273 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/09/21(金) 11:17:22.10 ID:tmrG3lqt0
もうすぐ夜が明ける。空はゆっくりと白み始めていた。

高速の運転は単調で、わたしは重いまぶたを必死で開かせながら、ダッシュボード横の時計を見た。

今は、午前・・・5時半ちょっと前、か。

ブーンを車に乗せたわたしは、あれから休むことなく走り続けていた。

ξ゚听)ξ「アパートを出たのが夜中の1時くらいだったから、あれから4時間半か・・・」

目的地なんかなかった。ただ逃げることしか、遠くへ行くことしか考えてなかった。

でも事故なんか起こしたら元も子もなくなる。

わたしは眠気防止のためにラジオをつけてみる。
277 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/09/21(金) 11:28:14.14 ID:tmrG3lqt0
――・・・先ほど御栗浜にクジラが座礁したとのニュースをお伝えしましたが、続報が入ってきました・・・・

――・・・なんとそのクジラ、ただのクジラではなく、全身が金色をしているそうです・・・

――・・・この時間にもかかわらず、早くも人だかりができている、とのことです・・・

――・・・いやー・・・それにしても金色のクジラとは・・・すごいですね・・・・遺伝子の異常か何かでそんな色になってしまったんでしょうか・・・

――・・・専門家の意見もはやく聞いてみたいですね・・・でも金色のクジラってなんだかとってもありがたい気がしますね・・・なんだか神様の使者みたい・・・

――・・・でもクジラさん本人は早く海に帰りたいでしょうけどね・・・

――・・・現在地元の漁師を中心に救援活動がなされてるとのことです・・・助かるといいですね・・・・


278 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/09/21(金) 11:29:47.57 ID:tmrG3lqt0
――・・・さてポコティーヌ片山のミッドナイトラジオ、そろそろお別れの時間がやってきました・・・

――・・・お別れの曲はですね、京都府京都市にお住まいのペンネーム、VIP会長さんからのリクエストでビートルズの「イン・マイ・ライフ」・・・

――・・・レノン・マッカートニー作曲のわたしの大好きな曲でもあります・・・すばらしい曲です・・・それではどうぞ・・・






車内に繊細で優しげなメロディーが流れはじめた。
280 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/09/21(金) 11:31:23.73 ID:tmrG3lqt0
ξ゚听)ξ「この曲・・・確かブーンが好きだった曲・・・」

わたしの20才の誕生日に、ブーンはアクアマリンの指輪と一緒に一枚のバースデーカードをくれた。

そのカードの中に、イン・マイ・ライフの歌詞が書かれていたのを思い出す。

あいつ、わたしの指にはまった指輪を照れくさそうに見ながら、

「その歌詞はビートルズのイン・マイ・ライフって曲なんだお」って言ってたっけ・・・。 


ξ゚听)ξ「なつかしいね・・ブーン」

( ^ω^)「ツン、好きだお」

誰に言うでもなく、わたしがそうつぶやいたとき、後部座席のスーツケースからブーンの声が聞こえた。

281 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/09/21(金) 11:32:19.85 ID:tmrG3lqt0
ξ゚听)ξ「ブーン!? アンタ生きてたの!?」

わたしはあわてて後ろを振りかえる。

( ^ω^)「ツン、愛してるお」

ξ゚听)ξ「ブーン!? ねえブーン!?」

( ^ω^)「ツン、好きだお」

声はくぐもっているけど、間違いなくブーンの声だ。

早く、早くスーツケースから出してあげなければ。

( ^ω^)「出さなくていいお」

ξ゚听)ξ「え?」

( ^ω^)「このままでいいお」

ξ゚听)ξ「ブーン・・・」
283 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/09/21(金) 11:34:12.23 ID:tmrG3lqt0
( ^ω^)「ツン、愛してるお」

ξ゚听)ξ「ねぇ・・ブーン・・・聞いて」

わたしはスーツケース越しに話しかける。

( ^ω^)「・・・・・・・・」

ξ゚听)ξ「ねぇ、どうして死のうなんて言ったの?」

( ^ω^)「・・・・・・・・」

ξ゚听)ξ「ねぇ、どうして?」

( ^ω^)「ツン・・・好きだお」

ξ゚听)ξ「好きなのはわかったわ・・・だから教えて?」

284 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/09/21(金) 11:35:04.15 ID:tmrG3lqt0
( ;ω;)「ツン好きだお」

ξ゚听)ξ「ブーン?」

( ;ω;)「ツン愛してるお」

ξ゚听)ξ「ブーン・・・」

( ;ω;)「ツン・・・ごめんだお」

ξ゚听)ξ「ブーン!」








その瞬間すざましい衝撃がわたしを襲った。

車が全体が激しく揺れ、頭の中に火花が飛び散る。

285 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/09/21(金) 11:37:23.80 ID:tmrG3lqt0
目をゆっくりと開けると、砕けたフロントガラス越しにガードレールが見える。

