ID:/OgetcPg0
- ( ^ー^)「十年ぶりだね。前はちょっとしか話せなかったからなぁ」
( ^ω^)「しかも町の入口で……あのときは仕事が多すぎて、全然時間が取れなかったんだお」
( ^ー^)「しばらくゆっくりできるね」
( ^ω^)「だおだお。ところで、後ろに隠れているのは……」
( ^ー^)「あっ」
家の戸口から、覗き込むようにしてこちらを見ている女性がいた。
話だけは聞いているが、直接会うのは、これが初めてだ。
( ^ー^)「嫁のルナだよ。兄さんとは初めてだね」
( ^ω^)「話に聞いてたとおり、美人さんだお」
( ^ー^)「ほら、挨拶するんでしょ、ルナ」
川*∂ _∂)「は、はい!」
小柄で、体つきは華奢だった。
顔は、夕日にも劣らないほど赤らんでいる。
川*∂ _∂)「は、は、初めまして! 陛下!」
(;^ω^)「もう皇帝じゃないお」
川;∂ _∂)「あっ、そ、そうですよね!」
(;^ω^)「なんでこんなに緊張してるお?」
(;^ー^)「元々そういう性格なんだけど、今回は凄いなぁ。今まで見たことないくらいだよ」
- 189 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 21:55:23
ID:/OgetcPg0
- 川;∂ _∂)「ル、ルナといいます!
不束者です!」
(;^ω^)「そこは『不束者ですがよろしくお願いします』とかじゃないのかお?」
川;∂ _∂)「あ、そ、そうです!」
(;^ー^)「一昨日から何回も挨拶の練習したんだけどなぁ。うーん」
林檎のように紅潮したルナの顔は、それから半刻ほど談笑したところでようやく平静を取り戻してくれた。
緊張が解れたときの笑顔は楚々としていて、人柄の良さが滲み出ていた。
( ^ω^)「おっ」
三人で話している間に、窓から立ち上っていた炊煙が消えた。
どうやら、夕食が出来上がったらしい。
そして、開かれる家の扉。
J( 'ー`)し「お帰りなさい、ブーン」
( ^ω^)「ただいま、だお。カーチャン」
十年前も少しだけ言葉を交わしたが、ゆっくり話すのは、実に数十年ぶりだ。
もはや、懐かしいという感情さえ消えるほどの時間だった。
――夜――
仕事を終えたプレミオと共にリリィが家に来て、六人が揃った。
昔使っていたものより大きくなった食卓に、隙間がないほど料理が並べられている。
(*θοθ)「すげー! めっちゃいっぱいある!」
从;‘ー‘)「お手伝いできなくてすみません、お母様」
J( 'ー`)し「いいのよ。ルナが手伝ってくれたし、楽しんで作れたから」
- 201 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 21:57:14
ID:/OgetcPg0
- ( ^ー^)「兄さんは人参食べられるようになったの?」
( ^ω^)「戦場じゃ好き嫌い言ってられないから何でも食べたお。おかげで偏食は直ったお」
J( 'ー`)し「それじゃあ、食べましょうか」
( ^ω^)「おっおっ、いただきますだお」
( ^ー^)「いただきまーす」
両手を合わせてから、皆が箸を伸ばした。
大皿に乗った豚の蒸し焼きや、牛肉と白菜の煮物、蒸した饅頭など。
様々な料理が次々に平らげられていく。
J( 'ー`)し「プレミオくんは相変わらずよく食べるわね」
(*θοθ)「すっげー美味しいです! 最高です!」
(;^ω^)「口の周りにご飯粒つきまくってるお」
从*‘ー‘)「もー、プレミオったら……」
( ^ω^)「ご飯食べ終わったらみっちり稽古つけてやるお」
(θοθ)「おう! 美味い飯食べて百人力だからな、返り討ちにしてやるぜ!」
( ^ー^)「この鶏肉と鶏卵の炒めものはルナが作ったのかな?」
川*∂ _∂)「あ、はい。私です」
( ^ー^)「すごく美味しいよ、ルナ」
川*∂ _∂)「あ、ありがとうございます」
気恥ずかしそうにルナが顔を伏せる。
ビーンに褒められたことが、心から嬉しいのだろう。
- 214 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 21:59:54
ID:/OgetcPg0
- ( ^ω^)「いいお嫁さんを貰ったもんだお、ビーン」
( ^ー^)「本当だね。僕にはもったいないよ」
川*∂ _∂)「い、いえ、そんな、私のほうこそ……」
