77 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/19(金) 00:28:15.42 ID:fiRkwtcm0

潮風が吹き付ける。

大海原と青空は融け合うように広大無辺の青さだ。

なぁーお。

間延びする猫の鳴き声。黒猫が船の縁に立って海を望んでいる。

*(‘‘)*「あ、ネコちゃんだっ」

栗色の神をお下げにした、年端もいかない少女がそれを見つけた。
嬉しそうに浅黄色のワンピースの裾をひらひら揺らしながら駆け寄って、無邪気に話しかける。

*(‘‘)*「ねこちゃん、あぶないよー、こっちおいでー」

なぁお。

金色の瞳をした猫が少女に振り向く。
長い瞬きをして、不思議そうに少女を眺めている。

78 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/19(金) 00:29:07.96 ID:fiRkwtcm0


*(‘‘)*「ほら、おいで、おいで」

少女は早く黒猫を抱きしめて、その艶やかでふわふわした毛並みを撫でたくて、
うずうずしながら身振り手振りで呼ぶ。
猫は焦らすような調子で優雅に縁から降り立った。

*(‘‘)*「つかまえたっ。えへへ」

子供の細腕がその小さな獣を抱き上げる。
長い船旅で退屈していた少女は、甲板に出て見つけた素敵な遊び相手を歓迎した。
優しく額を撫でられると、遊び相手はごろごろと喉を鳴らした。

*(‘‘)*「うわぁ、ねこちゃんとってもきれいな目をしてる。まるでお日様みたいー」

少女が歓声を上げる。猫が目を見開いて少女を見る。
首を伸ばす。

匂いを嗅ぐように鼻を少女の首筋に近づけて――――


79 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/19(金) 00:30:20.18 ID:fiRkwtcm0




*(‘‘)*「あっ!?」

唐突に腕の中から猫の身体が抜き去られた。
見上げれば、旅人風の少年が黒猫の首根っこをひっつかんでぶら下げている。

( #^ω^)「こいつこんなところに居たのかお」

( ФωФ)「なぁーお。」

どうやら遊び相手には飼い主がいたようだった。
83 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/19(金) 00:31:36.40 ID:fiRkwtcm0



( ^ω^)ゴッドイーターのようです!
第二章 『Les Souhaits ridicules』

第七話 検閲




84 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/19(金) 00:33:16.84 ID:fiRkwtcm0


船に備え付けられた狭い食堂。

決して清潔とは呼べないが、ブーンには十分だった。
薔薇十字団の計らいで、大量の食糧がブーンの為に用意されていたからだ。
お陰で食事に困ることはなかった。

ブーンの食事の様子を見る他の乗客たちの視線は痛かったが。
薄汚れた食堂の一画、テーブル席にブーンと黒猫は着いていた。
周りにも椅子はあるのに、恐ろしい勢いで次々と肉や果実を消化していく少年からは少し離れていた。
船酔いに強いものでも耐えきれなかったろう。

86 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/19(金) 00:34:36.11 ID:fiRkwtcm0
( ^ω^)「まったく、お前あの子に何しようとしたんだお」

( ФωФ)「なぁーお」

猫が横に首を振りながら鳴く。

( #^ω^)「悪食を直せお、この変態め」

( #ФωФ)「フーッ!」

猫に向かって、一人で問答を繰り返し馬鹿食いする少年に、
周りの誰もが、それはお前だという突っ込みを禁じえない。
だが誰もそれを口にはしない。関わり合いになるのはご免だといったところだ。

漸く食事がひと段落し、テーブルの上が片付いたところで、地図を広げる。

( ^ω^)「ブーン達はユッセのあるシベリア大陸の港から船で出発したお」

黒猫がテーブルの上に飛び乗って、地図を覗き込む。

88 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/19(金) 00:36:12.70 ID:fiRkwtcm0

( ^ω^)「出港したのが四日前だから、もうすぐニューソク大陸に着くはずだお」

( ФωФ)「なう」

ブーン達が乗っているのは、数少ないラウンジ大陸から出る定期便だ。
ユッセから出る人間は少なく、輸出する荷物が多い為、乗船賃の安い船は客船というより貨物船に近い。
乗船している民層も、当然ながら低い。

