4 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/02/18(木) 21:18:51.00 ID:iWa4jYkm0
【前日 伊藤ペニサス 23:01:16 蛇ノ目坂地区 荒郷商店街】



――りりりん、りりりん…りりりん、りりりん。

('、`*川「んー……」

眠りの壁の向うから響いてくる微かな音に、うっすらと目を開ける。
豆電球の橙色の小さな明かりの中で身を起こすと、その音が明瞭さを増した。

“りりりん…りりりん…りりりん…りりりん…”。

('、`*川「電話…?」

目をこすり、ぼんやりとした意識のままに枕元の目覚まし時計を見る。
短針と長針が指し示すのは真夜中。

こんな時間に、一体誰だろうか。

気にはなったが、安眠を妨害された事でいらついた私は、そのまま布団の中で無視を決め込む事にした。

(う、`*川「かあが…出るべ…」

頭から毛布を被り再び目を閉じる。
時代遅れの黒電話のベルは、そんな私の行動を知ってか、更にその音を強めたような気がした。


5 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/02/18(木) 21:21:19.20 ID:iWa4jYkm0
('、`*川「勘弁してよ…明日も早いんだから…」

私の切なる願いなど知らん顔で鳴りつづける黒電話。
階下の両親が起きだしてくる気配も無い。
観念した私は芋虫のように寝床を抜け出すと、明りの消えた階下に向かって階段を下りて行った。
みしみしと鳴く板張りの廊下を渡り、土間の手前に置かれた“安眠妨害の元凶”の前まできて、溜息を一つ。受話機を持ち上げた。

(う、`*川「もしもし、伊藤です」

『あ、伊藤先生ですか!?』

('、`*川「そうですけど…どちらさま…」

受話機の向うからの切迫した女の声に顔を顰めながら聞き返す。

『ビロードが!ビロードの姿が見当たらねんです!』

その一言で、電話の相手が誰かが分ると共に、私の眠気は吹き飛んだ。

('、`;川「な――!本当ですか!?」

7 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/02/18(木) 21:23:22.81 ID:iWa4jYkm0
『ホントだんし!部屋さも、居間さも…えのながさがしだども、どごさもいねんし!』

よほど混乱しているのだろう。
半ば叫ぶようにして訴えるお母さんを宥めて、詳しい事情を聞きだす。
相手が焦っている事で、逆に自分は冷静になれた。

('、`;川「何時頃から居ないんですか?」

『晩御飯の時はいだんだども…二階さ上がって行ってがらはわがらねんし…』

('、`;川「最後に見たのは何時です?」

『わがらね…八時くれだべか…わがらね…わがらね!』

('、`;川「お母さん落ち着いて下さい!」

『す、すいません……』

('、`*川「これから連絡網を回して、みんなで捜してもらいましょう」

『は、はい……』

('、`*川「お母さんは駐在さんに電話をして下さい」

外を窺う。
トタン屋根を叩く雨の音は、土砂降りのそれに近かった。
11 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/02/18(木) 21:28:06.45 ID:iWa4jYkm0
('、`*川「この雨じゃ、あまり遠くには行けない筈です。大丈夫、すぐに見つかりますよ」

適当な気休めで会話を締めくくると、私は受話機を置かないまま直ぐにダイヤルを回す。

('、`*川「夜分にすいません、学年主任の伊藤です…はい…今、ビロード君のお母さんから電話があって……」

手短に内容を告げ受話機を置く。階段を駆け上がり、自室に飛び込み、服を着替えて、再び階段を駆け降りる。

「どうしたの…こんな夜中に…」

襖の向うから母親の声。

('、`*川「ビロード君が行方不明だって!」

「え!?ホントに!?」

('、`*川「私はこれがら捜しに出るから、かあは村の男衆さ電話してけろ!」

雨具かけに下がった雨合羽を引っ掴み、長靴を履き、下駄箱の上の懐中電灯を取ると、勝手口を飛び出した。

外に出た瞬間、大粒の雨が頬を打つ。
慌てて雨合羽のフードを被ると、後手に勝手口の戸を閉めた。

13 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/02/18(木) 21:30:28.70 ID:iWa4jYkm0
('、`;川「すごい雨……」

小路を抜け、店の前に回る。
街灯も殆んどない荒郷商店街は、土砂降りの雨と夜の底に沈んでいるようだった。
それでも、私が懐中電灯のスイッチを入れると同時に、眠りについた商店達の二階に点々と灯っていく。
田舎の連絡網の速さは光回線に比肩するんじゃないか、なんてぼんやりと思った。

