- 10
名前:登場人物
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 09:38:15
ID:/OgetcPg0
- 〜ヴィップの兵〜
●( ^ω^) ブーン=トロッソ
32歳 大将
使用可能アルファベット:Y
現在地:ヴィップ城
●( ・∀・) モララー=アブレイユ
37歳 中将
使用可能アルファベット:?
現在地:ヴィップ城
●<ヽ`∀´> ニダー=ラングラー
48歳 中将
使用可能アルファベット:T
現在地:ヴィップ城
●ミ,,゚Д゚彡 フサギコ=エヴィス
44歳 少将
使用可能アルファベット:R
現在地:ヴィップ城
●( ´_ゝ`) アニジャ=サスガ
46歳 大尉
使用可能アルファベット:P
現在地:ヴィップ城
- 11
名前:登場人物
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 09:39:35
ID:/OgetcPg0
- ●(´<_` ) オトジャ=サスガ
46歳 大尉
使用可能アルファベット:P
現在地:ヴィップ城
●( ФωФ) ロマネスク=リティット
25歳 中尉
使用可能アルファベット:N
現在地:ヴィップ城
●(个△个) ルシファー=ラストフェニックス
25歳 少尉
使用可能アルファベット:L
現在地:ヴィップ城
●/ ゚、。 / ダイオード=ウッドベル
30歳 中尉
使用可能アルファベット:?
現在地:ヴィップ城
- 12
名前:階級表
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 09:41:17
ID:/OgetcPg0
- 大将:ブーン
中将:モララー/ニダー
少将:フサギコ
大尉:アニジャ/オトジャ
中尉:ロマネスク/ダイオード
少尉:ルシファー
(佐官級は存在しません)
- 14
名前:使用アルファベット一覧
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 09:42:19
ID:/OgetcPg0
- A:
B:
C:
D:
E:
F:
G:
H:
I:
J:
K:
L:ルシファー
M:
N:ロマネスク
O:
P:アニジャ/オトジャ
Q:
R:フサギコ
S:
T:ニダー/ファルロ
U:
V:
W:
X:
Y:ブーン
Z:ショボン
- 15
名前:この世界の単位
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 09:43:52
ID:/OgetcPg0
- 一里=400m
一刻=30分
一尺=24cm
一合=200ml
(現実で現在使われているものとは異なります)
- 16
名前:第119話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 09:44:45
ID:/OgetcPg0
- 【第119話 : Final】
――ヴィップ城・城門――
僅かな手勢だけを連れての出発だった。
ヴィップはもちろんのこと、ラウンジも既にアルファベットは失っている。
敵に暗殺を目論まれている可能性は低く、仮に命を狙われたとしても、アルファベットを持たない相手なら対処は容易だ。
ヴィップ城の周囲に広がる広大な草原は、朝靄に包まれていた。
入軍したばかりの頃、ここでいずれ戦うこともあるのだろうか、と思いながら眺めていた草原だ。
結局、美しい緑の広がるこの地が戦火に包まれることはなかった。
( ・∀・)「おいおい、こっそり出発するつもりか?」
不意に声をかけられ、驚いて振り向いた。
衣服の袖の動きを、風に委ねている男。
モララー=アブレイユだ。
( ^ω^)「モララーさん、いつヴィップ城に?」
( ・∀・)「昨日の夜だ。まぁ、こっそりとな」
自分と同じ考えを持っていたらしい。
襲われる心配はほとんどない。あまり、守りを固めずとも問題はないのだ。
- 20
名前:第119話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 09:55:18
ID:/OgetcPg0
- ( ・∀・)「大事なときだけ誰にも言わずに出ていくとか、なーんとなくお前らしい感じもするな」
(;^ω^)「おっ……でも、盛大に見送られても困っちゃいますお」
( ・∀・)「まぁ、今生の別れってわけでもないからな」
無論、それはショボンとの一騎打ちに勝利できた場合の話だ。
だが、モララーはさも当然であるかのような口ぶりだった。
( ・∀・)「でも、せめて」
( ^ω^)「?」
( ・∀・)「将校には一言くらい残してってもいいだろ?」
( ^ω^)「……!!」
直後、城門をくぐってきた男たち。
一騎打ちが決まってから任務に忙殺されていた、将校全員だった。
<ヽ`∀´>「黙って行っちゃうニカ、薄情ニダ」
ミ,,゚Д゚彡「全くですね、ニダー中将」
( ´_ゝ`)「こんな冷たいやつには国を任せられん。俺が大将になるべきだ」
(´<_`;)「アニジャが一騎打ちするのか?
崖下に突き落としてでも阻止するぞ」
- 21
名前:第119話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 09:56:13
ID:/OgetcPg0
- ( ФωФ)「それにしても、一言くらい見送りの言葉を言わせてほしいところでありました」
(个△个)「ホントですよ! 僕が明日ぽっくり死んじゃったらどうするんですか!
死んでも死に切れません!」
/ ゚、。 /「ルシファー何その理由……」
( ^ω^)「みんな……」
まだ払暁を迎えたばかりで、多くの兵は寝床で夢の中だろう。
どうやら、自分が早朝に出ていくことは見抜かれていたらしい。
そもそも、昨日まではヴィップ城にいなかった者もいる。
自分を送り出すために、わざわざ帰ってきてくれたのか。
黙って出て行きたかったわけではない。
決戦の日まで、まだ日を残している状態で、しかも早朝に出ようとした理由は、特になかった。
何となくだった。
ただ、理由のない行動を読まれていたことには、苦笑するしかなかった。
さすがに皆、何十万という兵のなかから選ばれた男たちなだけはある。
あるいは自分が分かりやすい男なのだろうか。
( ^ω^)「黙って行こうとしてすみませんお。皆さん、ありがとうございますだお」
<ヽ`∀´>「大丈夫ニダ、分かってるニダ」
(;^ω^)「お?」
- 23
名前:第119話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 09:57:05
ID:/OgetcPg0
- <ヽ`∀´>「ここで言葉を交わしておかなくても、あとでいくらでも話せるっていう確信があるからニダね?
間違いないニダ」
( ФωФ)「自信満々、余裕綽々、でありますか」
ミ,,゚Д゚彡「なるほどな。それなら納得だぜ」
(;^ω^)「おっおっ」
(;个△个)「皆さん、ブーン大将を困らせちゃダメですよ!
もし僕が大将と同じ状況だったら血尿モンです!」
(´<_`;)「最近お前の身体が本気で心配になってきたぞ」
/ ゚、。 /「ルシファーは内臓を調べてもらうべき……」
( ^ω^)「……皆さん、ありがとうございますお」
皆の表情が、ゆっくりと軍人のそれに移ろった。
自分の声も、大将のそれへと変わったからだ。
( ^ω^)「不安が全くないとは言えませんお。未来の保障も、どこにもありませんお」
( ^ω^)「だけど死力を尽くしてきますお。ブーンにできることは、ただそれだけですお」
手を伸ばした。
まずは、隻腕となってしまったモララーの前に。
- 24
名前:第119話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 09:57:52
ID:/OgetcPg0
- ( ・∀・)「……結局全部、お前に託すことになってすまない」
( ・∀・)「頼む……としか言えねー。悪いな、ブーン」
( ・∀・)「俺はここで信じつづける。つっても、大将になったお前を疑ったことなんて、一回もないけどな」
モララーは、最後はいつも通りの軽い笑みを浮かべていた。
そして、自分の手を握ってくれた。
少し痩せて、昔より幾分か小さくなった手だ。
<ヽ`∀´>「ブーンが大将になって以来、ウリはウリなりに支えてきたつもりニダ」
<ヽ`∀´>「だけど最後は何にもできなくて、悔しいし、もどかしい限りニダ」
<ヽ`∀´>「ウリは信じることしかできないから、ただ大将の戦勝報告を待つニダよ」
ニダーの手を握る。
大きくて厚みのある手だった。
ミ,,゚Д゚彡「最初は、身体が小さくてあんまり冴えないお前のこと、全然期待してなかったが……」
ミ,,゚Д゚彡「戦場を生き抜くたびに逞しくなっていって、遂には大将になって、今はただただ頼もしく思う」
ミ,,゚Д゚彡「信じ続けるぞ、ブーン。俺はずっと、最後まで」
フサギコの右手と握手する。
懐かしさが蘇る手だった。
- 27
名前:第119話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 09:58:45
ID:/OgetcPg0
- ( ´_ゝ`)「……ショボンが裏切った直後、お前を疑ったこと、本当にすまなかった」
(´<_` )「ブーンが大将になってから、ずっと頼りっぱなしで迷惑をかけてしまったな」
( ´_ゝ`)「結局、俺たちもお前を信じることしかできない」
(´<_` )「だが、信じると決めたからには、全力で信じ抜くつもりだ」
右手と左手、それぞれでサスガ兄弟と手を交わす。
両手に残った感触は、まったく同一だった。
( ФωФ)「ブーン大将は、自分にとって常に憧れの存在でありました」
( ФωФ)「まだ教えていただきたいことが多くあります。このヴィップという国を繁栄させる大将に」
( ФωФ)「勝利を信じ、帰還をお待ちしております」
差し出した右手を、両手で握られた。
力強かった。
(个△个)「僕はずっとずっとひよっ子で、戦うのも怖くて、正直戦とかあんまり好きじゃありませんでした」
(个△个)「大切な友達もいなくなったし、辛いことたくさんありましたけど、ブーン大将の笑顔を見ると頑張れました」
(个△个)「戦が終わったあとも、ずっと笑顔でいてください!
信じて待ってますから!」
掴まれた右手は、ルシファーに大きく上下された。
- 29
名前:第119話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 09:59:54
ID:/OgetcPg0
- / ゚、。 /「……信じてます」
小さく白い手が、ダイオードらしい短い言葉を追うように伸びてきた。
まるで女のもののようだ。
( ^ω^)「皆さんの想い……確かに受け取りましたお」
右手を、固く握り締める。
八人の熱がこもった手を。
無論、自分の勝利を願っているのはこの八人だけではない。
アラマキ皇帝も、兵卒も、志半ばで果てていった者たちも願ってくれているだろう。
その、全ての想いが、自分にかかっているのだ。
熱くなった右手で、赤いお守りを握る。
決意は、更に強まっていく。
( ・∀・)「……ん? なんだ、そのお守り。そんなの持ってたか?」
( ^ω^)「あ、これは……侍女のセリオットがくれたんですお」
ミ,,゚Д゚彡「あぁ、知ってるぞ。やたら可愛いって話の侍女だろ」
(个△个)「えぇ!? ブーン大将、遂に妻帯ですか!?」
(;^ω^)「いやいや、そんなんじゃないお」
・
・
・
- 30
名前:第119話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 10:00:40
ID:/OgetcPg0
- リ|;‘ヮ‘)|「ブーン様……あの、これ……」
( ^ω^)「お?」
起床したときには、既に朝食が出来上がっていた。
感謝して、残さずに全てを平らげる。
そして立ち上がろうとしたときに、セリオットが顔を伏せ気味にしながら差し出してきたもの。
赤い巾着だった。
( ^ω^)「お守り……かお?」
リ|;‘ヮ‘)|「はい、あの……う、受け取っていただけませんか?」
セリオットの顔には大粒の汗が浮かんでいた。
そして確認しづらいが、目の下は薄ら黒くなっているようだ。
( ^ω^)「わざわざ、作ってくれたのかお?