( ^ω^)「ニューソク大陸にはVIP帝国があるお」


89 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/19(金) 00:36:51.94 ID:fiRkwtcm0

―――――VIP帝国。

過去、ニューソク大陸では幾つもの国が犇めき、戦国の時代が続いていた。
そんな中、三つの国が列強を退け台等する。ガチホモ、ヤオイ、そしてVIPである。
当時、互いに同程度の力を持っていた三大強国は思想の違いから、宗教を巻き込んだ泥沼の戦争へと突入してゆく。
が、その終局は唐突に訪れた。

魔物の進化が、丁度VIPとガチホモの間に位置するヤオイ国を襲ったのだ。
ヤオイ国は、見たこともない強靭な魔物たちに蹂躙され滅びた。

残された両国は、ヤオイ国の領土一帯に非常線を張り、魔物の侵攻を食い止めなければならなかった。
国同士の戦に戦力を費やすことが出来なくなり、大陸は二分された。
事実上、VIPとガチホモは停戦協定を結び、戦国の時代は一応の終戦となったが、
新たな脅威が無理矢理戦争を中断させたに過ぎず、真新しい両国間の亀裂は、今もそのままだ。


90 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/19(金) 00:37:59.91 ID:fiRkwtcm0

('A`)「ふぅん、お前もVIP帝国に行くのか?」

( ^ω^)「そうだお」

('A`)「何しに?」

( ^ω^)「VIP帝国で今期最大と言われる闘技大会が行われるお」

('A`)「えっ、参加すんの?」

( ^ω^)「まさかお、そこに来る人を尋ねに行くんだお」

('A`)「なんだそっか、そーだよな、ビビらせんな。お前どう見ても強そうには見えねーもんな」

( #^ω^)「おっおっ?」

('A`)「で、誰に?」

( #^ω^)「てかお前が誰だお」

('A`)「遅くね?」

( ФωФ)「なぁーお。」

93 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/19(金) 00:40:17.87 ID:fiRkwtcm0

いつの間にか、陰気そうな細面の男が会話に交じっていた。
年はブーンと同じくらいだろうか。
その背中に、小柄な男には見合わない、長大な獲物を背負っている。
皮でぐるぐると巻いて隠しているが、それが大鎌の形状をしていることは一目瞭然だ。
よく持ったまま船に乗り込めたものだと思う。
誰も寄り付かないと思っていたが、男はちゃっかり同じテーブルの椅子に腰かけてブーンの食糧を拝借している。

( ^ω^)「ちょwww何食ってるおwwww」

('A`)「いいじゃん減るもんじゃなし」

( #^ω^)「完全に減るもんだろうが」

('A`)「けっ。わーったよ、返すよ、ほれ」

(*'A`)「けちけちまーん」

齧っていた林檎の芯が投げ捨てられ、ブーンの足元に転がる。

95 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/19(金) 00:41:30.76 ID:fiRkwtcm0

( #^ω^)「おっおっ」

なんて捻くれた物言いをする、無礼な男だ。
勝手に人の食料に手をつけておいて、まるで自分を卑しい食いしん坊だと言わんばかりだ。
おまけにその声もなかなか腹立たしい響きをしている。
ブーンは乱暴に椅子を引いて立ち上がった。

('A`)「あれ?行っちまうのか、けちけちまん」

( #^ω^)「ブーンだお!!!!!11111」

地響きを起こしそうな勢いで男に背を向けて、食堂の出口へ歩いてゆく。
その後ろを猫が飄々と着いて行った。

('A`)「…。ごっそーさん、ブーン」

甲板の上で、港が近いことを知らせる船員の声が響き渡った。

97 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/19(金) 00:42:48.39 ID:fiRkwtcm0

程なくして船は、VIP帝国の管轄であるダディクール港に到着した。
ニューソク大陸随一の港と呼ばれるだけあって、大小の船が犇めき合っている。
預けた荷物を取り終えて、ブーンは船から降りた。

