4 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/03/07(日) 21:03:33.98 ID:fbeacQhE0
【前日 鬱田ドクオ 17:37:24 狐塚地区 県立荒郷小学校】



──その写真をじっと見つめながら、俺は何度目になるかわからないうなり声を洩らした。

('A`)「何なんだ…これは」

板呼山(いたこやま)の頂から村を見下ろすアングル。写真いっぱいに広がるのは、紅葉に色付く広葉樹林。
うなり声の原因は、赤と黄のパノラマの隅、見切れるようにして写っていた。

遠く、それは荒郷村の上空。大自然の極彩色の中、“それ”だけが真っ黒い色をしている。

空を飛ぶ黒いシルエット。

翼を広げたようにも見えるから、カラスか何かだろうかとも思ったが。

('A`)「……しかしこれは…」

距離的な問題から見ても、カラスと呼ぶに“それ”はあまりにも大きすぎる。
何よりそれは、明らかに“人間”のようなシルエットをしていた。

('A`)「まさか…そんなわけは無いだろう」

自らの思考を打ち消すよう、頭を振る。スカイダイビングをしているような格好のそれには“頭”と呼べるものが存在しない。
人間でいう腕の部分には“翼”まで備わっている。
鳥人間、というチープな単語が一瞬頭をよぎった。
6 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/03/07(日) 21:06:34.95 ID:fbeacQhE0
「鬱田先生、何を御覧になってらっしゃるんです?」

脇からかけられた声に振り返る。

村唯一の小学校。その職員室。生徒の数が両手の指で足りるのならば、教員の数などたかがしれている。
俺にここで声をかけてくる人物など、校長の他には一人しかいない。

('A`)「ああ、伊藤先生ですか。…これですよ」

彼女に声をかけられたことに内心で舌を打ちながらも、俺は手元の写真を差し出した。

('、`*川「ああ、次の個展に出す写真ですか。撮影に行くんだったら、私にも声をかけてくださればよかったのに」

学級日誌を胸に抱えた彼女は、相変わらず野暮ったいタートルネックのセーターを着ている。
予想していた通りの鬱陶しい反応が、更に俺を苛立たせた。

('、`*川「相変わらず鬱田先生が撮る写真は凄いです。こう、なんて言うか、そこに有るものを、よりドラマチックに魅せるっていうか……」

お前なんかに何が解るのか、と毎回思う。
俺のファンか何か知らないが上辺だけをなぞるこいつの言葉にはいい加減うんざりだ。
現に今も、景色にばかり目が行っていて例の黒い影など見えていないようだ。


7 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/03/07(日) 21:08:20.90 ID:fbeacQhE0
('A`)「はぁ、それはどうも」

おざなりな返事をしながら鞄を取ると、俺は立ち上がる。
就業時間外まで、こいつの中身の無い無駄口に付き合うのはまっぴらごめんだ。

('、`*川「そう言えば、もう少しで翁林祭ですけど、今年は鬱田先生も出られるんですか?」

('A`)「おうりんまつり?…ああ、いえ、すいません私は出られないんですよ。丁度その日は、東京の方で出版社と打ち合わせがありまして」

無論嘘だ。伝統行事だか何だか知らないが、事ある毎に“付き合い”を強制されるこの村の風土は気に入らない。
人付き合いを嫌って左遷された結果がこれとは、最高の皮肉というものだ。

('、`*川「そうですか……。残念です。でも、小学校でやる方には出られるんですよね?」

('A`)「ええ、そっちの方は大丈夫ですよ」

('、`*川「良かった。私じゃビデオの使い方もわからないですし、それに、ビロード君のこともありますし」

('A`)「……」

('、`*川「今日もあの子、算数の授業の途中で勝手に帰っちゃったんです。算数の時だけじゃありません。鬱田先生の授業以外は、殆ど出席しないんですよ」


8 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/03/07(日) 21:11:11.92 ID:fbeacQhE0
“鬱田先生がきてくれなきゃ、きっとあの子も来てくれないですよ”

“そうでしょうね。あの子には僕からも言っておきますよ”

そんな風に会話を締めくくり、俺は職場を後にした。

夕日が、村を取り囲む山の稜線を染め上げる中、畦道という名の家路を辿る。
野良仕事を終えた農夫達が、すれ違いざまに「うつたせんせ」、「うつたせんせ」と頭を下げていく。
機械的な会釈でもってそれに応えながら、耳をそばだてた。

