104 名前: ◆hb8Q6YeeDk:2012/06/07(木) 18:48:48 ID:CxWS4TYQ0

 上弦の月が輝いていた。
柳の傍を通り過ぎ、小川の上をまたぐ橋の上まで歩いた所で、シャキンは歩を止めた。


(`・ω・´)「いつまでついてくる気ですか?」


 一人言に聞こえる呟きだ。
反応した者がいた。
塀の影になった所から一人の男が姿を現し、月に照らされた。

  _
( ゚∀゚)「流石だな」


 橋の上で向かい合った両者の間に、殺気が飛び交う。

105 名前: ◆hb8Q6YeeDk:2012/06/07(木) 18:51:25 ID:CxWS4TYQ0
  _
( ゚∀゚)「俺を覚えてるか」


 返事の代わりにシャキンは頷いた。
ジョルジュ長岡。
長岡道場の師範であり、先日シャキンが他流試合を申し込んだ相手であった。


(`・ω・´)「用件は」
  _
( ゚∀゚)「真剣での立ち会いを所望している」


 初めからわかっていたことだった。
シャキンは無言で刀を引き抜き、ジョルジュもまた刀を構えた。

106 名前: ◆hb8Q6YeeDk:2012/06/07(木) 18:58:36 ID:CxWS4TYQ0
  _
( ゚∀゚)「お前のせいで、うちの道場の評判は地に落ちた。死ぬがいい」


 つまらない人間だと思った。
流行の道場は金儲けの場としてはかなり有効だ。
ある程度名の売れた者が師範となり、素人でも続けられる程度のぬるい修練を課せばいい。


 例え強くなれなくとも、道場に通っているというだけで自慢や自己啓発になるという軟弱者の思考だ。
シャキンは面や籠手を付けた竹刀道場を軽蔑しており、そこに通う者を見下していた。


 強くなるには死の淵に立つしかないと考えている。
五年前から、真剣での立ち会いに挑み続け、多くの修羅場をくぐった。
全ては、獣となる為。

107 名前: ◆hb8Q6YeeDk:2012/06/07(木) 19:03:16 ID:CxWS4TYQ0

 ジョルジュは上段で構えていた。
対して、シャキンは青眼の構え、に近い構え方だ。


 シャキンは突きの遣い手であった。
荒巻一刀流の神髄はただ一つの技を必殺に仕上げることから始まる。
よって荒巻流を名乗る者たちは、それぞれ構えも技も異なる。


 橋の真中での対峙は、固着から動かなかった。
ジョルジュの顔に汗の粒が浮かび、あごからしたたり落ちた。

  _
( ゚∀゚)(隙が無い……)


 道場で剣を交えたときから、とてつもない剣の遣い手であることはわかっていた。
真剣での立ち会いなら経験がものを言うはずだと考え、今対峙している。
甘い考えだったと改めざるを得なかった。