( ^ω^)「ブーンに遠慮せず、もっと早く結婚したら良かったんだお」
( ^ー^)「うーん……でもやっぱり、気が引けちゃったんだよ。兄さんが命を懸けて戦ってる最中だったし」
J( 'ー`)し「まぁ、知り合ったのも終戦の三年前くらいだから、そんなに長く待ったわけでもないのよ」
( ^ー^)「トロッソ家に嫁ぐってことに迷いもあったみたいだしね」
( ^ω^)「え、そうなのかお?」
川;∂ _∂)「私なんかが義妹になったら、ヴィップ軍大将の名を汚してしまうのではないかと……」
(;^ω^)「そんなわけないお」
( ^ー^)「心配性すぎるところがあるんだよ、ルナは」
( ^ω^)「でも、そういう控えめなところ、いいと思うお」
川*∂ _∂)「あ、ありがとうございます」
( ^ω^)「あとは、お腹の子が無事に生まれてくるのを願うお」
( ^ー^)「兄さんが願ってくれたら大丈夫だよ。兄さんは色んな人の願いを叶えてきたんだから」
食卓の料理はほとんど自分とプレミオが平らげた。
他の四人はそれほど量を必要としていないようだ。
- 226 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 22:02:18
ID:/OgetcPg0
- 食卓が空いて、食後の紅茶を皆で楽しんでいるときに、今後の生き方を打ち明けた。
各地を巡ること、アルファベットの平和利用法を探すこと。
驚かれるかとも思っていたが、意外にも皆、落ち着きをもって受け止めていた。
( ^ー^)「なんとなく、またすぐ旅立っちゃうんじゃないかって気がしてたんだよ」
(θοθ)「お見通しだぜ!」
从*‘ー‘)「この小さな町に収まるような人ではありませんしね」
(;^ω^)「おっおっ、読まれてたみたいだお」
J( 'ー`)し「寂しいけどねぇ……」
( ^ω^)「ごめんだお、カーチャン。やっと家に戻ってきたのに……」
J( 'ー`)し「だけど、ブーンが頑張ってくれたおかげで、私たちはヴィップによる平和を味わえてるわ」
J( 'ー`)し「あまり我が侭を言ってブーンを困らせちゃいけないわね」
( ^ー^)「何をやると言っても許されるだけのことをしてきたと思うよ、兄さんは」
( ^ω^)「ありがとだお、カーチャン、ビーン」
普通ならば味わえるはずの、家族との時間は、失ってきた。
しかし、これから取り戻そうと思えば取り戻せる。
それでも自分は、旅立たなければならない。
新たな志を見つけたが故に。
これまでも、志のために生きてきた。
これからも、志のために生きてゆく。
それが、ブーン=トロッソだからだ。
- 238 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 22:05:44
ID:/OgetcPg0
- (;θοθ)「……あのさ、あんた化け物だろ?」
( ^ω^)「おっおっ」
紅茶を飲み終えたあと、外に出てプレミオと木の棒で打ち合った。
大振りの一撃を回避し、素早く後ろに回り込んで、一閃。
五度ほど戦ったが、結果は全て似たようなものだった。
(;θοθ)「実は一年くらい前に、ニダー長官が来たんだよ」
( ^ω^)「おっ、ニダーさん。こんな小さな町も視察に来てくれるのかお」
(;θοθ)「あの人めっちゃ怖いな。警備のちょっとした緩みは全部叱責されたぞ」
( ^ω^)「心根は優しい人だお。でも、仕事に対しては妥協しない人なんだお」
(;θοθ)「そんでさ、警備長の腕前を確認するって言われて打ち合ったんだよ。ニダー長官と」
( ^ω^)「おっ、どうなったお?」
(;θοθ)「そんなもん惨敗に決まってんだろ。こっちは本物の槍で戦ったのに、素手の長官に負けたくらいだぞ」
(;^ω^)「それは悲惨な敗北だお……」
(;θοθ)「その長官が言ってたんだ。『ブーン皇帝はウリよりもっと強い』って」
(;θοθ)「嘘だろって思ったけど、あんた本当にめちゃくちゃ強いんだな」
( ^ω^)「ニダーさんに勝てるのはブーンくらいのもんだと思うお」
(θοθ)「あんたのこと、ちょっとだけ尊敬したぜ。ちょっとだけな」
(;^ω^)「そんなに『ちょっとだけ』を強調するくらいなら尊敬されなくて結構だお」
- 256 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 22:08:57
ID:/OgetcPg0
- 从*‘ー‘)「お稽古、終わりましたか?
