249 名前: ◆hb8Q6YeeDk:2012/06/10(日) 19:32:52 ID:FWqRUnWY0

( ・∀・)「もうすぐ海だ」


 松林に囲まれた道を抜けていくと、遠くに砂浜の盛り上がりが見えた。
早足で歩く癖が無くなっていたので、ここまで随分とかかってしまった。


 小さな砂浜に、いくつか舟が座礁していた。
既に使われていないようで、手入れされておらず、藻が生えていた。


( ・∀・)「想像していたより、潮の臭いはしないだろう?」


 海岸線を歩いて行く。
陽はまだ高く、ちりちりと耳の裏から肌を焦がしていった。
251 名前: ◆hb8Q6YeeDk:2012/06/10(日) 19:38:50 ID:FWqRUnWY0

 しばらく歩くと、岩礁がぽつぽつと見えた。
飛び移りながら沖の方を目指したが、上に乗れるほどの岩礁はすぐに途絶えた。


 岩に当たる波が砕けて散り、袴を濡らしていく。
肌にじっとりと潮がつき始めた。


 両手に抱えた壺をそっと隣に降ろし、岩の上に腰を下ろした。
尻が濡れたが、気にならなかった。


 つーが死んだ。
五輪寺でつーの屍体を見つけた旅籠の女将が、モララーへ教えた。
確認した屍体は、確かにつーのものだった。

252 名前: ◆hb8Q6YeeDk:2012/06/10(日) 19:42:49 ID:FWqRUnWY0

 夜猿が町人を斬り殺したというのは、知っていた。
あのとき夜猿から逃げ回っていたのはモララーだ。


 ただ、あのときつーが、あんなにも近くにいたことは、知らなかった。
知っていれば、走る道を変えていただろう。


 いずれにしろ、モララーは夜猿から逃げ出し、逃げ出したことで、つーが死んだ。
一度拾った命を、また落とした。


( ・∀・)(全て失った)


 士道も、友も、つーも、何もかもを失った。
ハインは否定してくれたが、今の自分は魂すらない木偶にしか感じなかった。

253 名前: ◆hb8Q6YeeDk:2012/06/10(日) 19:46:14 ID:FWqRUnWY0

 骨壺の蓋を取り、中の骨を手ですくう。
元々小さい体だったのに、もっと軽くなった。


 手のひらの上で残っていた骨のかけらは、風が吹くと消えるように飛んでいった。
陽が高いにも関わらず、暑いとは感じず、光の眩しさもわからなかった。


 最後につーとした会話は何だったか、思い出せないでいた。
思い出せるのは、屈託のない笑顔だけだった。


 ハインも、つーも、記憶にある顔はいつも笑っているものばかりだ。
仏頂面の自分と居るときでさえ笑えるのだ。
あの二人に勝てるはずがない。

254 名前: ◆hb8Q6YeeDk:2012/06/10(日) 19:49:09 ID:FWqRUnWY0

 汚い仕事に手を染めたにも関わらず、ハインに気迫で負け、夜猿から逃げ出し、
つーを殺してしまって、まだおめおめと生きようとしている。


 これを、木偶と言わずして何と呼ぶか。
木偶は悩まない。
ハインの笑い声が聞こえた気がした。


 一つ、思い出した。
約束があった。


( ・∀・)(海、これも、そういえば約束だった)


 こんなことになるなら、ハインと立ち会わずに、つーと海に行くべきだった。
そしてもう一つ、自分は約束していることがある。

255 名前: ◆hb8Q6YeeDk:2012/06/10(日) 19:51:16 ID:FWqRUnWY0

 骨壺を掴み、振り上げた。
渾身の力を込めて、壺ごと海に放り投げる。


 空中で骨の粉が飛び散り、風に舞って海に消えていった。


( ・∀・)「魚が好きだっただろう。生まれ変わるなら、魚になるといい」


 好きといっても、刺身が好きというのなら、少し違うかとも思った。


 岩礁から腰を上げたとき、下半身がすっかり海水で濡れていた。
手で絞ると、足下に海水がぼたぼたと落ちた。

256 名前: ◆hb8Q6YeeDk:2012/06/10(日) 19:55:35 ID:FWqRUnWY0

 一際大きい波が岩礁に乗り上げた。
突然の出来事であったが、割れる水の壁を冷静に眺めていた。
目はいいのだ。


 刀を抜き、振り上げるまで、躊躇や迷いはなかった。
縦に割れた波は、モララーを避けるように岩礁を叩いた。


 積み上げてきたものは無くなったが、かえって剣が軽くなったように感じる。


( ・∀・)「薬屋の、ドクオか」


 波の音に掻き消されそうなほど、それは小さな呟きだった。


十五輪「海」 終わり

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