迷い子と星祭りのようです

七夕には、不思議な思い出があります。


ある年の七月七日、私は学校でもらった小さな笹の枝を持って帰路についておりました。
ところが、通いなれた通学路をどう間違えたものか、
気がつくと私は見たこともない場所にいて、夏祭りのまっただ中に一人ぽつんと佇んでいたのでした。

ここはいったい何処なのだろう。
道行く人にもまったく見覚えがありません。夕闇と耳慣れない祭囃子の中で
私は途方に暮れてしまい、その場に立ち尽くすしかありませんでした。


オム*゚ー゚) 「おおっ? 見るおドクオ、こんな処に人の子がいるお!」

( 芸) 「ああ? ……本当だ。どうしてここに人間がいるんだ?」

すると、そんな私が目についたのか、着物姿の男の人が二人、近づいてきました。
一人は布に文字が書いてあるだけの簡素なお面をつけ、
もう一人は、いわゆる縁日で売っているような、プラスチックの女の子のお面をつけています。

( 芸) 「ははあ、七つ分かれの笹を持ってるな。これのせいで迷い込んできたか」

オム*゚ー゚) 「どうするお? いつまでもこんな処に置いといたら、人でないものになっちゃうお」

( 芸) 「うーん……めんどくせーけど仕様がねえか……ブーン、お前連れてけ」

オム*゚ー゚) 「おっおー。じゃあキミ、お兄さんたちと一緒に来るお? 帰り道を教えてあげるおー」


……正直言って、こんな怪しげな人たちについていく勇気は、平生の私にはありません。
けれどその時は非常事態――というより異常事態――でしたし、
何より、プラスチックのお面の男の人の声があんまりのんびりと優しそうでしたので、
私は思わずうなずいてしまいました。


( 芸) 「お前も面をつけな。ここじゃ顔は出さない事になってるんだ」

私がブーンという人の後について歩き出したのを見て、布のお面の、ドクオと呼ばれていた人が
紙で出来たお面を投げてよこしました。
それをつけてあらためて周りを見回すと、屋台の人も通行人も、みんなお面をつけています。
見れば見るほど不思議なお祭りです。何を売っているのか見当もつかないお店もちらほらありました。

ξ ナ匚゙)ξ 「……これ、いったい何のお祭りなの?」

オム*゚ー゚) 「何って、星祭りだお。年に一度の逢瀬のために、今日は川に“渡し”がかかるお?」

ξ ナ匚゙)ξ 「おうせ……? 織姫と彦星が会うこと? じゃあ、川って、天の川?」

( 芸) 「そうだよ。だから今日だけは俺らも自由に行き来ができるんだ。それに乗じた祭りだよ」

オム*゚ー゚) 「渡り家業がみんな集まってくるから、毎年賑わうんだおー」

一応、「ふうん」とこたえはしましたが、私には二人が何を言っているのかよく判りませんでした。


そうこうしているうちに、屋台で賑わう明るい通りを外れ、
二人は静かな川べりに私を連れて行ってくれました。
お祭りの燈と無数の星の光を水面いっぱいにたたえ、川は息を呑むほど美しくきらきらと輝いていました。

( 芸) 「さあ、その笹の葉を川面にひたして露をつけな。そうすりゃ戻りの道が開く」

オム*゚ー゚) 「気をつけて帰るお。もう迷子になっちゃだめだお」

ξ ナ匚゙)ξ 「……うん。ありがとう」

ここは何処なのか、ドクオさんとブーンさんは何者なのか、本当は訊ねたい事がたくさんあったけれど、
なぜだか口には出せませんでした。
どこか心の奥底で判っていたのかもしれません。ここは私の、人の領分ではないのだと。

私は言われた通り、笹をざっと水中にくぐらせて持ち上げました。
するとにわかに視界が曇り、あっという間に目の前が真っ暗になってしまいました。
ものすごい数の、黒っぽいカラスのような鳥が、私を取り囲んでいるのだと理解できたのは数秒後。

ξ;ナ匚゙)ξ 「えっ? ええっ!? ちょ……、ブ、ブーンさん! ドクオさん……っ!」

「ばいばいおー」と優しく手を振るブーンさんも、面倒臭そうだけれど穏やかな物腰のドクオさんも
みるみるうちに黒い翼にさえぎられて見えなくなり、私は何百もの羽音にだんだんと気が遠くなって……――


……次に目を開けた時、私は見慣れた通学路に立っていました。


慌てて顔に手をやりますが、ドクオさんにもらった紙のお面はありません。
あの鳥たちのはばたきで取れてしまったのでしょうか。
ああ、いきなりの事でちゃんとお別れができなかった。お礼だってもっときちんとしたかったのに……。

しばらくはぼんやりとそんな事を考えていましたが、私はだんだんと虚しい気持ちになってしまいました。
だって今までの事は夢に違いないのです。
あんまり現実離れしているし、つけていたはずのお面もないのですから、きっとただの幻だったのでしょう。

けれど、手に持っていた笹を見て、私は「あっ」と小さく声を上げました。
学校を出たときは確かに乾いていたはずの笹の葉に
きらめく水滴が無数についていたのです。


それは、まるで夜空をすくってそのまま露に落としたような、美しい星の雫でした。

 

 

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