ブーンさん」
( ^ω^)「リリィ。ちょうど終わったところだお」
夕食の後片付けを手伝ってくれていたリリィが、外に出てきた。
食器を洗う水で手が冷えたらしく、両手に息を吐きかけている。
从*‘ー‘)「ビーンさん、見てたんですよね。どうでした?」
( ^ー^)「プレミオくんも頑張ってたけど、兄さんの圧勝だったよ」
(θοθ)「くそー、もっと強くならなきゃだな。こんなんじゃ町の人を守れねぇ!」
( ^ω^)「訓練次第だお。ここにいる間は稽古つけてやるお」
(θοθ)「おう! それならもっと強くなれる!」
( ^ω^)「でも、一番大事なのは地道な努力だお。毎日の鍛錬を怠っちゃいけないお」
(θοθ)「分かってる! 時間はかかるだろうけど強くなりたい!」
( ^ω^)「その意気があれば大丈夫だお」
才覚は、どちらかといえばあるほうだろう。
アルファベットでも、Jの壁は悠々越えられたのではないかと思える。
あとは本人の努力次第だ。
从*‘ー‘)「じゃあ、おやすみなさい。ブーンさん」
(θοθ)「明日の夜も来るからな! 忘れんなよ!」
( ^ω^)「おやすみだお、リリィ、プレミオ」
リリィは今、中央広場の近くで花屋を営んでおり、そこで暮らしている。
プレミオの家も近くにあるという。
- 264 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 22:11:19
ID:/OgetcPg0
- ( ^ー^)「プレミオくん、この町に着任したときに、リリィさんに言ったらしいよ」
( ^ω^)「お?」
( ^ー^)「『リリィさんは絶対に俺が守る!』って」
( ^ω^)「おっおっ、そうなのかお」
( ^ー^)「小さい頃からずっとリリィさんに世話してもらってたわけだからね、恩も感じてるんだろうけど」
( ^ω^)「それであんなに張り切ってるのかお。納得だお」
( ^ー^)「リリィさんも、プレミオくんの成長が嬉しいみたい。頑張ってほしいよね」
( ^ω^)「だおだお」
二人の背中を見送ってから、家に戻った。
台所ではルナが明日の朝食の仕込みをやっているようだ。
ただ、カーチャンの姿は見えなかった。
( ^ー^)「きっと、あそこじゃないかな」
ビーンが指差したのは、寝室。
もう寝ている、という意味ではなさそうだ。
( ^ω^)「カーチャン」
J( 'ー`)し「あら、ブーン」
ビーンの言ったとおり、寝室で何かを見ているカーチャンがいた。
本だろうか。随分と古いもののようだ。
( ^ω^)「それは……」
J( 'ー`)し「とーちゃんのね、遺品よ」
- 275 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 22:13:21
ID:/OgetcPg0
- 入軍以前、この家に住んでいた頃は、あまり見たことがなかった。
どうやら日記のようだ。
J( 'ー`)し「軍でとーちゃんが書いてたみたいなの。戦死したあと、家に送られてきて」
( ^ω^)「そうだったのかお。知らなかったお」
J( 'ー`)し「これを見せたらきっと、ブーンもビーンも軍に行っちゃうって思ってね。隠してたのよ」
J( 'ー`)し「まぁ、結局ブーンはこれを見せなくても行っちゃったんだけどねぇ……」
(;^ω^)「おっおっ、心配かけてごめんだお」
J( 'ー`)し「無事に帰ってきてくれたからね、それが何より。だからもう、いいのよ」
日記を開いた状態で、カーチャンは渡してきた。
年号と日付から察するに、戦死の少し前に書かれた部分らしい。
J( 'ー`)し「『もし俺が死んでも、いつか俺の息子たちが志を果たしてくれる』」
J( 'ー`)し「『ヴィップの天下を成し遂げてくれる』って。そう書いてあるのよ」
( ^ω^)「とーちゃん……」
その日記の文字は、ところどころ滲んでいる。
恐らくカーチャンは、絶対にこの記述を見せたくなかったのだろう。
( ^ω^)「とーちゃん、見ててくれたかお?」
( ^ω^)「ブーンは、立派に軍人として育って、ヴィップの天下を掴んできたお」
( ^ω^)「とーちゃんは、ブーンにとって自慢の父親だったお。ブーンも、自慢の息子になれたと思うお」
( ^ω^)「これからはカーチャンもビーンも安全だお。安心してほしいお」
- 280 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 22:15:10
ID:/OgetcPg0
- 父の思いを直接聞いたことはなかった。
しかし、やはり自分は、ベーン=トロッソの息子だ。
父と同じ志を抱き、そして、父の願いを叶えていたのだ。
J( 'ー`)し「ブーン、これまであなたは、多くの人の願いを叶えてきたわ」