( #^ω^)「まったくおかしな奴に会ったお」

未だ怒りの冷めやらぬ様子で、船着き場から街の入り口へと向かう。
街の入り口で入国者の検閲がある。ブーンは例のペンタグラムを検閲官に見せた。

ユッセでの時とは違い、検閲官は小さく頷いて通れと顎で指示するだけだ。
侮蔑的な視線を向けられはしたが、それだけだ。
各地から出入りの激しいVIP帝国では、ゴッドイーターはそう珍しくない。

検閲官の横を通り過ぎようとした時。

('A`)「あ、俺連れだから」

一緒に小柄な何かがすり抜けて来た。


98 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/19(金) 00:44:11.25 ID:fiRkwtcm0

( ^ω^)「……。」
検閲官 「……。」

検閲官が此方を見ている。
ブーンは黙って首を横に振った。

検閲官 < ちょっと来てもらおうか……。

('A`)

    『いや!まて!ほんとに連れだって!え?この背中の?これはその…かりん糖だ。
     ・・・え?いや、ちょ、おちつけ!おちつけって!』


暴れた為に二人掛かりで押さえつけられ、引きずられてゆく。

『こらあああああッ!シカトすんなああああああ』

( ФωФ)「…いいのか?」

肩口に乗った猫がぼそっと呟いた。

( #^ω^)「いいも何も知らんお。本当におかしな奴だったお」
100 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/19(金) 00:45:23.51 ID:fiRkwtcm0

背中にあらん限りの罵倒が叫びつけられるが、遠ざかって行った。
もう会うこともないだろう。さようなら変な人。さようならムカつく人。
清々した心持でブーンは港町に入った。

ダディクールの港町。

露天名店が競い合い、迷路のように立ち並ぶ大規模な市場が中心の、商人の町だ。
賑やかな喧騒を景気のいい商人の声がさらに湧き起こしている。

町に充満する油と、木の実と、生ものの腐った匂い。
さらに香り売りまでいたが、この酷い匂いの市場でどうやって香りを選ぶのだろうか。
ユッセの都のような美しく整理された町並みとは対照的だった。

港町の特性上、様々な国の商品が売られている。
中に珍しいものだと、ニューソク大陸から遥か海を渡った先の未開の地、ヘブン大陸の品が並ぶ露天もある。

102 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/19(金) 00:46:13.95 ID:fiRkwtcm0

市場の人ごみをかき分けながらブーンが進む。VIP帝国に向かう道のりはまだ長い。
先ずはこの町で旅の支度を整え、宿をとらねばならない。

日焼けし過ぎて罅割れた顔の褐色の男が、異国の服を広げて大声で叫ぶ。
かと思えば反対側から、たくましい体つきをした女性がカゴ一杯のフルーツを零れんばかりに突き出してくる。
少し歩く度にその調子だ。普段辺境を旅し、都会に慣れないブーンは宿に辿り着く頃にはすっかり疲弊していた。

( ;ФωФ)「吾輩げろ吐きそうである」

繁華街からやや離れた安宿の扉を開けるなり、
黒猫がベッドの上の薄い掛け布団の上に飛び乗ってぐったりと足を折った。

( ´ω`)「久々に来るとすんごい町だお」

( ^ω^)「あ、ベッドの上で吐くなお」

流石に安いだけあって、部屋にはベッドと小窓しかない。机や椅子を置くスペースもない。
だがブーン達にとってこれは贅沢な方だ。時には窓はおろか、床すらない宿がある。
ベッドの傍らに市場で買った荷物をおろして、鼠色の衣を脱いで放り投げる。
猫の隣に背中から転がった。


103 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/19(金) 00:47:37.46 ID:fiRkwtcm0

( ФωФ)「良かったのか?あの娘を引き渡して」

( ^ω^)「何がだお」

途端に不機嫌な声音が口をついて出た。
そんなつもりは無かったのだが、苛立ちが先に出てしまった。
しまった、と口を噤む。こんな様はこの猫を喜ばせるだけだ。

( ФωФ)「ひひひ、迷ってるな」

( ^ω^)「・・・・・・うるさいお」

寝返りを打って猫に背を向ける。
ブーンの感情を起伏を感じ取るなり、案の定猫は下卑た笑いを起こした。

( ФωФ)「大体、ゴッドイーターのお前が何故こんな依頼を受けたのだ?
       墓荒らしでもなんでもないであるぞ」

( ^ω^)「別に」

( ФωФ)「あの娘への負い目か?」

( ^ω^)「違うお!」
105 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/19(金) 00:51:56.62 ID:fiRkwtcm0