108 名前: ◆hb8Q6YeeDk:2012/06/07(木) 19:06:07 ID:CxWS4TYQ0

 ジョルジュの方から少しずつ間合いを詰めていった。
すり足で慎重に、確実に近づいていく。


 だが圧されているのはジョルジュの方だ。
シャキンの剣気は樹齢千年の大木が如く揺らぎを見せない。


 一瞬だけ、シャキンの剣先が下がった。
ジョルジュが右足で踏み込む。


 上段から肩口を狙った斬撃が振り下ろされた。
頭では斬ったと思った。
だがジョルジュの手に手応えは返ってこなかった。

109 名前: ◆hb8Q6YeeDk:2012/06/07(木) 19:09:42 ID:CxWS4TYQ0

 ジョルジュは右肩が濡れているのを感じた。
それが自身の首がぱっくりと割れ、流れ出した血が濡らしたものだとはわからなかった。


 いつの間にかシャキンが横にいた。
既に納刀している。


 ああ、負けたのだ、とジョルジュが理解した瞬間、その場に崩れ落ちた。
絶命したジョルジュの屍体を一瞥し、何ごともなかったかのようにその場を立ち去ろうとする。


 歩みを止めたのは橋を渡りきってからだった。


(`・ω・´)「道理で気配が乱れると思った」

110 名前: ◆hb8Q6YeeDk:2012/06/07(木) 19:15:44 ID:CxWS4TYQ0

 再び抜刀する。
月明かりが及ばない闇に向かって、体を向けた。


 尋常でない殺気を纏った、三人の男たちが姿を見せる。
先ほどのジョルジュとは較べものにもならない剣気を、それぞれが纏っている。


ミ,,゚Д゚彡「シャキン。久しぶりだな」

(`・ω・´)「フサギコさん。それから、ミルナさんに、ロマネスクさんですか」

( ゚д゚)「俺の名を気安く呼ぶな、シャキン。お前はもう弟弟子ではないのだ」

(`・ω・´)「昔話をしに来た訳では無さそうですね」

( ФωФ)「仇討ちだ。三人がかりだが、悪く思うな」

111 名前: ◆hb8Q6YeeDk:2012/06/07(木) 19:19:24 ID:CxWS4TYQ0

(`・ω・´)「先生は、ちゃんと一人で相手してくれましたがね」


 三人とも、シャキンの倍はありそうな年齢だった。
総髪の男、フサギコは抜刀せずに構えた。
居合いの遣い手だった。


 ミルナは下段、ロマネスクは青眼の構えだ。
三人はシャキンを取り囲み、剣気を放った。


 三人、それぞれが放つ剣気は甚大だが、それを跳ね返すシャキンのそれも、
常人を遙かに超えていた。

112 名前: ◆hb8Q6YeeDk:2012/06/07(木) 19:22:21 ID:CxWS4TYQ0

(`・ω・´)「俺は闇を討つ」


 シャキンは青眼の構えに近い、独特な構えから、やや腕を下げた。


(`・ω・´)「闇を討つには、俺自身が闇に墜ちねばならんのだ」


 ロマネスクが跳んだ。
助走も無いのにかかわらず、人を飛び越えるほどの跳躍だった。


 同時にミルナが一歩踏み込む。
ロマネスクとミルナ、二人の斬撃がシャキンを挟んだ。

113 名前: ◆hb8Q6YeeDk:2012/06/07(木) 19:27:38 ID:CxWS4TYQ0

 上空から稲妻のように振り下ろされたロマネスクの斬撃を、刀の鍔で受け止めて返した。
体の動きは止めずに、地面を前転し、ミルナの間合いから逃げる。


 シャキンの動きに最初に反応したのはフサギコだった。
抜刀から横薙ぎの斬撃、居合い特有の高速の一撃だ。


 あらかじめ予測していた一撃だったので、致命傷は免れた。
だが庇い手が斬られる。
早く止血しなければ半刻以内に失血死する傷だ。


 シャキンが後ろに下がった。
ミルナがさらに一撃を加えようと前に足を踏み出す。
安直な行動であった。


 ミルナが片足を上げ、それが地面に着くよりも前に、シャキンが斬撃を繰り出す。
大きく横腹を斬られたミルナは、力なく地面に倒れた。

114 名前: ◆hb8Q6YeeDk:2012/06/07(木) 19:32:13 ID:CxWS4TYQ0

 ロマネスクが再び跳ぶ。
だが反対方向へシャキンが駆けていた。


 フサギコの正面に走り込む。
不意を衝かれたことで、居合いの抜刀が瞬きの時間ほど遅れた。


 シャキンはフサギコの腕を掴み、顔に肘鉄を食らわせた。
怯んだところを押し倒し、片腕で振るった刀によって首を掻き切った。
ごぽごぽと血の泡を吹くフサギコは、地面に倒れたまま、手足をばたつかせた。


 背中に風を感じた。
シャキンは振り向き様に斬撃を繰り出した。
宙を飛んでいたロマネスクの斬撃とかち合い、火花が散って二人の顔を照らした。

115 名前: ◆hb8Q6YeeDk:2012/06/07(木) 19:35:53 ID:CxWS4TYQ0

 一瞬のつばぜり合いが起こった。
両者が体を離したとき、シャキンは刀を振るっていた。


 確かな手応えを感じたが、ロマネスクの顔色は変わっていない。
二人はしばらく対峙したまま固着した。


 近くを流れる小川のさらさらという音だけが聞こえた。
やがてその音に、ロマネスクの弱々しい呼吸が混じった。
彼の羽織の腹の部分から血がにじみ出ていた。


 シャキンは動かず、ひたすら待った。
月明かりが彼らを照らす。
ロマネスクの顔色が、徐々に土色になっていくのがわかった。

116 名前: ◆hb8Q6YeeDk:2012/06/07(木) 19:42:16 ID:CxWS4TYQ0

 シャキンとて、止血しなければ間もなく死ぬ。
気合いの勝負だった。


 月が大分傾いた。
虫の鳴く声がどこからか聞こえてくる。


(`・ω・´)「闇だけが、闇を斬れるのだ」


 シャキンが刀を収めた。
鍔鳴りを合図にしてロマネスクが倒れた。


 早く止血しなければいけないのだが、三人の屍体の前で、しばらく立ち尽くした。
遠くで酔っぱらいの声が聞こえた。
夜にも、様々な音があるのを知った。


八輪「月」 終わり

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