J( 'ー`)し「入軍には反対だったけど、ブーンのおかげでヴィップは平和を掴めた」
J( 'ー`)し「だから、本当はこれからもこの町にいてほしいけど、引き止めはしないわ」
( ^ω^)「ごめんだお、かーちゃん」
J( 'ー`)し「ううん。これからはもっと、自由に生きてほしい。そう思うからこそよ」
J( 'ー`)し「だけど、時々は帰ってきてね。私もビーンも、ルナもリリィちゃんも、プレミオくんだって待ってるから」
( ^ω^)「ありがとだお。ヴィップ城にも、この町にも、ちょくちょく帰るつもりだお。安心してほしいお」
J( 'ー`)し「えぇ。気を付けてね」
その日、数十年ぶりの我が家での寝床は、体が溶けそうなほど心地よかった。
――二週間後――
馬に載せる荷物はそれほど多くなかった。
食糧などは先々で購入していけばいい。
最低限の刃物や火種などがあれば事足りた。
かつて、ドクオと新兵募集の報せを見たときと同じように、快い朝風が吹いている。
- 291 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 22:17:45
ID:/OgetcPg0
- ( ^ー^)「兄さんが馬に乗ってる姿、すごくかっこいいな」
払暁を迎えたばかりだが、五人が見送りに来てくれた。
町はまだ寝静まっている。
( ^ー^)「僕も馬に乗りたくなっちゃうくらいだよ」
( ^ω^)「大農園で稼いでるんだから、馬の一頭くらい飼ってみるのもいいと思うお」
( ^ー^)「うん、検討してみるよ」
川*∂ _∂)「わ、私も乗ってみたい、です」
( ^ー^)「ほんと? じゃあこれは本当に買わなきゃだね」
( ^ω^)「財務長官のロマネスクがいい目を持ってるお。手紙で話をつけておくから、今度相談してみるといいお」
( ^ー^)「ありがとう、兄さん。昔と変わらず優しいままだね」
( ^ω^)「おっおっ。これくらいはお安い御用だお」
(θοθ)「心優しいブーン=トロッソ様、私に馬を与えていただけないでしょうか」
(;^ω^)「なんだお、その言葉遣い。気持ち悪いお」
(θοθ)「なんだよ、せっかく敬ったのに。もういいや」
( ^ω^)「今度会ったとき、ブーンに一撃でも入れられたら買ってあげるお」
(θοθ)「ほんとか!? よーし、めっちゃ鍛錬してやるからな!」
( ^ω^)「期待してるお、プレミオ」
- 311 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 22:20:53
ID:/OgetcPg0
- 从;‘ー‘)「すみませんブーンさん、プレミオの我が侭を……」
( ^ω^)「励みになるなら、馬なんて安いもんだお。この町にいる大切なみんなの安全は、プレミオにかかってるんだお」
(θοθ)「おう! 俺に任せてれば安心だからな、アンタは気にせず行ってくれ!」
( ^ω^)「ありがとだお、プレミオ」
こうやって、他愛もない話をしている時間は、充実していた。
この町で暮らし続けるというのも、幸せを求めるという点では最善と言っていい選択かもしれない。
ただ、それでも自分は、行かなければならないのだ。
( ^ω^)「次、いつ帰ってくるかは分かんないお」
馬の小さな嘶きが聞こえる。
軽く上げた前脚が春の新芽を踏み締めた。
( ^ω^)「一年後か、二年後か……五年くらい帰ってこれないかもしれないお」
いつかは、未知の海へと向かうことも考えていた。
つまり、旅の途中、何らかの理由で不意に果てる可能性はあるのだ。
その可能性は、口にしないでおいた。
言葉にせずとも皆わかっていることだろう。
( ^ω^)「ときどき手紙は出すお。みんなからは、ヴィップ城に出してくれれば何とか自分に届けてもらうようにするお」
( ^ω^)「……また帰ってきたら、みんなでご飯食べるお」
皆、明るい笑顔で頷いてくれた。
自分にも、心安らぐ場所はあるのだ、と教えてもらった気がした。
- 324 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 22:23:44
ID:/OgetcPg0
- ( ^ω^)「それじゃあ」
腿で、馬を軽く締め上げる。
馬からの反応は悪くなかった。
( ^ー^)「また会おうね! 兄さん!」
(θοθ)「次はめっちゃ強くなってるからな!
覚悟してろよ!」
川*∂ _∂)「こ、今度はたくさんお話、聞かせてください!」
从*‘ー‘)「手紙出します! また!」
J( 'ー`)し「気をつけてね! 行ってらっしゃい!」
馬の前脚が大きく上がり、そのまま駆け出した。
手綱を確かに握り締め、風を受けながら進む。
ただ、前へと。
幼い頃から抱きつづけた夢は、果たした。