顔だけ向けて否定する。
が、自信がなかった。そうと言い切れる自信。
実際、依頼を受ける理由は他にあった。

魔術師は総じて博識だ。得た知恵は必ずなんらかの形で引き継いでゆく。
千年も続く都の宮廷魔術師の子孫なら、『蒼の亡霊の王』について何か知っているかもしれない。
直接知らなくても、そういった資料や文献の行方について伝え聞いている可能性もある。
実際にツンが亡霊王に遭っているからには、その確立も低くない。
恐らく、ジョルジュもそれを分かっていてこの依頼を自分に持ってきたのだろう。

自分がゴッドイーターになった時、十字団に自分の素性はあらかた知られている。
ジョルジュも無論、ブーンが亡霊王を追い求めていることを知っているだろう。
そんな自分なら、今回の変則的な依頼でも、断る理由がない。
107 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/19(金) 00:52:45.17 ID:fiRkwtcm0

小屋で別れた時のことを思い出す。
薔薇十字団団長――――ジョルジュ・ローゼンクロイツ。
あらゆる意味で一癖も二癖もありそうな男だった。
補佐役のクーは慣れた風だったが。

クーの傍らに居たツンとは、別れ際一度も目が合わなかった。
ツンが、合わせてくれなかった。ブーンにはそれがどうしてか分からなかった。

きっと、ただ不安だっただけだ。

大体、自分はただのゴッドイーターで、失われた歴史の証人、それも王族を保護しただけだ。
そして、少なくとも忌み人の自分よりは信頼のおける組織に預けた。
なぜ負い目なんか感じる必要がある?

( ФωФ)「ひひひ」

内心を見透かしたように黒猫が笑い声を漏らした。

109 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/19(金) 00:55:18.92 ID:fiRkwtcm0

( ФωФ)「しかし他人だった。可哀想に、酷く落胆したのだろう?
       喜びの大きさに、絶望も比例するものである。
       故に、お前がそんな風に思っても、誰にも責められはしないのである」

仕方ないのだと、聖人のように優しく繰り返す猫。聞いてはならない。
それは分かっていた。だが耳を塞ぐことすら出来ないほど、動揺していた。
何だ。何が言いたい。自分にも分からない己のことを、お前は何を知っている?
いつの間にか薄い毛布を引き千切りそうな程強く握っている。

( ФωФ)「お前は妹では無かったあの娘が、疎ましいと思っていたのである。」

( ФωФ)「あの娘の顔を見れば、嫌でも思い出す。拷問のようである。
       一刻も傍に置いておきたくなかった。だから―――――」


思わず半身を起こした。傍らの猫を懇親の力で睨み付ける。

110 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/19(金) 00:56:02.16 ID:fiRkwtcm0

暗く濁った灰色と、黒猫の黄金色の視線が交差する。



ぐにゃりと黄金色が歪んだ。

薄い壁のせいで、部屋の外を他の客が歩く音も鮮明に響く。
酔っているのか、時折しゃくりあげる音も聞こえた。


( ^ω^)「明日は列車に乗ってVIP帝国に直行するお。二日は掛かるから、もう寝るお」

諳んじるような口調でそれだけ言って、また寝転がった。
別にわざわざ猫に言わなくてもいいことだった。
猫に有無を言わさず、この場を切り上げる台詞が欲しかっただけだ。

( ;ФωФ)「うげ、れ、列車であるか」

黒猫は、あからさまに苦い声を上げて首を垂れた。

少年は天井を眺めていた灰色の双眸を、窓辺に移す。
夜の帳が落ち、星が出始めていた。
硝子球のような眼を思い出す。

今はもっとはっきりと、胸が痛んだ。


111 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/19(金) 00:57:02.96 ID:fiRkwtcm0