“相変わらず愛想のねぇ人だ”

“どごの大学院出だのが知らねども、お高くとまり過ぎでねが”

“もう三十さなったたって嫁っこももらわねみでだど”

“へっ、荒郷でなば誰も嫁いでいぎで娘なばいねんだ”

('A`)「……」

いつも通りの雑音が、俺の通った後から聞こえてくる。
二年前、この僻地に飛ばされてきてから今にいたるまで、その内容は変わらない。
閉鎖的な田舎特有の、他人のゴシップ。陸の孤島に取り残された未開人類達の、唯一の娯楽だ。

どうでもいい、と心底思う。

“他人”に興味の無い俺からしてみれば、彼らのような他者へ干渉したがる人種は、ある意味で尊敬にすら値する。
11 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/03/07(日) 21:14:39.28 ID:fbeacQhE0
雑音を後ろに残しながら歩いていくと、錆び付いた塗炭壁の家並が見えてきた。
荒郷というこの寒村の中で、最も住宅が密集したここは、地域住民からは「蛇ノ目坂」と呼ばれている。
村を貫く国道398号線。その両脇に、あばら屋が身を寄せ合うようにして立ち並ぶ光景は、一見一昔前の宿場町を彷彿とさせる。
名ばかりではあるが商店街も存在し、俺のような外からの流入者が住める“アパートのようなもの”もあることから、ここがこの村で一番都会的と言えるだろう。

「かえして下さい!かえして下さい!」

取り留めもない思考を中断したのは、聞き慣れたあの声だった。

( ^Д^)「うっせーぞばーか!ひきこもりのクセしてしゃべってんじゃねー!」

ヽ(・∀ ・)ノ「そうだそうだー」

首を巡らせた先には「蛇ノ目坂公園」の手狭な敷地。
砂場の中で揉めている三人の子ども達が目に入った。
小学生にしては背の高い二人の少年が、残った背の低い少年を取り囲んでいる。

( ;><)「かえして下さい!大切なものなんです!」

予想通り、いじめられているのはあの子だった。


12 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/03/07(日) 21:16:18.07 ID:fbeacQhE0
( ^Д^)「子どものクセにこんなもん持つなんてなまいきなんだよ!」

ヽ(・∀ ・)ノ「なんだよー!」

( ;><)「かえして!うつたせんせーから貰ったものなんです!」

たしか、名前はプギャーとか言ったか。
いじめっ子の一人が、高く掲げた手の中に有るのは、以前俺がビロードに譲ったニコンだ。
恐らくビロードは、学校をサボって山に行った帰りにあのガキ大将共に見つかってしまったのだろう。
他の同級生には見つかるなとあれほど言っておいたのだが、あの子の性格を考えるといずれはこうなる運命だったのかもしれない。

( ^Д^)「そんなにかえしてほしかったら、さわちかやしきにいってきな!」

( ;><)「え……」

( ^Д^)「よなかにさわちかやしきにはいって、なんかしょーこになるもんもってきたら、それとこーかんしてやるよ」

( ;><)「そ、そんな……」

( ^Д^)「ま、おまえじゃむりだろうけどなー!」

ヽ(・∀ ・)ノ「けどなー!」

何やら、話は今時には珍しくも度胸試しの方向に向かっているようだ。
教師としてはここで割り込んで止めるべきなのだろうが、それでは根本的な解決にならないのは経験から知っている。
逆にこれはいいチャンスだと思った。

14 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/03/07(日) 21:19:40.08 ID:fbeacQhE0
流石に夜中の沢近屋敷にあの子一人で向かわせるのは危険だ。

そこで俺がこっそりと後をつけるというわけだ。

上手くあの子が屋敷から皿でもなんでも持ち出せたら、御の字だ。
全てが丸く収まるかどうかわからないが、彼が同級生達の中に溶け込むきっかけぐらいにはなってくれるに違いない。
今回ばかりは、この村の前時代的な風土に感謝すべきか。