夜通しで……」
リ|;‘ヮ‘)|「私の故郷で、祈りを捧げるときに用いる、ハイナル草を詰めたお守りです」
自分の質問と、セリオットの答えは上手く噛み合っていなかった。
それがわざとなのかどうかは、分からない。
ただ、仮にわざとだとしても、セリオットの場合は自分への配慮があるからこそだろう。
リ|;‘ヮ‘)|「ただの侍女である私が、このような差し出がましい真似を、申し訳ありません」
リ|;‘ヮ‘)|「しかし、その、何かせずには居られず……どうしても、ブーン様を」
(;^ω^)「ちょ、ちょっと待つお。とりあえず……」
- 33
名前: ◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 10:03:47 ID:/OgetcPg0
- セリオットの小さな手を、握り締めた。
そして、お守りだけを持ち上げる。
( ^ω^)「ありがとだお、セリオット。持って行かせてもらうお」
衣服の内側にしまい込んだ瞬間、セリオットの表情は華やかになった。
お守りに負けないほどの赤らんだ顔で何度も礼を言われたが、本来、自分が言わなければならないことだ。
( ^ω^)「ほんとにありがとだお」
そう言うと、セリオットは手で頬を隠した。
どうしたんだお、と尋ねてみても、何でもありません、と返ってくるだけだった。
( ^ω^)「……セリオット」
リ|;‘ヮ‘)|「は、はい」
( ^ω^)「このお礼、あとで必ずさせてもらうお」
お守りをしまい込んだ衣服のあたりに、手を当てた。
これが本当の意味で身を守ってくれることは、決してない。
アルファベットには容易く貫かれるだろう。
しかし、何も恐れる必要はないのだ、と教えてくれているような気がした。
( ^ω^)「帰ってきたらひとつ、セリオットのワガママを聞くお」
リ|;‘ヮ‘)|「え!?」
( ^ω^)「すぐに帰ってくるから、頑張って考えるんだお」
- 34
名前:第119話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 10:04:46
ID:/OgetcPg0
- セリオットは、手を上下させながら口の開閉を繰り返していた。
どこからどう見ても慌てていたが、やがて落ち着きをみせ、いったん顔を俯ける。
そして、再び顔を上げたときは、笑顔だった。
リ|*‘ー‘)|「……考えておきます!」
その目の下瞼に、薄ら溜まる涙。
眩しいほどの笑顔には決して似合わない。
自分が帰ってきたときには、純粋な笑みだけを浮かべてほしかった。
( ^ω^)「セリオットの初めてのワガママ、楽しみにしてるお」
リ|*‘ー‘)|「びっくりするくらい凄いのを考えます!」
( ^ω^)「だおだお、それでいいんだお」
この戦の終わりは、全ての終わり。
そして、始まりでもあるはずだ。
勝利すれば、今までとは全く違う時間を過ごすことになる。
だから、それでいいのだ。
行ってくるお、とセリオットに伝えた。
短く、ただそれだけを。
セリオットは、小さく頷いて、背中を見送ってくれた。
- 36
名前:第119話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 10:06:39
ID:/OgetcPg0
- ・
・
・
( ^ω^)「すぐ出発するって思ってなくて、未完成だったから、慌てて作ったらしいですお」
( ・∀・)「まぁなんか、あの侍女らしいって感じはするな」
(*个△个)「いいお嫁さんですね!」
(;^ω^)「だから、違うんだお……」
ダイオードがルシファーを窘め、それを見てフサギコとニダーが笑っていた。
モララーやサスガ兄弟、ロマネスクも、軽く笑いあっている。
あえて、そうしているのではない。
皆、ただただ、いつもどおりだ。
馬に跨った。
( ^ω^)「じゃあ、行ってきますお」
自分も、いつもどおりだ。
皆のおかげだった。
もう、誰も何も言わない。
ただ力強い瞳で、真っ直ぐに立ち、背を見送ってくれる。
- 37
名前:第119話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 10:07:42
ID:/OgetcPg0
- 強く、手綱を引いた。
振り返らないまま、駆けた。
決戦の地へと向かって。
――ラウンジ城――
全ての始まりはこの城だった。
この部屋だった。
あれから何年の時が経ったのか。
もはや、咄嗟には思い出せないほどの年月だ。
(´・ω・`)「……クラウン国王」
あのときと同じ寝床だ。
ここで、クラウンは一度だけ、自分を抱きしめながら寝てくれた。
今はただ、目を閉じて黙している。
(´・ω・`)「これより、最後の戦いに行ってまいります」
意識不明の状態は、続いていた。
傍目にはさほど変化はないようにも思えるが、見えているのが顔のみであるためだろうか。
(´・ω・`)「相手はブーン=トロッソ。アルファベットはYに達しているとのことです」
(´・ω・`)「自分との差はひとつ。しかし、非常に大きな差です」
- 41
名前:第119話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 10:08:48
ID:/OgetcPg0
- 侍医と従者は一時的に遠ざけてある。
余人は、誰もいない。
(´・ω・`)「……上位アルファベットだからと、油断しているわけではありませんが、しかし」
(´・ω・`)「必ず、一騎打ちに勝利いたします」
クラウンからの声は、ない。
重篤であり、決して永くはないと分かっている。
もはや、抗いようもないのだと。
だからこそ、今の自分にできることは、ただひとつ。
クラウンの悲願である、ラウンジの天下を成し遂げることだけだ。
一騎打ちが決まってからの日々を、鍛錬に次ぐ鍛錬で消化してきた。
一日たりとも、いや、一刻たりとも無駄にはできなかった。
アルファベットのランク差は、ひとつ。
しかし、Yに上がってそれほど時間の経っていないブーンと、Zを扱い慣れた自分には差がある。
分かりやすいランク以上の差が、必ずあるはずだ。
"もしかしたら"さえ、考えることはなかった。
(´・ω・`)「……必ずや、ラウンジの天下を」
それだけを告げて、クラウンに背を向ける。
遮光のための布で周囲を覆った寝床から、離れようとした。
そのとき。
- 44
名前:第119話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 10:11:11
ID:/OgetcPg0
- ( ´ノ`)「……ヴィル……」
声が聞こえる前に、気配で、察することができた。
自分のかつての名を呼ばれたときには、既に振り返っていた。
(´・ω・`)「クラウン国王!」
( ´ノ`)「ヴィル……」
駆け寄り、手を握った。
クラウンが握り返してくることはない。
( ´ノ`)「……必ず……」
(´・ω・`)「はい」
( ´ノ`)「必ず、戻って来い……ヴィル……」
全身の熱が、急激に高まったのを感じた。
これ以上はない鼓舞を受けて。
(´・ω・`)「誓います。必ずや天下を掴んでくると」
クラウンからの返事は、なかった。
しかし、もう充分だった。
充分すぎるほどの言葉だった。
- 69
名前:第119話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 10:20:30
ID:/OgetcPg0
- (´・ω・`)「馬は?」
川 ゚ -゚)「第三南門に用意させてあります」
クラウンの居室を出たあと、外で待機していたクーと共に城門へ向かった。
待機していろと命じた覚えはない。しかし、クーはそういう女だった。
一騎打ちまで、まだ日はある。
しかし、直前になってから発つのではなく、早めに双頭の森が近いダカーポ城に入る予定だった。
恐らくは、ブーンも同じだろう。
(´・ω・`)(……クラウン国王……)
あの言葉は、現況を理解したうえでの言葉だったのだろうか。
それとも、魘されて過去の言葉を口にしただけなのだろうか。
分からないが、どちらでもいい。
確実なことは、クラウンがラウンジの天下を望んでいるということだ。
それさえ分かれば、充分だった。
全力でアルファベットを振るう。
そのために足りないものなど、何ひとつとしてない。
(´・ω・`)「行くぞ。決戦の地へ」
告げるまでもないはずの言葉が、何故か口からこぼれた。
そしてクーは、反応する必要もないはずの言葉に、はっきりと大きく頷いた。
- 73
名前:第119話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 10:22:30
ID:/OgetcPg0
- ――決戦当日――
――双頭の森・南――
フェイト城の西に位置する双頭の森は、厳密に言えば、二つの森だ。
東から西に向けて、森を両断する道が走っている。
ヴィップ軍大将は、東から。
ラウンジ軍大将は、西から。
それぞれ森に入る手筈となっている。
( ^ω^)「みんな、お疲れ様だお」
森を見張ってくれていた兵たちを労った。
今日、この決戦当日まで、決戦の地を保全してくれていたのだ。
既にショボンは、森に入ったという。
( ^ω^)「…………」
覚悟は、決めている。
ずっと前からだ。
それでも、森を前にすると、不思議な感情に襲われた。
躊躇うことはない。
しかし、勢いよく足を踏み出すこともできない。
不思議としか、言いようがなかった。
- 78
名前:第119話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 10:24:31
ID:/OgetcPg0
- ( ^ω^)「……行ってくるお」
誰にも聞こえないような大きさの声を、その場に残した。
馬に跨り、手綱を引く。
森に、入る。
正午から五刻ほど経過していた。
まだ陽は高い。しかし、森に入れば陽光はほとんど遮断されて感じられない。
森のなかにはただ、馬蹄が硬い土を叩く音だけが響いていた。
たかが数里の道。
しかし、やけに長く感じる。
景色が流れていく。
馬の荒ぶる吐息が聞こえる。
このままいつまで経っても到達しないのではないか。
不意に、そんなことを考えた。
一際、光が大きく当たる場所を前にして。
( ^ω^)「…………」
馬を止めて、地に降りる。
森の中央。
広場のようになっているが、真ん中に、何故か木製の長椅子が置かれている。
これは最近になって設置されたのではなく、ずっと昔からあるのだという。
そこに腰掛ける、巨躯の男。
(´・ω・`)「遅かったな」
- 82
名前:第119話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 10:26:24
ID:/OgetcPg0
- 首だけをこちらに向けて、そう言った。
アルファベットの柄を握って、しかし刃先は地面に向けたまま近づく。
(´・ω・`)「とはいえ、約束の時まではまだ一刻ほどあるが」
( ^ω^)「……随分と早く来たもんだお、ショボン=ルージアル」
(´・ω・`)「まぁ、座れ」
その長椅子は、二人が腰掛けるには充分すぎる大きさだった
右端のショボンからなるべく距離を取って、左端に座る。
穏やかな風が、吹き抜けた。
(´・ω・`)「"何故、この森にこんな長椅子が置かれているのか?"」
( ^ω^)「……?」
(´・ω・`)「ブーン、お前は知っているか?」
反応は、示さなかった。
ある意味では、それが反応になるからだ。
(´・ω・`)「そうか。この地を選んだのは、偶然か」
( ^ω^)「……どういう意味だお?」
(´・ω・`)「およそ700年前の戦も一騎打ちで決着したのは、知っているだろう?」
(´・ω・`)「そのときの一騎打ちの場として選ばれたのも、この森だったらしい」
- 84
名前:第119話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 10:28:25
ID:/OgetcPg0
- 一騎打ちを以って決着したことは、苦労して調べた。
だが、場所までは明記されていなかった。
ショボンは、以前から知っていたのだろうか。
それとも決戦にあたって、過去のことを調べ上げたのだろうか。
真実は、分からない。
(´・ω・`)「さすがに、そのときからずっと同じ椅子が置かれているわけではないらしいが」
(´・ω・`)「しかし、両国の大将たちは、こうやって長椅子に座って語り合ったんだ」
( ^ω^)「…………」
(´・ω・`)「二人は、旧友だったらしい。いつしか道を違え、戦うこととなってしまったが」
(´・ω・`)「最後の言葉を交わすために、長椅子が用意されたんだ」
ショボンが、軽く息を吐いた。
肘を腿に乗せた、前傾姿勢のままで。
(´・ω・`)「……随分と早く来たものだ、と言ったな、ブーン」
( ^ω^)「……だお」
(´・ω・`)「お前を待つ間、考えていたんだ。ずっと」
( ^ω^)「何を……だお」
(´・ω・`)「謝罪の、言葉を」
また、穏やかな風が吹いた。
ショボンの黒髪が弄ばれ、表情を窺うこともできなくなった。
- 104 名前:第119話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 10:33:03
ID:/OgetcPg0
- (´・ω・`)「ヴィップを裏切ったこと。お前や、諸将の信頼を、裏切ったこと」
(´・ω・`)「それを、どう謝ろうか、と」
( ^ω^)「……ブーンの心を惑わすために、かお」
(´・ω・`)「そうだ」
風が止んだとき、ショボンの顔には不敵な笑みがあった。
微かに声も漏れていたかも知れないが、鋭く吹き始めた風の音にかき消されただろうか。
(´・ω・`)「しかし、あまりにも無粋」
立ち上がる。
ショボンが、そして、自分が。
(´・ω・`)「俺たちの間に、もはや、アルファベット以外は必要ないのだな」
( ^ω^)「そんなの、最初から分かってたはずのことだお」
(´・ω・`)「きっと、惑っていたのは俺のほうだ。しかし、それも吹っ切れた」
長椅子から離れる。
二人の間には、十数歩分の距離。
アルファベットを、構えた。