早朝。朝日は一片の雲に阻まれることなく輝いている。
ブーンはダディクール港町の駅から列車で南下し、帝都VIPへと向かう。
町からは一日に一度、帝都への直行便が出ており、それに乗ることにした。

通常便より運賃も高く、その分早く帝都に辿り着けるが、本数が少ない所為で
車内は恐ろしく混雑する。一部の富裕層向けの車両以外は、女子供も含めてすし詰め状態だ。
酷く揺れる狭い箱で二泊雑魚寝を強いられる。想像以上に劣悪な環境だ。
しかしそれでも、徒歩や獣の背に乗り移動することに比べれば、遥かに危険は低く、マシだった。

( ФωФ)「ぬぅぇぇ」

( ^ω^)「我慢しろお」
113 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/19(金) 00:58:10.38 ID:fiRkwtcm0

列車の隅っこで、荷物を抱え込み蹲るように座る。
荷物の上で悲鳴を上げる猫を叱咤した。身体は常に同乗者と密着している。
揺れるたびにあちこちで舌打ちと忌々しげな唸り声が聞こえ、車内は悪臭と緊迫に満ちて息苦しい。
闘技大会が近い所為もあって、女子供の乗客は無く、血気盛んな厳つい猛者たちばかりだ。

何事もなく帝都まで辿り着ければいいのだが。

「おい」

不意に耳元で低い声がした。首だけ動かして振り向く。

( ゚∋゚)「君の猫か?」

同じように座っている筈なのに、目を合わせるには見上げねばならなかった。
121 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/19(金) 01:13:02.57 ID:fiRkwtcm0

座高が違いすぎる。背中合わせではっきりと見えないが、恐らく相当の巨躯だろう。
苛立ちを顕わにした声色に、嘆息しそうになる。
そんなことをすれば、さらに相手の機嫌を損ねることは間違いないので飲み込んだ。

( ^ω^)「すみませんお、今黙らせますお」

揉め事はごめんだ。出来るだけ丁寧に言葉を選んだ。

( #゚∋゚)「何を言っている」

しかし、ブーンの思惑とは裏腹に、男の眉間にはさらに皺がより、苛立ちを一層濃くした。
思いがけぬ反応に汗がひた走る。ドスの聞いた声に乗客が一斉にこちらを注視した。
今この場で揉め事など起こせば、鬱積した車内の空気が爆発しかねない。
そうなれば、列車は止まり、自分もただでは済まないだろう。

是が非でもこの男の怒りを静めねばならない。


122 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/19(金) 01:14:12.51 ID:fiRkwtcm0

( ;^ω^)「ろ、ロマ、荷物の中に入るお」

猫を無理やり皮袋に押し込む。だが皮袋に猫が入る余裕などない。
当然のごとくロマネスクは悲鳴を上げた。

(  ∋ )「おいやめろ」

( ;゚ω゚)「ぐふッ!?」

息が出来ない。大男の筋骨隆々の腕が、後ろからブーンの首を締め付けた。
不味い。車内の空気が剣呑に沸き立ち始めている。このままでは――――

( #;∋;)「――――にゃんこちゃんが可愛そうだろうがああああああ!」

意外すぎる男の言葉に、自分は愚か車内も騒然とした。

( ;∋;)「貴様には生き物に対する愛情というものがないのか!」

男泣きだ。大男が男泣きに泣きながら少年を非難している。
ブーンから黒猫をひったくると、さも大切そうに両手で分厚い胸板に埋めた。


123 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/19(金) 01:15:42.94 ID:fiRkwtcm0

( ;ФωФ)「ぐぇっ」

猫が小さく悲鳴を上げる。
咳き込むブーンに見向きもせず、大男は甘い声で猫に囁く。

( *゚∋゚)「おー、よちよち、もう大丈夫でちゅよ、酷い飼い主でちゅねー」

( ;^ω^)「あ、あの・・・」

( ゚∋゚)「謝れ」

( ^ω^)「へ?」

( #゚∋゚)「にゃんこちゃんに謝るんだ」

( ^ω^)「・・・・」

( ФωФ) ニヤリ

( #゚∋゚) ギロリ

( #^ω^)「ご、ごめんなさいお」
125 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/19(金) 01:17:00.55 ID:fiRkwtcm0