( ^Д^)「あばよ、負け犬!」

ヽ(・∀ ・)ノ「あばよ!のらいぬ!」

( ;><)「う…うぅ……」

涙目のビロードを残して、ガキ大将共が去っていく。
残った問題は、“あのビロード”に沢近屋敷へ向かうだけの勇気をどうやって出させるかだ。

('A`)「……ん」

少し考えると俺は足を踏み出し、砂場の中で立ち尽くすビロードの下へと向かった。

('A`)「お、ビロードじゃないか。どうした。そんな泣きそうな顔して」

( ;><)「あ、うつたせんせー……な、なんでもないんです……」

俺の存在に気付くと、彼は慌てて目尻を拭い顔を逸らす。
特定の人物の前だけでは感情を前に出す。つくづく、この子と俺は似たもの同士だと実感した。

16 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/03/07(日) 21:21:21.74 ID:fbeacQhE0
('A`)「そうだ。そう言えば、前にあげたカメラの調子はどうだ?いい写真は撮れたか?」

些か白々しいが、子供にはこれくらいで丁度いい。
人並みのモラルが有るなら、罪悪感が彼を動かすだろう。
幾ら似たもの同士とは言え、そこだけは似ていないと信じている。

( ;><)「あ…えと…えと…」

予想通りの反応。ここでもう一押ししておく。

('A`)「先生の宝物なんだからな。大切に使うんだぞ?」

( ;><)「は、はい……」

消え入りそうな声で呟くビロードの顔は青白い。
後は彼の行動力と俺への信頼度に期待と言ったところか。

('-`)「それじゃあ、先生はもう行くよ。お前も道草食ってないで、早く家に帰るんだぞ」

それらしい気さくな笑みを残して後ろを向く。
公園を後にしながら、つくづく自分のこの性格が嫌になった。

('A`)「やれやれ、だ」

溜め息を吐きながら民家の合間を縫って、小路の奥を進む。
未舗装の砂利道の先、傾いた三階建てのアパートが見えてきた。


17 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/03/07(日) 21:23:20.41 ID:fbeacQhE0
ひびの入ったコンクリート建築。
非常階段と見間違える程貧相な階段を登り、自室の前まで来たとき、隣の部屋のドアが開いて見知った顔が覗いた。

(´・ω・`)「あ、どうも。今お帰りですか?」

目を擦りながら挨拶してくる彼に向き直り、俺は笑みを浮かべる。
思えば、この村の中で彼とビロード以外の人間に自然な笑顔を見せた心当たりがない。

('A`)「ああ、そういうショボン君はこれからお勤めかな?」

俺の皮肉に、彼はバツが悪そうに苦笑すると首を振った。

(´・ω・`)「いえ、今日は非番で一日中寝てたんですよ」

('A`)「おいおい、貴重な青春をそんな風に浪費するのは勿体ないだろう」

(´・ω・`)「いやいや、これからその青春をエンジョイしに行くんですよ」

意味深な笑みを浮かべる彼に、俺は今時の若者には珍しい彼の趣味を思い出して首を傾げる。

('A`)「……ああ、と言っても、もう図書館は閉館時間だろう?」

(´・ω・`)「ちょうど、蔵書目録の作成を江古田さんに頼まれていたのを思い出しまして。そのついでに、これから閉館後の図書館で個人研究というわけです」

この通り鍵も預かってますしね、と、いたずら小僧のような笑顔で言う彼は本当に楽しそうだ。


18 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/03/07(日) 21:25:33.44 ID:fbeacQhE0
('A`)「そいつは面白そうだ。打ち込めるものが有るってのは、良いことだね」

(´・ω・`)「良かったら、先生も一緒に来ませんか?」

その申し出に、暫く俺は逡巡する。
彼と俺の趣味では畑違いなところもあったが、閉館後の図書館に潜り込むというのは、少しばかり魅力的なイベントに思えた。

('A`)「うーむ……」

(´・ω・`)「江古田さんに見つかったら、目録作成の手伝いを頼んでたと言えばいいんです。それに……」

('A`)「それに?」

(´・ω・`)「江古田さんが休憩室の冷蔵庫に、何やら珍しい銘柄のワインを隠してるのを見つけたんです」

ですから、と続ける彼の笑みに、それでも俺は首を振る。

('A`)「ビロードのヤツと今夜肝試しをするんでね。流石にへべれけのまま行くのは教育に悪い」

(´・ω・`)「はは、確かに」

じゃあ、またの機会に、と言い去っていく彼の背中を、俺は少し残念な気持ちで見送った。

20 : ◆fkFC0hkKyQ :2010/03/07(日) 21:27:38.07 ID:fbeacQhE0



【アーカイブに「翁林祭りのお知らせ」が追加されました】




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