どうやらわたしはいつのまにか眠ってしまったようだ。

ξ゚听)ξ「うそ・・・・・」

わたしはしばらく、ハンドルを握り締めたまま呆然としていた。

最も恐れていたことを、最も避けるべきことをやってしまった・・・。

ξ゚听)ξ「ハァ・・・」

わたしは短く息を吐いて、シートベルトを外しドアを開ける。

幸い今のところ、どこも痛まないし、目立った怪我はなかった。

ξ゚听)ξ「あーあそれにしても、ハデにやっちゃったなあ・・・」

ボンネットが大きく捻じ曲がり、むき出しになったエンジンがかすかな煙を上げている。

286 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/09/21(金) 11:38:53.17 ID:tmrG3lqt0
ξ゚听)ξ「動くかな・・・」

キーを回して見るも、エンジンはカカカカ、と頼りない音を発するだけだった。

ξ゚听)ξ「ここで終わりか・・・」

移動手段を失ってしまえばどうすることもできない。

わたしは車にもたれ掛かりながら空を見上げた。

群青色の空に太陽がうっすらとさしてきた。あたりはもうほのかに明るい。
288 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/09/21(金) 11:41:56.32 ID:tmrG3lqt0
もうすぐ朝になる。

朝になれば誰かが見つけて、警察に連絡するだろう。

最初はただの事故として処理されるかもしれないが、スーツケースの中のブーンを見つけられたらお終いだ。

ξ゚听)ξ「あ・・・ブーン大丈夫かな・・」

後部座席のドアを開けて、スーツケースの中を開けてみる。

毛布に包まれたブーンは、窮屈そうに膝を曲げて収まっていた。

今のところまだ特に鼻につく臭いもない。


289 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/09/21(金) 12:01:59.67 ID:tmrG3lqt0
ξ゚听)ξ「あんたも死のうなんて言わなければ、こんな狭いところに閉じ込められることもなかったのに・・・」

スーツケースをパタンと閉じて、わたしは運転席に座り、先ほどラジオでかかっていたイン・マイ・ライフを口ずさんだ。

少しだけ心が安らいだような気がした。

その時、遠くの方から一台の車がやって来た。

わたしは緊張しながらその車を見ていたが、その車はスピードを緩めることなく、わたしの横を通り過ぎた。

わたしはほっとしながら、でもいずれ捕まるんなら早いほうがいいかもなんて思う。

が、その車は突如Uターンし、こっちに向かって戻ってきた
291 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/09/21(金) 12:05:04.17 ID:tmrG3lqt0
白い、かなり年季の入ったジープが、わたしの車の横に止まる。

ところどころ塗装が剥げ落ちているそのジープから、一人の男が出てきた。

('A`)「大丈夫っすか・・・?」

背の高い、痩せてひょろっとした感じの男だった。

まだ20代の半ばくらいで、髪が長く後ろで束ねてあった。

ξ゚听)ξ「・・・・・・・」

わたしはどう答えたらいいのか分からず、しばらく黙っていた。

292 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/09/21(金) 12:06:33.47 ID:tmrG3lqt0
('A`)「あの、怪我とか・・・大丈夫っすか? 救急車呼ぶ?」

ξ゚听)ξ「あ・・・大丈夫です・・・怪我は・・ないみたい」

('A`)「ああ、そう・・・じゃあJAFとか呼ぼうか?」

ξ゚听)ξ「え・・・ああ・・・いいです・・・平気だから・・・」

('A`)「え? ああ・・・そう・・・」

そう言うとその男は困ったように微笑んだ。その微笑み方がどこかブーンに似ていた。

 

294 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/09/21(金) 12:15:10.93 ID:tmrG3lqt0
わたしが会ってまだ間もないこの男を、なぜか頼ってみようと思ったのも、その微笑み方のせいかもしれなかった。

ξ゚听)ξ「あの・・・わたしを・・・その・・・連れて行ってくれませんか?」

('A`)「へ? どこに?」

ξ゚听)ξ「えと・・・・その・・・」

('A`)「・・・まあ、いいや、別にどこでもかまわないんけど、車はどうすんの?」

ξ゚听)ξ「いいんです、もういらないから」

('A`)「ああ・・・そう・・・じゃあ乗りなよ」

ξ゚听)ξ「あ、あの、持って行きたい荷物があるの。運ぶの手伝ってくれませんか?」

('A`)「いいよ」
296 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/09/21(金) 12:22:19.96 ID:tmrG3lqt0
わたしは後部座席からスーツケースを引っ張り出す。

ξ゚听)ξ「これなんですけど・・」

('A`)「オッケー・・・ってコレすげー重いな・・・・なに入ってんの・・・」

ξ゚听)ξ「ごめんなさい・・・」

男はブツクサ言いながらも、ジープのトランクにスーツケースを運んでくれた。

後はビンとナイフが入った袋をバッグに入れ、男のジープに乗り込む。


297 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/09/21(金) 12:23:02.57 ID:tmrG3lqt0
これでなんとか最悪の事態だけは逃れたようだ。

わたしは助手席のドアを閉め、ほっと安堵の息をもらした。

('A`)「本当に怪我ないの? 病院行こうか?」

ξ゚听)ξ「あ、大丈夫です。どこも痛くないし」

ジープは走り出す。意外にも中は綺麗で、音も静かだった。

小さな音量でGLAYの曲がかかっていた。どの曲かわたしにはわからなかったけど、ピアノが美しい曲だった。

 

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