これからまた、違った夢を求めて駆け続けることになる。
戦を通じて、人として成長した。
人との出会いのなかで、男として逞しくなれた。
アルファベットを握ることで、自分は、強くなれたのだ。
時には、何かを得ながら。
時には、何かを失いながら。
- 337 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 22:25:46
ID:/OgetcPg0
- 最初に抱いた信念は、揺らぐことなく存在しつづけた。
だからこそ、苦難にも浮沈にも耐えられたのだ。
これからも様々な試練が待ち受けるだろう。
思いもよらない事態に遭遇することもあるだろう。
しかし、不思議と不安はなかった。
何が起きようとも、立ち向かってゆける。
そう確信できるだけの生き方で、これまで生きてきたからこそ。
戦ってきたからこそ。
不安など、抱く必要はないのだ。
ただ、自分を信じることさえできれば。
それだけで、いいのだ。
( ^ω^)「行ってきます、だお!」
未知なる道へ。
果てなき果てへ。
ただ、進み行く。
アルファベットを武器にして得た、強さを持って。
- 364 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 22:27:14
ID:/OgetcPg0
-
.
- 400 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 22:29:02
ID:/OgetcPg0
-
Credit Title
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- 430 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 22:30:50
ID:/OgetcPg0
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互いに信じあってこその、信頼だ。
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└――――――――――――――――┐
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(`・ー・)
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ハンナバル=リフォース
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- 456 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 22:32:28
ID:/OgetcPg0
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. このベル=リミナリーを、一人で戦場にも立てぬ男と貶めてくれるな。
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┌――――――――――――――――┘
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(`∠´)
ベル=リミナリー
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- 476 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 22:33:47
ID:/OgetcPg0
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民が、自分の将来を、あるいは我が子や孫の将来を、期待できるような……。
そんな国にしたいのです、私は。
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└――――――――――――――――┐
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/
,' 3
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アラマキ=スカルチノフ
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- 485 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 22:35:28
ID:/OgetcPg0
- .