- 114 名前:第119話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 10:34:34
ID:/OgetcPg0
- これまでに何度、この足で戦場に立ってきただろう。
これまでに何度、この手で命を摘み取ってきただろう。
両手に、両腕に、あるいは視界に。
収まりきらないほどの時を経てきた。
全ては、この戦いに勝利するために。
天下を、掴むために。
(´・ω・`)「この一騎打ちに、勝利したほうが」
( ^ω^)「全てを、手に入れる」
陽は、傾きはじめていた。
赤い光に照らされ、自分とショボンの影が伸びる。
音は、何もなかった。
冬の寒さで固まった地面を、いま一度、踏み締める。
そして腰を、ゆっくりと落とす。
- 124 名前:第119話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 10:36:16
ID:/OgetcPg0
-
(´・ω・`)「決着の時だ、ブーン=トロッソ!」
( ^ω^)「決着の時だお、ショボン=ルージアル!」
- 131 名前:第119話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 10:38:01
ID:/OgetcPg0
-
――――踏み込んだ。
二人、同時に。
長躯のショボンのほうが、踏み込み幅は大きい。
しかし、アルファベットの有効範囲では遥かに自分が上回っている。
ショボンの飛び込みを、受けた。
体を軽く捻って振るわれた、アルファベットZ。
それを、強く握り締めたYで受け止める。
甲高く鳴り響く、干戈の音。
ショボンの一撃は、重い。
これまでの人生で、一度も味わったことがないほどだ。
しかも、ショボンの表情を見る限りでは、小手調べの一撃だとしか思えなかった。
- 137 名前:第119話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 10:39:23
ID:/OgetcPg0
- それでも、受け止めることができた。
危うくも、ではない。自分が思う形でZを止められたのだ。
アルファベットYを引く。
体ごと。
ショボンも同じように、後ろへ下がっていた。
( ^ω^)「…………」
(´・ω・`)「…………」
雌雄を、命運を。
全てを決する戦いが、確かに今、始まった。
これから何十合、何百合打ち合うのか。
分からない。しかし、構わない。
何千合でも、何万合でも、打ち合ってやる。
最後まで、戦い抜いてみせる。
勝利を、掴んでみせる。
アルファベットを武器にして。
- 147 名前:第119話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 10:41:04
ID:/OgetcPg0
- ――フェイト城・北の山――
それほど標高は高くない山だが、馬を曳いて登るのは困難だった。
ただ、昔からあまり、馬に乗って移動するのは好きではない。
川 ゚ -゚)(もしかしたら……と思ったけど、期待はずれ……)
もしかしたら、一騎打ちの様子が覗けるかも知れない。
そう思って近隣の山に登ってみたが、無駄足だった。
双頭の森の木々が高いせいもあって、人影は確認できない。
川 ゚ -゚)「…………」
この程度のことは、事前に調査しようと思えばできたはずのことだった。
一騎打ちの場所は、前々から決められていたのだ。
森そのものは監視されていたが、周囲の山には何の制限もなかった。
それでも行動に移さなかったのは、何故だろうか。
分からなかった。
ただ、感謝すべきかもしれない。
事前に調査など実施していれば、この瞬間は訪れなかった。
この男との再会は、なかった。
( ’ t ’ )「何となく、会えるような気がしていた」
背に、アルファベットのないカルリナ。
やけに、新鮮な光景のように思えた。
- 153 名前:第119話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 10:43:01
ID:/OgetcPg0
- 川 ゚ -゚)「私を探して、この山に登ってきたのですか?」
( ’ t ’ )「まぁ、半分はな」
残りの半分の理由は、同じだろう。
ただ、カルリナも徒労だということは登山中に気付いていたようだ。
( ’ t ’ )「上手く勘が働いてくれたようだ」
カルリナが悪戯っ子のような笑みを浮かべた。
相変わらず、将としては不必要なほどに、顔立ちの整った男だ。
( ’ t ’ )「……一騎打ちはもう、始まっているな」
川 ゚ -゚)「分かりますか?」
( ’ t ’ )「感覚で、何となくな」
川 ゚ -゚)「優劣は」
( ’ t ’ )「それが分かるなら、山に登ったりはしないさ」
川 ゚ -゚)「……そうですね」
馬鹿な質問を、してしまった。
カルリナは構わずに、ただ森を眺めている。
川 ゚ -゚)「……不安、だったのかな」
- 162 名前:第119話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 10:44:47
ID:/OgetcPg0
- いつもの私とは違う口調の言葉が、漏れた。
独り言に近かったが、カルリナの耳に届いていただろうか。
( ’ t ’ )「信じるしか、ないな」
カルリナの曖昧な言葉は、こちらへの返答だったのか。
分からなかったが、カルリナの視線は、変わらずに双頭の森へ向いていた。
――双頭の森――
間合いが、広い。
迂闊には、飛び込めない。
アルファベットY。
自分もかつては使っていたが、あまり印象には残っていなかった。
あのときは、とにかく早くZへ、としか考えていなかったためだ。
目の前にして、改めて思う。
この間合いは、脅威的だと。
(´・ω・`)(……攻め込んでこないな、ブーンは)
まだ、打ち合ったのは一合だけだ。
すかさず距離を取ったあと、ブーンが踏み込んでくるかと思ったが、それはなかった。
どうやら、守りに徹するつもりらしい。
- 172 名前:第119話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 10:47:08
ID:/OgetcPg0
- (´・ω・`)(乗ってみるとするか……誘いに)
わざとらしく、大袈裟に右のZを振り上げた。
ブーンの体が強張ったのがここからでも分かる。
しかし、突き出したのは、左。
分かりやすい惑わしだった。
ブーンの視線も、しっかりと左に向いている。
だが――――
(´・ω・`)「見縊るなよ」
Yの刃先を、ブーンは微動だにさせなかった。
そこを、思い切り叩く。
Yを、弾いた。
(;^ω^)「ッ!!」
(´・ω・`)「その大きさだ。刃先までは、力が伝わりにくいだろう」
踏み出す。
ブーンの顔に浮かぶ、焦燥。
振り上げておいたZを、重力に任せ、振り下ろす。
狙いは、弾かれたYだ。
- 179 名前:第119話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 10:49:01
ID:/OgetcPg0
- 地面に、叩きつけた。
Yの刃が乾いた土を抉る。
そして、左のZをブーンに向けた。
(´・ω・`)「ッ……」
胴体を貫くつもりで放った一撃だった。
しかし、ブーンは遠い。
それは無論、分かっていた。
だから左足を大きく踏み出し、半身になってZを突き出したのだ。
刃先はブーンの体に入り込める距離だった。
だが、ブーンは跳躍した。
先ほどは後退で回避された。
今度は、横に逃げられた。
ブーンはすかさずYを引き戻した。
また、守りは万全。
Zが届かない範囲にまで下がっている。
もう一度、攻め込んだ。
呼応するように、ブーンがYを突き出してくる。
好機か、と一瞬思った。
左のZでYを弾き、右のZで首を狙えば決着する。
単純な相手ならばその流れは現実となるはずだ。
- 185 名前:第119話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 10:50:46
ID:/OgetcPg0
- だが、それほど簡単にはいかない。
ブーンはYを、あくまで威嚇程度に突き出しただけだ。
こちらが弾こうとすれば、すかさずYを引くだろう。
咄嗟に切り替えて、Zの攻撃をYで受け止めさせた。
そのまま、押し込む。単純な力では、自分のほうが上だ。
だが、さすがに押し切ることはできない。
ブーンは逆に押し返そうとしてくる。
刃と刃の擦れあう音が響いていた。
埒が明かない。
そう判断して、自分のほうから退いた。
ブーンの追撃は、なかった。
定石に従うならば、ブーンは踏み込んでくるべきだ。
俊敏さではブーンに劣っている。追撃することは、不可能ではなかったはずだ。
しかし、あくまでブーンはYで身を守るだけだった。
完全なる、守勢。
(´・ω・`)(……この広さでは、隅に追い込むことはできないだろうな)
あくまで逃げに徹するというのなら、逃げられないところまで追い込めばいい。
そう考えたいが、決戦の地として選ばれた双頭の森の広場は、充分な広さを有している。
正確には分からないが、恐らく直径で四半里はあるだろう。
仮に追い込んだとしても、所詮は森の中。
ブーンが絶体絶命の危機に陥るわけではない。
- 190 名前:第119話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 10:53:07
ID:/OgetcPg0
- (´・ω・`)(自分から攻めて好機を作り出すことは不可能……と判断したか?)
賢明だった。
立場が逆ならば、自分も同じ選択肢を選ぶ。
とにかく、回避を続ける。
隙を見出せれば、確実にそれを突く。
ブーンが選んだ戦法は、あまりに堅実で、あまりに合理的だった。
退屈、極まりなかった。
(´・ω・`)(……国の命運を決める一戦、か)
攻め込んでこないブーンを見据えながら、ふと思った。
"もしこれが、ただの一騎打ちであったとすれば"と。
ブーンは恐らく、自分の実力が通じるかどうかを試しに来るだろう。
そして、それこそがブーンの真価であるはずだ。
これまで、ブーンと戦で打ち合ったのは、一度きり。
フェイト城を奪われた、あの戦の緒戦。
およそ、まともな打ち合いではなかった。
しかし、あのときのほうが遥かに、痺れる打ち合いだった。
思わず身震いした。
総身に粟が立った。
あのときの一撃は、まさにブーンが全身全霊を込めたであろう一撃だった。
- 197 名前:第119話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 10:55:08
ID:/OgetcPg0
- 今、それを放てないのは、致し方がないことだ。
かつての一騎打ちはすれ違いざまだったが、今は違う。
十全な状態での反撃を、ブーンは覚悟しなければならないのだ。
(´・ω・`)「ふんッ!」
踏み込んで、左を払い、続いて右を払う。
ブーンはそれを受けずに、下がって回避した。
下位ランクのアルファベットYでは、Zの攻撃を受け続けると、いつか破壊されてしまうかも知れない。
ブーンはそう考えているのだろう。
差が一つ程度ならば数千合打ち合ったとしても問題ないはずだが、数万合に達すると分からなくなる。
つまりブーンは、長期戦を見据えているということだった。
ブーンがYを突き出してくる。
しかし、自分がアルファベットZを動かすよりも早くYは引っ込んだ。
攻撃が繋がり、今度はYを横に薙いでくる。
ただ、これも自分には到底届かない。
牽制でしかなかった。
(´・ω・`)(さすがに、攻めにくいな)
ブーンの狙いは、隙を突くこと。
そのためには、相手が攻め込んでくる必要がある。
一見、攻めにくくするための牽制は、矛盾していることのように思える。
だがブーンは、こちらが焦れて無理な攻めを打ってくることを狙っているのだろう。
そのときこそが、最大の好機になるからだ。
- 201 名前:第119話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 10:57:05
ID:/OgetcPg0
- (´・ω・`)(駆け引きの上手さもあるか……)
確かに、強引に攻め込んだ隙をブーンは見逃さないだろう。
かつて、エヴァ城を巡る攻防の際、オオカミのミラルド=クァッテンを一撃で仕留めたことがある。
相手のアルファベットを躱してから、打ち合うことなく討ち取ったのだ。
あの頃から、勝機に対する嗅覚は優れていた。
だからこそ、絶対に気は抜けない。
愉悦に浸れるような一騎打ちでないことは事実だ。
しかし、享楽を求めているわけでもない。
ブーンが専守ならば、それもいいだろう。
軽く左から踏み込んで、無難な一撃を繰り出す。
ブーンはすかさず横に動くが、それを予測して、自分も追撃した。
左のZを払う。
ブーンには届かない。
更に一歩、踏み出す。
それでもまだ、届かない。
Yの大きさは、やはり脅威だ。
攻撃可能範囲で大きく水をあけられている。
ブーンの安全圏内は、自分にとって危険圏内だ。
Yを弾いて攻撃不可能にしてやれば、恐れるものは何もない。
しかし、それこそがブーンの最も警戒していることだ。
不用意にYを出してこないのは、そのためだろう。
(´・ω・`)(もしブーンのアルファベットがXのままだったら、もう一騎打ちは終わっていたな)
- 208 名前:第119話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 10:58:49
ID:/OgetcPg0
- アルファベットYの強みに賭けたブーンの判断は、正しい。
後世の歴史家も、そう評することだろう。
だが、その歴史家たちは文の締め括りにこう書くはずだ。
"やはり、ブーン=トロッソの挑戦は無謀だった"と。
(´・ω・`)「ハッ!」
掛け声と共に、アルファベットを振るう。
ブーンは、僅かに反応が遅れていたように見えた。
Zはブーンに遥か及ばない位置で空を切る。
しかし、ブーンはこの寒さのなかで、汗を一滴、乾いた地面に落とした。
(´・ω・`)(……体力的には、まだ全く問題ないだろう)
(´・ω・`)(だが、精神的にはどうだ?)
