4 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/03/06(土) 21:11:28.78 ID:fSa/jN+60
【前日 若梨ビロード 22:18:09 猿傘地区 サワチカ屋敷】



――黴臭い空気が鼻と口から一緒に入ってきて、僕はたまらずその手を放した。
おっきなドアは、ぎい、という音と一緒に動き出して、ばたんっ、という音を立てて閉まった。

( ;><)「うぅ……」

竦んでしまいそうになる足を「奮い立たせて」リュックを下ろすと、中からライトを取り出す。
お父さんがキャンプ用に買った特別大きなライトのスイッチを入れると、意を決して屋敷の中を見回した。

玄関ホールというのだろうか。
僕の家の居間よりも広いこの部屋は、最後に人が入ってから今までに長い時間が過ぎた事を無言で示していた。
足元に敷かれた高そうな絨毯は、黴と埃で汚れて煤けた色合いをしている。
目の前の壁の下に置かれた振り子時計は、長い針と短い針が丁度十二を指したところで止まっている。
天井から下がったシャンデリアには、おっきな蜘蛛の巣がかかっている。
たまにテレビでやってる怖い映画に出てくる悪魔のお屋敷みたいだな、と思った。

( ;><)「お化けなんてないさ…お化けなんて嘘さ……」

小学校の誰かが言っていた。
サワチカ屋敷には「ぞんび」が居るのだと。
「ぞんび」は、お屋敷に入ってきた子供を見つけると、長い長い爪でその子を殺して天井に吊り下げるのだと。
そうして、「ぞんび」の大ボスにその子の死体を「ささげる」のだと。
大ボスの腹が空いていない時は、「ぞんび」がそのままその子の死体を食べてしまうのだと。
そう、噂しているのを何時だか耳にした。


5 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/03/06(土) 21:14:13.41 ID:fSa/jN+60
僕はもう11歳だ。
頭では、そんな馬鹿な話なんて信じていない。
「ぞんび」なんてものは映画やゲームの中にしか居ない。
そんな話は、大人がサワチカ屋敷に僕達のような子供を近付けないようにする為についた嘘だってことぐらい知っている。
頭ではわかっている。分っているけど、やっぱり怖いものは怖い。

( ;><)「こわくない…こわくない…こわくなんか…ないんです……」

掌に「人」という字を三回書いて飲み込む。
僕の大好きな先生から教えてもらったおまじない。
緊張した時とか、怖くなったときとか、これをやると落ち着くのだ。

頬を一度叩くと、玄関ホールを見回す。
高そうな花瓶とか、埃を被った絵画とか、色々ある「ちょうどひん」。
リュックの中に詰めれそうな物は、ここには無かった。
入ってすぐに適当な物を取って、さっさと帰ろうと思っていたけれど、そうもいかないようだ。

( ;><)「ああうう……」

奥の、二つ並んだ扉を見やる。

右か、左か。

ゲームでは、こういう時、間違った方のドアを開けると「ぞんび」が出てきたりして、ゲームオーバーになる。
勿論、「げんじつ」にそんなこと起こるわけない。
湿った唇を舌で濡らすと、僕はゆっくりと指を上げた。
7 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/03/06(土) 21:17:04.16 ID:fSa/jN+60
( ><)「ど、ち、ら、に、し、ま、し、よ、う、か、な……」

( ><)「の、ず、へ、ら、さ、ま、の、い、う、と、お、り!」

右、左、右、左、右、左……右。
止まった指の先、闇の中に浮かぶ木の扉をじっと見つめる。
腐りかけたそのノブに、恐る恐る手をかける。

大丈夫だろうか。

「ぞんび」は出てこないだろうか。

いやいや、だから「ぞんび」が出てくるのはゲームの中だけ――。

――みしり。

( ;><)「ひゃっ――!」

僕の悲鳴が、玄関ホールに木霊する。
短い「えこー」が間延びして、すぐに静かになる。
物音は、しない。人の気配も、しない。

( ;><)「誰か…居るんですか……?」

返事は、しない。
たっぷり一分、その場に固まっていただろうか。
先の物音が古い屋敷特有の「やなり」だと「けつろん」付けて、僕は大きく息をついた。

10 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/03/06(土) 21:19:21.39 ID:fSa/jN+60
( ;><)「は…はは…まったく、“ひとさわがせ”なんです……」

何でもない、と笑おうとしたけれど、喉から出てきたのは乾いた笑い声「もどき」だった。

やっぱり帰ろうかな。

一瞬、そんな事を考えたけれど、すぐに思いなおす。
ここで帰ったら、僕は大好きな人から嫌われてしまう。
たった一人の大切な人なんだ。あの人にだけは、絶対に嫌われたくなかった。

( #><)「ビロードォ…ふぁいとぉっ!」

空元気を振り絞って大声を出すと、その勢いでノブを捻る。
鈍い音と共に木のドアが開き、更に濃くなった黴の臭いが顔面を直撃した。

数秒、待ってみる。

「そんび」は出てこない。

深く息を吸い込むと、ライトの明かりをドアのむこうに向ける。
薄暗い部屋の中はとても広くて、明りが奥まで届かない。
小学校の体育館の半分くらいはあるのではないだろうか。
手前に並んだ長いテーブルの端を見て、ここは食堂なんじゃないかと思った。
12 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/03/06(土) 21:22:19.68 ID:fSa/jN+60
そっと足を踏み出し、中に入る。
幾つも並んだ長テーブルの上には、幾つものお皿や「しょくだい」が行儀よく並んでいる。
怖い話でよく聞く、「まるで、今さっきまでそこで食事をしていたような」状態だな、と思った。

ここからお皿を一枚持って行けば、あいつらは許してくれるだろうか。
いや、どうせ「隣町で買ってきたんだろ」と突っぱねられるだけな気がする。

「しょくだい」ではどうだろうか。
考えるまでもない。ナイロンのリュックに先の尖った「しょくだい」を入れたら、底が破けてしまう。

何か。何か、「サワチカ屋敷に入ったという“しょうこ”」になるものは、他にないだろうか。

( ;><)「うーん……」

ライトを右に左に振り、食堂の中を見回す。
困り果てた僕の目にとまったのは、壁に掛った大きな絵画だった。

( ><)「これ……」

真っ赤な絵だった。
沢山の、腕の長い人たちが、空に向かって手を伸ばしている。
空には、おっきな渦巻きがぐるぐるととぐろを巻いている。
空も、地面も、人も、全部が真っ赤に染まっていた。

赤い絵の具をチューブから全部ひねり出しても、この絵を描くのに足りるのかな、と思う。
なんとなく、気味の悪い絵だな、と思う。
今にも、動きだしそうな絵だな、と思う。

14 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/03/06(土) 21:24:29.50 ID:fSa/jN+60
( ;><)「そんなわけ…ないんです」

自分で言って怖くなる。
馬鹿らしい。そんな事があってたまるか。

( ;><)「お化けなんてなーいさ!」

怖じ気づきそうになる自分を誤魔化す為に、絵画の下の壁を蹴る。

ガタッ、という音がして絵画が壁からずれた。

( ;><)「へ、へへん。怖くなんか、ないんです……」

誰かに、今のを見られてたらどうしよう。
無人の筈の屋敷内。何をそんな事を心配する必要があるのか。

( ;><)「……」

それでも、何か、粘つくような視線を首筋に感じて、僕はそそくさと食堂を後にした。
16 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/03/06(土) 21:26:21.17 ID:fSa/jN+60



【アーカイブに「埜頭経羅絵巻 巻ノ伍 江殿出立ノ事」が追加されました】




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