( #゚∋゚)「ったく、二度と虐待なんかするんじゃないぞ」

( *ФωФ)「なぁーお」

( #^ω^) ビキビキ 「わかった、お」

( *゚∋゚)「にゃんこちゃんは到着まで私が預かっとく」

Σ( ;ФωФ)

車内の空気は、あまりの馬鹿ばかしさに白けきったようだった。
やれやれ、と安堵の息を漏らす。
ロマネスクは、大男の腕の中で四六時中愛撫され、甘く囁かれ続けねばならなくなった。
猫の列車嫌いはさらに酷くなりそうだ。

( ゚∋゚)「いいか、生き物ってのはな。飼い主を選べないんだぞ」

( ;^ω^)「は、はぁ」

127 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/19(金) 01:18:15.29 ID:fiRkwtcm0

男は動物愛護に関して恐ろしく饒舌だった。
かれこれ男と出会って数時間。男は懇々と少年に生き物の大切さを説き続けている。
猫は男の腕で撫でられながら、ぐったりしている。

( ゚∋゚)「君に、捨てられた動物たちの悲しさがわかるか?」

( ;^ω^)「えっ、いや・・・」

( ;∋;)ブワッ 「信じてたんだ! 信じてたんだよ、それなのに・・・!」

( ;^ω^)「ちょwwwwwwwww」

しゃくり上げる大男を宥めながら、辟易としていた。

( ゚∋゚)「ところで、君も闘技大会に参加するのか?」

( ^ω^)「おっ?」

突然の質問に双眸を上げる。

129 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/19(金) 01:19:34.78 ID:fiRkwtcm0

( ゚∋゚)「見たところ、戦士には見えないが、魔術師か何かかね」

( ^ω^)「あ、いや、ブーンは参加者じゃないお」

( ゚∋゚)「む、観光かね?」

( ^ω^)「……まぁ、そんなようなもんだお」

忌み人だとわざわざ明かすことはない。下手に明かせば旅がし辛くなる。
さらにVIPの皇帝から捕えられた魔術師を奪還するなど、口が裂けても言えない。

( ゚∋゚)「ふむ、そうか。」

男は顎を摩り、考える仕草をした。

( ゚∋゚)「では、私のチームとして闘技大会に出てくれないかね」

( ;^ω^)「おッ!!?」

133 :さるですすいません:2010/11/19(金) 01:29:07.32 ID:fiRkwtcm0

( ゚∋゚)「いや、何。戦ってくれというんじゃない、後ろで立っていてくれるだけでいいんだ」

( ;^ω^)「どういうことだお」

( ゚∋゚)「今回、VIP闘技大会は団体戦なんだ。5対5で勝ち抜き方式で勝利を決めるらしい。
     3人は約束があるんだが、どうしても二人足りなくてね」

( ;^ω^)「い、いや、でもブーンは…」

( ゚∋゚)「君が入れば4人だ。一人の欠員ならエントリー出来る。
     大将を君にすれば、君は最後まで戦わなくてすむ。
     万が一でも君にお鉢が回ってくるようなことがあれば、棄権してくれて構わない」

( ゚∋゚)「それに。大会の優勝者には、VIP城での祝いの宴に招待され、
     大帝から直々に褒美が与えられる。もちろん君にもだ」

実質3人で闘おうというのだ。男の口ぶりには、随分な自信があるようだった。
それが男の強さに裏打ちされた自信から来るものなのか、自惚れによるものかは分からない。
だが、ブーンにとって悪い話ではなかった。

135 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/19(金) 01:38:12.10 ID:fiRkwtcm0

もしこの男の言うとおり、優勝して勝ち上がることが出来れば、VIP城に入ることが出来る。
大帝に会うことが出来れば、事情を説明して魔術師に会わせてもらえるかもしれない。
奪還、などとは言われたが、捕えられている理由は聞いていない。
それなりの事情が帝国側にもあるのであれば、わざわざ危険を犯して連れ去ることもないだろう。