ブーンは、常に全神経を研ぎ澄まさせている。
一瞬でも気を抜けば首が飛ぶ状況で、耐え続けている。
それを、果たして、いつまで保てるか。
やがて、精神的な重圧は体力面にまで及ぶだろう。
現状だけを見ても、明らかにブーンのほうが疲弊している。
ブーンには若さもあるが、このままならば、先に体が動かなくなるのはブーンのほうだ。
追い込んでしまえばいい。
そのためには、継続的に重圧を掛け続けることだ。
アルファベットを、振るい続けることだ。
- 214 名前:第119話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 11:01:04
ID:/OgetcPg0
- 無理な一撃を打つ必要はない。
ただ、ブーンに向けて突き出すだけでいいのだ。
それだけで、勝利への道を進むことができるのだから。
――双頭の森――
瞬きさえ、怖かった。
(;^ω^)「ッ……!」
ショボンの一撃は、遠い。
自分の首を脅かすことはない。
分かっているのだ。
分かっているはずなのに、自然と体は強張る。
アルファベットYという巨大な武器を手にしているが、身の軽さでは自分が優っているだろう。
ショボンが不意に踏み込んで来たとしても、後ろか横に逃げられる自信はある。
無駄に神経を磨り減らす必要はないのだ。
それでも、反射的に全身を固くしてしまう。
理屈で分かっていながらも、警戒してしまうのだ。
それだけの圧力が、ショボンの総身から滲み出ているからこそ。
あまりに、巨大。
あまりに、強大。
- 222 名前:第119話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 11:02:15
ID:/OgetcPg0
- 自分のアルファベットYを、小さく感じるほどに。
( ^ω^)「ハァッ!」
息を大きく吐きながら、Yを突き出した。
ショボンは余裕を持って見切っている。
受け止めることをしない。躱すことも、しない。
届く距離ではない。
だから、ショボンの無反応は、正しい反応なのだ。
問題は、自分の攻撃に圧力がないことだ。
それが、ショボンとの決定的な違いだ。
恐らくショボンは、刃が眼前に迫っても、届かないと分かっていれば動かないだろう。
ただの牽制なのか、本気で首を狙いにきているのか。
どちらであるのかを、瞬時に見切ることができるのだ。
つまり、ショボンは自分と違って、警戒すべき行動だけを警戒している。
精神的な負担は、明らかに自分よりも軽い。
ここに来る前に、体に溜まっていた疲労は抜いてきた。
調練は軽めに済まし、長時間かけてゆっくり西進してきたのだ。
事前の調整は、万全だったと胸を張って言える。
それでも既に、普段の調練を終えたあとのような疲労感に襲われていた。
まだ、まともな打ち合いは少ない。
勝利を掴むには僅かな隙を突くしかないと考え、戦う前から長期戦を見越していた。
まともに刃を交えては天下が遠のくと思ったからこそだ。
- 226 名前:第119話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 11:03:55
ID:/OgetcPg0
- 自分のほうがショボンより若い。
体力にも、多少なり自信はある。
根気強く、粘り強く戦うという選択肢は、悪くないものだったはずだ。
しかし、始まってまだ一刻も経っていないうちから、これほど疲弊するとは思わなかった。
(´・ω・`)「…………」
ショボンは、動かない。
アルファベットZにも、殺気は篭っていない。
それでも、身震いさせられるほどの重圧だ。
首筋を、常に刃の腹で叩かれているような感覚がある。
"いつでもお前を討てる"と。
そう、言われているような気さえする。
風は凪いでいる。
森に、音はない。
ショボンが、僅かに左足を動かした。
小石が地面と擦れる音が聞こえた。
それだけで、アルファベットYを握る力は強まる。
まだ、ショボンはZを微動だにさせていないのに。
完全に、ショボンに主導権を握られてしまっていた。
- 233 名前:第119話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 11:05:58
ID:/OgetcPg0
- (;^ω^)「…………」
疲労を隠したい。
だが、どうやってもショボンには看破されてしまうだろう。
焦ったところで状況は好転しない。
自分にできることは、変わらない。
ショボンの隙を突く絶好機を窺うことだけだ。
だが、ショボンは全く動かずして自分を追い詰めている。
隙など、生まれようはずもないのだ。
このままでは、勝てない。
隙を生じさせるために、自分から動かなくては。
( ^ω^)「はっ!」
踏み出す、右足。
目一杯伸ばした、両腕。
ショボンに、アルファベットが、届く。
そしてショボンは、Yを受けた。
両手のZを使い、受け止め、鍔迫り合いに移ろうとした。
一瞬だけ、その素振りを見せた。
直後、自分の全身を駆け巡ったのは、悪寒。
気付いたときにはアルファベットを引いて、体ごと後ろへ逃がしていた。
(;^ω^)(……誘いに、乗ってしまったお……)
- 237 名前:第119話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 11:07:29
ID:/OgetcPg0
- 自分が数瞬前まで居た場所を鋭く裂いた、アルファベットZ。
あの場所に居ながらにして受け止めることは、躱すことは、不可能だっただろう。
冷静に考えられていなかった。
ショボンが全く攻めてこなくなったのは、こちらの攻めを誘き出すためだ。
そうやって、専守を解かせるためだ。
冷静に考えれば、分かるはずのこと。
しかし、その冷静さを奪ったのは他ならぬショボンだ。
やはり、ショボンがこの場を支配しているのだ。
守り続けても追い込まれる。
攻めに転じても窮地に陥る。
打つ手が、なかった。
現状で選べるのは無難な選択肢だ。
当初の予定どおり、相手の隙を狙っていく作戦。
勝機を見出せる可能性も、こちらのほうがあるだろう。
しかし、本当に勝利を得られるのか。
可能性は、極僅かではないのか。
(; ω )「…………」
最初から、分かっていたはずだ。
勝ち目の薄い戦いだと。
そして、自分以上に兵がそう感じていた。
無謀な挑戦なのではないかと不安視していた。
- 243 名前:第119話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 11:08:58
ID:/OgetcPg0
- 必ず勝利を得てくると誓った。
この策が最善だと言い聞かせた。
今は、あまりに滑稽なことだったように思える。
ショボンが、攻めに来る素振りを見せた。
後ろへと自分の体が逃げかける。
アルファベットが動いていないことに気付いて踏みとどまった。
しかし、気付いたのはそれだけではない。
ショボンのアルファベットが襲ってこない。
その事実に対して、安堵してしまっている自分がいることにも気付かされた。
相手の、隙を狙う作戦だったはずだ。
ならば先ほどのショボンの動きも、好機と見なければならなかった。
それなのに、それなのに。
客観的に見て、分かる。
自分の気持ちが、挫かれつつあることは。
立て直さなければ。
自分の敗北は、国の敗北だ。
負けるわけには、いかないのだ。
その言葉も、今はただただ、空回りしていた。
- 251 名前:第119話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 11:10:45
ID:/OgetcPg0
- ――双頭の森・南――
手綱を強く引くと、軽い嘶きと共に馬が止まった。
本当は、もっと近づこうと思っていたが、何故か自然と手綱を引いてしまっていたのだ。
これ以上、近づいてはならないと、自分の心が告げていたのだ。
<ヽ`∀´>「…………」
そもそも、決戦の地まで来る予定はなかった。
皆と同じように、ヴィップ城でブーンの帰りを待つつもりだった。
しかし、ブーンが出発した直後、モララーが自分に会いに来た。
そして、西に行かせてほしいと申し出てきた。
"一騎打ちに勝利したブーンを、真っ先に迎えてやりたい"。
そう言ったモララーの表情からは、切実な思いが感じ取れた。
だが、自分は許可しなかった。
モララーはまだ満足に動き回れる体ではない。
隻腕となった身では馬での長駆も難しいため、現実的ではなく、諦めてもらうしかなかった。
しかし、それ以上に。
モララーがいなければ、軍事的に重要な判断を迫られた際、それを下せる者がいなくなる。
すぐさま、自分はそう考えていた。
本来ならば、最終判断を下すのは自分の役目であるはずなのにも関わらずだ。
つまり、その時点でもう既に、自分は決戦の地へと気持ちが向いてしまっていた。
モララーではなく、自分が行きたいと思ってしまっていたのだ。
- 259 名前:第119話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 11:12:25
ID:/OgetcPg0
- だから、尚更モララーには残ってもらわなければならなかった。
最善を尽くしてきたが、万難を排除できたわけではなく、まだ何が起きるか分からないという状態だからだ。
僅かな供だけを連れて疾駆してきた。
そして今、森を目にしているが、自分にできることは何もない。
ただ、勝利を信じるしかない。
何故、ここまで来てしまったのか。
不安だったのかと問われれば、首を捻ることになるだろう。
しかし、恐らくは、信じているからこそだ。
必ず、ブーンは勝利を得てくれると。
いつも見せてくれる、あの屈託のない笑顔で、戦勝を報告してくれると。
心から、信じている。
だからこそ、ここで待ちたくなったのだ。
心の底では、最初からここに来たい思いがあった。
ただ、皆が我慢しているからこそ、自分も口には出すまいと考えていた。
<ヽ`∀´>(モララーは、城で待つって言ってたのに、やっぱり我慢できねーって言ってきたニダね)
<ヽ`∀´>(……あっさり翻意して『行かせてほしい』って言っちゃうところが、モララーらしいと言えばモララーらしいニダ)
だが、おかげで気が楽になった。
ヴィップ城にいるよりも、ここのほうがまだ落ち着く。
無論、他の皆も同じ気持ちだったが、他は全員残してきた。
万一のことを考えると、やはりヴィップ城は固めておくべきだと考えたからだ。
- 262 名前:第119話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 11:14:07
ID:/OgetcPg0
- その代わりに、皆の分まで、ブーンを祝福すると誓ってきた。
<ヽ`∀´>「……みんな、信じて待ってるニダよ、ブーン大将」
<ヽ`∀´>「だから……いつもどおりの笑顔で帰ってきてニダ」
声が、届くはずはない。
それでも、届けと願いながら口にした。
いつしか陽は落ちかけ、空は鮮やかな黒に染まりつつあった。
――双頭の森――
一騎打ちが始まる前から、森にはランタンの灯りがあった。
既に陽は落ちたが、変わらずに明るいまま戦うことができている。
ランタンはこちらでも用意していたが、自分が到着する前にショボンが準備していたようだ。
つまり、ショボンも長期戦は考えていた、ということになる。
自分としては、最初からそのつもりだった。
覚悟は、できていた。
しかし、実際に戦いが長引くにつれ、自分を侵食しはじめたのは疲労感と恐怖感だった。
(;^ω^)「…………」
この寒さのなかでも、両手からは汗が滲み出ている。
荒ぶる呼吸も隠したいが、既に肩が軽く上下してしまっていた。
ショボンが涼しい顔をしているのとは、あまりに対照的だ。
そのショボンが、動いた。
- 268 名前:第119話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 11:15:40
ID:/OgetcPg0
- 左足の踏み込みよりも先に、右のZが振り上げられる。
自分の視線は、思わずそちらへと向いた。
死角となる位置から、左のZが地を這うように迫っている。
それに気付いたときには、ショボンの踏み込みも十全だった。
後退すべきだ。
分かっていたが、気付いた時点では、既に最善の選択肢ではなくなっていた。
アルファベットを両手で強く握り、二の腕を膨らませる。
ショボンのZを、その場で受け止めた。
衝撃で、両手に僅かな痺れが走る。
しかしまだ、一撃。
左を受けたが、右が残っているのだ。
Yを強引に突き出せば、ショボン自身を狙える。
だが、ショボンの右と、果たしてどちらが速いか。
分からない。賭けは、打てない。
ショボンの右は、引いて躱した。
あと一瞬でも迷っていたら、自分の胴は斜めに裂かれていただろう。
攻め込んだ末の危険ならば、まだいい。
今の自分は、回避することさえ充分ではないのだ。
ショボンの表情に視線を向ける。
相変わらず、無が貼り付いている。
失望感を顕わにしているようにも、見える。
- 273 名前:第119話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 11:17:28
ID:/OgetcPg0
- 天下の帰趨を決する戦い。
ショボンの気概も、並ではなかっただろう。
だからこその、失望だろうか。
"自分から決戦を提案しておいて、こんなものか"と。
そう思われているのだろうか。
自分にとってはどうでもいいはずのことが、思考を支配する。
活路を見出すために使わなければならない時間を、空費してしまっている。
勝利を、諦めたわけではない。
諦めていいはずがない。
だが、自分の心構えは、進むべき道を逆行しようとしている。
それでも、戦わなければ。
もはや、ただの義務感であっても構わない。
最後まで戦い抜かなければ。
まずは、確実に守りを固めて、隙を――――
(;゚ω゚)「ッ!!」
――――手のひらに、熱を、感じた。
瞬間、死を覚悟した。
- 286 名前:第119話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 11:19:57
ID:/OgetcPg0
- (;゚ω゚)「…………」
アルファベットYの、発熱。
決戦間際で届いたはずの高みから、拒否された。
気持ちの部分で、Yに達していないと、アルファベットに判断されてしまった。
そう、思った。
しかし、違った。
アルファベットに拒否されたわけではない。
かつて、入軍試験で感じたアルファベットの熱とは、明らかに違う。
さっきの熱は、人の熱だ。
出立前に、将校全員から貰った熱だ。
皆が、信じてくれた。
信じて、自分に全てを託すべく、手を交わしてきた。
