29 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/03/06(土) 21:41:58.69 ID:fSa/jN+60
【第1日目 伊藤ペニサス 00:42:11 蛇ノ目坂地区 荒郷商店街】



――酸素を求めて口を開閉させるが、それが無駄な試みだと私は知っている。

('、`;川「――っ――ぁ――ぅ――」

どんなに口いっぱいに空気をため込んでも、それを肺に送り込む気道が閉まっていては、何の意味も無い。

「ペに…ちゃん…ああぁ…あえ…あ…あが……」

向かいの八百屋の太郎兵衛さんが、口元を引きつらせて、その手に力を込める。

('、`;川「か――はっ――ぁ――」

私の喉から、声にならない呻きが漏れる。
そろそろ、意識の限界が近かった。

「おへ…あひゃ…ええええぇえっぇぇええ……」

笑いに似た奇声を漏らす太郎兵衛さん。
その真っ黒い空洞となった眼窩に、赤い雨の滴が落ちる。
赤く濡れた彼の顔の皮膚は、所々が水膨れのように膨らんで弛んでいた。


30 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/03/06(土) 21:44:09.20 ID:fSa/jN+60
「これ」は何だ。

私の知っている太郎兵衛さんじゃない。

理性は、飽きるほど繰り返した問いを、もう一度繰り返す。

逃げなきゃ。

本能が、生命の危機を訴えた。

膝が動く。
私の首を絞めて放さない「それ」。
その股間に、私の右膝が、勢い良く食い込んだ。

「けぇ――へっ――!」

首に巻きついていた「それ」の指が離れる。
激しくせき込みながら踵を返すと、もんどりうっている「それ」を残して走り出した。

('、`;川「なんなの…!なんなのよぉ!」

混乱する頭は、今すぐ遠くへ逃げる事を体に命令する。
粘つく赤い雨の中。
足が我武者羅にアスファルトを蹴るが、行先は私にも分らなかった。


31 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/03/06(土) 21:46:22.55 ID:fSa/jN+60
殺されかけた。
その事実に、背筋が震える。
普通じゃない。
明らかに、おかしい。
何が起こっている。
分らない。
頭はとうの昔にパニックを起こしていて、まともな思考が紡げない。

いいいから逃げろ。
でも何処へ。
いいから逃げろ。
遠くへ。
誰か。そう、誰かが居る場所へ。

('、`;川「はっ――はっ――」

闇の向うに、懐中電灯の明かりが何本か交錯して見えた。

人だ。

そう思った瞬間、膝から一気に力が抜けた。

('、`;川「ああ…ぁあぁあぁ……」

よろけながら、ふらふらと光の方へと歩み寄る。
赤い闇の中に、三人の後ろ姿が何かを囲むようにしてしゃがみ込んでいた。

34 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/03/06(土) 21:48:22.46 ID:fSa/jN+60
一人がしきりに腕を動かし、残りの二人は傍らに立つ家の軒を見上げたり、下を向いたりしては、何かを口走っている。
暗くて顔までは見えないが、恐らくは商店街の面々だろう。

('、`;川「あの……」

息も切れ切れの私の呼びかけに、三人が振り返る。

('、`;川「えっと、ああーと…ええと……」

先の出来ごとを何と説明したらいいものか。
言葉を探しながら、三人の間に懐中電灯を向けると、三人が何を囲んでいるのかがわかった。

('、`;川「――え」

全てのものが赤く染まった世界で、それも例外なく赤かった。

服は、着ていない。

剥き出しの肌、その全体に渡って、鈍い刃物で切り裂いたようなささくれ立った傷跡が走っている。
切り開かれた腹腔からは、中に収まっていたであろう内臓は見当たらない。
ごっそりと抉れたそれは、内臓の代わりに肋骨と肉壁の紅白模様を覗かせていた。

光を失った瞳球は、最後にどんな光景を見ていたのだろうか。
眼窩からえぐり出され、視神経でぶら下がっているその球体から表情は窺いようもない。

白い骨が覗く両足首は、荒縄で縛られている。
悪ガキが人体模型で悪戯をしても、ここまで酷くはならないな、なんて、どうでもいい事をぼんやりと考えた。

36 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/03/06(土) 21:50:50.70 ID:fSa/jN+60
「ああぁ…はぁああぁ…ええ…えっえっ」

三対の“黒い空洞”が、私を見上げてくる。

「ペ…えぇ…ぃいっぃ…くぁ…っあは……」

絞り出すような、湿り気を帯びた息遣いが、雨音に混じって耳朶に這い込む。

('、`;川「あああああああああああああああああ!」

声の限りに叫ぶと、へたり込みそうになる足を無理矢理動かして走り出した。

なんだこれ。

なんなんだこれ。

あり得ない。意味が分らない。

どうして人が死んでいる?

どうして彼らには目がない?

わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。
嘘だ。現実じゃない。こんなの現実じゃない。

38 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/03/06(土) 21:53:13.89 ID:fSa/jN+60
(;、; 川「あぁ…うあぁあぁ…っぃっく……」

夢だ。幻だ。幻覚だ。
人が殺されるのは映画やドラマの中だけだ。
死体があっていいのはブラウン管の中だけだ。

必死で先に見たものを忘れようとするも、脳裏に焼きついた凄惨な光景は、逆にその鮮明さを増す。
泣き叫び、現実を拒んでも、赤い雨が降り止む気配は無い。
真紅に染まった狂気の世界で、私は救いを求めていた。

もつれる様な足の回転は、もとより上手く回ってなどいなかったのか。
何かに躓いた拍子に、私の体は濡れたアスファルトに倒れ込んだ。

(;、; 川「うぅ…もうやだぁ…誰か…助けてよぉ……」

うつ伏せのまま、幼子の様に泣きじゃくる。
悪い夢なら覚めてくれ。
そんな祈りが通じたのか。

(;、; 川「あ…れ……?」

上げた視線の先に、緑色の光が小さく点滅しているのが見えた。
身を起して良く見る。
白い人型が中に浮かぶそれは、非常口を示すランプだった。

40 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/03/06(土) 21:56:28.98 ID:fSa/jN+60
闇雲に走ってきたのでここが何処かはわからない。
走った時間からして、蛇ノ目坂では無いのは何となくわかる。

のそりと立ち上がり、ランプの下まで歩み寄る。
スチール製のドアは何かの建物の非常口のようだ。

('、`*川「……」

ドアの嵌ったコンクリ壁は、まだ新しい。
荒郷村に最近建った建物は、一つしかない。

ダメ元でノブに手をかけると、すんなりと回った。
こんな時間にここが開いている事は普通ならあり得ない。

それでも、外に居るよりはマシに違いない。
ゆっくりとノブを回すと、私は音を立てないようにしてドアの隙間に滑り込んだ。


41 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/03/06(土) 21:58:08.52 ID:fSa/jN+60



【アーカイブに「庚申塔」が追加されました】



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