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. このラウンジという国が、天下を治めるのを夢にしているんだ。
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┌――――――――――――――――┘
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( ´ノ`)
クラウン=ジェスター
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- 498 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 22:37:18
ID:/OgetcPg0
- |
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去りゆく老将に敗する。それもまた、運命でしょう。
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└――――――――――――――――┐
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( ´∀`)
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モナー=パグリアーロ
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- 508 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 22:38:55
ID:/OgetcPg0
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それでも俺は、ラウンジの天下を望もう。
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┌――――――――――――――――┘
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(`・ι・´)
アルタイム=フェイクファー
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- 524 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 22:40:25
ID:/OgetcPg0
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悔いはないさ……昔の俺だけが、『死にたくないよう』と叫んでいるがな……。
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└――――――――――――――――┐
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(=゚ω゚)ノ
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イヨウ=クライスラー
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- 539 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 22:42:22
ID:/OgetcPg0
- .
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. オオカミをこんなところで終わらせるわけにはいかない。
. これから繁栄させなければならない国だからだ。
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┌――――――――――――――――┘
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〔´_y`〕
ガシュー=ハンクトピア
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- 554 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 22:44:10
ID:/OgetcPg0
- |
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だからせめて、城にいる間はあいつのわがままを全部聞いてやるんだ。
それくらいしかできない。いずれ平和を手に入れて、落ち着いた生活を送れるようになるまではな。
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└――――――――――――――――┐
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(,,゚Д゚)
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ギコ=ロワード
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- 564 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 22:45:25
ID:/OgetcPg0
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. 可能性としては、明確な裏切り者がいると考えても――――
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┌――――――――――――――――┘
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| `゚ -゚|
フィル=ブラウニー
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- 572 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 22:47:04
ID:/OgetcPg0
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今までそうだったように、最後も、ヴィップの力だけで勝ちたいと思ったんです。
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└――――――――――――――――┐
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( ><)
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ビロード=フィラデルフィア
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- 577 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 22:48:37
ID:/OgetcPg0
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. 見逃してやろうかとも思ったが、無粋だったな。
. お前の意気を感じ取るのを忘れていた。
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┌――――――――――――――――┘
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《 ´_‥`》
ドラル=オクボーン
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- 582 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 22:50:05
ID:/OgetcPg0
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私は何も特別なことはしません。他の兵と違う部分があるとすれば、
ヴィップの天下に貢献したいという気持ちが強いことだと思います。
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└――――――――――――――――┐
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( <●><●>)
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ベルベット=ワカッテマス
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- 594 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 22:52:04
ID:/OgetcPg0
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. 私は――――この国を、失いたくありません。
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┌――――――――――――――――┘
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(ゝ○_○)
リレント=ターフル
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- 615 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 22:54:51
ID:/OgetcPg0
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お前の思い通りにはさせない。
ヴィップは必ずラウンジを打ち破る。
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└――――――――――――――――┐
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(‘_L’)
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フィレンクト=ミッドガルド
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- 632 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 22:57:04
ID:/OgetcPg0
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. 嬉しくなんか……嬉しくなんか……ないんだからね……。
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┌――――――――――――――――┘
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ξ゚听)ξ
ツン=デレート
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- 650 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 22:59:23
ID:/OgetcPg0
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その鳥さん、空とおんなじ色に見えたんだ。
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└――――――――――――――――┐
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(*゚ー゚)
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しぃ
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- 659 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 23:01:26
ID:/OgetcPg0
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. 私は自分の意思で命を絶つことなど、許されてはいないのです。
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┌――――――――――――――――┘
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川 ゚ -゚)
クー=ミリシア
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- 670 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 23:03:10
ID:/OgetcPg0
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生きすぎたくらいだ……俺より長く生きられたはずの男は、多い……。
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└――――――――――――――――┐
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(-_-)
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ヒッキー=ヘンダーソン
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- 680 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 23:04:55
ID:/OgetcPg0
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. 自分たちが必ずや、天下をご覧にいれますから。
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┌――――――――――――――――┘
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ミ,,゚Д゚彡
フサギコ=エヴィス
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- 687 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 23:06:31
ID:/OgetcPg0
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それ以上に大切なことは、この国を愛するようになってもらうことだ。
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└――――――――――――――――┐
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( ´_ゝ`)
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アニジャ=サスガ
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- 697 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 23:07:43
ID:/OgetcPg0
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. 信じる力を、侮らないでほしい。俺たちは、結託して戦っていくしかないんだ。
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┌――――――――――――――――┘
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(´<_` )
オトジャ=サスガ
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- 714 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 23:09:42
ID:/OgetcPg0
- |
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下賎の輩の首は、貴公らにこそ相応しい。
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└――――――――――――――――┐
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( ФωФ)
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ロマネスク=リティット
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- 725 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 23:11:28
ID:/OgetcPg0
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. 花は毎年同じように咲きますが
. その花を見る人は、毎年変わります。永劫同じ人が見続けることは叶いません。
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┌――――――――――――――――┘
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( ̄⊥ ̄)
ファルロ=リミナリー
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- 738 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 23:13:14
ID:/OgetcPg0
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誇りがあるからこそ、やられたことをやり返すようなマネは、しちゃいけないんだと思うニダ。
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└――――――――――――――――┐
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<ヽ`∀´>
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ニダー=ラングラー
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- 752 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 23:15:16
ID:/OgetcPg0
- .