その熱が、自分のなかに残っていたのだ。
( ω )「…………」
専守で活路を見出そうとした。
それが、完全に間違っていたとは思わない。
ただ、そのまま戦って勝てるとも思えなかった。
アルファベットYを構える。
そして、すぐさま突き出した。
- 299 名前:第119話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 11:22:49
ID:/OgetcPg0
- ショボンの不意を突いたわけではない。
しかしショボンは、受け止めずに躱した。
回避して反撃、ではない。単純に、反応が遅れていたのだ。
自分でも分かった。
先ほどまでより明らかに、鋭い一撃となっていることが。
守備のなかで隙を見出す。
そのためだけの牽制で、ショボンが隙など見せるはずがなかった。
攻めるしかない。
攻めて、攻め続けて、ショボンを討ち取るしかない。
それに、気付かせてくれた。
皆が、教えてくれたのだ。
奮起させてくれたのだ。
自分ひとりでは、とても戦えない。
今までずっと、そうだった。この決戦でも変わることはない。
皆の支えがあったからこそ、今の自分があるのだ。
もう、迷う必要などなかった。
(´・ω・`)「……いい顔になったな」
ショボンが無表情を崩すことはない。
ただ、その声は、森を包んだ暗さとは対極の位置にいるように思えた。
言葉は返さない。
きっと、自分の表情を見て、ショボンは忖度するだろう。
今一度、アルファベットを構え直した。
- 308 名前:第119話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 11:25:56
ID:/OgetcPg0
- ――双頭の森――
地面に置かれている灯りもあれば、木に提げられている灯りもある。
数は充分、用意してあった。
自分が置いたが、馬に括り付けられた荷を見るに、ブーンも準備はしていたようだ。
暗闇の中、戦場だけが煌々と照らし出されている。
(#^ω^)「おぉッ!!」
長尺のYを豪快に振り回してきた。
範囲外の距離だが、風圧で僅かに反撃が遅れる。
その間に、ブーンは距離を詰めてきた。
突き出される。
冷静にZで跳ね上げようとしたが、片方では無理だ。
両のZで、挟み込むようにして防ぐ。
そのままYを押し上げようとするも、動かない。
ブーンは、このまま自分を討とうとしている。
機を見て、力を抜いた。
同時にYの矛先から自分の体をずらす。
そして、ブーンに迫った。
Yの刃は、自分の側面。
ブーンはすぐさまアルファベットを戻そうとしているが、自分のほうが僅かに速い。
左のZを、薙いだ。
ブーンの首を狙って。
- 312 名前:第119話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 11:28:51
ID:/OgetcPg0
- 恐らく、後方に逃れようとするだろう。
そう思って繰り出した一撃。
しかしブーンは、身を屈めて回避してきた。
一瞬、勝ったと思った。
左を使ったが、まだ右が残っている。
体勢不充分なブーンを、存分に狙える状態で。
だがブーンは、側方に向かって地面を転がることで右のZから逃れた。
そこまでは、まだ良かった。
(´・ω・`)「ッ!」
先ほどまでのブーンと違ったのは、逃れると同時に攻め込んできたことだ。
地面を転がりながら、長尺のYを振り回してきたことだ。
完全に、不意を突かれた。
(´・ω・`)「くっ!」
体を大きく仰け反らした。
自分の残像を、切り裂くY。
後ろへと倒れこみそうになったところを、後方への宙返りで堪えた。
そして着地と同時に、ブーン目掛けて駆け出す。
既にブーンは起き上がり、Yを大きく後ろに引いていた。
またも、豪快に振り回してくる。
それを、ブーンと同じように屈んで回避した。
懐に、飛び込むべく。
- 320 名前:第119話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 11:30:47
ID:/OgetcPg0
- ブーンは戻ってきたYから右手を離し、柄の腹を掴むことで、Yの刃を引き寄せた。
あれならYでも接近戦ができる。
望むところだ。
(´・ω・`)「ハァァァァァッ!!」
(#^ω^)「オオオォォォォッ!!」
二つのZで間断なく攻め込む。
ブーンは巧みに防ぎながらも、僅かな隙を逃さずに反撃を打ってくる。
釘を打っているときのように、音が連続して響いていた。
この打ち合いだけで、既に二十合を軽く超えている。
そしてまだ、続く。
右のZを最小限の動きで振るい、次いで左のZを大きく振るう。
だが、変則的な動きにもブーンは確実に対処してきていた。
右を軽く弾いてから左をしっかりと受け止めることで、こちらの攻撃を通さない。
全力での打ち込みだが、ブーンのYは押し切れなかった。
反撃の隙はさほど与えていないものの、既に三度はYが自分に迫った。
いずれも力はなく、容易く防げたが、もし通ってしまえば例え力がなかろうとも体を貫かれる。
正確な数は分からないものの、この短い間だけで、打ち合いは五十合を超えていた。
一騎打ちの開始当初とは、明らかに違う。
ブーンの一撃の鋭さと重さが、はっきりと増している。
- 325 名前:第119話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 11:32:18
ID:/OgetcPg0
- 行動の選択は先ほどまでと変わっていない。
ただ、一撃の厚みだけで、戦況が変わった。
簡単に見切れていた薙ぎも、弾けていた突きも、決して容易ではなくなった。
(´・ω・`)(何があったのかは知らんが……)
心情の変化があったのだろう。
ただ、その切っ掛けが何だったのかは分からない。
しかし、手応えは自分を充足させるものがあった。
(´・ω・`)(……本来、そうあってはならないのかもしれない)
切れのある動きを見せるようになったブーンは、簡単に倒せる相手ではない。
先ほどまでは、勝利の道筋さえ見えたと思っていたが、いつの間にかかき消されている。
一騎打ちとしては、多少難しくなったと言っていい状況だ。
だが、高揚していた。
本来、そうあってはならないのかもしれないが、滾るものがあった。
およそ完調には程遠い相手。
そう思っていた。好都合だ、とさえ考えた。
だが、心のどこかで蟠っていたのも事実だ。
そして、その蟠りを抱えたことで、自分は自分なのだと感じることもできていた。
(´・ω・`)(……悪くはない)
(´・ω・`)(完全な状態のお前に勝つことで、俺は胸を張って帰ることができる)
- 332 名前:第119話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 11:34:23
ID:/OgetcPg0
- いかなる形であっても、勝利は勝利だ。
美しくとも、泥臭くとも、ブーンの胴と頭を斬り離せればそれでいい。
しかし、相手が全てを出し切った末に、破ることができたならば。
自分は、武人としても軍人としても頂点に立ったことになる。
そして、頂点からの景色こそが、天下なのだ。
ラウンジの天下を得る、ということなのだ。
(´・ω・`)(ここからが本番……そう思ったほうがいいな)
暗闇の中で炯々とした眼光を放つブーン。
百を超えた打ち合いのなかでも、決して怯むことはない。
高い集中力を維持して、常に隙を狙ってきている。
今のところまだ、身を脅かされるところまでは来ていない。
自分が押している、と主観的にも客観的にも判断できる状況だ。
ただ、盛り返されたことで多少苦しくはなっている。
今度は、自分が押し返さなければならない。
(´・ω・`)(……この打ち合いでは、首は取れんな)
疲弊させる効果はあるが、同じ人間である以上、動きが鈍ってくるのはブーンだけではない。
何刻でも戦い続けてやる、とは思っているが、気概だけでは戦えないのだ。
距離を取った。
(´・ω・`)「…………」
( ^ω^)「…………」
- 336 名前:第119話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 11:36:35
ID:/OgetcPg0
- お互い、頬には薄っすらと汗が浮かんでいる。
夜闇の静寂のなかでは、呼吸の音も隠すことはできない。
灯りは充分とはいえ、陽が落ちる前に比べれば、多少なり視界は悪くなっていた。
一騎打ちに影響を及ぼすとは思えないが、それはあくまで現状の話であり、長引けばどうなるか分からない。
疲労で判断力が鈍れば、僅かな視界の悪ささえ命取りになる可能性もあるだろう。
(´・ω・`)(……力か)
思考力や判断力という、目に見えない力。
どちらが優れているのか劣っているのかも分からない。
アルファベットは、そういう部分も見ているのだろうか。
人が武器を選ぶのではなく、武器が人を選ぶ。
だから、この世界では実力が目に見えて分かりやすい。
掲げている武器を確認するだけでいいのだ。
しかし果たして、目に見えない力までもが反映されているのか。
この戦いでそれが分かる、とは思わない。
絡み合う要素は、あまりにも複雑だ。
ただ、答えの手がかり程度は得られるかも知れない。
再び距離を詰めて、打ち込んだ。
ブーンは一度受けたあと、詰めさせまいと下がる。
最大の危機は、遠距離から瞬時に懐へ飛び込まれたとき、と分かっているのだろう。
最初は、懐に飛び込もうとしても回避されていたが、次第にそうもいかなくなってくるはずだ。
ただ、それはブーンに限った話でもない。
- 340 名前:第119話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 11:38:28
ID:/OgetcPg0
- 気概だけでは戦えないが、気概が欠ければ敗北は必至だ。
失っていいものは何ひとつとして無い。
(´・ω・`)「ぬんッ!」
体を開いて、左を突き出す。
ブーンも同じように半身になってZを躱し、流れのままYを振り回してきた。
右のZで、受け止める。
左のZで追撃を見舞うが、頭を沈めたブーンに空を斬らされる。
その刃を追うようにブーンが体ごと動かしてきた。
Yの柄が、自分に迫る。
(´・ω・`)「悪くはないがな」
長尺の柄で、自分を押し倒そうとしてきた。
発想としては、悪いものではない。
ただ、自分としても身を引くだけで容易く回避できる攻め方だ。
右のZで拘束していたYが自由になる。
すかさず、ブーンは振り下ろしてきた。
高みからではない。脚を狙った一撃だ。
左のZを支えにして、脚を浮かせた。
ブーンのYは地面を抉る。
そして浮かせた脚をそのまま、蹴り出す。
(;^ω^)「ッ!!」
- 344 名前:第119話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 11:40:12
ID:/OgetcPg0
- アルファベット以外の攻撃に不意を突かれたブーンは、後ろへ倒れこむようにして蹴りを躱した。
できればそこを追撃したかったが、自分の体勢もすぐには整わない。
ブーンが起き上がるのも早かった。
不意を突きはしたが、ブーンは怯んでいない。
やはり、一騎打ちを始めた当初や、その後しばらくに比べると、精神的に何かが変わったらしい。
しかし、そもそも――――
(´・ω・`)「……随分と、強くなったものだ」
自然と、口から零れた。
だからこそ、だろう。
ブーンも表情の変化を、隠そうともしなかった。
(´・ω・`)「この状況でも決して臆することがないのは、場数を踏んできたからか」
( ^ω^)「……それもあるお」
下地は、そこにある。
だが最も大きな要素は、やはり背負うべきものを背負っているからだろう。
そして、背負えるようになった理由は、ブーンの背中が広くなったからだ。
逞しくなったからだ。
(´・ω・`)「戦に不慣れで、事あるごとに狼狽していた頃が懐かしいな」
( ^ω^)「…………」
- 347 名前:第119話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 11:41:23
ID:/OgetcPg0
- (´・ω・`)「ジョルジュに伴われてラウンジと戦うことになったときは、随分と反発していた」
( ^ω^)「……苦手だったし、嫌いだったんだお。あのときは、ジョルジュさんのことが」
(´・ω・`)「親の仇だったんだろう、ジョルジュは」
( ^ω^)「だけど、それは仕方がないことだお。当時、ジョルジュさんはオオカミの将で」
(´・ω・`)「恨んでも仕方がない、か。まぁ、そうだろうな」
ブーンが、そう思えるようになったこと自体、成長したということなのだ。
昔は、とにかく感情だけで動いていた。
(´・ω・`)「エヴァ城攻防戦も、モナーの配下でラウンジと戦ったときも……危なっかしいとさえ思ったものだが」
(´・ω・`)「しかし、いつの間にか成長していた。不思議なものだ」
( ^ω^)「……その不思議の理由は、あんたが一番よく分かってるはずだお」
( ^ω^)「ただ、分からないふりをしてるだけだお」
和やかな気持ちのまま、口元を緩めた。
まったくもって、ブーンの言うとおりだ。
( ^ω^)「色んなことがあったお。楽しいことも、辛いことも」
( ^ω^)「その積み重ねがあってこその、今のブーンだお」
( ^ω^)「……そして、その経験のなかに、いつもアンタがいたんだお」
- 350 名前:第119話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 11:42:37
ID:/OgetcPg0
- 鼻から呼吸が漏れた。
あくまで一時的に、ではあるが、体からも少し力が抜けている。
心地よい脱力感だ。
( ^ω^)「だけどきっと、ブーンだけじゃないお」
(´・ω・`)「……モララーやギコ、ドクオたちも、か?」
( ^ω^)「それもそうだお。でも、もっと違うところで」
( ^ω^)「……きっと、アンタ自身も、だお」
ブーンの言葉は、大事な一語が抜けている。
きっと、この会話を傍から聞いていても、他の者には理解できないだろう。
しかし、それでいい。
二人だからこそ、分かり合える言葉。
(´・ω・`)「……そうかもしれんな」
自分が、ここにいられる理由。
いくつもの要素から成り立っているのだろう。
複雑に、絡み合っているのだろう。
(´・ω・`)「さぁ、体力は回復できたか?」
( ^ω^)「…………」
ブーンが素早く身構えた。
先ほどまでよりは、いくらか体が軽いのかもしれない。
- 360 名前:第119話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 11:44:20