( ^ω^)「分かったお」

( ゚∋゚)「おお! 本当かね!」

( ^ω^)「ただ、ブーンは本当に闘わなくていいんだお?」

( ゚∋゚)「ああ、もちろんだよ。見るからに弱そうな君にそんな無茶はさせないさ!」

( #^ω^)「なんて頼りになるお方」

( ゚∋゚)「私はクックル。残りの二人は帝都で待ち合わせだ。着いたらすぐ紹介しよう」

( ^ω^)「ブーンと呼んでくれお」

( ゚∋゚)「ブーン君!よろしく頼む」

137 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/19(金) 01:39:47.75 ID:fiRkwtcm0

クックルと名乗った男は、厳つい顔をくしゃくしゃにして人懐こく笑った。
動物愛護の精神といい、悪い奴ではなさそうだ。

ブーンは毎年行われている闘技大会を、一度も見たことがなかった。
この時、楽観していたのだ。
VIP帝国の闘技大会を、通常の格闘技大会と同じように考えていた。

後々に、その甘さを思い知らされることになる。

一日の終わり。夜の帳も下りて車内も冷えてきた頃、
列車は最初の燃料補給所に差し掛かろうとしていた。

( ゚ω゚)「おっ!?」

( ゚∋゚)「む?」

次の瞬間、列車が大きく揺れた。
乗客同士が激しくぶつかり合い、
鼓膜を貫きそうな甲高いブレーキ音に混じって嗚咽や悲鳴が聞こえた。

139 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/19(金) 01:42:43.31 ID:fiRkwtcm0

( ゚∋゚)「マイベイビー、怪我はないかっ」

( ;ФωФ) (我輩のことか・・・!?)

幸いクックルの逞しい腕の中にいて、黒猫は守られていた。
屈強そうなクックルは見た目に違わず、ぶつかり合う乗客にびくともしなかったが、
逆にブーンは乗客に揉まれて顎に強烈な一撃を受けた。誰かの頭がぶつかったらしい。

( ゚∋゚)「ブーン君、君も無事か?」

痛みと衝撃に霞掛かった視界を戻そうと頭を振っていると、
列車が静止しているのに気づいたクックルが呟いた。

( ゚∋゚)「……どうやら停まってしまったみたいだな」

( ;´ω )「い、一体何が起きたんだお?」

揺れが収まった車内では次に、乗客たちが騒ぎ出した。

141 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/19(金) 01:45:31.33 ID:fiRkwtcm0

<ヽ`∀´>「一体どういうことニダ!なぜ列車を止めたニダ!?」

( ^Д^) 「おいおい、悲鳴が聞こえてきたぜ!?」

(-_-)「・・・・」

中には騒がずじっと見守るものも居たが、大半が非難と不安を口にした。

<ヽ`∀´>「クソッ、埒があかんニダ!ニダが直接謝罪と賠償を要求sぶごッ!?」

一人のすっかり頭に血が上った男が、列車の車内通路の扉を開けようとした途端、
思い切り開かれた扉に顔面を強打して弾かれる。

( <●><●>)  (>< )

扉を潜るように現れる、青い軍服に身を包んだ長身で眼力に異様な迫力を持った男。
その後ろに隠れるように、やはり同じ軍服を着たひょろりと見るからに頼りなさそうな男が顔を出した。

<ヽ`∀´>「いててて……、何するニダ!謝罪と賠償をようk」

言い終る前に、長身の軍服が持っていたステッキで男の鳩尾を穿った。

143 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/19(金) 01:47:37.74 ID:fiRkwtcm0

<ヽ ∀ >「ぐっ!?」

短い嗚咽を漏らして蹲る。酸っぱい香りが列車内に立ち込める。胃液を吐き出したのだろう。
軍靴が床を叩く硬質な音が無表情に響く。

( <●><●>)「我々はVIP帝国軍なんです。ただ今よりこの場で検問を開始するんです」

異様な空気が流れた。剣呑な雰囲気の中に、当惑が入り混じっている。

( ><)「み、皆さん速やかに武器をその場に置き、着ているものを脱いで外に並んでくださいです!」

長身な男の後ろに隠れていた男が叫んだ。

平原の空には冴え冴えと満月が昇り、狼の遠吠えが不気味に響いていた――――。




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