「ペニちゃん!ビロ坊がいねぐなったってホントが!?」

豪雨に負けない大声を上げながら、村の男衆が閉まった店々から続々と出てくる。
こういう時、横の繋がりが強い此処に残っていて良かったなと思う。

('、`*川「ホントだど!さっき、お母さんから電話があって……」

「かああ…わがった。せば、みんなして手分げすべ」

「まさが山さ入ってねべな…」

「いがら行ぐど!」

口々にビロードの名を叫びながら、男衆は村の各所に散らばっていく。
雨に煙る夜の闇の中を、懐中電灯の光がサーチライトのように動き始めた。
私もこうしては居られない。
あの子の行きそうな所はどこだろうか。


14 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/02/18(木) 21:32:32.06 ID:iWa4jYkm0
('、`*川「……わかるわけねえべ」

考えてみるまでも無かった。
あの子の事を真に理解している人間など、この村に一体何人居ると言うのか。
彼の両親ですら、あの子の事をまともに知らないというのに、私なんかが分る筈がない。

('、`*川「ふう…教師失格だべよ」

どうしたものか、と頭を抱えた時、ふと一人の人物の顔が頭をよぎった。
……あの人ならば、もしかしたら分るかもしれない。
雨合羽をたくしあげ、ズボンのポケットからケイタイを取り出すと、電話帳からその番号を呼び出す。
通話ボタンを押して耳に当てると、ほどなくしてコール音が鳴り始めた。

('、`;川「お願い……」

祈るような気持ちでケイタイを握りしめる。

何度目の呼び出し音の後だろうか。

ぷつり、という音が、相手が呼び出しに出た事を伝えた。

('、`;川「もしもし!あの…!」
16 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/02/18(木) 21:34:34.99 ID:iWa4jYkm0
“かぁーん”
                       “かぁーん”
     “かぁーん”

                “かぁーん”

“かぁーん”

                                 “かぁーん”
          “かぁーん”


17 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/02/18(木) 21:36:09.11 ID:iWa4jYkm0
('、`;川「……え?」

硬質でいて抑揚のないこれは、鐘の音だろうか。

聞こえてくる筈の電話の持ち主の声は、どこにもない。

“かぁーん”

“かぁーん”

“かぁーん”

一定のリズムで、断続的に、何度も、何度も、それは繰り返し。

ぶつり。

という音と共に、唐突に途切れた。

('、`;川「なに…今の……」

後に残ったのは、回線が切れた事を知らせるつー、つー、という音。
何が起こったのか、まるで理解できなかった。
発信履歴を確認してみるも、最後の発信は一日前に掛けた自宅の番号が残っているだけ。

それじゃあ、私は今、誰に電話をかけたのだ?
20 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/02/18(木) 21:38:10.43 ID:iWa4jYkm0
胸の底に、言いようもなく不快な何かが蟠る。
予感めいたそれに、下腹を冷たい感触が走った。

('、`;川「……」

粘つくような土砂降りの中。
気がつけば、先まで聞こえていた男衆達の声がはたと止んでいて。
急に、この闇の中に一人で居る事が心細くなった私は走り出していた。

('、`;川「ビロードくーん!ビロードくーん!」

大声であの子の名前を呼ぶ。
そうでもしていないと、平静を失ってしまうような、そんな気がした。

('、`;川「何処に居るのぉー!?出てらっしゃーい!」

誰でもいい。誰か。誰かに、返事をして欲しかった。
叩きつける雨はその勢いを僅かに潜め、夜の闇は赤黒く変色させる。
……赤黒く?赤黒い闇?

('、`;川「……え?」

懐中電灯の光の輪の中に浮かぶ世界に目を疑う。
血をぶちまけたように赤く染まったアスファルトに目を疑う。
顔を上げて辺りを照らす。
朱色に染まった商店街の家々に、言葉を失った。


21 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/02/18(木) 21:40:22.08 ID:iWa4jYkm0
('、`;川「あ…あっ……あぁ……」

何だ、これは。何が起こっているんだ。
自分が一体、今、何を見ているのか分らない。
気がついた時には、世界は赤く染まっていて。
深紅の夜の中で、私は一人、立ち尽くした。

何かを叫ぼうとする喉が、だらしなく痙攣する。
理性が麻痺して、上手く思考が回らない。
駆けだそうとする足も、意に反したままに竦んで。

だから。

「ペニ…ちゃぁん……」

背後から掛けられたその掠れ声に、私はすがる気持ちで振り向いた。
23 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/02/18(木) 21:42:32.10 ID:iWa4jYkm0



【アーカイブに「マタキチストラップ」が追加されました】



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