ID:/OgetcPg0
- ブーンの疲労を回復させ、勝負を楽しくするために会話していた、というわけではない。
疲弊感が多少なり和らいだのは、自分も同じだ。
今の会話で、ブーンにとって戦況が好転した、などということはありえない。
是が非でも掴まなければならない勝利が、目の前に転がっているのだ。
僅かでも、ブーンに先行は許さない。
雑談のような会話でブーンの歩みを進めさせるようなことは、しない。
(´・ω・`)「ハッ!」
Yの刃先めがけて、Zを振り下ろした。
――双頭の森――
攻めて、攻めて、攻め続ける。
勝利はきっと、その先にしかない。
この思いは、揺るがない。
( ^ω^)「オオォッ!」
ショボンが、Yの刃先を狙ってZを振り下ろしてきた。
それを迎撃すべく、Yを振り上げる。
甲高い音が澄み渡った。
( ^ω^)「…………」
- 368 名前:第119話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 11:46:23
ID:/OgetcPg0
- ショボンの攻撃は、変わらずに苛烈だ。
一撃受けるたびに、信じがたいほどの衝撃が自分の体を駆け巡る。
死を、身近に感じさせられる。
この戦いを優位に進めているのは、間違いなくショボンだ。
それは分かっている。
一騎打ちを開始したあと、しばらく自分が不甲斐なかったせいもあり、差は顕著だった。
今は、そのときに比べれば格段に良くなったという自覚がある。
ただ、ショボンには及ばない。
ショボンの首筋を脅かすまでには至っていない。
しかし、身を引いて守りに入っても戦況は好転しないだろう。
攻めつづければ、いつかショボンの守備が綻ぶ可能性もある。
それを、見逃さずに突け込めば勝利を得ることができるのだ。
だが、守りも疎かにはできない。
瞬きの間さえ安心はできない。
瞼を開くことができなくなるかもしれないのだ。
( ^ω^)(さすがだお……ショボン=ルージアル)
やはり、強大な相手だった。
その事実を、先ほどまでは重く受け止めすぎ、萎縮していた。
今は、発条にして天を目指すことができる。
(´・ω・`)「ふんッ!」
ショボンが間合いを詰めて、右のZを振り上げてきた。
僅かに引いて回避し、即座に反撃を見舞う。
だが当然、左のZを残しているショボンは易々と防いでくる。
- 373 名前:第119話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 11:48:45
ID:/OgetcPg0
- Yを引いて、再び突き出そうとしたが、ショボンは更に踏み込んできた。
Zにとっては絶好だろうが、Yにとっては近すぎる距離だ。
右手で柄の真ん中を掴み、小回りが利くようにしてからショボンのZを受け止める。
アルファベットYの刃は、全アルファベットのなかで最も大きい。
そのぶん重さはあるが、小さい範囲で振るえるようになると、相手の攻めを防ぐ際に有効になってくる。
特にZで左右から攻められている場合、大振りで守っていては間に合わないのだ。
本来、下位アルファベットで上位アルファベットに挑むべきではない。
それは戦場における大原則だが、避けがたい場合もある。
臨まなければならないときも、ある。
その際は、形状の差を活用することが大切だ。
Yの場合は、柄の長さと、刃の大きさ。
いずれも武器として使わなければ上位に打ち勝つことはできない。
昔、ショボンにそう教えられた。
( ω )「…………」
思惑はどうであれ、入軍できたこともショボンのおかげだ。
Aにさえ触れることのできなかった自分を、ここまで引き上げてくれた。
常にショボンの背中を目指してきたからこそ、Jの壁もSの壁も越えることができたのだ。
憧れだった。
いつか、ショボンのように、と思っていた。
- 380 名前:第119話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 11:50:33
ID:/OgetcPg0
- 将校として初めて臨んだ、エヴァ城攻防戦。
ショボンの伏兵が、自分の失敗を補ってくれた。
ミラルド=クァッテンを討ち取る補佐もしてくれた。
ベルとの一騎打ちの衝撃は、今でも鮮明に覚えている。
WとTの戦い。あまりにも高次元であり、異次元だとさえ感じた。
しかし今、あの一騎打ちよりも高みでアルファベットを交えている。
一騎打ちの直後、ショボンには、後を継いでくれと言われた。
お前が、東塔の大将になれ、と。
不安と動揺に支配されたが、心のどこかでは、嬉しくも思っていた。
マリミテ城攻防戦でも、オリンシス城攻防戦でも、ショボンは常に頼もしかった。
自分でも常に考えながら動いてはいたが、結局はショボンが思うように動かされていただけのような気がする。
そうでなければ、兵数で劣っていた東塔がオオカミに連戦連勝することは不可能だっただろう。
フェイト城の攻防戦では、ドクオを討たれた。
直接手を下したのはミルナだが、切っ掛けを作ったのはショボンだった。
ドクオの才を危ぶみ、ミルナを利用して謀略に嵌めたのだ。
何度思い返しても、腸が煮えくり返りそうだった。
しかし、敵を利用して策を完遂させたのは、純粋にショボンに力があったからこそだ。
軍人としての力は、認めるしかなかった。
一方で、フィレンクトに一騎打ちを挑まれた際は、真正面から受け止めるという武人らしさも持ち合わせている。
実直な軍人であるだけではなく、誰もが羨むほど武人然としていたことも、ショボンの魅力としては大きかった。
だからこそ、あのモララーでさえ心から敬愛していたのだ。
ヴィップから離れ、敵となってから、ショボンの怖さは改めて思い知らされた。
ベルベットやエクストなど、将校クラスの男たちでさえ、為す術なく討ち取られてしまった。
結果的に勝利を収めることができた戦も多かったが、常に紙一重であり、信じがたいほどの重圧に襲われつづけていた。
- 387 名前:第119話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 11:53:20
ID:/OgetcPg0
- 誰もが、口を揃える。
最強の武将として、名を挙げる。
あのベル=リミナリーさえもはや超えている、と自分の中では思っていた。
その男に、今、自分が挑んでいるのだ。
脚が震えてもおかしくない。
自然と森から逃げ出そうとしても、おかしくない。
だが、両の足はしっかりと地面を踏み締めていた。
(#^ω^)「オッ!」
アルファベットを薙ぐ際、自然と胸の奥から声が溢れてきた。
ショボンが攻め込んでこようとしてきたのを、牽制する。
構わずに振ってきたが、Yを意識したのか、鋭さに欠けていた。
余裕を持って、受け止めようとした。
(;^ω^)「ッ……?」
結果には、何ら問題なかった。
予定どおりにショボンのZを防ぐことができた。
だが、自分が思った以上に両腕は大きく動いた。
ショボンのZに、押し込まれたのだ。
自分が想定したよりも鋭くZは振るわれたのだろうか。
いや、違う。まだショボンが全力を隠している、とは考えにくい。
更なる力を出す余地が最初からあるならば、既に自分は討たれているはずだ。
つまり、考えられることは、ひとつ。
- 392 名前:第119話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 11:54:57
ID:/OgetcPg0
- (;^ω^)(……こっちも、あっちも……既に万全ではなくなってるんだお……)
自分が堪え切れなかったのもそうだが、ショボンの振りも荒かった。
だからこそ、今までにないような不恰好な打ち合いになったのだ。
正確には分からないが、一騎打ちが始まってから、既に六刻は経っただろう。
打ち合いも、二桁はもう軽く超えている。
疲労を隠せなくなっていて当然だ。
それでも、ここまでは気力で補うこともできていた。
補いきれないところまで、疲弊している、ということなのだ。
自分も、そしてショボンも。
(´・ω・`)「…………」
表情だけを見れば、変わりないように思える。
だが、頬の汗が灯りで照らし出されていた。
口も、もはや完全に閉じられることはない。
どちらが優位に立っているのか、など、全く分からない状態だ。
しかし、尽き果てるまで戦うしかない。
そして、その最果ては、もう決して遠くないところに在るのだ。
- 398 名前:第119話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 11:56:33
ID:/OgetcPg0
- ――フェイト城・北の山――
冬の夜風を遮るものは、何もない。
衣服は過分なほど持ってきたが、それらを全て着込んでも、顔に当たる風は防ぎようがなかった。
ただ、クーは無表情とも言える冷静な顔を崩していない。
( ’ t ’ )「寒くないのか?」
川 ゚ -゚)「多少は」
そうは言っているが、体を震わせることもしないのだ。
相変わらず、人間らしさに欠けている女だった。
有能さは疑う余地もないが、友人として付き合っていくのは難しい類だ。
夜の闇が自分の視界を覆い始めた頃、双頭の森の中央から微かな灯りが漏れ始めた。
一騎打ちのための準備は、どうやら万端だったらしい。
おかげで、まだ二人は戦っているのだということだけは分かる。
( ’ t ’ )(……しかし、明るい頃から始めた一騎打ちが夜になるまで続くと、二人は仮定していたのか……)
( ’ t ’ )(それも恐ろしい話だな……)
無論、全ての可能性は考慮されるべきで、灯りも用意されて然るべきだ。
自分があの場に立つことになっていたとしても、充分に持ち込んでいっただろう。
ただ、実際にそうなったという事実が、自分からすれば異次元だった。
( ’ t ’ )(調練でさえ、せいぜい一刻程度しか続かないのに……)
( ’ t ’ )(二人は、実戦で……もう十刻は戦ってる)
川 ゚ -゚)「これほど長く戦った経験は、ショボン様と言えどないはずです」
自分の考えていることを見透かしたように、クーは言った。
それももはや、この女が相手ならば驚くようなことではない。
- 407 名前:第119話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 11:59:19
ID:/OgetcPg0
- ( ’ t ’ )「そうだろうな」
川 ゚ -゚)「そして、恐らくブーン=トロッソも」
( ’ t ’ )「仮にあったとしても、大して意味はないだろう」
( ’ t ’ )「……ただの将校を相手にするのと、ショボンを相手にするのとでは、同じ時間でも全く話が違ってくる」
川 ゚ -゚)「…………」
そしてそれは、ブーンのみならずショボンにも言えることだ。
どちらも、望める限り最高のアルファベット使いを相手にしている。
今までに体験した全ての一騎打ちを、軽々と凌駕しているだろう。
( ’ t ’ )「…………」
どれほど目を凝らしても、もはやこの暗さでは、一騎打ちの様子など掴めない。
尤も、明るかったときでさえ、二人が戦っている様子は見えなかった。
微かに、一騎打ちの気配を感じ取ることができただけだ。
川 ゚ -゚)「二人はまだ、戦っていますか?」
同じ状態であるはずのクーが、そういった質問を、既に五度ほど自分に投げてきている。
今まで自分がクーに対して抱いていた印象からすると、ありえない、とさえ思える質問だ。
クーは、必死な思いで質問してきている。
恐らく、不安も抱きながら。
( ’ t ’ )「灯りが消えていないということは、そうなんだろう」
当たり障りのない答えを返しておいた。
それが、クーの望んだ返答ではないと知っていながら。
- 412 名前:第119話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 12:00:55
ID:/OgetcPg0
- 僅かに届く一騎打ちの気配は、まだあるように思えた。
しかし、朧げな言葉を口にしたところで、もはや意味はないだろう。
クーも分かっているはずだ。
なのに、何度も同じ質問を繰り返してくる。
人間らしさに欠けている、と先ほどは感じたが、人間味のある部分も一応持ち合わせているらしい。
( ’ t ’ )「……正直、ここまで長引くとは思っていなかった」
( ’ t ’ )「完全に、自分の予想を超えてしまっている」
川 ゚ -゚)「それは、私もそうです」
はっきりとは分からないが、恐らくヴィップの将も同じだろう。
大事な一戦ほどあっさり決まる、と昔ベルに教えられたこともあるが、まさしくそうなるだろうと思っていた。
どちらが勝つにせよ、だ。
ショボンが勝つ場合は、"圧倒的な力で捻じ伏せた"。
ブーンが勝つ場合は、"上手く隙を突いて討った"。
いずれかしかありえない、と思っていた。
そしていずれであっても、さほど時間はかからないだろう、と予測していた。
十刻もの一騎打ちに及んでいる理由として考えられるのは、ひとつ。
お互いが真っ向からアルファベットをぶつけあっており、互角の戦いが続いているのだ。
二人の間には、ランク差がある。
YとZ。たったひとつだが、あまりに隔絶的な差だ。
その差を以ってして、ショボンがあっさり勝負を決めていても不思議はない戦いだった。
- 417 名前:第119話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 12:03:05
ID:/OgetcPg0
- ( ’ t ’ )「……ランク差はあまり影響していないのか?」
川 ゚ -゚)「それは……はっきりとは、分かりません」
川 ゚ -゚)「しかし、仮にまだ影響がないとしても、いずれは必ず顕在します」
川 ゚ -゚)「それが、アルファベットです」
クーの、言うとおりだ。
下位が上位を打ち破ることは、当然あるが、上位が有利であることは間違いない。
そしてそれは、長引けば長引くほど、影響してくる可能性が高い。
川 ゚ -゚)「……ただ、そう考え続けて、既に十刻が経過しているという現実はありますが……」
思わず苦笑いしてしまった。
それも、クーの言うとおりだ。
結局、ここから分かることなど、何もない。
森を見つめつづけたところで、どうしようもないのだ。
それでも、ここから離れる気は全くなかった。
例えあの二人が三日三晩戦ったとしても、最後まで見続けると決めていた。
自分のなかでは、"見届ける"というつもりで。
( ’ t ’ )「暑いってことはないんだろう?」
そう言って、自分の衣服をクーに羽織らせた。
よく見ると、クーの手先は僅かに赤くなっている。
- 422 名前:第119話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 12:04:39