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ずっと、見守り続けていてください。
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あなたのラウンジを、天下に導いてみせます。
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┌――――――――――――――――┘
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( ’ t ’ )
カルリナ=ラーラス
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- 764 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 23:17:27
ID:/OgetcPg0
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際限はないでしょう。力は、どこまでも追い求めることができてしまいます。
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└――――――――――――――――┐
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(个△个)
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ルシファー=ラストフェニックス
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- 785 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 23:20:04
ID:/OgetcPg0
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. 自分にも……できることが、あって……それが、何よりです……。
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┌――――――――――――――――┘
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(‐λ‐)
レヴァンテイン=ジェグレフォード
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- 793 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 23:22:20
ID:/OgetcPg0
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見つけてもらうんだ……!!
ぜったいに……!!
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└――――――――――――――――┐
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.
(・∀
・)
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シャイツー=マタンキ
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- 807 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 23:23:55
ID:/OgetcPg0
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. アルファベットを振るうことに惑いを感じたときは、必ず志を思い出せ。
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┌――――――――――――――――┘
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( ・∀・)
モララー=アブレイユ
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- 824 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 23:25:32
ID:/OgetcPg0
- |
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ここから先は、生きたいと思ったやつが死ぬ世界だ。
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└――――――――――――――――┐
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.
(
゚д゚)
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ミルナ=クォッチ
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- 850 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 23:27:52
ID:/OgetcPg0
- .
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. 誓います。自分にとって、唯一の家族である、ハンナバル総大将に。
. 必ず、ヴィップの覇道を成し遂げると。
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┌――――――――――――――――┘
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|
( ゚∀゚)
ジョルジュ=ラダビノード
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- 870 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 23:30:40
ID:/OgetcPg0
- |
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我がヴィップ国に、永久なる栄光あれ。
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└――――――――――――――――┐
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('A`)
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ドクオ=オルルッド
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- 905 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 23:33:10
ID:/OgetcPg0
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実に、長かった。あまりにも、長すぎた。
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┌――――――――――――――――┘
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(´・ω・`)
ショボン=ルージアル
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- 968 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 23:40:11
ID:/OgetcPg0
- |
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だからヴィップ国のために戦うお!
とーちゃんもきっとそれを望んでるお!
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└――――――――――――――――┐
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東と西、両方が協力しあって――――
.
――――初めて、この世に光が生まれるんだお。
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.
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.
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- 84
名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 23:45:40
ID:/OgetcPg0
- .
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.
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.
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.
.
誰よりも、この国を愛する者として。
.
.
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.
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┌――――――――――――――――┘
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( ^ω^)
ブーン=トロッソ
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- 129 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 23:48:40
ID:/OgetcPg0
- |
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|
|
|
└――――... and all Alphabets.
.
- 177 名前:第120話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 23:51:03
ID:/OgetcPg0
-
( ^ω^)ブーンがアルファベットを武器に戦うようです
〜The
End〜
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