ID:/OgetcPg0
- 川 ゚ -゚)「……ありがとうございます」
"ですが、お気持ちだけで充分です"。
そういった意味合いの言葉が、後に続くかと思った。
しかしクーは、羽織らせた衣服に袖を通し、軽く頭を下げる。
既に、一騎打ちが始まってから十一刻が経過していた。
夜は静かに、深く更けていく。
――双頭の森――
もう、それほど長くは続かないだろう。
そう思い始めてから、もう四刻は経っている。
しかし、自分もブーンも、まだ膝を折ってはいなかった。
(´・ω・`)(さすがだ……ブーン=トロッソ)
呼吸はかなり荒い。
はっきりと、息遣いがこちらにまで届いている。
だがそれでも、動きは鈍っていなかった。
(´・ω・`)(……いや、違うな)
現実には、ブーンならではの軽快さは失われつつある。
疲労が蓄積され、思うように体が動いていないのだ。
しかし、"鈍っていない"と自分が感じている理由は、ただひとつ。
自分も同じように、疲労で体は重くなってしまっているのだ。
お互いに体力が漸減しているからこそ、相手の動きは鈍っていないように感じてしまっているのだ。
- 425 名前:第119話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 12:06:56
ID:/OgetcPg0
- (´・ω・`)「ふんッ!」
隙があったわけではないが、斬り込んだ。
ブーンはYを低く構え、跳ね上げるようにしてZを防いでくる。
(;^ω^)「ハァ、ハァ……」
ブーンの息遣いは荒いが、それだけでは体力の単純比較はできない。
年齢的な面から考えれば、ブーンのほうが体力はあっただろう。
一騎打ちの途中では、一方的に奪う場面があったが、それでも互角程度かもしれない。
先ほどの攻撃も、万全の状態ならばブーンの頬を掠めるくらいはできた可能性がある。
しかし、体力を回復できる状況になることはないだろう。
戦いは、どちらかが尽き果てるまで続くのだ。
(´・ω・`)「…………」
極限にまで、追い込まれる戦い。
今までに、経験したことはなかった。
ベルを相手にしたときは、数撃を回避しただけだった。
ジョルジュとミルナを相手にしたときは、攻防こそ激しかったものの、長引くことはなかった。
既に十二刻ほど戦っている。
調練でさえ体験したことのない長さだ。
恐らく、ブーンも同じだろう。
相手が、ブーンだからこそだ。
他の相手では、こうはならない。
極限にまで追い込まれることは、ない。
- 429 名前:第119話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 12:08:25
ID:/OgetcPg0
- 紛れもなく、生涯で、最強の相手。
ブーン=トロッソ。
軍人として、武人として。
この男を、倒さなければならないのだ。
(´・ω・`)「ハァッ!」
半身になって左のZを突き出す。
ブーンは、Yの刃先でZを受け止めた。
そのまま、押し潰すように刃先を下に向けてくる。
左のZは殺されたが、自分には右があった。
素早く右足を踏み込ませて斬りかかる。
ブーンも同じように動いて回避してくる。
軽快さは、やはり失われていた。
しかし自分も、鋭く振るえてはいない。
(´・ω・`)(……追撃にも出れないか……)
- 433 名前:第119話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 12:10:22
ID:/OgetcPg0
- 不思議な感覚だった。
自分のことを、周りから傍観しているかのように感じている。
ブーンを追撃したかったが、上手く体が動かない、自分のことを。
(;^ω^)「…………」
一方のブーンも、反撃したいところで反撃できなかったようだ。
最初は常に自分の首に向いていたYの刃先も、今では地面に接している。
(´・ω・`)(……このまま漫然と戦い続けても、活路は見えない)
(´・ω・`)(ならば――――)
どこかで、思い切りよく攻め込む必要があるだろう。
それは少し前から考え始めていたことだ。
ブーンとの間合いは、徐々に詰めている。
疲労に満ちたブーンが、気付かないほど、ゆっくりと。
終焉までの道筋は、既に描かれていた。
- 481 名前:第119話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 12:34:32
ID:/OgetcPg0
- (´・ω・`)(……まず、このままあと半歩、間合いを詰める)
(´・ω・`)(そうすれば、自分の間合いに持ち込める)
今はまだ、ブーン優位の間合いだ。
こちらは大きく踏み込まなければ、刃がブーンに届かない。
それではブーンに万全の迎撃体制を築かれてしまうのだ。
無論、ブーンに接近することは自分の首を脅かすことでもある。
特に今は、ブーンにとっては最も攻めやすい距離だろう。
故に、攻め込む姿勢を見せてはいるが、全神経は守備に集中させていた。
上手く間合いを詰めることができれば、次は踏み込み。
ここは、今までとは違い、右足を大きく踏み出す。
どちらの足で踏み出すか、など、大した惑わしにはならない。
ただ、今まで全て左からだったことは、ブーンの無意識に残っているだろう。
右が先に出ることに対して、僅かながら意識は取られるはずだ。
踏み込みと同時に右のアルファベットを振り下ろす。
間合いが詰まっていても、ブーンはYで防げるだろう。
ただ、ここは左のZの存在を考慮して、恐らく体を開いて回避してくるはずだ。
回避行動を取ったところに、左のZで追撃を見舞う。
そうすればブーンは、今度こそアルファベットYでZを受け止めてくる。
ここまでは、今までに何度も起こした展開だ。
右のZで追撃しようとすれば後退され、左のZをそのまま押し込もうとしても押し切れない。
それでは、ブーンの首に刃を走らせることはできないのだ。
だからこそ、定型化している流れを、変える。
- 485 名前:第119話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 12:36:28
ID:/OgetcPg0
- (´・ω・`)(……あえて、隙を作る)
(´・ω・`)(ブーンが、攻め込みたくなる隙を)
無論、容易ではない。
今のブーンが、最も警戒しているであろうことだからだ。
しかしそこで、右足からの踏み出しが意味を成してくる。
まずは、Yの刃と交わっている左のZの力を緩める。
こちらが疲労していることはブーンの目からも明らかで、力が入らなくなったとしても不思議はない。
ただし、あまりに緩めすぎれば警戒され、自分の身まで危うくなる。
抜く力は、ほんの僅かだ。
押し込みきれなかった左のZは、ブーンのYに弾かれるだろう。
そのあと、ブーンからの追撃を避けるために後退する、という流れを続けてきた。
だが、ここで一瞬、あえて後退を遅らせる。
(´・ω・`)("右から踏み込んだせい"か、あるいは"疲労が影響している"のか……)
瞬きしか許されないような時の間でも、ブーンほどの男なら、数多の思考を巡らせられる。
そして、好機と判断するだろう。
罠かもしれない、と疑いながら攻めてくる可能性もある。
それならそれでもいい。とにかく、ブーンには首を取りに来る体勢を作らせなければならない。
そのためには、自分が隙を見せる必要があるのだ。
(´・ω・`)(しかし――――)
最大の危機は、ここで訪れる。
- 487 名前:第119話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 12:38:06
ID:/OgetcPg0
- ブーンのY。本気で首を取りに来る一撃。
それを、紙一重で躱さなければならない。
今までにも、ブーンのYを際どいところで見切って回避したことはあった。
しかしそれは、自分の意識を守備に置いていたからこそ躱せていたに過ぎない。
今度は、直後に攻め込むことを意識して回避するのだ。
どうしても、守りに対する意識は疎かになる。
その状態で、果たしてブーンのYを回避できるか。
不確定ではあった。
しかし、賭けなければ道は開けない。
一騎打ちは、永遠に終わらないのだ。
場合によっては、多少身を削らなければならないかもしれない。
それも覚悟の上だ。死なない程度の傷ならば構わない。
例え腕か脚を一本斬り落とされたとしても、ブーンを貫くことができればそれでいい。
回避さえ成功すれば。
そのまま、流れに乗って、ブーンを討つことができるだろう。
(;^ω^)「…………」
ブーンから仕掛けてくることはなかった。
顎から垂れ落ちるその汗が、疲労を物語っているようなものだ。
可能性としては、"誘っている"ということも考えられる。
しかしそれでも、作戦どおりに攻め込むしかない。
この戦いに、勝利するために。
(´・ω・`)「ブーン」
- 489 名前:第119話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 12:39:41
ID:/OgetcPg0
- はっとしたような顔に、鈍い光しか放たない瞳。
構わず、そのブーンに声を投げる。
(´・ω・`)「戦い始めてから、何合打ち合ったか」
(´・ω・`)「お前は覚えているか?」
眉を微かに動かしたブーン。
顰めた、と言ったほうが適切だろうか。
(;^ω^)「……アンタは全部数えてたのかお?」
(´・ω・`)「いいや、そんな余裕はなかったさ」
ブーンが汗を拭いながら、顔を顰める。
お互いそうだろう、とでも言いたげだった。
(´・ω・`)「しかし、全てが勝利のための打ち合いだったことは間違いない」
( ^ω^)「……意味のない一撃なんて、あるはずがないお」
(´・ω・`)「そうだ。力ない一撃だったとしても、全てが勝利の礎だ」
(´・ω・`)「勝利のために打ち込んできたからこそ互いに疲弊している。本来ならば、戦えるはずがないほどに」
(´・ω・`)「……だからこそ思うんだ。最後に勝敗を分けるのは、国に賭ける思いの強さなんじゃないか、と」
二人の狭間を埋めるようにして、風が吹いた。
目には見えない。僅かに耳に残って、すぐさま消えるだけだ。
- 491 名前:第119話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 12:41:27
ID:/OgetcPg0
- (´・ω・`)「お前がどれほどの努力を重ねてきたかは、よく知っている。ヴィップに居た頃も、ヴィップを去った後も」
(´・ω・`)「ヴィップという国で、できうる限りの鍛錬を積んできたと知っている」
( ^ω^)「……全部、アンタに追いつくためだお」
(´・ω・`)「あぁ、それも知っている」
( ^ω^)「途轍もなく大きな背中で、途方もなく遠い場所にいて……どんな壁より高くて分厚かったんだお」
( ^ω^)「ブーンの努力を知ってるってさっきアンタが言ったのと同じように、ブーンもアンタの努力を知ってるんだお」
( ^ω^)「……そしてそれは、ブーン以上だったってことも」
(´・ω・`)「…………」
互いに、類稀なる才能を持していた。
それは間違いない。しかし、才能だけに頼ってきたわけではなかった。
才能を、腐らせることもなかった。
( ^ω^)「だから、確かにアンタの言うことは正しいお。国に賭ける思いの強さが、大事だってこと」
( ^ω^)「でも――――」
その言葉の続きを、ブーンが口にすることはない。
ただ黙って、アルファベットを構えるだけだった。
(´・ω・`)「……そうだな」
ブーンが何を言いかけたのかは分からない。
しかし、それを耳で聞くのも無粋だ。
最後は、アルファベットで語ればいい。
- 494 名前:第119話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 12:43:08
ID:/OgetcPg0
- (´・ω・`)「さぁ、いくぞ」
軽く体を捻ってからの、左。
ブーンは難なく受け止める。
しかし、それでいい。
この一撃で、半歩、距離を詰めることができた。
ここからの攻防で、全てが、決まる。
今までの努力が正しかったのどうかも、国の行く末も。
全てを、決めてみせる。
――双頭の森――
ショボンの巨躯が、更に凄みを増したように思えた。
疲弊で、視界が曇ってしまったせいだろうか。
雑な推測を糾す余裕も今はない。
ショボンは左のZを振るったが、本気で首を取るための一撃ではないようだった。
ただ、それも何かの布石だろう。無意味な一撃など存在しない。
しかし、目論見を掴めない状態で打破することなど不可能であり、自分にはただZの刃を受け止めるしかなかった。
まだ、機は来ない。
掴み損ねている。お互いに。
- 497 名前:第119話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 12:45:08
ID:/OgetcPg0
- そう考えていた。
戦況に、さほど変化がないように思えていたからだ。
楽観していたと言えるのかもしれない。
天下という終着点に辿り着くためには、先手が必須のはずだった。
つまり、楽観している時点で足はもたついていたのだ。
それに気付いたのは、ショボンの巨体が、僅かながら接近していると分かったときだった。
(;^ω^)「ッ!?」
半歩。
たった、それだけの距離。
しかし、確実に詰められていた。
Yの間合いを最大限に活かして、自分の優位性を保ってきた。
絶対に崩してはならない距離だったのだ。
いつの間に詰め寄られていたのか。
先ほどの会話の間か、それとも打ち合いの間か。
分からない。分かったところで、距離が詰まった事実は変わらない。
確実なのは、この距離では、Yの優位を活かしきれない、ということだ。
反射的に一歩、下がろうとした。
しかし、ショボンの踏み出し。
右足だった。
- 500 名前:第119話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 12:47:04
ID:/OgetcPg0
- 今までアルファベットを振るう際は必ず左から踏み込んできた。
間違いない。左右どちらのZを使うにせよ、必ず左足だったのだ。
何故、突然右足に変えたのか。
いや、そんなことはどうでもいいはずのことだ。
ショボンほどの男なら、どちらの足で踏み出そうとも全力でアルファベットを振るえる。
踏み込む足を変えたのは、ただの惑わしだ。
瞬時にそう判断できた。
だが、その一瞬さえ、この戦いでは命取りになりかねない。
そしてショボンは間違いなく、この一瞬を首取りに利用してくる。
右のZが、振り下ろされようとしていた。
(;^ω^)(受け止めッ……いや、回避……!?)
思考を奪われていたことで、判断が遅れた。
それでもZを受け止めることはできただろう。
しかし、左のZを考慮すると、ここは回避のほうが賢明だった。
後退は厳しい。
体を開いて躱すしかない。
(;^ω^)「ッ……!」
回避、できた。
体を開くだけでなく、仰け反らせる必要もあったが、右のZは空を切った。
そして当然のように、迫り来る左のZ。
今度は、受け止めるしかない。
森に澄み渡った音は、低位者同士の打ち合いでは決して届かない高さだった。
- 503 名前:第119話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 12:48:44
ID:/OgetcPg0
- (;^ω^)(よしっ……!)
ショボンの一撃は苛烈だったが、防いだ。
これで、ひとまずは体勢を立て直せる。
呆けているとすぐに右が襲ってくる。
そうなる前に、後ろへ下がらなければ。
そう思って、左足を下げかけた瞬間――――
(;^ω^)(……おっ!?)
――――ショボンの左から受ける圧力が、僅かに緩んだ。
自分以外の誰にも気付けないほど僅かだっただろう。
そして自分とて、これほどの打ち合いを重ねた後でなければ分からなかったかもしれない。
しかし確かに、ショボンの力は弱まったのだ。
罠の可能性を、真っ先に考えた。
下手な反撃を打たされ、逆に首を取られる可能性。
一騎打ちを始めた当初ならば、その危険性は高かっただろう。
だが、別の可能性が思考の隙間に入り込んでくる。
"疲労"だ。
十刻以上、まともな休息もなく続けられている戦い。
限界の、その極みまでもが、疲労に染まっている。
- 506 名前:第119話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 12:50:24
ID:/OgetcPg0
- ショボンほどの男でさえ、動きが鈍っていたのだ。
この、僅かな力の緩みも、決して不思議ではない。
いや、起きるべくして起きた、とさえ思える。
何度も起きるようなものではないだろう。
この一度の緩みでショボンが気を引き締め直してしまえば、最初で最後の好機となるかもしれない。
もはや、この逡巡さえ、不要。
狙うしかない。
この一撃に、全てをぶつけるしかない。
――――両手に、渾身の力を込めた。
(#゚ω゚)「オオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォッ!!!」
軽く、Yを引いた。
そして、両腕を膨らませてからの、突き出し。
風と、夜を、切り裂いて。
刃に、月光を乗せて。
ショボンの体の中心を目掛けて。
- 517 名前:第119話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 12:53:02
ID:/OgetcPg0
- しゃがんでも、跳躍しても回避できない。
体を開くにも時間がかかる。
最も避けにくい位置を、避けにくい形で狙うことができた。
これ以上の攻め手は思い浮かばない。
過去の自分も、未来の自分も、最善だと口にするだろう。
――――それでも。
Yの刃が迫ると同時に、ショボンの体が少しずつ動いていく。
身を、捩るようにして。
刃の先端が向かう先は、鳩尾から、左胸へ。
やがて、左腕へ。
だが、ショボンは脇を開いた。
Yの刃が横を向いていれば、脇を開かれても構わなかった。
だが、沈んでいたYを持ち上げて突き出すには、刃は縦にするより他なかったのだ。
もし刃を捻っていれば、その間に完全に回避されていただろう。
突き出しながら少しずつ刃を動かしてはいたが、あまりに距離が短い。
ショボンの左腕のほうが、早い。
そしてYの刃は、空のみを裂いた。
(;゚ω゚)「ッ……!!」
突ききったアルファベット。
自分の身を守るものは、何もない。
- 528 名前:第119話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 12:55:23
ID:/OgetcPg0
- 選べ得る選択肢のなかでは、最善だった。
それでもショボンの身を貫くことは、できなかった。
ショボンは既に、右のZに力を込めている。
"終わりだ"。
その言葉がショボンの口から発されることはない。
物語っているのは、表情のみだ。
ショボンの左足が近づく。
同時に、右のZの形が、ぶれた。
静止していたものが、動き出したのだ。
Yを回避すべく遠ざかっていた左のZも、今は振り下ろされようとしている。
懸命にYを引き戻そうとするも、腕の力だけではあまりに遅い。
ショボンは、この形を狙っていたのだ。
Yを躱せるかどうかは博打だったのだろうが、成功したことで、ショボンは万全の形を取れたのだ。
自分からすれば、絶体絶命の形を。
(;゚ω゚)「オオオオオオォォォォッ!!」
堪らずに重心を後ろにかけた。
しかし、足がついてこない。
ただ背中だけが、地面へと向かっていく。
- 535 名前:第119話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 12:57:12
ID:/OgetcPg0
- アルファベットYの重みも支えられず、左手は柄から離れ、自分の右側へと落ちていく。
右手からは離さない。しかし、すぐさま体勢を整えてショボンに立ち向かうこともできない。
世界の動きは重みを増して、全てが緩やかに流れているように思えた。
しかし、だからこそ、はっきりと分かるのだ。
無様に倒れこもうとしている自分と、それを追って刃を向けるショボンとの関係が。
もう少し早く倒れこんでいれば、足を振り上げることができただろうか。
しかしそれも、届かない可能性が高い。
ショボンも恐らく計算に入れていたのだろう。
どうあっても、絶望的。
そう思いたくはないが、そう思ってしまうのだ。
もはや、悟るしかない状況なのだ。
(; ω )(み……んな……)
(; ω )(ごめん……だお……)
死力は、尽くした。
それでも、敵わなかった。
無理で、無茶で、無謀だった。
今までヴィップが積み上げてきたもの全てを、崩してしまった。
全てを賭けた一騎打ち。
自分に足りないものは、あまりに多すぎたのだ。
- 551 名前:第119話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 12:59:31
ID:/OgetcPg0
- ショボンは言った。国に賭ける思いの強さが、勝敗を分けると。
つまり自分は、その点でショボンに負けていたのか。
違う、と主張したい。
しかし、勝負の世界では、敗者の言葉などただ霧散するだけだ。
国に対する気持ちの軽さが、刃の軽さだった。
ショボンに、そう言われているような気がした。
いかにYの刃が重かろうと、相手に響かなければ一緒なのだ。
この、刃の軽さは――――
(; ω )「ッ……!?」
――――違う。
国に賭ける気持ちの重みのせいではない。
刃は決して軽くはない。
アルファベットの重量が変わるはずはないのだ。
それでも、動く。
右腕が、上がる。
自分にはまだ、最後の一撃が残されている。
- 569 名前:第119話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 13:01:29
ID:/OgetcPg0
- ――双頭の森――
"終わりだ"と。
心の中で言い放った。
危険な賭けだったことは間違いない。
自分が思っていたよりも、ブーンの一撃は遥かに鋭かったのだ。
しかし、際どくも回避することができた。
無防備なブーンに刃を向けた。
そこでブーンは、何を考えたか、あるいは何も考えていなかったのか、重心を背中に移動させた。
無様としか言いようがない格好と表情のまま、倒れ込んでいったのだ。
背中が地面に着く前に、体を貫くべきだ。
無意識がそう判断し、瞬時にブーンの体を刃で追った。
地面に接した後では身動きを取られる可能性があるためだ。
この局面で最も警戒しなければならなかったのは、蹴りだった。
倒れ込んでいる最中でも唯一繰り出すことのできる攻めだからだ。
しかし、注意を忘れなければ問題はない。
意識できた時点で、もう充分だ。
(´・ω・`)(……長かったな)
(´・ω・`)(しかし、勝敗を分けたのはやはり、気持ちだ)
(´・ω・`)(お前の、国に対する気持ちの軽さが、刃の軽さだったんだ)
声に出すことはない。
勝敗の分岐点は、自分のなかに閉じ込めておけばいい。
ブーンに聞かせてやる必要など、ないのだ。
- 582 名前:第119話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 13:03:50
ID:/OgetcPg0
- 言ってやりたいことは山ほどある。
自分の勝因、ブーンの敗因。
積み重ねてきた過去の話、そしてこれから積み重ねる、未来の話。
いずれも、もはやブーンにとってはどうでもいいことだろう。
最後まで気概を失わず、自分から視線を外さないのは大したものだ。
苦し紛れに身を捩じらせているのも、諦念を抱いていないが故だろう。
それでいい。
その姿こそ、最後の相手として相応しい。
最高の好敵手を討ち果たすことで、自分は天下へと至るのだから。
覇道の終着点に、至――――
(´・ω・`)「ッ……?」
――――懸命に、体を捻っている。
そのブーンの様は、滑稽だと笑うこともできただろう。
まだ、ブーンの背中は地面に接していない。
倒れ込みながら、必死の形相で、上半身を左側に捻っているのだ。
足掻きとも呼べないような行動だった。
そう、思っていた。
だが、ブーンの右手に握られているのは、アルファベットY。
- 593 名前:第119話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 13:05:59
ID:/OgetcPg0
- 最長尺であり、最重量でもあるアルファベット。
片手で扱える代物では、決してない。
体勢が不充分な状態では尚更だ。
それでも、アルファベットYが、動く。
まともに振るえるはずがない。
自分でさえ、片腕では御せなかったアルファベットだ。
疲労困憊のブーンが、振るうことなど、できるはずがない。
その、はずなのに――――
(#゚ω゚)「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」
- 612 名前:第119話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 13:08:06
ID:/OgetcPg0
- ――――右腕、一本。
持ち上がり、振るわれた、アルファベットY。
刃は、自分の体を両断しようとしている。
そして自分の心は、動揺と焦燥に支配されている。
アルファベットZは、突き出したまま体を貫くつもりだった。
一歩、大きく踏み出せばブーンに届く。
だがそれより先に、Yは自分を裂こうとしている。
思考の余裕さえなかった。
咄嗟に、左のアルファベットZをYに向けた。
力を込めることができない。
ブーンのYを、弾けるかどうか、分からない。
弾けずとも、僅かでもYを抑えることができれば、その間に右のZがブーンを討つ。
抑えられなければ、命はない。
最後の最後で、五分の勝負に持ち込まれた。
そうだ、ここからだ。
ここからが、気持ちの勝負なのだ。
構わない。
心で、ブーンに負けているはずがないのだから。
掴むしかない。
勝利を、栄光を、天下を。
ラウンジの未来を。
- 624 名前:第119話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 13:09:45
ID:/OgetcPg0
-
(#´゚ω゚)「ハアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァッッ!!!」
(#゚ω゚)「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォッッ!!!」
.
- 637 名前:第119話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 13:10:48
ID:/OgetcPg0
-
.
- 649 名前:第119話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 13:11:42
ID:/OgetcPg0
-
・
・
・
.
- 661 名前:第119話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 13:12:32
ID:/OgetcPg0
-
――――"それ"から、十年。
.
- 700 名前:第119話
◆azwd/t2EpE:2012/01/16(月) 13:14:27
ID:/OgetcPg0
-
決戦の地に佇む、一人の男。
虚空を見上げ、それから静かに、手向けの花を二つ置いた。
第119話 終わり
〜to be continued
戻る